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なにかが起きている?

068



 魔獣の動きが変だ。


 オーガとフォレストウルフの集団がこっちに向かってくると、周囲にいた小型の魔獣も僕たちのいるところを目指して進みはじめた。


「円陣を組め! 我々は偵察にきたのだから、軽く当ってみることにする。ただし、無理に殲滅させなくても、逃げていくようなら逃がしてしまえ。追い払うだけでもよし。また、敵がしぶとければ撤退の指示を出すこともあるから、各々聞き逃すことのないように」


 コチシュ隊長は命令を出し、フェヘールに円陣の中心にいるようにと言った。


 侯爵家の娘であるし、ヒーラーなのだから、一番防御力の高いところに配置するのが当然だろう。


 ちなみに護衛のジョンと侍女のチュクも同行しているから、もう完璧で鉄壁の防御態勢だ。


「怪我をしたら、すみやかに退いて。死んでないのなら、すぐに治せるから」


 フェヘールはコチシュ隊長をはじめ、騎士たちに声をかける。


 すぐに士気が一段上がった。


 これから荒事になるというとき、バックにヒーラーがいるのといないのでは安心感がまるで違う。


 気配だけでなく、足音が聞こえてきた。


 コチシュ隊長がカウントをはじめる。


「交戦準備……10秒前、8、7、6、5秒前、3、2、いま!」


 いつでも振り下ろせるように上段に構えた大剣を、藪の中から飛び出してきたフォレストウルフの頭蓋に叩きつけた。


 骨を断つ手応えとともに、命の抜けた死体が転がる。


 まずは撃破数1。


 円陣を組んでいる他の騎士たちも第一波の撃破に成功したようだ。


 味方の損害は0。


 幸先がいい。


 僕は大剣を中段に構える。


 ちなみにアダマントの剣は置いてきた――僕にしては珍しく銘までつけたんだけどね。


 銘は『ハゴロモ』なんだけど、ちょっと恥ずかしくて僕が心の中だけで呼んでいる。


 前世にあった昔々の古い海外ドラマかなにかで三角錐を、さらに捻ったような形状のナイフが出てきた記憶があって、それがエンジェルブレードだったか、アークエンジェルブレードだったか、そんな名前だったはず。


 だけど、さすがに天使は恥ずかしいし、日本だと天女になるのかな? と思ったけど、それも直接的だし、天女の装備品ということで羽衣――あとでツナの缶詰が頭に浮かんだけど。


 ゲームだとレベルに合わせて装備もグレードアップさせていくから1本の剣を長く使うことはないし、しょせんデジタルデータだからね。


 いくら重さをリアルに感じられたとしてもVRにすぎない。


 だけど、この世界では本物の剣だし、はじめて手にした剣も嬉しかったし、いま使っている鋼鉄の大剣ももらったときはテンションが上がったが、憧れのアダマント製の剣だからとうとう名前をつけたい気持ちが、それを恥ずかしいと感じる気持ちを上まわってしまったのだ。


 まあ、それくらい大切にしているということ。


 だから、なんとか持って持ってきたかったんだけど、山脈越えの探検だと戦闘より、山登りをやっている時間のほうが圧倒的に長くて、剣を2本も担ぐ気になれなかったんだよ。


 魔獣が多く生息するメレデクヘーギ山脈だから持っていけば使う機会は充分にあると思ったけど、それ以上に険しい山道を何日も歩くことを考えると、ね?


 重さにへばって歩くのが遅くなったら、みんなに迷惑がかかるし。


 それなら鋼鉄の大剣に留守番してもらって、ハゴロモを持ってくるという選択肢もあったんだけど、なにしろ三角錐みたいな形状の突き特化だから使い勝手がよくない。


 剣のせいだけでなく、僕の練度不足も大きいんだけど。


 ストリーム・ストライクみたいな得意技になっているものもあるけど、特別に突き技をたくさん練習しているわけではないから、使える技がそんなに多くないんだ。


 これ出したら間違いなく勝てるという、必殺技がいくつかできるのなら話は別なんだけどね。


 前世のゲーム技とか、いくつもこの世界で再現してみたい突き技はあるんだけど、まだ成功してないものも多いし、練習で1度や2度成功したからといって、そのまま実戦で使えるわけでもないし。


