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さあ、探検隊出発!

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 とうとう探検隊が出発する朝がやってきた。


 メレデクヘーギ侯爵を隊長に、騎士団から20名、Sランク冒険者が10名、それに僕たち。


 さらに後方支援のサポート部隊として300名近くがついてくるらしい。


 食料を中心に麓からの荷揚げや、逆に倒した魔獣や採取した素材を麓まで運搬する係、白樺救護団の有志による医療班、そして、それらの護衛など、本隊の10倍近いの陣容だ。


 僕たちもリュックサックを背負っているが、装備や非常食など最低限のものだけ自力で運べばいいのだから助かる。


 ちなみに格好としてはツバの広い帽子をかぶり、マントを羽織っている。


 雨が降ってきたり――標高が高くなってきたら雪になっても、これが傘や雨合羽のかわり。


 マントは雨合羽のかわりだけでなく、寝るときには寝具として使える便利な逸品。


 まあ、僕としてはゴアテックスの雨合羽と、ダウンの寝袋のほうがずっといいんだけど、この世界にないんだから贅沢は言えない。


 あといつもの大剣と王都から持ってきた防具。


 この日のために防具は近衛騎士団の古い胸当てを譲ってもらった。


 廃棄予定のポンコツだから傷や汚れがひどいけど、さすが近衛騎士団のものだけあって、ドラゴンの革を使った逸品。


 嬉しくてマントを後ろにやって、自慢の防具をひけらかす。


 そんな僕たち様子をうかがっている冒険者や商人みたいなのが遠くに見えた――フェヘールが言っていた勝手についてくる連中だろう。


「目標は地図を少しでも山頂近くまでのばすことだが、無理は禁物。安全を最優先で進めていく。幸いなことに、我が娘と、さらには白樺救護団からも治癒魔法の使い手が6名同行してくれることになった。即死さえしなければ助かる可能性は高い。最低限の死亡者で最高の成果を目指そう!」


 おう! と力強い声と、青空に突き出された拳が応じる。


 もちろん、僕たちも叫んで、2人で顔を見合わせて、思わず笑った。


 テンション上がるよね、こういうとき。


 なんかレイド開始のときみたいだ。


 5人ほど僕のほうを睨んでいるところなんかも、実に雰囲気が似てるよ。


 いまは妹が大好きなお兄ちゃんのヴァイガと、その取り巻きみたいな連中だけど、前世でもこういうのあったから懐かしい。


 同じゲームをやっているに仲の悪いプレイヤーは普通にいたからね。


 トップのレベル帯を走っているプレイヤーなんて、みんな自分のほうが上だと思っているし、なんなら他のプレイヤーを蹴落としてやろうと常に狙っているし。


 まあ、ゲームによってはリソースの奪い合いみたいな部分があるからしかたないけど。


 いまは大好きな妹を僕が奪ったと不快に感じているのだろうし、どっちの世界も嫉妬という感情は面倒だ。




 メレデクヘーギ山脈は30以上の峻険が連なる、いってみれば大陸の壁みたいなものだが、有史以来たくさんの探検家たちがアタックしてきているので、少しは地図が存在する。


 特に山の中腹付近までなら山脈のほとんどが制覇されていた。


 つまり大人数でも通りやすく、安全なルートが確立されているのだ。


 それは、迂回できない岩場には苦労して掘ったらしいトンネルがあったり、トンネルが無理なところにはハシゴや吊り橋がかかっていたり、いったい何年かけて、どれほどの人手をかけて開拓していったのか驚嘆する光景。


 強風が絶え間なく吹き、一帯の樹木がすべて斜めに生えている稜線を越えたり、高度があがるにつれて急速に気温が低下していき、積もった雪をラッセルしながら進まなければならない難所があったりもしたけど、そこまでは比較的スムーズな行程だった――本当に、そこまでは。


 登山と違うのは魔獣が出るところなんだけど、整備されたルート周辺は普段から腕利きの冒険者も利用するから、襲撃されることはほとんどない。


 もし魔獣が出ても侯爵家騎士団と、冒険者たちが奪い合いで狩ってしまう。


 皮や肉はもちろん、なにかの素材に使えるものも多いから、このあたりの魔獣は高く売れるし、倒した魔獣の権利は倒した者にあるからね。




 出発して3日、僕たちは山脈の中央付近、ネイジアス山とトランティ山の間、スキュージ渓谷の奥まで進んでいた。


 数百年の前に滅びたチヴァスィ王国の言葉では『いきどまり』という意味らしいスキュージ渓谷は水の確保が容易で、足場もよく、高い木がないので視認性も高いから大型魔獣の奇襲を受けることもない、比較的メレデクヘーギ山脈では登攀の容易なルートとして有名だ――途中までは。


