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出撃、出撃!

084



「王子、遅れてないか?」


 追い越したはずの騎士たちが追いついてきて、僕に軽口を飛ばす。


 なにもないところを走らせるのなら体重も装備も軽い僕が有利だけど、魔獣と当たりはじめるとスピードが極端に鈍って、とうとう追いつかれてしまったのだ。


「それはどうかな?」


 視界を広くとると、ゴブリンの群れが近くにいることがわかった。


 ちょっとズルいけど、その群れに馬を突っ込ませる。


 相手がゴブリンなら騎馬の突撃だけで逃げ出すからね。


 剣を振りまわして追い払いながら、どんどん前へ進む。


 そうやって魔獣のいないところや、弱い魔獣ばかりいるところを狙って走ると、すぐに水溺姫に追いついた。


 彼女のほうは強そうな魔獣に惹かれるように馬を走らせ、その魔獣の首が落ちると、もっと強そうな魔獣を求める。


 2つ名の由来となるような技はいまのところ使っていない。


 このレベルだと問題なくウォーターカッターでも致命傷をあたえることができるようだ――もっと防御力の強い魔獣だと剛毛や鱗に阻まれて魔法が通りにくくなるんだけど、そうなったときに、とっておきの魔法で溺死させるのだろう。


「よし、そろそろ引くぞ!」


 さんざん魔獣を叩いて、いいかげん飽きてきたころになってメレデクヘーギ侯爵が撤退命令を出した。


 スタンピードだと魔獣の数が多すぎて、数の暴力に負けてしまうけど、さすがに1000騎も集めた腕利き集団には通じないようだ――いまだって騎士が1000でも向かってくる魔獣は桁が違い、さらに0が1つ2つ余分につくわけだけど、その程度では戦力差にはならないほど。


 僕たちが撤退していく背後には魔獣の屍が累々。


 いくらスタンピードで魔獣が無数に溢れているからといっても、殲滅してしまえばどうということはない。


 妨害されることもなく、追撃を受けることもなく、スムーズに帰ることができた。


 そうやって出撃すること5回。


 今日はスタンピードの先頭がメレデクヘーギ侯爵家まで辿り着くことはなかった。


 稼いだ時間で、さらに防御をかためていく。


「最初のうちはゴブリンやコボルトが多いからどうにでもなったけど、だんだん強くなってきたよ。明日も同じように上手くいくとはかぎらないかも」


 避難民の怪我や病気でてんてこ舞いだったフェヘールも日が沈むころには一段落していて、僕たちは一緒に晩ご飯をとることができた。


 侯爵家の晩餐といえば高級レストランみたいな豪華な感じだけど、こういう事態なので食堂で簡単な食事が出てきた――品数が少ないというだけで、量はあるし、それなりの素材を使った美味しいものだけど。


