出涸らし王子は剣技を実戦で試す
006
バレンシア帝国領を横断してアルフォルド王国に帰国するために必要なものはいっぱいあるけど、とりあえず早急に用意したいので身分証と資金。
それで、僕たちは最初の目標として冒険者ギルドにいって冒険者として登録することを目指すことにした。
「ところで……帝国で冒険者として登録してもだいじょうぶなのか?」
隣を歩くフェヘールに気になったことを尋ねた。
魔獣の巣窟みたいなメレデクヘーギ山脈が彼女の父親の領地で、魔獣の討伐もよくやっているようだから、いろいろ冒険者との接点もあるのだろう。
少なくとも、僕よりは詳しいようだから知りたいことを質問してみる。
「冒険者ギルドは大陸のどの国にもあって、独立した組織だから問題ない。たとえば戦争のとき冒険者が傭兵ギルドに登録して参戦することは結構あるし、住んでいる国の臣民として徴兵されることもあるから、個人レベルでは完全に中立とはいかないけど、ギルドは中立なの」
本名で登録しなくてもいいわけだし、とフェヘールがつけくわえた。
「本名でなくても登録できるのか? バレないのか?」
「個人を識別できる記号であれば、あとはどうでもいい。そもそも名前のない人もいるから」
「名前がない人?」
「孤児とか。親に名前をつけてもらえなくて、誰かが勝手につけたものをそのまま名乗ったり、自分で考えた名前を使うのは割とよくあるわ」
「なら、別に名前はいいか……年齢制限とかはないのか?」
僕たちは13歳。
アルフォルド王国でもバレンシア帝国も15歳から成人という扱い。
つまり、いまの僕たちは未成年なのだ。
「あまり幼くなければ大丈夫。街中で伝言を届けるとか、子供でも小遣い稼ぎができるようになってるから」
「そんな仕事もあるんだな」
「わたくしたちの家にはメッセンジャーがいるけど」
「機密の書類もあるから」
電話もメールもない世界だから、王城や貴族家にはメモや書類を届ける、伝令係みたいな役職がある。
しかし、別に皇族や貴族ではない、一般の平民にしても家族や友人にちょっとしたメッセージを送りたいときもあるはずだ。
まだ郵便制度もないし、そんなものに大金は払えないから、子供に小遣い銭を握らせて頼むらしい。
「自分の年齢を知らない人も多いよ」
「自分の名前を知らない人がいるのだから、年齢だってわからなかったりするんだよな……」
僕、王子だから世間のことに疎いのかもしれない。
まあ、前世と違って福祉とかあまり充実してなさそうだな、と前から思っていたけど、基本的に平民の暮らしについて本当のところは王城にいてはわからない。
しかし、王子という立場だと勝手に城から出て街に遊びにいくというわけにもいかないのだ。
そもそも城からこっそり抜け出すのが不可能といっていいほど難しいし、もし下手に成功してしまったら警備担当者が処罰されてしまう。
命の軽い世界だから、下級の警備兵が何人か首をなくすことになりかねない。
嫌だよね、ちょっとハメを外したら、人の首がゴロゴロ転がるって。
僕は出涸らし王子だけど、他人の命を代償にする脱走ごっこを楽しめる性格はしてないつもり。
無事にアルフォルド王国に帰れたら孤児の保護に力を入れようかな?
王族なのだからボランティア的なことをしても許されるはず。
あと名前のない子供がいたら――大人でも希望者には僕が名前をやろう。
親に名前をもらえなかったとしても、王子にもらった名前なら堂々と名乗れるだろう。
それとも、かえって迷惑かな?