 渓谷の果ては大瀑布になっていて、水量の多い滝をよじ登るのは不可能に近い。


 進路を変更しようにも右も左も切り立った崖まではいかないけど、かなり傾斜がキツくて登るのが大変そうだ。


 僕たちはまだいいとしても、荷物を運ぶ人たちはどうするんだろう?


 しかし、他のルートだと最初から道が険しかったり、もっと厳しい絶壁に阻まれたり、有毒ガスが噴出している火山や、積雪が多く冬は連日吹雪で真夏は雪崩が頻発するなど、さらに条件が厳しくなるのだ。


 特に山脈の東側にいけばいくほど風速が上がり、暴風で有名なリオト山では峰で冒険者が飛ばされた――谷底に落下したのではなく、空の彼方に消えたという目撃例も多い。


「本隊は大休止。昼飯の準備。その間に偵察隊を出す」


 メレデクヘーギ侯爵が声をかけると、すかさずヴァイガが手をあげた。


「偵察隊に志願します!」


「よし。目的は唯一、この近隣に生息する魔獣の分布域の調査。交戦は禁じる。ただし魔獣に襲撃された場合の自衛行為のみ許可するが、そもそもそういう状況に陥ったこと自体が任務失敗と見做す。いいか?」


「お任せください」


 軽くうなずくと、侯爵は周囲を見渡す。


「いまは殊勝な態度だが、少し目を離すと勝手なことをして……それで成功すればいいのだが、たいてい失敗する。お目付役がいるな」


「父上、いくらなんでも信用なさすぎでは?」


「信用している。おまえは間違いをやる。そういうときに諫める者が必要だ」


「そういう信用はいりません!」


「自分で築き上げてきたものだ。しかたないだろう」


 ヴァイガがだんだん熱くなってきているようだが、侯爵は冷たく答えるのみ。


 学園では上位で卒業した優秀な人物という評判だったんだけど、意外と性格的には難があるのかな?


 剣の達人として名高い父親や、治癒魔法の開発者にして聖女様と呼ばれる妹と自分を比較してコンプレックスを抱いているのかもしれない。


 いいところを見せようと焦るあまり実力以上のことをしようとして失敗するパターンが何度も続いているとか。


 かわいそうだけど、僕がなにか言っても反発されるだけだろうし。


 そのとき、とりなすようにフェヘールが口を挟んだ。


「わたくしが同行します。お兄さま、よろしいですよね?」


「うん……まあ……そうだな……フェヘールがついてきたいというのなら、いいだろう」


「お父さまもそれでいいですね?」


「フェヘールが同行するといのなら、王子もいっていただける?」


「もちろん」


 スポーツとしての登山と違い、武装しているから重量的にキツいんだけど、まったく疲れは感じない。


 むしろ楽しい。


 偵察もやってみたかった。


 そもそもヒーラーだけを先行させるなんてありえないしね。


「偵察のやりかた、勉強させてもらいます。邪魔にはならないようにしますので、よろしくお願いします」


 妹はいいけど、おまえは邪魔だと無言で圧をかけてくるヴァイガには下手に出ておく。


 気分のいいものではないけど、これから危険度の高いミッションをやるのに味方でいがみ合うのは最悪。


 だから、ここは大人の対応をしておこう――前世をプラスしたら僕のほうが何倍も年上だからね。


 ヴァイガと取り巻きみたいな騎士2名と冒険者3名が先行し、フェヘールと僕が後ろをついていく形で偵察隊は出発した。


 道というにはワイルドすぎる、急斜面につけられた線を辿るように、岩場をよじのぼっていく。


 いちおう木や枝に伐採された痕跡があるので、これでも先人たちが命がけで整備した成果なのだろう。


 実際、岩場を登り切ってしまうと傾斜がずっと小さくなって、足元に気をつけさえすれば普通に歩けるようになった。


 稜線に出たのだ。


 拳サイズの石がゴロゴロしていているが、低木がわずかに生えているだけで見通しがいい。


 むしろジャングルみたいなところより危険は少ないのでは?


