背中合わせの告白
009
選んだ街は冒険者ギルドがあるレベルには大きくて、皇帝の住む帝都や、領主の住む領都みたいな大都市ではないところ。
大都市の正規の門から入るなら、通行料がかかる上に身体検査や荷物検査があるらしい。
マントで身を隠している怪しい奴だと詰め所に連行されて全裸にされて調べられることもあるとか。
ほどほどに警備が緩くて、小銭を握らせれば簡単に通してくれる街があるらしい。
あるいは街を囲う壁や塀があまり厳重ではなく、スラムの住人が崩れたところから出入りしているような街も。
基本的に山や森で野外生活をしていたキスロにしても、たまには街で買い物をすることもあったという。
「肉は狩りをすればいいし、魚は川で釣るし、山菜や果物だって手に入るが、味付けがなぁ。せめて塩くれーはないと食えねぇーぞ。武器や装備が壊れることだってある」
そんな話をしながら僕たちはダイローグという田舎町までいき、ほとんど調べられることもなく中に入れてもらえた。
「ここらへんは魔獣が多くて、それを狩る冒険者の街みたいなところだ。当然、これから冒険者になろうという若い奴らも集まってくるからな。ギルドに登録してなくても、冒険者志望だったら割と簡単に入れてもらえるのさ」
そんな説明を聞いているうちに冒険者ギルドにやってきた。
やっと僕も今日から冒険者だ!
しかも、ここの冒険者ギルドがすばらしい。
外見は古い木造の建物で、いかにも田舎町にある冒険者ギルドという風情だ。
中に入ると最初に目に入るのがカウンターで、そこに受付嬢がいた――嬢だ。
受付のオッサンではなく、ちゃんと若い女性のギルド職員がいたのだ!
ちなみに服の上からでもはっきりわかるほどおっぱいが大きい!
人相が悪くてガタイのいい連中がうろうろしていて、掲示板には仕事の依頼が書かれた木札がいくつもぶらさがっている。
さらに!
酒場が併設されていて、まだ昼間だというのに飲んだくれている冒険者が結構いた。
これだよ、コレ!
僕はこういうのを期待してたんだ。
フェヘールの手を引いて、さっそく受付の列に並ぶ。
僕たちの番がきたら登録したいと言った。
「僕たち2人ともお願いします」
すると受付のお姉さんは変な顔をした。
そういえばマントを被ったままだ。
しかも、このマント、キスロが野営の使っていたボロ布なのだから、かなり印象は悪いだろう。
服や剣が貴族仕様なのを隠したいだけだから、頭を覆っている部分だけ脱いで顔を出した。
「かわいい坊主に嬢ちゃんじゃないか。ドブさらいみたいな仕事で小銭を稼ぐより、もっと金になる商売があるぞ」
通りかかった3人組の冒険者が声をかけてきた。
僕は猛烈に感動している!
そう!
こういうギルドで登録しようとしたらチンピラ先輩がからんでくる、こういうのがいいんだよ。
お約束は大切。
テンプレも大事。
さあ、これからどうしょう?
この場でヤッちゃう?
