不穏な空気
087
いるかいないかわからない――どっちかというといない可能性のほうが高いリッチを探すために有能な人材を裂くのは難しいから僕というのは悪くない選択だと思う。
王子を最前線で危険にさらすより、安全な城壁内をうろうろ歩きまわって探偵ごっこをさせておくほうがいいからね。
しかも、その王子はそこそこ腕が立って、欲に目が眩んだ商人や、他の貴族家の工作員くらいなら後れをとることもないだろうし。
僕としても侯爵とともに後方にいるより、リッチ探しのほうがいい――本当にいるかもしれないし、この世界でリッチと戦ったことないからおもしろそうだ。
東門と食料庫が時間を置かずに燃やされたということは、ひょっとしたら内通者みたいな連中がいるのかもしれないし、なんにしても剣を振りまわす機会があってもおかしくない。
そんなことを考えながら燃えた食料庫にいこうとしたら、通りに人が溢れていてなかなか前へ進めなかった。
みんなぞろぞろと歩いている。
その歩いていく方向は僕のいこうとしているほうだから、おとなしく後ろについていくことにした。
「出せよ!」
「本当にないのか?」
街の人たちが燃えた食料庫のまわりに集まって叫ぶ。
それに対して警備の騎士たちがなにか言い返している。
すぐ隣にいたおじさんに尋ねる。
「どうなってるんですか?」
「食料がなくなってしまったからね。いまのうちに少しでも確保できないかと思って」
「別になくなったりはしないでしょう?」
「焼けてしまったんだよ」
食料庫は全焼まではいってなくて、せいぜい半焼というところだけど、焼けたものはもちろん、煙で燻されたりして食べられなくなったものも多いようだ。
駄目なものを処分して、食べられるものを別の倉庫に運ぼうとしているようなのだが、それを街の人たちが取り囲んで――まだ略奪まではいってないけど、かなり険悪な雰囲気。
だけど、食料庫は1つしかないわけではない。
武器庫なども同じだけど、敵に占領されたときに備えて、あえて複数に分散してあるのだ。
「ここには穀物が置いてあっただけで、他にも穀物を保管してある食料庫はあるし、野菜の食料庫も肉の食料庫も無事だし、まだ何か月分もあるはずだけど」
「それは本当か?」
「ええ……肉に関していえば、いまこの瞬間にも攻めてくる魔獣を倒しているんだから、いくらでも手に入るし」
僕がこんな会話をしていると、周囲にいる人たちの耳にも入ったようで、みんなこっちを見る。
「確かに……魔獣の肉ならまわりにいくらでもあるわけだ」
「俺たちにもまわってくるのか?」
「騎士様たちが大勢いて、1日に何頭もの魔獣と戦うのだから、街にもまわってくるんじゃないか?」
「それは魔獣の死体を全部回収するという前提だろう? 戦闘で忙しい騎士様がそこまでやるか?」
「できないのなら俺たちがやればいい。戦えといわれても無理だが、死んだ魔獣しかいないなら、そんな危険じゃないだろう?」
「まあ、飢え死にするくらいなら騎士様たちが魔獣を遠ざけてくれている隙に、俺たちが倒した魔獣を回収するほうが、ずっといいよな。もちろん、危険なことをしたんだから俺たちに肉を優先的に配給だぜ?」
「肉食べ放題なら……俺もやる、やってやる」
別にがんばって説得したわけではないのに、いい方向に上手く転がりはじめて、だんだんと話が広がっていく――そんなふうに胸を撫で下ろしたとき、どこからか冷や水を浴びせるような叫び声。
「騙されるな! そいつは侯爵の手の者だぞ! 城壁の外に魔獣の死体を取りにいかなければならないということは、つまり城壁内にはやっぱり食料はないんだ!」
その言葉に再び顔を険しくして「やっぱり食料はないんだ」「食べ物をくれ」などと騒ぎ出す群衆。
疑心暗鬼に囚われた人たちに僕がいくら食料はまだあると大きな声で言っても届かない。
しかたない。
説得力がチート級に頼んじゃうから。
というわけで、僕は急いで病院までいってフェヘールに事情を説明して、ちょっと時間をもらった。
聖女様が直接やってきて食料はちゃんとあると言えば、いかに頭に血がのぼって暴徒になりかけていたとしても、すぐに醒めて話を聞いてくれる。
「聖女様だ」
「聖女様がだいじょうぶというのなら絶対にだいじょうぶだ」
「聖女様が食料があるというのなら、食料はある」
領主である侯爵よりフェヘールのほうが領民に対する影響力が強くない?
しかし、そのおかげで暴徒になって騎士を襲ったり、食料の略奪が起きる心配はなくなった。
焼けた食料庫を取り巻いていた人たちはバラバラに去っていく。
僕たちも歩き出した。
「助かったよ、城壁の外はスタンピード、内側では食料の奪い合いなんてことになったらやってられない」
「むしろ、お礼を言うのはわたくしのほう。わたくしは領主の娘で、クリートはお客さんなのに」
「お客さんというより、いちおう身内扱いしてもらってかまわないんだけどね」
「まあ、いちおう婚約者なんだからね」
照れているのかフェヘールはずっとずっと前のほうに視線を向けたまま言う。
なので、僕もずっとずっと前のほうを見ながら答えた。
「いちおうじゃなくて、ちゃんとした婚約者だよ」
もっとも、前を見る意味はちゃんとある。
領民を煽っていたらしい男を僕たちは尾行しているのだ。
「ところでフェヘールに訊きたいんだけど、こんなふうに領民が反抗することって結構あるの?」
「ないわね。ちょっとでも不満があるのなら、わざわざわたくしたちと一緒に籠城するのではなく、どこか安全な土地に避難すればいいのよ」
「そうなんだよなぁ……」
「スタンピードみたいなことがあると大量の魔獣の素材が出るから相場的にすごく安くなるし、珍しい魔獣も倒されたりするから、なにも領主に対する忠誠心とか、そんなものだけではないんだけど」
「儲かるんだ?」
「死ななかったらね」
「まあ、そんな楽観的な状況ではないのは事実だけど、いまのところ城壁内は安全だと思うんだけどな」
「炊き出しは問題なくやっているから、食料がなくて飢えている人がいるわけでもないのに、なんで略奪寸前までいったのか、さっぱりわからない」
「そうそう、それが僕も疑問で」
この世界、言論の自由があるわけでもないし、デモ活動や政治的集会の権利が保証されているわけでもない。
前世でのマスコミは政府を非難するのが仕事みたいな感じだったけど、この世界でそんなことをすれば反乱分子として処罰される。
軽くて投獄、たぶん死刑。
反乱分子とされてしまえば、そんな末路しか待ってない――まあ、要するにテロリストとか、そんな扱いにされてしまうのだ。
もちろん、飢え死が確定しているのなら食料の略奪をしようという領民が出てきてもおかしくはないのだが、いまそこまで事態が逼迫しているとは思えない。
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