 だけど、反対側は崖みたいになっていて、うっかり落ちたら途中で止まることができなくて命に関わりそうだけど。


「なにもいないね」


「気配で察知してみたら? 結構いるけど」


 フェヘールが呆れた顔をする。


 精神を集中してみると、視覚では発見できなかった魔獣がいることがわかった。


 ところどころにある岩とか、窪地とか、そんなところに身を隠しているのだろう。


「うん、いるね」


「小型のものばかりだから隠れてるけど」


「逃げ出した魔獣もいるみたいだ」


「1人だったら襲ってくるかもしれない」


「おっと……大きい魔獣が向かってきているぞ」


 まだ魔獣ごとの気配を覚えていないので、なにが迫ってきているかはわからないけど、大きさはだいたいわかる。


 サイズだけでなく、強さもかなりのものだと思う。


 なんとなくだけどヤバそうな雰囲気なのだ。


 剣の柄を握りつつ、フェヘールをかばうように前へ出た。


 フェヘールは先頭に声をかける。


「お兄さま、魔獣がやってきます」


 ヴァイガが振り返って叫ぶ。


「どこに? なにもいないじゃないか……」


「右斜め前方!」


 場所を伝えるが、僕の言葉を聞いてもヴァイガが不審な顔をして言われた方向と、こっちを何度も見比べるだけ。


 偵察に志願したのだから、索敵能力が高いのかと思ったが、そうでもないらしい。


 ただ同行している騎士と冒険者は腕利きらしく、すでに武器を構えて接近してくる魔獣を迎え撃つ準備を終わらせている。


 カチッとわずかに石がこすれるような音がした瞬間、3メートルくらいはありそうな口が急に出現した。


 同時に先頭にいた冒険者の姿が消える。


「ミドガルドだ!」


 はじめて見るが、魔獣の図鑑みたいなもので読んだことはある。


 いちおう龍種に分類されているが、両手両足がなく、姿は蛇を大きくしただけのよう。


 最大で数十メートルに達するという巨体に似合わず、こっそり獲物に忍び寄って1口でぱっくり飲み込む危険な魔獣だったはずだけど、その解説の意味をいまので理解した。


 しかも全身がゴツゴツしていて周囲の岩と同じような色だから擬態も完璧。


 その場に身動きせず、じっとしていれば、すぐ近くまでいっても気づかないだろう。


 こいつは天性のハンターだ。


「丸呑みしたから、まだ生きているかもしれない。ふくらんでいる腹は狙うな!」


 ここはヴァイガを守りつつ後退するのが正解じゃないのかと思うのだが、仲間を食われて頭に血が上った冒険者は仲間の冒険者に声をかけ、2人で攻撃しようとする。


 その瞬間、石を敷き詰めたような地面と一体化していた尻尾が勢いよく飛んできて、前へ出てきた2人の冒険者を弾き飛ばした。


「倒せー! 早く倒せ!」


 ヴァイガが叫んだ。


 指示とか命令というより、パニックになっているみたい。


 2人の騎士は撤退しかけていたのに、いきなり戦闘だと言われて動きを止めた。


「ストリーム・ストライク!」


 わずかでも隙を見せてはいけない場面だろ! と心の中で悪態をつきながら前世で遊んだ『マンスタニア・クロニクル』のアーツを再現した技で、5メートルほどの距離を助走もなしに一瞬で間合いを詰めてミドガルドの大きな口を突いた。


 普段の訓練のときと違い、リュックサックを背負っているので体のバランスがおかしいし重心移動がスムーズにいかなかったのに、技としては完璧に近い精度が出た。


 口内に大剣がズブリと沈み込む。


 結構なダメージほ与えたようだ。


「早くさがれ! 主君を守るのが騎士の役目だろうが!」


 ミドガルドの尻尾で吹き飛ばされた冒険者の生死は不明。


 まったく動かないから最低でも気絶か、身動きとれないほどの重傷、最悪は死亡。


 どの状態であったとしても、担いで逃げる余裕はない。


 自力で逃げられる者――騎士2人と僕とでヴァイガとフェヘールを守りつつ本隊のいるところまで後退するのがやっとだろう。


 それだって5人とも本隊まで無事に戻れるという保証はないのだ。







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