 いま城壁の内側では肉を干したり、塩漬けにして保存食を用意する一方で、使い切れない生鮮食料品は腐らせるともったいないから、おいしい料理が大量に作られているらしい。


 空いた土地にはテントが立てられ、避難してきた人たちの仮宿となっているが、中には大型のテントがあって、そこでは誰でも食事がとれるようになっているという。


 その炊き出しには侯爵家のお抱え料理人も参加しているということで、僕たちの晩ご飯も同じメニューだった。


「たくさん食べなさい」


 侯爵が僕にやさしく言ってくれた。


 水溺姫がつけくわえる。


「じきにふんだんに食べられなくなるし、死んだら二度と食べられなくなるからね」


 まあ、籠城戦であればだんだんと食料が不足してくるのはわかる。


 干したり、塩漬けにして、不味い肉ばかりになるんだろうね。


 新鮮な野菜なんかぜんぜんなくなって、カビ臭いジャガイモを蒸して塩を振っただけとか。


 どこか近隣の貴族が援軍を出してくれればいいけど、スタンピードではあまり期待できないだろう。


 誰だってせったく育てた配下の騎士が無数の魔獣に飲み込まれるのは見たいくないし。


 王家は――遠いからなぁ。


 メレデクヘーギ侯爵領から連絡して、王都で軍を編成してここまで進軍させるまで早くて数ヶ月。


 下手をしたら半年近くかかるかも。


 もちろん、この事態を伝える使者は派遣されているけど――ちなみにヴァイガが選ばれて王都に急いでいる。


 メレデクヘーギ侯爵家の継嗣だし、分の悪い籠城戦になったとき、外に逃がすのは当然のことだろうし、残しておいても使いどころがないし。


 たぶんヴァイガが王都に到着する前に決着はついているだろう。


 つまり僕たちはメレデクヘーギ侯爵家や残った領民だけで戦うしかないのだ。


「野菜や穀物はともかく、肉だったらいくらでも手に入るから心配しなくていい。向こうからやってくるからな」


 しかし、侯爵はまったく食料の心配をしてなかった。


 まあ、確かにスタンピードの最中なのだから魔獣はいくらでもいるし、美味しく食べることができる魔獣を手に入れるチャンスはいくらでもある。


 人間同士が争う戦争とはそこが違うようだ。


 そして、水溺姫がつけくわえた。


「食べる口もだんだんと少なくなっていくし」


「今日はどうだったの? 怪我人が何人か運ばれてきたのは知っているけど」


「さっきも言ったようにゴブリンやコボルドがメインだったときは楽勝って感じだったけど、だんだん強くなってきてね。最後の5回目の出撃のときにはワイバーンが結構いて苦戦したよ」


 フェヘールの質問に答える。


「戦死者も?」


「全部で100名近いんじゃないかな?」


 僕は侯爵のほうに視線を向けて確認をとる。


 伯爵はうなずいて正確な数を教えてくれた。


「88人だ」


「明日はもっと死ぬでしょうね」


 水溺姫が不気味な予測をつけくわえるけど、言われるまでもなく、そいつは蓋然性の高い未来という奴だ。


 今日の強行偵察で一番多く魔獣を斃したのは水溺姫の魔法だったし――あれは強かったな、


 水蒸気爆発のせいで山肌にいくつもクレーターができていたし、集団との戦いだけでなく、個を相手にした場合でもウォーターカッターでギロチン。


 魔獣を次々に首チョンパしていくのは魔法士の浪漫だけど、それを本当に実行できるのはごく一部の腕に覚えの強者のみ。


 そんな強者をして大量の犠牲者を出しつつ、なんとか街を守り抜けるかどうかと思わせるほどに、スタンピードは脅威なのだろう。


 ちなみに2位はランゲ団長。


「あの水蒸気爆発みたいな魔法、無限に撃てたらスタンピードもすぐに片付くのに」


「あれはフリアティクエクスプロージョンという魔法だけど……今日くらいの軽い撃ちかたなら無限は大袈裟だとしても、かなり連射が効くけど?」


「軽い撃ちかた? あれで出力は抑えめだったり?」


 すると水溺姫ではなく、侯爵のほうが笑い出した。


「ロージャをそのあたりにいる魔法士と一緒にしたら、お互いに不幸だ。長らく一緒にいるが底が見えないほどで、もし魔力は一般的な魔法士の100倍はあると言われても信じるぞ」


「あら、100倍なんて……」


 照れたような口調で答えたが「100倍なんてとんでもない」なのか「たった100倍とは水溺姫をナメてません?」なのか、まったく反応が読めない。


 まあ、そもそも魔力がどの程度あるのかは魔法士の生命線みたいなところがあるから簡単に公開するようなものではないんだけど――2つ名を持つ魔法士なんだから、たぶん後者なんだろうね。


 だいたい水蒸気爆発というのは水が一気に高温になったときに発生する現象のはずだから、水弾を撃ち出して、敵のすぐ近くで1500度とか2000度とか、それくらいまで一瞬で温度を上げるようなことを魔法で操作しているはずで、もしその段階で普通の魔法士では無理だろう。


 小さな威力で再現実験みたいなことをするのだって難しいと思う。


 そう考えると、存在していることが奇跡というレベルの魔法士といえるのかもしれない。



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