侯爵家と僕
052
メレデクヘーギ侯爵家の邸宅は、ほとんど城とか要塞みたいなものだ。
まあ、山から下りてくる魔獣と戦う最前線でもあるからね。
街そのものが20メートルくらいはありそうな城壁で守られている。
王都よりずっと小さい街だが、城壁の高さは王都にあるものより2倍くらいあった。
幅に至っては4倍か5倍はありそうで、長槍を矢のかわりに射出できそうな巨大石弩――バリスタが何張りも並んでいる。
これも王都では見ない。
どこかにはあるのかもしれないが、平時に城壁の上にずらりと並べておくものではないだろう。
まあ、王都の城壁は戦争用で、こっちは魔獣対策だから、いろいろ違うのが当然だ。
たまにドラゴンすら来襲するらしいので、あのバリスタもただの飾りではなく必要があって設置してあるのだろう。
城門から中に入ると「これぞ僕の求めていた異世界だ!」という光景が広がっていた。
いろいろなものを売る屋台が通りに沿ってずらりと並び、剣や槍で武装していたり、杖を持った魔法士など、いかにも冒険者という雰囲気を漂わせた人影があふれている。
僕もあの中にまじって狩った魔獣の素材を売ったり、その金で食べ物を買って歩きながら囓り、掘り出し物を探したりとかね、そういう日常を送りたかったんだよ。
屋台の商人も、冒険者たちも、買い物していた街の人たちも、僕たちの乗った馬車を見かけると、頭を下げ、通り過ぎるまでそのままの姿勢になっていた。
この馬車には侯爵家の紋章が入っているからなんだろうけど、ものすごく尊敬されているのがわかる。
城門から離れ、街の中心に近づくにつれ少しずつ建物が立派になっていった。
ランクの高い宿屋だろうか?
成功した冒険者の家だろうか?
侯爵家に仕える騎士の自宅だろうか?
「楽しそうね」
「うん、とてもおもしろい。招待してくれてありがとう」
僕はフェヘールにお礼を言う。
馬車の窓から見えるものに対して、いろいろ想像しているだけで気分が高揚してくる。
侯爵邸は完全な要塞。
野球場とかコンサートホールみたいなサイズ感の建物で、外壁に窓はない。
狭間という、外に弓を射かけるための細い隙間がいっぱいあるけど、太陽光や風を取り入れるためのスペースは存在しなかった。
昼間でも薄暗い邸内で一足早く領地に戻っていた侯爵と会見して招待に礼を述べる。
フレドリカ先生の一件で一緒に戦ったおかげで、仲良しとまではいかないけど、悪くない関係だ。
その侯爵の隣にいるのがフェヘールの兄、ヴァイガで僕たちの5つ上。
次のメレデクヘーギ侯爵といったほうがいいのかな?
「よくいらしてくれました、おひさしぶりです」
「お招きいただいたので、押しかけてきました。おひさしぶりです」
なんできたんだ? 二度と会いたくなかったぜ、というような顔をしているヴァイガに当たり障りない挨拶をしておく。
アルフォルド王家では2人の兄が勉強や魔法ができて、一番下の弟である僕が落ちこぼれ。
メレデクヘーギ侯爵家では妹が聖女様として大陸中に名前を轟かせ、その一方で兄は平凡。
実際のところは、まわりがすごすぎるというか……父親は剣の達人として有名だし、妹は治癒魔法の開発者だから、そのせいで目立たないだけでレシプスト王立学園はアルフォルド王国中から優秀な人材を集めてくるから上位の成績で卒業したヴァイガは普通に優秀なほう。
ついでにいうと僕は学業成績や魔法はダメだけど、剣ではそこそこ。
おそらく同世代では王国で1、2を争う――メレデクヘーギ侯爵から期待されているレベルではある。
さらにいえばフェヘールの婚約者でもある――妹が大好きなお兄ちゃんとしては気に入らない。
シスコンなんだよ、フェヘールのお兄ちゃんは。
つまり僕は嫌われている。
「楽しい滞在になるように祈ります」
「ありがとうございます」
山で遭難して死ねばいいのに、というような顔をしていたので、にっこり笑ってお礼を言っておいた。
ドアを閉めた直後、室内から揉めている声が漏れてくる。
「なんであいつを連れていくんですか? 我が家の山ですよ!」
「あいつ、とは不敬だぞ」