出涸らし王子だしね、第1王子とかだったら自慢できるけど。
いや、それはいま考えることじゃないな。
「フェヘールはどんな名前で登録するんだ? ああ、すでに登録済か? メレデクヘーギ領にも冒険者ギルドはあるんだろう?」
「あるけど、冒険者としての登録はしてないわ。お父様から下々の仕事を横から奪うのは貴族の振る舞いではないと冒険者になるのは禁止されたので」
「僕は王族だから、もっと駄目かぁ……しかし、緊急事態だから許してもらうしかないな」
「仕事を請けるのはやめよう。討伐した魔獣を売るだけ」
「まあ、逃亡中に請けられる仕事なんてないだろうが」
「隣の街まで移動するのに、馬車を雇えばお金を払うことになるけど、護衛の依頼を請ければお金がもらえる」
「ああ……そういうことか。しかし、護衛の仕事はないな。僕たちの追手に途中で襲われるかもしれない。護衛のせいで危険が増えたら笑えないぞ」
「では、仕事は請けないということで?」
「僕はディクという名前で登録しようと思う。いいか?」
「覚えておく。わたくしは……ヘールにしておこうかな? ただ名前を少し縮めただけだけど」
こんな話をしながら僕たちは森をさまよい、小さな川を見つけると夢中で飲んだ。
きれいな水だったので、2人で相談して川沿いに進むことになった。
水筒がないからね、水場の確保は絶対。
さらには水を飲むのは人間だけでなく、動物もだから夕食も手に入る。
「ストリーム・ストライク!」
茶色で、尾羽の長いヤマドリみたいな鳥が草むらから顔を出したので突進して突き倒した。
これは『マンスタニア・クロニクル』というゲームのアーツと呼ばれる剣技の1つを再現したもので、おおよそ5メートルほどの距離を助走もなしに一瞬で間合いを詰めて突き技を出すもの。
僕が剣ばかり振りまわしているのは、前世でやっていたゲームの剣技を再現しようと努力しているせいだ――まわりに理解者がいないので出涸らし王子と呼ばれることになっているのだが、そんなことは気にしない。
もちろん、ゲームのアシストはないけれど、かわりに身体強化の魔法がある。
身体強化の魔法でAGI極振りしないとできないし、必ずしも上手くいくわけでもないが、現在だいたい八割くらいの成功率はあった。
フェヘールが驚いた顔をしていたので、僕もドヤ顔しておいた。
まあ、実際のところは『マンスタニア・クロニクル』にあった剣技のアーツとしては初歩なんだけどね。
そのゲームのシステムアシストがない状態で高難度のアーツやスキルをこの世界で完全再現するのは難しい。
獲ったヤマドリは2人で美味しくいただきました!
しばらく逆さに吊るして血抜きし、なんとか内臓を取り除いて下ごしらえ。
調理器具がないので木の枝で串を作って、焚き火で炙るワイルド系の野外料理になってしまったけど。
そもそも肉はしばらく熟成させないと、硬くて、マズい。
まあ、贅沢なことを言っている場合ではないから、カロリーを補充するだけの燃料と割り切るしかないだろう。
基本的には剣技にしか興味のない僕だけど、『ラタトクス・オンライン』では解体スキルで散々モンスターを解体したからね。
あのゲーム、解体スキルを持っているとドロップアイテムの出方が違うんだ。
VRゲームでレベルカンストしてるんだから、ヤマドリを食べられるように捌く程度は簡単にできる。
本当は切れ味のいいナイフがあればよかったんだけど、刃物といえば腰の剣だけだから、時間もかかったし、あまりきれいにできなかったが、内臓を抜いて、可食部分を一口サイズに切りわけることはできたのだから上出来だと思っておく。
「まさかクリートにこんな特技があるとは知らなかった」
「ちょっと硬いし、脂のノリも悪いし、そもそも塩すら持ってないけどな」
「わたくしも魔獣の解体はそこそこやれるのよ。うちの領でやってたから。今度はわたくしが腕をみせるわ」
「期待してるよ」
「じつは山菜やキノコも見かけたんだけど……」
「鍋があったらなぁ」
「だから、これだけ摘んできた」
そう言ってフェヘールが見せてくれたのはピンク色のキノコ。
あの……これ、絶対にヤバい奴じゃん!
