事変勃発
060
明日の朝にはオーガのエサになることが決定した少しあと、ヘリアルの仲間というか、たぶんブレイブスピリットのメンバーだと思うんだれけど、顔も体も厳ついおっさんが食事を持ってきた。
ボウルに入ったシチューっぽいなにか。
最後のディナーとしてはわびしい。
「おそらく1時間くらいしたら騒ぎになるはずだ。準備しておきな」
男は食事を渡すとき、僕たちの耳元で謎の言葉を小声で呟いた。
それだけで、まったくなにもなかったような表情で去っていく。
「どういう意味だろう?」
フェヘールが呟くが、僕は口にピンと伸ばした人差し指を当てる。
どこで聞いているかわからないから、敵を警戒させる話はしないほうがいい。
「とろみがあるからスープではなく、きっとシチューじゃないかと思うんだけど、肉も野菜もさっぱり見当たらない」
「わたくしのほうは魔獣の内臓の切れ端が入っているから、ちょっとは上かな? でも、この不味い味はゴブリンかも」
「かわりに、こんな具が入ってた」
僕がスプーンですくったものは鍵。
こんな場面で出てくる鍵といえば、この牢の鍵だろう。
男の言葉からすると、あと1時間後にヘリアルの気をそらすような騒ぎが起きるから、それに乗じて脱獄できるように準備しておけということだろう。
鍵を手早く拭いてポケットに押し込むと、残ったシチューをボウルの縁に口をつけて一気に飲み込んだ。
そして、ベッドに寝転がる。
何年も寝藁を換えてないんじゃないかという臭いベッドだけど、食事の直後だったせいか、すぐに瞼が重くなってきた。
体感時間で1秒もしないうちに体を揺すられて目が覚める。
「なんでこんなときに本気で寝るのよ」
フェヘールに怒られた。
怒声、ざわめき、なにかを破壊するような音までして、外では確かに騒ぎが起きている。
すぐに牢の鍵を開けて逃げ出そうとした。
だが、外に出てみると騒ぎどころではない。
反乱とか、暴動とか、そんな感じ。
さっきまで負け犬のようにしょぼくれたボロボロの鉱山労働者たちがシャベルやツルハシを振りまわしてブレイブスピリットの連中を殴り倒し、追いかけまわしていた。
すでに血を流して倒れている冒険者もいる。
しかも、冒険者の一部が鉱山労働者と共同戦線を張っているようだ。
剣や弓で武装した冒険者がブレイブスピリットに襲いかかっていた。
それでもヘリアルとその周辺の連中は強く、襲いかかってくる鉱山労働者や冒険者を上手くさばいて近寄らせないようにしていたが、なにしろ数が違う。
鉱山労働者なんて数百人はいるんじゃないだろうか?
ブレイブスピリットの幹部が強いとわかると、遠巻きに囲んで一斉に石を投げはじめた。
日々の過酷な肉体労働で鍛え上げられた鉱山労働者がコブシほどの石を次々に投げてくるのだからたまらない。
頭に直撃をくらって卒倒する者も出てきた。
「いったん……いったん……いったん引くぞ」
さすがのヘリアルも不利を悟ったのだろう。
包囲網の薄いところを強引に突破して逃げ出していった。
「トカゲがびびって逃げていくぞ!」
「俺たちの勝ちだ!」
「姫様がいるぞ! みなの者すぐに集え!」
鉱山労働者たちが僕たちのほうにやってきて、一斉に跪く。
これ、なに? とフェヘールのほうを見る。
だけど、彼女も戸惑った顔をするだけ。
「姫様」
「姫様だ」
「姫様」
「姫様」
「姫様……」
すごく慕われているみたい。
「代表者はいますか?」
気を取り直したフェヘールが鉱山労働者たちに声をかけた。
すると一番の古株という雰囲気の老人が前へ出てくる。
老人といっても顔からすると結構な年齢だと思うんだけど、身長は180を超えていそうだし、腕や足の筋肉はものすごいし、服に隠れてわからないけど腹筋だって6つに割れてそう。
「マトルとお呼びください。チヴァスィ王国最後の宰相チッラグ侯爵家の流れをくむ者となります。残念ながらチヴァスィ王家の血統を継ぐ方は絶えてしまいましたので、いまでは私が最上席となります。ここにいるのもチヴァスィ王国やファルカシュ子爵家に縁の者たち」
「………………ええっと……そういうことなのね」
かなりとまどった顔をして混乱気味のフェヘールだったけど、すぐに気を取り直し、負傷者の手当をすると言い出した。
負傷者に治癒魔法をかけるたび、周囲から「素晴らしい」「奇跡だ」「もったいない」などと声が聞こえてくる。
