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崖から落ちたし雨も降ってくるし

056



 ミドガルドと交戦の結果、僕とフェヘールは崖の下に落下した。


 落下中にフェヘールが魔法で自分の作れる最大サイズの水弾を用意してクッションにしたおかげで落下死は免れた。


 ずぶ濡れになりながら岩の直撃を受けた僕の胸部から腹部にかけて治癒魔法をかけてくれたし、二重に助けられたよ。


「なあ、フェヘール。ミドガルドって龍種で最弱と聞いていたんだけど」


「だからあんなに弱かったでしょ?」


「あれで? 僕、殺されかけたんだけど」


「普通は腕利きを集めて集団で狩るのよ」


 ドラゴンと1対1で戦う人がいたら、それは勇者かバカのどちらかね、とフェヘールに笑われた。


 ちなみに僕は前世で何度も勇者だったんだけど?


 魔王を倒して世界を救ったことが何回もあるから――もちろん、ゲームの中だけど。


「この世界で勇者になるつもりはないんだけどな。ゲームの勇者は楽しいけど、リアルで勇者やるのは大変そうだし」


「わたくし、誰かのことをバカだと評したつもりだったんだけど?」


「認める。バカのやることだ……で、これからどうすればいい?」


 僕たちが落ちてきた崖を見上げながらフェヘールに問う。


 先人たちが整備してくれた山道だって険しくて大変だったのに、まったく手の入ってない山肌は手がかりすらなさそう。


 しかも、ここは険しい崖の中でもとりわけ険しい場所みたいで、傾斜は90度どころではなく、オーバーハングになっていところばかり。


 ロッククライミング、それもボルダリングみたいなものの達人なら登れるかもしれないけど、僕はまったく経験がなく、しかも剣や防具を身につけているのだ。


 しかし、フェヘールは幼少期からこのあたりにきているはずだから、なにかいい手段を知っているだろう――などと甘いことを考えていたわけだ。


 もちろん、返ってきた答えは否。


 僕たちがミドガルドと交戦した稜線を辿って登っていくのが通常リルートで、そこから落ちた現在地点は地図に載ってない場所。


 未探索というか、山脈越えには関係ないところだから、わざわざ調査したりはしないとのこと。


「ここは登れない。そもそもいくつかある登山道やその周辺以外は地図すらない――少なくともメレデクヘーギ侯爵家にはないから。このあたりを縄張りにしている古くからある冒険者のパーティーには何代にもわたって所属メンバーが調べた秘伝の地図があるという噂だけど、それだって完璧とはほど遠いと思う」


「それなら、どうやって本隊と合流する? ひょっとして空を飛ぶ魔法、それも2人で飛べたりはしないか?」


「もらった杖のおかげでいままでよりは魔法の出力は上がったけど、飛行魔法みたいな幻の魔法をほいほい使えるようになるほどじゃない。この高さだとお父さまが崖の上まで迎えにきてくれたとしても、わたくしたちの姿さえ確認できないだろうし、そもそもロープの長さが足りない」


 崖の上の方は張り出しが大きく、そのオーバーハングが問題で、上から僕たちがいまいる場所は見えないだろう。


 さらに崖の下は植生がかわって森のようになっているから、なおさら人の姿を探すのは難しい。


 望遠鏡も双眼鏡もない、光学機器は原始時代からいくらも発展してない世界だからなおさらだ。


 そもそも透明度の低い曇りガラスを製造するのがやっとなのだから、性能のいいレンズなんて100年単位で未来のテクノロジーだろう。


「とりあえず無事だと伝えるね」


 と言ってフェヘールが上に向けて光弾を撃った。


 この世界、光学機器は発展してないけど、魔法があるんだったね、そういえば。


 崖の上からも光弾が下に向かって撃ち込まれた。


「上手く伝わったようね。で、どっちいく?」


 フェヘールが崖に向かって右と左を指した。


 太陽の位置から推測するに右がだいたい東、左が西に当たるはず。


 どっちいく? と問われても東にいけばなにがあるのかも、西にいけばどうなるのかも、さっぱりわからない。


「ちなみにフェヘールのお薦めは?」


「そうねぇ……」


 杖を地面に立てて、素早く手を放す。


 コロンと杖の倒れた方向は東側。


 こっちね、と右手で先を指す。


「そんなんで決めていいんだ」


 思わず突っ込んだけど、フェヘールはびっくりしたような顔になった。


「他にどうやって決めるの? 剣が倒れた方向のほうがよかった?」


「……いや、杖でいい」


「どこか崖を登れそうなところがあればいいのよ。この崖さえ越えれば本隊に合流できるし、意外と時間がかかって追いつくのが難しそうなら下山すればいいし」


「遭難というほどでもないのか……」


「まあ、難に遭ったのは間違いないけどね。ただ、いまのわたくしたちは食料も少し持っているし、現在位置を見失って迷っているわけでもないし、そこまで絶望的な状況ではないと思うけど」


「よく考えたらフェヘールの実家の庭みたいなところなんだよな」


 ちょっと大げさに考えてたのかな?