「あいつで充分でしょうに、出涸らし王子なんだから。つけくわえるとフェヘールの婚約にも反対です」
「それは何度も聞いた。しかし、フェヘールは納得している……むしろ喜んでいるみたいだ」
「第1王子ならば将来は王妃だから釣り合いがとれなくもないですが、出涸らしにはもったいない」
「少なくとも剣はおまえより上だな、ずっとずっと上だ」
さすがに歯ぎしりはドア越しには聞こえないだろうな、と思いながら廊下を進む。
フェヘールの母親に会いにいくのだ。
ロージャ・ファルカシュ・メレデクヘーギ。
メレデクヘーギ侯爵夫人であり、ファルカシュ子爵家の当主でもある。
まあ、現在ファルカシュ子爵家は没落寸前で、すでに名ばかりになっているけど。
たぶん、彼女とはなにかの儀式的なところで見かけたような気がするけど、あまりはっきり覚えてない。
筋肉が人型をとっているようなマッスル神の侯爵と違い、線の細い美人だ。
ただし、こっちはこっちで魔法士として若いころは名を馳せていたという噂もある。
水溺姫、だったと思う。
僕が聞いた噂だと水属性の魔法に長け、敵を溺死させるのが得意とかいう、かなり物騒なものだったような……水球で顔を覆うとか、そんな魔法なのかな?
2つ名は知っていても、戦闘スタイルまでは把握してなかった。
フェヘールの案内で部屋までいくと、すぐに会ってもらえた。
こちらは歓迎してくれている――と思う。
「クリート王子、こうして対面で挨拶させていただくのははじめてとなります」
「まだ義理の息子ではありませんが、それ同然と、もっと雑に扱ってもらってかまいませんが?」
「そういうことなら、あなたのほうも普通でいてね」
「はい」
僕のほうはかなり緊張していたけど、まあまあスムーズな顔合わせだったと思うよ。
もちろん、完璧にはほど遠かったのだろうけど、なにしろ僕の前世はゲームにのめりこんだガチ勢で廃人みたいなものだったし、今世でも剣術ばかりやっている出涸らし王子だからね。
コミュニケーション能力を期待してもらっても困る。
むしろコミュ障をこじらせてないだけ褒めて欲しいよ。
「よく考えてみたら、あなたにわたくしの家を継いでもらう未来もあるのよねぇ」
「家を継ぐ? ああ、そういえばファルカシュ子爵家の継承権もあったか……」
僕にではなくフェヘールには。
名前があって、名字というか、ファミリーネームがあるんだけど、その間に継承権を持つ家名があれば、それが入る。
母親はメレデクヘーギ侯爵家に嫁入りしたが、ファルカシュ子爵家の唯一の相続人でもあった。
フェヘール・ファルカシュ・メレデクヘーギという名前のうち、父親のほうの爵位は兄にいき、母親のほうが妹がもらい、僕が婿入りしてフェヘールとともにファルカシュ子爵家を継ぐというのもありそうな話なんだよね。
ちなみに、そうなると僕の名前はクリート・アルフォルド・ファルカシュとなる。
フェヘールと結婚することによってファルカシュ子爵家の者になり、しかし血筋としてアルフォルド王家の者でもあるので継承権を失うわけではない。
ファルカシュ子爵家の当主は――たぶんフェヘールがやるだろうなぁ。
女性でも当主になれるが、軍役が発生するので、王家に求められたら軍隊を編成して、それを指揮しなければならない。
それを嫌って婿を当主にすることも多いようだが、フェヘールは課せられた義務から逃げるようなまねはしないのだ。
もし軍隊を編成すると言えば、フェヘール教の狂信者どもが物騒な得物を担いで集まってくるし。
きっと軍の指揮は僕より上手いだろう。
僕は最前線で剣を振りまわしているよ。
母親のほうの家系については詳しく知らないけど、ファルカシュ子爵家の使用人たちだって僕よりフェヘールが当主になってくれることを望むだろうし、別に僕もどうしても当主になりたいわけじゃないからな。
「ファルカシュ子爵家はもともとチヴァスィ王国からもらった爵位なのは知ってるでしょう?」
フェヘールの母親、水溺姫ことロージャによると爵位とともにチヴァスィ王国から賜ったのが、この一帯の領有権。
好きなだけ切り取っていいということらしい。