 まあ、この先ずっとダメなままではないと思うので、将来の伸び代だな――伸びてくれるといいけど。


 そんなこともあって今日は大剣だが、使い慣れている上に汎用性の高いデザインだから使い勝手は悪くない。


 攻守ともに使える剣でもある。


 最上級の鉄で打ってあるからスチール製の剣としてはハイエンドに近いし。


 こういう円陣を組んだ野戦で1人だけ突出するわけにはいかないから、どちらかといえば防衛戦のような戦闘方法になった。


 まだいるオーガやフォレストウルフではなく、ゴブリンが突っ込んでくる。


 錆びた短剣を大袈裟に振りかざしていた。


 僕の大剣が上へ動いたのを見て、とっさにゴブリンは頭上に短剣を持ってくる。


 躊躇なく大剣を振り下ろす。


 その短剣ごとゴブリンを斬ったのだ。


 質の悪い鉄でできた、錆びた短剣でも、ゴブリンにとっては強力な武器だったはず。


 それをあっさり真っ二つにされ、その上で致命傷を負ったゴブリンは信じられないものを見るような目を僕に向けたまま崩れ落ちた。


 撃破数2。


「なんだ、こいつら……」


「どっかにいけ!」


 ゴブリンやコボルドなどの最弱クラスの魔獣と戦っている騎士たちが悪態をつく。


 しかし、そんな最弱魔獣でも絶対に退こうという様子がまったくなく、狂気に取り憑かれたように襲いかかってきた。


 いや、実際狂気に取り憑かれているのだろう。


 普通の状態なら自分たちが不利だと悟ればすぐに逃げ出す。


 コブリンなら仕留めたばかりの新鮮な獲物ではなく、死体を漁って腐肉を食らっても生きていけるのだから、命を失うかもしれない無理な襲撃を続けることは普通はしない。


 よく観察すると、両目を真っ赤に充血させ、鼻水をしたたらせ、口からよだれや泡を垂れ流していた。


 なんだ?


 正常な状態ではない……なにかキメてる感じ。


 だけど、こんな山深いところに薬が落ちていたり、魔法士がいるとも思えないが。


「少しずつ、退く。ゆっくりだぞ、陣形を壊すな!」


 コチシュ隊長が撤退命令を出した。


「ゆっくり」


「ゆっくり」


「ゆっくり」


 まわりの騎士たちも声を出す。


 たぶん、このまま戦っても負けることはないと思うのだが、この魔獣の様子はあまりにも不気味だ。


 戦闘継続はリスクが高いと考えたのだろう。


 そして、その考えかたは正しいと僕も思う。


 ゴブリンやコボルドはほぼ全滅、オークやフォレストウルフもかなり数を減らしたが、森の魔獣たちがさらにこっちに集まりつつあるのだ。


 イレギュラー過ぎる事態だから最終的にどの程度になるのか予測しようもないのだが、下手をしたら僕たちが負わせるダメージより、新しく集まってくる魔獣が多くなってしまうかも。


 その結果として戦闘が長く続けば続くほど僕たちは疲労が蓄積していき、集中力が切れていくだろう。


 なおさら魔獣のほうに有利になっていく。


「テンポを合わせるぞ、1歩、また1歩。焦るな、ゆっくり動け」


 僕たちは円陣を保ったままコチシュ隊長の号令とともに少しずつ後退していく。


 まだこっちが有利なうちに本隊の近くまで後退したい。


 その間も魔獣はどんどん攻めてきた。


 知能の高い魔獣はもちろん、低い野獣でも野生の勘が鋭かったりするので、こういうときは僕たちが隙を見せるのを待つこともするのだが、今回はそんなこともなく、どんどん向かってきた。


 僕のところにもあいかわらずゴブリンがしつこくやってきて、斬っても斬っても際限なく攻めかかってくる。


 撃破数はあっさり2桁を記録し、さらに20、30と積み上がっていくころ、戦闘音を聞きつけた本隊から増援がやってきて、協力して一掃した。


 こちらは損害らしい損害もなく、魔獣を壊滅させたのだが、だからといって大喜びということにもならなかった。


 魔獣の様子がおかしい。


 そして、騎士や冒険者たちの様子もおかしいのだ。






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