訓練場でやれ、と声をかけられるのも、よくある展開だ。
こっそりギルド長が見てたりね。
高ランクの冒険者を秒殺して「僕、なんかやっちゃいました?」みたいな。
「クズ鉄が1人前のツラしてイキってんじゃねぇーぞ」
ただ、僕たちには兄貴がいるからね。
鉄の登録証を首からさげた3人組は文句を口にしかけて、キスロの首からさがった金色の登録証に気づいた。
「き、き、金ピカだからっていって……」
声が震えてますよ、チンピラ先輩。
謝るとか、逃げるとか、もう少しまともな選択肢が思い浮かばないレベルの粗末な頭脳なんだろうね、かわいそうに。
「俺が金ピカだったら、どうだって?」
「鉄よりランクが上というだけで、強いか弱いかとは関係ないだろ」
「俺の妹弟に変なことを言ったから咎めてんのに、いつの間に強い弱いの話になってんだ? まあ、いいや。ゲンコツのデカさで決めるほうが話が早くて俺好みだし」
こっちの様子をうかがっていた冒険者たちが一斉に歓声を上げた。
ジョッキをグイッと呷り、懐から財布を出すと、テーブルの上に放り出す。
「金板に10、いや、20だ」
「俺も金だ。賭けになるか?」
「板の色はギルドへの貢献度だろ。強い弱いじゃないというのは、鉄板の言うとおり……だが、俺も金に10枚賭ける」
「小せえ野郎ばっかだな。俺は鉄にいくぜ」
「バクチって、そんなモンだよな。鉄に5だ」
たまらずギルド職員が止めに入る。
「ギルド内では喧嘩禁止です」
どうやらギャンブルは禁止されてないらしい。
キスロの兄貴はチンピラ先輩の胸ぐらをつかんで建物から引きずり出した。
「そんなら外いこうぜ」
どうやらギルド外の喧嘩は禁止されてないらしい。
賭けてた冒険者たちも結果を見ようと外へ出ていき、ギルド内は一気に閑散となった。
「登録お願いします」
いまのうちに用件を片付けておこう。
受付嬢も注意力がそれているみたいだし。
「あーっと……登録したては木板ね。名前と生年月日を書いて欲しいんだけど」
えっ?
たったそれだけ?
ここはジョブとかスキルとか――ゲームじゃないから、そんなのなかったか。
なにか謎の水晶的なものをさわるとレベルとかスキルがわかるなんてこともないし。
まあ、そもそもこの世界にはレベルとか、スキルのようなゲーム的便利システムはありませんが。
登録証を書くと、受付嬢は小さな木の板にそれを書き写した。
登録番号、名前、生年月日の3行だけのシンプルな登録証だ。
「これで登録完了?」
「はい。あとは、ご希望であれば初心者講習を請けることも出来ますが?」
「兄から教えてもらえばいいでしょう」
「そうですね、初心者講習は鉄板レベルの冒険者が講師になりますので、それ以上のベテラン冒険者に教えてもらう機会があるなら、そのほうがいいでしょう」
「しかし、これだけなんですね?」
いまもらったばかりの木板を見せる。
「名前だけだと紛らわしいですが、生年月日の数字と合わせれば個人識別としては問題ないレベルとなります。原簿に過去に請けた仕事や成功率などが記載されて、登録番号で簡単に検索できますので、鉄、銅、銀、金と上へいけば、いろいろ情報が書き加えられていくわけです」
そこにキスロが帰ってきた。
もちろん、無傷だ。
「終わったようだな?」
「ちょうど木札をもらったところ。そっちもいい暇つぶしができたようだ」
「あまりに弱っちくって暇つぶしにもならねぇーよ」
「わたくし、いったほうがいい?」
フェヘールがキスロに尋ねる。
つまりは治療が必要なほどかどうかだが、正体を隠すために冒険者に登録してるのに、その直後治癒魔法を使ったら意味がないんだけど。
ちゃんと手加減したよ、とキスロは答えた。
それなりに配慮してくれたらしい。
フェヘールは重傷者がいるのなら自分の身の危険より優先しそうなところがあるから、僕たちで守るしかないのだ。
冒険者ギルドを出て、宿を探しながら、僕はキスロにああいうチンピラ冒険者は多いのか尋ねた。
しかし、その答えは否定するものだった。
意外とトラブルを起こす冒険者は少ないらしい。
あまりに目に余れば冒険者ギルドが処分するし、もし除名されて登録抹消されたら金を稼ぐ手段を失うという人も多いようだ。
