チヴァスィ王国爆誕!
066
フェヘールはドラゴンを治癒することに成功した。
ヘリアルによる従属状態から解放するという意味でも、僕たちに傷つけられた体をなおすという意味でも。
「人族の少女か……ふん! まあ、世話になったようだから名前を聞いておいてやろう」
なお、性格の悪さはなおらなかった様子。
「フェヘール・ファルカシュ・メレデクヘーギ」
「ふん! 我が名はアペフチ。覚えておくとよい。ところで不埒者は?」
フェヘールは瓦礫で埋まったダンジョンを指す。
アペフチの言う不埒者とは従属させたヘリアルのことだろうが、ドラゴンが凶化して全力で暴れまわった上に大量の水まで流れたのだから崩壊は当然で、水溺姫が水を消滅させると、ダンジョンの壁や天井が派手に崩れてしまった。
ヘリアルは生き埋めになったのか、あの瓦礫の向こうで生きていて、これから餓死するのか――どっちにしても楽な死にかたではない。
ざまあみろ、としか思わないけど。
自業自得だし。
アペフチはしばらく瓦礫の山を睨みつけていたが、プイとダンジョンの出口方向に顔を向けるとそのまま去っていった。
どこにいくのか知らないけど、周囲にはドラゴンがいくらでも生息できる環境があるのだから、どうにでも生きていけるだろう。
僕たちは鉱山のある7層まで戻ってくると、先に戻っていたマトルさんに隠れ里に招待された。
メレデクヘーギ侯爵や水溺姫が援軍に駆けつけてくれたのもマトルさんが伝令を送ってくれたおかげだし、今回は鉱山までさっさと戻ると、隠れ里で食事や宿泊できるように手配してくれたらしい。
ものすごく優秀だ。
ダンジョンから出て、そこからしばらく歩くと隠れ里があった。
隠れ里のうち『隠れ』というのは正確な表現だ。
森の中に埋もれるように存在し、その上で塀や建物には葉や草で偽装してあり、下手をしたら10メートルはおろか5メートルくらいまで近づいても気づかないかもしれない。
しかし、『里』はちょっと違うんじゃないかな?
外からでは森と一体化してわからなかったけど、内側から見ると5メートルはありそうな石垣や塀に囲まれている。
その石垣や塀に近い建物は壁が頑丈そうで、塀を巡らせた屋上になっていた。
さらに集落の四隅には石垣や塀よりさらに一段高い見張り台みたいなものが設置されているのだ。
畑なども囲んだ内側にあった。
これは要塞とか、城とか……規模的には砦がいいかも。
魔獣が多く生息する地域に住むということは、こういう形でないと危険なのかもしれないが。
あるいは、この里ができた当時はウルドゥグ大帝国に対抗するため、チヴァスィ王国最後の軍事拠点として整備したのかもしれない。
歴史的な経緯はともかく、いま、この瞬間から隠れ里はファルカシュ子爵領となった。
これまでフェヘールを崇めるようにしていた隠れ里の住人だけど、その母親であるロージャ・ファルカシュ・メレデクヘーギの姿を見かけると、今度は女王様みたいな扱いをはじめたのだ。
隠れ里の真ん中にある、3階建ての広い建物に案内された。
日本の城で例えるなら本丸だろうね。
その最上階の部屋には肖像画がいくつも飾ってある。
「ここに身を隠して以後のチヴァスィ王家の方々となります」
マトルさんが説明してくれた。
しかし、そんな説明がなくても見れば理解できる。
似ているのだ――フェヘールに。
そして、ロージャに。
特にずらりと並んだ肖像画の最初に飾られた1枚、鎧を着て、杖を持った戦装束の女性魔法士とは姉妹とか親子と言われても信じてしまいそう。
他のものが魔獣の闊歩する森に隠れ住んでいるにもかかわらず、できるだけ立派な礼服で描かれているのに、その1枚だけが異質。
