怪我や病気でなくても治癒魔法で命が助かることもある
007
油断もいいところだ。
魔獣の背に矢が突き立ったので助かったが、もし狙いが僕だったらやられていたかもしれない。
気配を探るが、50メートル先に1つしかない。
敵が1人で追ってきた?
少人数に別れて捜索することはあるだろうが、発見したら仲間を集めるのが普通だと思うのだが。
包囲したり、待ち伏せしたり。
フェヘールのほうを見た。
どうやら僕が感知した結果とおなじようだ。
指で方向を示したあと、その指を1本だけ立てた。
これは……どういう状況だ?
「よくも僕の毛皮に穴を開けたな!」
試しに、大きな声で叫んでみた。
さて、次はどうする?
姿を見せるか、逃げるか、それとも僕の服にも穴を開けようとするか。
盗賊みたいな連中ならいいな。
服の問題が解決するし、お金にもなる。
僕からすれば盗賊なんてゴブリンより少し強いレベルのモンスターだ。
アジトを急襲して殲滅できればドロップアイテムもゴブリンよりおいしい。
もし盗賊がモンスターではなく人間だとしても、たいていのゲームで武闘会みたいなイベントがあって、僕は皆勤賞だったし。
相手が人間でも僕は戦える――はず。
殺人をしたいと積極的に思ったりはしないし、無抵抗の人に危害をくわえる気もないが、相手にこちらを攻撃する意思があるのなら、僕はそいつを倒すだろう。
PvPは割と得意だ。
闘技場みたいな、PvP専用の戦闘フィールドが設定されたゲームも結構あったんだよね。
そして、いまの僕は魔獣を倒して油断していたときと違う。
完全に臨戦態勢に入っている。
だいたい僕が負けるということはフェヘールも危なくなるのだ。
どうだって負けられない戦いだよな。
「ごめんよぉ」
しかし、返ってきたのは謝罪の言葉だった。
数十メートルくらい先だろうか。
マントのようなものを頭からすっぽりかぶった男が姿を現した――ちなみに男だと判断したのは声であって、顔かたちはさっぱりわからない。
怪しいといえば怪しいが、攻撃を仕掛けてくることもなく、素直に謝って姿を見せたのだから悪人ではなさそうだ。
「猟師か?」
「旅の者だな。俺のほうからはそっちが見えなかったんだ。美味そうな肉が歩いていると矢を射かけただけで」
「肉が欲しいのか?」
「他人の獲物を横取りするつもりはねーよ。ただ悪気があって弓を射たわけじゃねーんだ……俺はあっちへいくぜ」
マントから出てきた腕が僕たちのやってきた方向を指す。
こっちとは僕たちの進路とは反対方向に離れる、という意味だろう。
「悪気がないのはわかった。怒ってもいない。肉が欲しいのならわけよう。僕たちだけでは食べきれないし。解体用のナイフはあるか? 欲しいところをもっていっていい。そのかわり僕たちの分も切りわけてはもらえないだろうか?」
剣で解体したり、調理するのは面倒なのだ。
切れなくはないけど、手間も時間もかかって、しかも仕上がりがよくなくてがっかり。
ガタガタでグチャグチャな切り口で、断面は潰れている。
それに剣士としては剣を解体用ナイフのかわりにするのは気が進まない。
「ああ……いや……」
「頼むよ。ちゃんと肉を分けるから」
そう言って、まず剣を鞘に戻す。
それから2歩、3歩と後ろに下がった。
マントの男はそれでも躊躇うように前へ1歩進んで、慌てて2歩後ずさり、しかしまた1歩前へ出る。
「盗まれるのが心配になるほどの大金でも持ってるの? 誓うが、僕たちは泥棒じゃない」
元が何色かわからないほど汚れたボロボロのマントを見る限り、旅の者というより、ホームレスに近くないか? と思わなくもないが、本人にとっては大切な宝物でも持っているのかもしれない。
しかし、僕は王子だ。
出涸らしと悪評しかない王子であっても、卑しいマネをするほどには落ちぶれてないつもり。
それが伝わったのか、盗まれるのを心配するほどの太い財布は持ち合わせていないことを思い出したのか、男は近づいてきた。
「毛皮に傷をつけて悪かったな」
「本当は毛皮なんてどうでもいいのさ。鞣しかたを知らないし。それよりナイフはあるか? 美味そうなところを頼む、2人前な。残った分は好きなだけ持っていってかまわない」
「いや、まさか、そんなにもらうわけにはいかねーよ……俺のせいで少し傷物になったが、この毛皮は充分に売り物になるし。よかったら剥いでやろう」