「これ、生で食べられるんだよ」
「いや、それは……」
「だいじょうぶ」
パクッと口に入れてしまう。
「生で食べられるけど、わたくしの好みの味ではないわ」
じゃあ、なんで食べるんだよ? と思うけど、要するに栄養補給なんだろうね。
しかたない。
僕も食べよう。
食べたくないけど。
最悪、お腹がおかしくなっても聖女様がいるんだし。
その聖女様お勧めのキノコだ。
パクッ。
なんか酸っぱい。
うーん……そのうち癖になるかもしれない味だとは思うけど、僕の好みではないような。
「やっぱりキノコは煮たほうがいいな」
「冒険者として稼げるようになったら鍋を買おうね」
「うん、そうしよう」
秋の森は日が暮れると気温が一気に下がってくる。
毛布の1枚もないので、一晩中、火を絶やさないようにして少し眠った。
本来なら交代で見張りをしたほうがいいのかもしれないが、気配探知のようなスキルはたいていのゲームにあったし、当然この世界に生まれてからも練習済。
フェヘールも強い魔獣が闊歩するような領地に住んでいるだけあって、おなじようなことができるらしい。
熟睡とはいかなかったし、彼女のほうも同様みたいだったが。
そうやって3日ほど川沿いに進んだ。
最初に見つけたときは僕たちでもまたげるほどの小川だったのが、いまは泳いで渡るのも難しそうな大河となっている。
おかげでフェヘールが雷属性の魔法を水面にぶつけて、気絶したり感電死した魚を捕ることができたから、食事のレパートリーが増えた。
まあ、本当は海だったらよかったんだけどね。
海水につけてから焼けば少しは塩味になったと思うから。
「でも、そろそろちゃんとした料理を食べたいよね?」
「襲撃された場所からかなり離れたので、そろそろ街に入ってもだいじょうぶ……だといいけど」
「問題は服装だよな。いっそ干してある洗濯物でも盗むか? 金になりそうな魔獣でも狩って、代金のかわりに置いていけばいい」
「わたくしたちの身分で泥棒の真似事をするの? しかも代金に魔獣って絶対噂になるわ」
「なるよなぁ……」
そろそろ念願の冒険者登録できるんじゃない? と期待に胸を膨らませていたのだけれど、ギルドに着ていく服がない。
いや、そもそも街に入れないよ。
金糸や銀糸を使った結構豪華な服を2人とも着ていて、とてもではないが平民には見えないのだ。
その上、僕の服は魔獣の返り血がついているし、フェヘールのほうだって野宿を繰り返したせいで汚れがこびりついていた。
血や土のついた豪華な貴族服の2人組――どうみても不審者だね!
通報案件だ。
これでは街にすら入れそうにないし、失明寸前くらいに視力の悪い門番がいてくれれば通れるかもしれないけど、お金がないから古着屋で適当なものを見繕うのも難しい。
「しかたない、こうなったら毛皮だ。鞣しかたがわからないけど」
VRMMORPGで生産職も少しは経験しておけば、この世界でも必要なものが作れたかも。
でも、なぁ……僕は剣士なんだよ。
戦うことしかできない僕がやることといえば、やっぱり戦闘だ。
さっきからどんどん近づいてくる大型獣がいるようだ。
剣を抜いて、魔力を身体に巡らせた。
熊?
いや、魔獣だ。
確かオックスグリズリーという名前だったはず。
3メートルはありそうな巨大熊みたいな外見で、いきなり僕の姿を認めると口から炎を吐いた。
「え、ブレス?」
とっさに横に転がり、起き上がりざま突き技を使った。
「バースト・アタック!」
これは僕が『神代戦記 ガイゼアン』のソードスキルを再現したもので3連突きの技だ。
空中を駆け上がるように飛ぶと、両目と鼻を突き刺した。
オックスグリズリーは魔獣であっても生き物である以上、目を潰せば視力を失うし、鼻に強いダメージを受ければ呼吸に支障が出る。
それでも後ろに抜けた僕を追って振り返ったが、こっちはすでに次の一撃を用意していた。
「遅い!」
この世界はゲーム内より1つ優れているところがある。
たいていのゲームでは必殺技を連発できないように、クールタイムとリキャストタイムが設定されているが、ここにはそんなものは存在しない。
逆にゲームではHPやMPがゼロになる瞬間まで最大のパフォーマンスで戦い続けられるが、この世界では戦闘が長引けば普通に疲れて動きが悪くなり、集中力も切れてくる。
つまり僕は疲れるまで再現できるゲームの剣技を連続して使い続けることができるのだ――必殺技でさえも。
「断頭台!」
ヒュンと剣が唸った瞬間、オックスグリズリーの首がコロリと転がった。
これぞ『トリディアーノ・レコード』にある首を薙いで一刀で刎ねる必殺技。
決まったね、と自分に酔っ払いかけたが、どこからか矢が飛んできて背筋が冷たくなった
いま倒したばかりのオックスグリズリーの背中に矢が突き立つ。
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