こんな素材も
089
ランゲ魔法士団長は大量の矢を受け、その直後、魔獣の群れが突っ込んできた。
確実に死亡しただろう。
そう判断したのは僕だけじゃなくて、騎士たちも同じみたいで、すぐに事後処理に移っていく。
「門を守れ!」
城門の上から叫び声がした。
いま危機に陥っていることを知らせる伝令が走っていった。
しばらくしたら援軍と、修理のための資材や人手も届くだろうが、それまではキツい戦いになりそうだ。
僕のほうは尾行してきた男を取り押さえた。
ランゲと一緒に逃げようとして、それが城門の外だとわかると慌てて戻ってきたのでローキック1発、しばらく走れないように膝を潰す。
そのまま近くにいた騎士に引き渡す。
「フェヘール、僕たちもいこう」
「うん。急ごう」
城門や城壁の上からは激しく矢や魔法が飛ぶが、あまりに魔獣の数が多く、いままで堰き止めてくれていた門が破損しているため、一部が侵入してきそうになった。
そこに剣や槍を手にした騎士たちが駆けつけ、魔獣を押し返そうとする。
僕たちもそこにくわわった。
「加勢するぞ、フェヘールもいるから怪我人は後ろに」
声をかけながら、侵入してきたエンペラースコルピオンの頭を串刺しにした。
2メートルを超える巨大サソリは先端の毒針を誇示するように尾を振り上げていたが、脳を破壊するとピクピクと痙攣する。
しぶとい生き物らしく、一瞬で即死ということにはならないが、こっちを攻撃するだけの力も残ってないようだ。
隣にいた騎士がポンとエンペラースコルピオンの毒針を切り落とし、僕のほうに放る。
「これは?」
「高く売れる」
「ありがとうございます」
ぶっきらぼうだけど、とても親切な人物らしい。
間違って自分を刺したら困るのでタオルに包んでポケットに押し込んだ。
高く売れる素材を手に入れて、テンションが上がる。
とりあえず、この周辺にいるエンペラースコルピオンは僕の得物にすると決めた。
アダマントの剣は突き専用みたいなところがあって、あまり切るには向いてないけど、剥ぎ取り用のナイフがあるので問題ない。
そうやって城門を越えてくる魔獣を追い返しつつ、売れそうな素材を確保していった。
だけど、ポケットはすぐにパンパンになってしまう。
「ほれ、これを使え」
薄汚れたショルダーバッグを押しつけられた。
「キナさん!」
「よう、王子。お互いまだ死んでないようで実にめでたい。上手く乗り切ったら2人とも大金持ちになれそうぢゃな」
「まあ、小遣いとしては大きい金額になりそうだけど、ポラーニの再建とか、ものすごく金がかかりそうだしなぁ……」
「さすが王子ぢゃ、スケールがデカい。街1つ分を自分の手で稼ぎ出そうというのも大変偉いな……まあ、ドラゴンを1ダースもソロで狩れば足しにはなるぢゃろうよ」
「ドラゴンを1ダース? ソロで? それはさすがに無理だ」
「あの街のじいさん連中がいるだろう? ワシも手を貸してやる。ソロといっても報酬を全部1人占めできるという意味で、なにも絶対に1人だけでやらないといけないと決まったもんぢゃない」
「それはそう。このスタンピードが終わったら本当に相談するかも」
「待っておるぞ」
キナさんは金板冒険者だけあって、おしゃべりしながらも魔獣をどんどん戦斧で殴り斃していく。
僕も負けないようにハゴロモで突き倒していくが、どうしてもスピードでは敵わない。
30分もしないうちに侯爵が援軍を寄越してくれたので、それと交代。
フェヘールもあまり長い時間、病院を離れているわけにもいかないからちょうどいい。
「思ったより強い魔獣はいなかったよ。死者は出なかったみたいだし、負傷者も少なかったんじゃないか?」
「そうね」
あまり忙しくはなかったみたいだけど、たくさんの人間がなにかすれば死者はともかく、負傷者ゼロとはいかなくて、魔獣に噛まれたとか、戦闘時の負傷だけでなく、転んだとか、ぶつかったとか、つまらないことが起きる。
それでも簡単に治療できるレベルだったのはいいことだと思う。
「ところでエンペラースコルピオンの毒針って、どれくらいが相場なんだろう? 売れるからとっておくように言われて、ほら」
キナさんにもらったショルダーバッグを見せる。
どうやら素材の運搬に長らく使われてきたものらしく、かなり汚れていたけど、こんなものでも非常時だとなんでも貴重品になるのに、キナさんはただで譲ってくれた。
その中にはエンペラースコルピオンの毒針が10本は入っている。
「毒針じゃなくて、その中の毒そのものに価値があるの。使い切った後の毒針とか、毒袋に傷がついて漏れたりしてたら値段がつかない。もし一杯に毒が入っていたら、最低でも金貨3枚にはなるかな?」
「そんな毒、なにに使うんだ? 薬の材料にでもなるのか?」
「冒険者が飲むのよ。死なない程度に毒を体に入れて耐性をつけておくと、もし戦闘中に毒を受けても死ななくてすむ……こともある」
死ぬこともあるらしいが。
少量の毒で耐性をつけるという考えかたはわかるけど、どのくらいの量でどのくらいの耐性がつくのか科学的な検証もなにもされてないのだから、お呪いよりは少し効果が期待できるという程度だろう。
さらにフェヘールは言いにくそうにつけくわえた。
「少量だと気持ちよくなるらしいの。お酒とか、ああいうものみたいに。だけど、基本的には毒だから体がだんだん壊れていくとか、一度や二度なら問題なくても何度もやっているうちに中毒みたいなものになるとか、いろいろ怖い噂も結構あるんだけど……」
「ああ……そういう」
事実上、一種の麻薬みたいなものとして流通しているのだろう。
そして、それを取り締まる法律がいまのところ存在しない、と。
なるほど、そういうものなら安くはないだろうね。
ただし、麻薬に類似したものだと承知の上で売るのはかなり抵抗がある。
売るのはやめておこうかな?
そこまで金に困っているわけではないし。
ポラーニの再建に必要な資金という意味なら、金貨の数十枚、あってもなくても変わらない誤差の範囲になってしまうし。
どうもフェヘールの様子からすると、彼女もあまり快く思ってないみたいだからね。
「エンペラースコルピオンの毒針がそんなものと知らなかったよ。売るのはやめて捨ててしまおう。ただ、そのあたりに捨てたら危ないし……どうしようか?」
「持って帰って、お父さまにあげたら? 別に魔獣に対しても効果あるから、毒矢に使うと思う」
「ああ、そういう使い方もあるのか。だったら、そうしよう」
「自分で使ってみるという手もあるけど」
「魔獣の毒で酔っ払う趣味はないなぁ……」
「耐性をつけるのよ。エンペラースコルピオンだけでなく、毒持ちの魔獣にも効果あるみたい」
「うん……なんか怖いな」
「剣に塗ったらかすり傷で殺せるようになるし」
「意外と使い道はありそうだから、1本は残しておこうかな? でも、相手は魔獣とはいえ毒を塗った剣を使うのは抵抗あるかも」
前世が日本人だからといって、別に武士道の精神を大切にしているわけではないけれど。
なんとなく卑怯な手段は躊躇われるんだよね。
ただ殺すことができればなんでもいい、むしろ効率よく殺せるほうがいいという考えかたはしたくない――僕は誰よりも剣を極めたいと望んでいる剣士であって、魔獣処理マシンでもないし、ましてや死刑執行人でもないのだ。
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