結果的に現在はメレデクヘーギ侯爵家の邸宅がある街のほんの一部がファルカシュ子爵領になっているとのこと。
いちおう山中には山城や砦がいくつもあるらしいが、チヴァスィ王国末期のものらしく、すでに放棄されて数百年が経っている上に、戦争もないから現在では使い道はない。
結局、ファルカシュ子爵領といえるのは小さな村くらいの規模で、そのうちチヴァスィ王国がなくなり、巡り巡ってアルフォルド王国に仕えることとなって、あとから近所にやってきたメレデクヘーギ侯爵家がどんどん伸びてきたという形だ。
メレデクヘーギ侯爵領に飲み込まれるようになったファルカシュ子爵の最後の末裔は、そのメレデクヘーギ侯爵家に嫁ぐことになり――なんか政略結婚という言葉が頭に思い浮かんだ。
ちなみに現在ファルカシュ子爵家の使用人みたいな者はいないとのこと。
消滅したのも同然の家だ。
「いい? クリート、覚えておいて。チヴァスィ王国はなくなったけど、この一帯を自由に切り取れる権利はアルフォルド王国も認めているの。古い時代に定められた権利については、新しい王国も追認することが多いから。つまり、ここらへんもファルカシュ子爵領にしたければできるのよ」
「将来性のある領地ですね」
「これはわたくしの家に伝わる話で、いまとなっては証拠が失われて証明できなくなった歴史なんだけど、ファルカシュ子爵家の初代はチヴァスィ王国の王子だったそうよ。末の王子で事実上チヴァスィ王国から追放する意味で辺境に追いやられたとか」
「なんか身につまされる話ですね」
「兄と比較して、よほど優秀だったのでしょうね。実際、チヴァスィ王国がウルドゥグ大帝国の侵攻をうけて領地をどんどん削られて最終的に滅亡したけど、ここが最後まで抵抗を続けたし、逃げてきた王家や貴族の人々を匿ったと言われている」
「うん、出涸らしの僕とは違う!」
「弟が兄より優れているとアピールしたところで、あまりいいことはなさそうだから、そういう知恵があるだけで充分に優秀だと思うけど」
「買いかぶりです――そういえば、ここが陥落してチヴァスィ王国が滅亡したとき、王家や高位の貴族はメレデクヘーギ山脈を越えようとしたという伝説があったはずですけど、ファルカシュ子爵家はついていかなかったわけですよね?」
「一族はいろいろな方向に逃げたと伝えられているから同行した人もいるんじゃないかしら? 結局、生き残ったのは冒険者に紛れ込んだ人で、わたくしの先祖となるわね」
「ひょっとして山の向こうに親戚がいるかもしれないですね」
「あら、もし山の向こうにいけたら探してきてくれる? もう昔の話だけど、山の向こうから帰ってきた人もいるという話も残っているの」
「それなら実際にいけるのかも。今回どこまでいけるかわかりませんけど」
まあ、メレデクヘーギ侯爵家が何代にもわたって探検していて、いまだに山脈越えができないのだから、ファルカシュ子爵家の血筋が山越えに成功した可能性はまったくないだろうが。
山の向こうから帰ってきたという昔話が完全に嘘だと決めつける証拠もないけど、どちらかというと詐欺師じゃないの?
まあ、とにかく過酷な土地だから。
それでも考えかたを変えたら開拓地としては最低だけど、狩り場としては最高だ。
国王陛下から領地なしの公爵みたいな形だけの肩書きをもらって、王都で上の2人の兄さんの手伝いをさせられるくらいなら、ファルカシュ子爵領のほうがずっと魅力がある。
これは王都に戻ったら国王陛下と交渉しないと。
「あら、その顔。かなり乗気みたいね?」
水溺姫なんていう物騒な2つ名持ちとは思えない、華やかな笑顔だった。
母娘僕の3人パーティーを結成して山へ狩りにいく未来など想像すると、僕のほうも自然と笑顔になる。
評価、ブクマありがとうございました!
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少しは面白いものを書けるようになれたのかな? と作者はとても嬉しい気持ちになれます。
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