水溺姫の参戦
065
ドラゴンに頭から丸呑みにされそうになったが、それを救ってくれたのは1発の魔法だった――1発の魔法というには規模が大きいというか、威力が強かったけど。
岩がゴツゴツとしたダンジョンを津波が流れたのだ。
その津波に押し流され、僕はドラゴンの顎を免れる。
水の動きに身を任せて、充分に間合いが取れたと判断すると足を踏ん張って立ち上がる。
フェヘールたちのいる、さらにその向こうを見た。
胸当てをつけて、マントを羽織り、身長より長い杖を振っているロージャ・ファルカシュ・メレデクヘーギ――いや、水溺姫。
「夫や息子が、不細工に操られて、ほとんど抜け殻みたいなレッドドラゴンに苦戦するのなら、わたくしはがっかりしますよ」
きつい一言。
同じように足を踏ん張って立ち上がった侯爵と顔を見合わせる。
がっかりさせるわけにはいかないな、と目と目で話す。
侯爵はドラゴンと対峙し、正面から戦いはじめた。
僕は膝の部位破壊をやりとげようと思う。
右の後ろ足にとりついた。
いままでは前から膝の皿を狙っていたが、今度は後方から関節を突き刺す。
「グギャー!」
痛かったのか、うっとおしいだけなのかわからないがドラゴンが吠える。
すると、その口で水弾が弾けた。
外に零れたものもあるが、大半が食道や気管支に流れ込む。
「ガーガー」
ドラゴンが変な声を出す。
咳き込んだのかな?
意外と人間くさい。
しかし、そうやって口が開くと、そこに水弾が容赦なく撃ち込まれるのだ。
この強制的に水を飲ませる戦闘スタイルが水溺姫の由来なのだろうか?
魔法士のほうは水弾1発だからコストは最低に近く、やられるほうは延々と続く拷問だ。
もちろん、低級魔法といっても、ちゃんと口を開いたタイミングで正確に命中させなければならないのだから、練度としては相当高くないとやれないのだが。
ドラゴンが水弾に気を取られ、その隙を見逃さず斬り込んでくる侯爵に苦戦している間に僕は右後ろ足の膝を完全に破壊することに成功した。
前から散々突いたのと、後ろから突きはじめたことにより、半分近くが切り裂かれ、それにより自分の体重を支えきれなくなったのだ。
あとは自重で勝手に潰れるだけ。
その間、フェヘールや白樺救護団が負傷した騎士や冒険者に治療をほどこし、戦えるまでに回復した者から戦線復帰してくるから、こちらの戦力は増える一方。
ドラゴンは起死回生のブレスを何度も吐こうとしたが、そのたびに水溺姫の水弾に先手をとられて寸前で潰される。
ゲームと違ってHPが表示されるわけじゃないけど、体感的に残り1割もないと感じた。
もしHPバーがあれば真っ赤に染まっているところだろう。
ここは一斉攻撃で畳みかける場面だ。
「撤退!」
だが、そのときメレデクヘーギ侯爵が発したのは僕の考えとは正反対の後退命令。
一瞬、カッと頭に血が上り、むしろ突撃しようとして……剣と心と足に急ブレーキをかけた。
今日は侯爵の指示に従って、この世界の魔獣狩りのイロハは学ぶつもりだったのだ。
特に集団戦のセオリーが僕の知るものとの違うかもしれないから、おかしいと感じても全部丸呑みにすると決めたのだった。
それを思い出すと、すぐに冷静になれて、みんなと一緒になってドラゴンの攻撃範囲から撤退した。
ほぼ同時にドラゴンがメチャクチャに暴れはじめる。
これは……凶化?
ゲームでも一定のところまでHPを削ると攻撃パターンが変わったり、第2形態とか第3形態になったりするものもあったけど。
この世界の魔獣はプログラムではなく、生きているのだから機械的に一定の数字でになると撃パターンが変わるとは思ってなかった。
まあ、実際にはあらかじめ決まった数字があるわけではなく、追い詰められたという心理状態からくるのだろうが……HPバーを見るのではなく、敵の心理を読まなくてはいけないわけだから難易度が段違いに難しそうだ。
しかし、あのまま突撃したいたら危ないところだった。
そして、いままでの経験の積み重ねだろうが侯爵の指揮の適切さに舌を巻く。
辺境に領地を持つというのは、こういうことなのか。
ドラゴンは僕たちを攻撃するというより、ただデタラメに暴れまわる。
「やめろー、やめるのだー」
遠くからヘリアルの声が聞こえてくるが、凶化したドラゴンは指示に従うこともない。
とうとうダンジョンそのものに攻撃するようになり、天井や壁が崩れはじめた。
「終わりですね」
最前線に出てきた水溺姫が杖をドラゴンのほうに向かって突き出した。
目の前に無限とも見える水があふれ、ダンジョンの内部を埋め尽くす。
ただし水溺姫の杖の先から後ろには水は1滴も入ってこないので、僕たちが溺れることはない。
ダンジョン内が水で満たされるとドラゴンはいっそう大きく暴れはじめた。
凶化にくわえて酸素をもとめての動きだろう。
前足がダンジョンの壁をつかんだとしても、空気のある場所にいけるわけもない。
後ろ足がダンジョンの天井を蹴ったとしても水で満たされた空間から出られるわけでもなかった。
ドラゴンはだんだんと弱っていき、とうとう動かなくなる。
「お母さま、そろそろ許してあげて」
「あら、フェヘール。あれはまだ死んでませんよ?」
「ヘリアルの手駒にされていただけで、ドラゴンに罪があるわけでもなし。もし自らの意思でわたくしたちを害そうというのなら、あらためて始末すればいいだけ」
「まあ、それもそうね。ここにきたときの惨状からすると我が家の騎士も、出入りの冒険者も少しばかり練度が足りないようだから、ちょうどいい訓練になるかもしれない」
騎士や冒険者たちが顔を赤らめて顔を伏せる中、水溺姫は杖から出した水を一瞬で消滅させた。
あとに残ったのは派手に崩れたダンジョンと、そこに埋もれるようにして倒れているドラゴン。
「で、これはどうすればいい?」
質問をしたのはフェヘール。
その答えを求められているのは僕。
いや、いや、いや、ちょっと待て!
ドラゴンを助けると言ったのはフェヘールじゃなかったか?
いきなり僕に丸投げかよ。
まあ、考えてみるけど……つまりヘリアルがドラゴンを従わせている理屈はわからないものの、結局のところ脳が正常な判断ができないようになっているのが原因だろう。
僕は自分の頭に指を突きつけた。
「ここでいろいろ考えたり、全身に動くように命令していることは説明したよね?」
「ええ、覚えてるわ。心臓ではないと言われてびっくりしたから」
「つまり、このドラゴンはヘリアルになにかされて頭がちゃんと働かない状態になっているのだと思う。なにか脳にとって有害な、たとえば毒のようなもののせいかもしれないし、一部しか働かないようにブロックする呪術みたいなものがあるのかもしれない。脳内の不純物を浄化したり、思考スピードを最適化するようなことできたら、元に戻るんじゃないかな?」
よくわからんけど。
僕のよくわからんことを、ちゃんと治癒魔法に落とし込めるのがフェヘールのすごいところで、ああでもない、こうでもないとドラゴンの前でしばらく唸っていたけど、最後にはちゃんと結果を出した。
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今年のゴールデンウィークは遊びにいく雰囲気でもありませんが、せっかくの長期休暇が楽しいものでありますように。
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