 そうだ、と言ってるかのように、上から袋が降ってきて、地面に落ちたショックで口が開きミドガルドの鱗が何枚か飛び出した。


「クリートの取り分ね」


「僕の分? ということはミドガルドは討伐されたの?」


「さっき合図が返ってきたし、そういうことじゃない?」


「でも、そんなに時間が経ってないと思うけど」


「お兄さまが本隊に戻って、すぐにお父さまが動いてくれたとしたら、こんなものだと思うけど……そもそもミドガルドと1対1で戦おうとするのはクリートだけよ。本隊には腕利きが何人もいるから囲んで叩いて、すぐに終了」


 バトルではなくハンティングなんだね。


 ここは本当に僕の常識が通じない場所だよ。


 こういうのカルチャーショックって言うの?


 僕はミドガルドの鱗を袋に詰め直して、リュックサックに入れる。


 そして杖の指し示した方向を見る。


「いこうか?」


「ええ、いきましょう。傾斜の緩そうなところが早く見つかるといいわね」


 フェヘールは暢気に散歩するかのようだったけど、そんなのも10分ともたなかった。


 そして、僕の知る常識がまたしても通じない出来事でもあった。


 いままで晴れていたのに、急に雨が降り出したのだ。


 山の天候は変わりやすいと聞くけれど、こんな短い時間で晴天が雨天になるの?


 つばの広い帽子とマントが雨具のかわりだ。


 油をたっぷり染みこませた革製だけど、顔や首まで覆ってはいないし、足元は雨が直接あたるし、だんだん体が冷えてくる。


 そもそも快晴だったときでも少し肌寒かったのに、雨天になって気温が気に下がったせいもあって、ちょっと焦る。


 だけど、越えなければいけない崖は見える範囲ではどこも険しく、とても登れるものではなかった。


 かわりに洞窟のようなものを発見。


「雨宿りしようか?」


「そのほうがいいわね」


 すぐに相談がまとまる。


 幅も高さも10メートル以上あるんじゃないかな?


 巨大な洞窟だ。


 スケール感がぜんぜん違う世界だよ。


「ひどい場所だな」


「将来クリートの領地になるかもしれない場所なのよ、あまり悪く言わないで」


「そういえば切り取り自由だったね」


「メレデクヘーギ侯爵家の支配地はダメだけど、このあたりなら問題ないはず」


 僕の目の前には無人の荒野が広がっている。


 家なんて1軒もない。


 開拓だって無理だろう。


 いや――例えば山中の比較的危険の少ないところに旅館というか、山小屋をいくつか建てるのはどうだろう?


 冒険者が喜んで泊まってくれると思うけど。


 狩れる魔獣からすれば少々高くても客はくるだろう。


 水や食料なんかもボッタクリ価格でも喜んで買っていくに違いない。


 ここは意外と稼げる土地かもしれないぞ。


「ねえ、クリート」


 くだらないことを考えていたら、フェヘールに袖を引かれた。


 いつの間にかリュックサックから四角いカンテラを取り出して明かりを用意し、それで真っ暗な洞窟の奥を照らしている。


 これを見て、と指した地面には足跡が。


 しかも、その足跡は小ぶりだった。


 さすがに子供がこんな山にはこないだろうから、たぶん足の小さい男性なのだろうけど、ひょっとしたら女性という可能性だってある。


 もし女性が通行したのなら比較的安全な道といえるだろう――まあ、ものすごく強い女性冒険者も結構多いけど。


「つい最近、ここを誰か通ったような……ちょっと待て、ここにもある。しかも古い」


「洞窟ではなくてトンネル? でも、わざわざこんな大きく掘る?」


「だったら自然にできたものか……崖の向こう側まで続いているのかな? フェヘールは知ってた?」


「知らないわよ。メレデクヘーギ侯爵家の地図にも載ってないわ」


「とにかく、ここを抜けて崖の向こう側へいけるだろう。いまなら本隊に追いつける」


 雨宿りするはずだったのに、僕たちは休憩をやめて、蝋燭の明かりを頼りに早足でトンネルの奥を目指した。




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