「そのへん上手くやったとしても、まず長生きできねぇーな。新人の薄い財布を脅しとったところで中身なんかしれてる。それでも、まあ、何杯かは飲めるかもしれねぇ。だが、その帰り道で狙われるかもしれねぇーよな。ちっとばかり腕に差があっても、酔っ払いを後ろから刺すくれーはできるだろ?」
さっさと別の街に逃げるか、なんなら国境を越えれば、まず捕まる心配はない。
農民や商人や職人は、畑や店や作業場を捨てて逃げることになるから、すべてを失うことになってしまうが、冒険者は守るものもなければ、身も軽いことがほとんど。
「なるほど、それは長生きできない」
「うしろから不意に剣をつっかけられても平気で返り討ちにする凄腕もいるが、それだけの腕があれば稼ぎも相当なものになるから、わざわざ新人にタカるようなことはしねぇーし」
「まあ、それはそうだろうね」
「あるいは魔獣と戦っているところに、うしろから弓を射かけるとか」
「それは嫌だな」
「だから、新人にカラむ奴なんて、そこまで頭がまわらないバカが、たまたま幸運にもまだ生き残ってるだけだ」
「次にカラまれたら僕が出ようかな?」
そのときフェヘールが僕のマントを引っ張った。
「あれ、どう?」
店頭に大量の服を積み上げた店だった。
たぶん古着屋なのだろう。
適当な服を選ぶ。
平民らしいものならなんでもいいし、サイズもだいたい合ってれば問題ない。
フェヘールも僕と似たような感じで決めたようだ。
幸い、僕たちは冒険者ギルドでオックスグリズリーの皮を売ったので、そこそこ金があった。
まあ、古着なので、たいした値段ではなかったけど。
あと約束した鍋も調達する。
他に鞄や水筒を買っているときに、またしてもフェヘールが僕のマントを引っ張った。
「あれ、どう?」
指していたのは看板が出ているものの、宿屋にしては小さく、ふつうの民家みたいなところだった。
民宿みたいな感じだろうか?
玄関の上に掲げられた看板とは別に、戸のところに張り紙がある。
『お風呂、沸いてます』
なるほど。
実に魅力的な宿だ。
「兄さん、あそこにしよう」
「風呂か……何年ぶりだろう?」
キスロも目を輝かせる。
数日、森をさまよった僕たちだって風呂に入りたいくらいだから、何年も野営生活をしていたキスロにとっても魅力的だったのだろう。
ただ、宿には部屋が1人部屋が2つしか空いてないと言われてしまった。
1部屋はキスロが使って、もう1部屋は僕とフェヘール、料金は2・5人分ということで話がついた。
交代で風呂にゆっくりつかって、夕食を口にしたら、もう目を開けていられなくなって僕たちは寝ることにした。
僕とフェヘールは1つのベッドで背中合わせだ。
まあ、婚約者だし、なにかするつもりもないので、いいことにしよう。
「最初にわたくしと会った日のことを覚えてる?」
ベッドに入ってしばらくして、フェヘールが小さな声で話しかけてきた。
「クリートはものすごい悲鳴を上げて引っくり返って気絶した。あのころのわたくしは化け物みたいに扱われていたけど、さすがに視界に入っただけで気絶なんてはじめて。そんなに怖がられているのかと近くに寄らないようにしようと思ったんだけど、周囲の人たちから興奮していただけで、怖がられてないからとお見舞いにいくように説得されたから、しかたなく出かけたんだけど、確かに怖がられてなかった。わたくしのこと、怒ってた」
「………………」
「あの目、わたくしは忘れてない」
「………………」
「もう二度と会うことはないと思っていたんだけど、しばらくしたらクリートのほうから会いにきてくれて、しかも治癒魔法まで教えてくれた」
「………………」
「おかげで忌み子とか呪い子などと呼ばれていたわたくしは聖女などと呼ばれるようになった。すべてクリートのおかげ」
「………………」
「だから……わたくしはクリートのことが好きなんだと思う。バラージュと婚約したときは困惑した。その婚約が破棄されたときは腹が立ったけど、ちょっと嬉しかった。そのあとクリートの婚約者になれたから、この世界のどこかに神様っているのかな? と思った」
その告白に僕は答え(応え)た。
「ぐう……」
寝たふりをすることで。
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