あっ、いま鉱山労働者たちもフェヘール教に入信したな。
「なんでこんなところで鉱山労働者みたいなことをしているのか訊いてみて」
落ち着いたところでフェヘールの耳元に囁く。
僕が直接質問したほうが早いんだけど、たぶんフェヘールから訊いてもらったほうが結局はスムーズに話が進むはずだ。
「ウルドゥグ大帝国に侵略され、チヴァスィ王国が失われたとき、メレデクヘーギ山脈を越えてた向こう側で新たなるチヴァスィ王国を建国しようと山に分け入り、結果的に山脈を越えることができず、比較的魔獣の少ないところを開拓して隠れ里を作っていたのですが……」
このダンジョンも元々はマトルさんたちの隠れ里が独占的に利用していたそうだ。
掘り出された鉱石は協力してくれる冒険者に託され、冒険者ギルドで換金され、山の中では入手が難しいものを買って運んでもらっていたらしい。
必要なものが入手できないのでは稀少金属も無意味だし、冒険者のほうも結構な報酬をもらえて、双方にメリットのある話だ。
もちろん、そのまま持ち逃げされたり、揉めたりすることもあったが、信用できる冒険者パーティーと巡り会うこともある。
その冒険者パーティーにエイン・ヘリアルが新人として入ってきた。
200年近く前のことらしい。
だんだんとパーティーのベテランが引退していき、リーダーが交代し、数十年が過ぎるとヘリアルが最古参のメンバーで当然リーダーに推された。
ヘリアルがリーダーになると分け前で揉めることが増えて隠れ里のほうでは別のパーティーに鞍替えすることも検討されるようになる。
このころにはウルドゥグ大帝国もすでに消滅し、なにもチヴァスィ王国の関係者だからといって隠れ住む必要がなくなっていた。
実際、隠れ里から出ていった人も少しはいたという。
狭いコミュニティーの隔絶された世界で生きていたから、外でやっていけるか不安があってほとんどの里人は残ることを選んだが、ごく一部に好奇心が勝った人がいたようだ。
つまり隠れ里のほうには弱みらしい弱みはない――せいぜい発見したダンジョンを届け出さずに占有しているが、そもそもチヴァスィ王国の生き残りが現在の領主の支配下にあるかという問題になる。
だが、先手を取られて隠れ里を制圧され、人質まで取られ、里人たちはダンジョンの中に追いやられて鉱山奴隷として扱われることとなった。
「もちろん、何度もヘリアルを倒そうと計画を立てました。しかし、そこでも先手を取られて掘り出したアダマントを背景にした資金力で冒険者クランを立ち上げ、腕利きの冒険者を集めてしまいました」
当時はまだチヴァスィ王国家の血筋を引く人物がいて、それが人質に取られていたのも決行を難しくしていたとマトルさんは語った――彼の生まれるよりも前のことだから、多少は誤って伝えられている部分もあるかもしれないけど、大筋ではこんなことがあったらしい。
「そして今日、ファルカシュ子爵家の子孫――同時にチヴァスィ王国家の血筋でもある方を恐れ多くもオーガのエサにするなどと暴言を吐き、かつ実行しようとしていました。こうなったら全滅を覚悟でやるだけやってみようと覚悟したところで、あちらの冒険者から協力すると申し入れがあったのです」
ヘリアルを裏切った冒険者たちのほうに視線を向けた。
この前、冒険者ギルドの前でフェヘールの治癒魔法をうけてヘリアルに殴られていた冒険者が代表して前へ出てきた。
いちおう話は聞くけど、聞かなくてもわかるよな?
チヴァスィ王国の生き残りはフェヘールの持つ2つ目の爵位継承権ゆえに命がけで戦うことを決意し、そこにブレイブスピリットのメンバーでフェヘール教の信者が合流したのだろう。
「クシュウと申します。聖女様とクランとどちらが大切かと言えば聖女様ですので、それに手をかけようとした不埒者のヘリアルを処そうとしましたが、失敗して逃げられました。ただ、奴が逃げた先はダンジョンの奥。地上に出る道はありませんし、掘れる深さでもないですから、すぐに見つかるでしょう。あの先は水も食料もありませんから、放置しておいても何日かで死ぬとは思いますが」
うん、やっぱりフェヘール教の信者だね――狂信者かな?
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