マントの男は猟師ではないと否定していたが、かなり手慣れている様子。
あるいは冒険者なのかも。
枝振りのいい木にロープを投げ、オックスグリズリーの足を縛り上げると、逆さに吊した。血を抜いて、さらに首から腹までナイフで割いて内臓を捨てる。
さすがに力仕事が続いて汗をかいたのだろう、男は手首のあたりで額を拭うような動作をした。
それが頭から被ったマントを押しのける形となり、男の素顔が晒された。
「あっ……」
慌ててマントを被り直したが、彼の顔をはっきり見てしまった。
半分は普通の人間。
それなりに草臥れたオッサンの顔。
問題は反対側。
皮膚が青紫なのだ。
「悪魔?」
この世界にはエルフとかドワーフとか獣人みたいな、人族以外も住んでいる――あまり数は多くないようだし、人族のテリトリーにはあまりいないのだが。
一方で魔王とか、サタンなどは、おとぎ話の住人。
古すぎて曖昧になった歴史の中では魔王と勇者が戦ったりするけど、いまの時代には魔王も勇者もいない。
だから悪魔も実在するのか微妙なところなのに、その男の顔を見た瞬間、戦闘行動に移りそうになった。
「違う! 人族だ。よくわからないが、こんな見た目になっちまってね。呪われるほど他人の恨みを買ったりはしてないはずねーんだけどな」
「あ、いや、ごめん……」
わざわざ魔獣の解体をしてくれた人なのに、素顔を晒した瞬間に全人類の敵みたいな扱いをしてしまって僕は恥ずかしい。
恩知らずにもいいところだ。
フェヘールのほうは顔が気になるらしく、男は必死に隠そうとしているのにどんどん近づいて、マントの下を覗き込もうとする。
「おいおい、嫌がってるだろう」
「これはどんな病気? なにが原因で、どうしたら治療できるかクリートは知ってるよね」
フェヘールさん、なんか僕への評価があまりに高すぎませんか?
治癒魔法の開発者で、聖女と呼ばれているのは貴女なのですが。
心の中で隣の彼女に突っ込みながら、失礼と声をかけて頭からマントをとる。
男は抵抗しなかった。
一度見られたのだからと諦めているのか、こちらに害意がないのが伝わったのか。
30も後半くらいの、渋いオッサンなのだが、右の額から、頬、顎の近くまで青紫で、目まで色がついていた。
前世の日本でも表向きは迫害されないだけで、学校ではいじめられ、就職では不利になりそうな容貌である。
この世界だと――さっき僕が剣に手を伸ばしかけたが、そのまま抜いて斬りかかられてもおかしくない。
しかも殺されても相手は殺人として裁かれることもなく、むしろ不審人物を倒したと賞賛される可能性まである。
デーモンスレイヤーとかね、二つ名がついちゃう英雄だよ。
反対に彼のほうはたまったものではないだろう。
病気ではないものの、命が危うくなる状況だ。
ここは真面目に考えよう。
まず、これは母斑というものだろう。
つまりアザだ。
普通はそこまで大きくはならないのだが、まれにこういう症状もあったと前世の記憶にあった。
「フェヘール、太陽の光を長く浴びると日焼けするだろう? あれは強い光が肌の奥まで入ってこないようにするためなんだ。つまり肌の奥で色を作ることができる」
「これは? 日焼けなら顔全部が黒くなる」
「色を作り出すところがおかしくなっているんだろうな。例えば左側と同じように調整するようなことはできないか?」
「……やってみる」
フェヘールは両手で男の顔を挟み込むようにして、なにやら魔力を流しはじめた――どういう仕組みなのか僕にはさっぱりわからない。
本来であれば上手か下手かはともかく、僕も魔法士としての素質はあるのだが、最初に「手から火や水が出るって、どんな物理現象だよwww」と心の中で大爆笑しながら試したのがいけなかったらしく、いまだにさっぱり使えない。
身体強化のほうは前世にVRゲームで習得済なので問題になかったというか、身体強化ができないとVRゲームの技の再現ができないので死ぬ気で練習しまくった――まあ、こっちを優先したせいで剣ばかりで、勉強をサボりまくる出涸らし王子ということになってしまったのだが。
後悔はまったくしてない!
過去に戻れたとしても、やっぱり僕は剣の道を進む!
そして、フェヘールは悪役令嬢ではなく聖女としての道を歩んで欲しいものである。
ブクマありがとうございました!
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