「こちらはチヴァスィ王国最後の国王の末娘だと伝えられております。王国滅亡のとき、メレデクヘーギ山脈の向こうで王家再興を目指したと言われています」
「わたくしも聞いております。アンジャル姫ですね。そう……山脈は越えられなかったけど、その途中で住む場所を作ることに成功しましたか……水魔法の名手だったらしいですね」
「お方様をお見かけしたとき、まるでアンジャル姫の再来かと思いました」
感極まったようにマトルさんは目頭を押さえる。
ロージャは侯爵のほうに視線を向けた。
「ここはわたくしの領地ということでいいですね?」
「もちろん」
「あのダンジョンと、そこにあるアダマント鉱山も」
「そうなるだろうな」
いままで小さい村が残っていただけのファルカシュ子爵だったが、新たに稀少金属の鉱山つきダンジョンと山中拠点に使える村が1つ。
まあ、そうはいってもロージャが直接統治するのは無理なので、その場でマトルさんを代官として任命。
メレデクヘーギ山脈の向こう側を目指している侯爵家としては山中の中継地点に使える隠れ里は喉から手が出るほど欲しいはず。
ダンジョンも、アダマント鉱山も、どちらも上手く運用すれば大金を長く生み出し続けるだろう。
それをむあっさりファルカシュ子爵領と認めるのだから、侯爵が太っ腹というか、なんというか。
「ねえ、あの2人は政略結婚だと思っていたんだけど、そうでもないの?」
小声でフェヘールに尋ねる。
「まあ、貴族の結婚だから政略的な意味がないはずがないけど……メレデクヘーギ侯爵家もファルカシュ子爵家もここが領地だから、一緒にスタンピード防衛戦を何度か戦っているし。結婚前から仲が良かったと聞いているけど……結婚後も、ね」
「スタンピード?」
「魔獣があふれて山を下り、集団で街に向かってくることがあるのよ、たまにだけど」
「いや、スタンピードという言葉は知ってるけど……」
たまだったとしても、そんなことがあっては困るだろう。
ところがフェヘールは凶暴な笑みを浮かべた。
「魔獣を狩り放題の素敵イベントだから。きっとクリートも楽しめると思うわ」
「ああ……そういう扱い」
「他にどういう扱いなの?」
「街が全滅するレベルのヤバいイベント。あるいは命がけの危険イベント」
「防衛戦に失敗したら街は全滅するに決まってるじゃない。防衛に成功しても死亡者リストに自分の名前があったら、その人にとって個人的には失敗だろうし」
「やっぱり防衛に失敗すると街は全滅なんだ」
「わたくしたちがいるタイミングでそんなことになったら失敗しないようにがんばってね。いい剣も手に入れたし、やれるよね?」
そう言われて「やれません」とは答えられないよね?
しかし、この剣、僕のものにしちゃっていいのか?
そんな目で自分の腰を見ていたら、フェヘールがその疑問を解決してくれた。
「ねえ、お父さま。この剣、クリートに譲ってくれるのよね?」
「そうだな。今回の報酬が必要だろう」
侯爵はうなづくが、それをロージャが遮った。
「主にファルカシュ子爵領に利益があったから、わたくしから褒美を出すのが適当でしょう。代金はわたくしに請求して」
「わかった。そうしよう」
夫婦の間でのやりとりはあったものの、どっちにしても剣は僕のものでいいらしい。
鋼鉄の大剣に続いて、アダマントの剣まで手に入れることができた。
あとはダンジョンの最下層で財宝だな。
なにしろ国が買えるほどなんだから、ものすごい金額になるに違いない。
正式にファルカシュ子爵領になったのだから僕が発見したところで全部もらうわけにはいかないだろうが、半分でも所有権が残れば大金持ちだ。
問題はダンジョンが途中で埋まってしまったことだけど、スコップをどこかで調達できたとして僕が通れるだけの穴を掘れるだろうか?
「このまま帰るのかな? 結局ダンジョンの最下層までいってないだろう?」
「目的は果たしたんだから、もういく必要もないと思うけど。すでに探索済みのダンジョンならどうせなにも残ってないだろうし」
「いや、国が買える……アレがあるとか、あっただろう?」
「えっ? アペフチのことじゃないの? 従属させたドラゴンなんて世界に1頭だけだろうし、欲しがる王様はいっぱいいるんじゃないのかな……さすがに国と交換まではいかないと思うけど」
爵位と領地くらいはもらえるかもしれないし、大国から大きな所領をせしめることができればアルフォルド王国クラスの広さがあるかもしれない。
あと自治権を認めさせることができれば、実質王国を1つもらったのとかわらない
ダンジョン最下層のお宝って、そういう意味かよ。
まあ、たしかに貴金属や宝石がいくら大量にあったところで、国を買うとか、そんなの非現実的だし。
ドラゴンの従属化も非現実的は話なんだよな。
実際にやったのを見たから信じるしかないけど、他人から聞かされた話だったら絶対に嘘だと疑うよ。
そう考えるとアペフチこそ国が買えるお宝にふさわしい。
だけど。
「誰も得しないお宝だったな」
「アペフチが自由になったんだから、いいじゃないの」
「そうか……誰も得しなかったわけじゃないんだな」
そのとき里の住人が慌てた様子で駆け込んできた。
「ドラゴンがこっちに向かってきます」
お城の本丸の役割としては防衛戦のとき遠くの戦況まで確認するためでもあるから、この建物にも外の様子を見られるように窓がいくつもあった。
遠くに羽ばたくドラゴンがいた。
方向としては、こっちを目指しているようだ。
それを見てフェヘールは首を傾げた。
「あれはアペフチじゃない?」
「みたいだな……なにをしにきたんだ? 復讐のため無差別殺戮とか?」
「ドラゴンはわたくしたちより知能が高いほどよ。ちゃんと個体識別できるから、人族をまとめて殺してしまえとか、そんな発想にはならないと思うけど」
フェヘールはそんなことを言うが、生物の個体識別ができるからといって無差別に殺さないとは限らない。
前世だって通り魔とか、普通に「誰でもいいから殺したかった」みたいな事件はあったし。
命の値段がずっと軽いこの世界だったら、いっそうそんなこともありそうだけど。
隠れ里の住人や、メレデクヘーギ侯爵家の騎士や冒険者が騒ぎ出したが、アペフチは方角としてはこっちに向かっているが、いっこうに高度を落とす様子はなかった。
そのまま隠れ里を通り過ぎ、僕たちに用事があったわけではなく、どこかにいく途中にたまたま通りかかっただけかと思われたけど、その直後、なにかが降ってきた。
マトルさんが下に向かって叫び、拾って持ってくるように指示した。
6人がかりで運ばれてきたのは鉄枠で頑丈に補強された木箱。
高いところから放り投げても潰れないのだから、かなりいい木箱だと思う。
前世でのファンタジー的世界の宝箱みたいなデザインでかっこいいし。
開けてみると、中身は金銀や宝石といった財宝がぎっしり。
デザインだけでなく、実際に宝箱であるらしい。
「あのドラゴンがお礼を持ってきたのだろう。フェヘール、とっておきなさい」
侯爵がフェヘールに言う。
そうしたらフェヘールが僕に言う。
「財宝が欲しかったんでしょう、よかったらあげるけど」
そう言われても……僕はこれが欲しいのか?
いや、別に欲しくない。
なにか買いたいものがあるわけでもないし、使い道がないんだよね。
お宝が欲しいようなムーブをしたのは確かだけど、本当に欲しいかと問われれば……どうだろう?
自分の心理を深掘りしていくと、どうやら僕は宝探しがやりたかっただけで、発見した後どうするかというビジョンがまったくなかった。
ちょっと考えて、フェヘールに提案してみた。
「この里で運用したら? 里をもっと大きくするとか」
「ああ、それはいいわね。宿屋を何軒か建てたり。これから山越えの中継地点として使うなら宿泊施設はいるし、一般の冒険者だって泊まれる場所があるなら利用するわね。商店も欲しいかな? 販売や買い取りをする店舗があったら便利よね。マトルさん、お願いできる?」
フェヘールにお願いされて断るマトルさんではない。
「領地に投資するのはいいことですね……ところで隠れ里という名前のままではどうかと思うので、フェヘール、あなた、この里に名前をつけなさい」
母親に褒められてフェヘールはちょっと嬉しそうだ。
だけど、隠れ里の名前はいいのが思い浮かばないらしい。
困ったような顔を僕に向ける。
そんなこと言われてもなぁ……なにかあるか?
「このあたりの地名から取るか、自分の名前をそのまま取るか、いっそチヴァスィ王国の王都の名前をつけるか……」
「ポラーニね、それがいいわ」
広大なメレデクヘーギ侯爵領の中に、小さい飛び地のように存在するファルカシュ子爵領の、その中にある将来もしかしたらチヴァスィ王国になるかもしれないささやかな集落が誕生したのだった。
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