出涸らし王子と悪役令嬢は冒険者を目指す
005
出涸らし王子である僕と、悪役令嬢のフェヘールが婚約することになり、最初の公務――いちおう僕は王子だし、彼女も高位の貴族令嬢だから、未成年だけど、ちょっとした行事で挨拶するとか、たまには公務を任されることもあるんだよ。
今回はホーノラス王家に親善訪問することになっていたのだけれど、その途中で襲撃を受けた。
結果として僕とフェヘールは護衛や使用人と引き離され、馬車も失ってしまったのだ。
しかも、場所は僕たちの所属するアルフォルド王国とは微妙な関係にあるバレンシア帝国の領内。
つまりほとんど敵国ともいえる帝国領を横断して帰国を目指すことになるのだ。
「なんとか2人で王国までたどり着けないか考えよう」
「なんなら1人でいってもいいけど? わたくしが別の方向に、少々騒がしく逃げることもできる」
つまり自分が囮になって王子である僕を逃がそうというのだ。
それなのにファヘールはまったくの無表情――まあ、こんなときに泣かれても面倒だが。
「2人で生き延びるか、2人で死ぬか、そのどちらかだ。もし僕が1人だけ王国まで逃げ切ったとしたら、婚約者を見捨てた卑怯者とされるだろう」
「わたくしも1人だけで逃げ帰ったら王子を見捨てた貴族令嬢。しかも見捨てた王子は婚約者だったのに、と陰口をたたかれてしまうわけね?」
「そうなるだろうなぁ。僕の場合は王家からの追放か、事故や病気で死ぬことになるか――やりたくもない遠乗りに無理に連れ出されて落馬したとか、そんな感じに」
「矢が刺さってたり、刃物で斬りつけられた痕跡がはっきり残っているのに、それについては誰も疑問に思ってくれない系の落馬ね」
「どういう系だよ! そもそも落馬に○○系なんてあるの?」
「食事のあと激痛に七転八倒して全身が真っ黒くなる系の病死とか」
「なにを飲まされたら、そこまでいくんだよ! だいたい他人事じゃないだろ。ファヘールだって修道院とか。見捨てて死なせた僕を弔うために」
つまり僕たちには1人だけ生き残るという道はない。
命は助かっても、社会的に死ぬ。
「野営道具もない、金もない、服もない、ろくな武器もない、身分証も欲しい……ないものばかりだな」
笑ってしまう。
いや、笑えない状況だ。
すぐに街道に戻ったら捕まってしまうだろう。
しばらく森にひそみたいところだが、なんの準備もない。
必要なものは侍従に言いつければ手に入る身分だから現金は見たことすらなかった――前世では電子決済ばかりだったから金貨とか、本物を見てみたいんだけどね。
いま着ているのも王族にふさわしい装飾の多い衣装で、金糸でキラキラしているところにフォレストウルフの血で汚れているから、どこをどう見ても不審人物だ。
剣だって儀礼用の豪華仕様だから、やはり街では目立つ。
そもそも街に入ろうにも身分証がないのだが。
ところがフェヘールが驚くような提案をした。
「冒険者になろうか?」
「冒険者として登録?」
「嫌?」
「嫌ではない。むしろ、ぜひ」
ちなみに、この世界での冒険者は底辺職業とされている。
まともな職業につけない人は泥棒かゴロツキか物乞いか街娼になるか……さもなければ冒険者をやるしかない。
冒険者などとかっこいい名称だけど、実態は雑多な半端仕事がギルドに集まり、まともな身元も技術も特技も持ち合わせていない連中が小銭で請けていた。
つまり日雇い雑役人みたいなもの。
貴族とか王族が冒険者に登録するなんて絶対にありえないことだった。
それなのに冒険者ギルドで登録!
なんと心躍る言葉だろう!
僕がやりたかったことだよ!
そんなふうに浮かれているのには理由がある。
僕には前世らしき記憶があった。
21世紀の中頃の日本という時代と場所で生きていたらしいのだが、その記憶よりゲームで遊んだ記憶のほうが濃くて深い。
まあ、ゲーム廃人に近いかな?
引きこもりとか、ニートではなく、ちゃんと学生をやったり、卒業後は社会人として働いていたのだが、生活の中心はファンタジー系MMORPGで、そのあと没入型VRゲームが市販されても、やっぱりファンタジーの世界で戦っていた。
最期の記憶は『トリディアーノ・レコード』というVRMMORPGのサービス終了日なので、たぶんその日になにかがあったのだろう。
なにがあったのかは知らない。
ゲームの中のVR空間が最期の記憶だから、リアルの体になにが起きたのかわからないのだ。
そして、この世界に生まれ変ったのだから異世界転生というものだろう。
テンションMAXだったな、だって剣や魔法の世界なんだから。
なんで剣と魔法の世界だってわかったかというと自宅にいたんだよ、騎士とか魔法士が。
まあ、自宅というか城だけど。
城内に訓練場があって、そこにいくと炎とかバーンと飛んで的が燃えたりしてるだよ。
もっとも、僕は魔法の才能はあまりなかったけど。
魔力を外に放出するのはさっぱりだけど、体内を循環させる身体強化はできるし、そもそも僕は剣士だ。
ゲーム的にいうと身体強化はSTRやAGIなどのパラメーターを上げられるということ。
もっとも、この世界にレベルとかスキルとか、ゲーム特有の補助システムはなかったけど。
「ステータスオープン!」
しゃべれるようになったころ、こんなことを叫んでなにも起きなかったのは恥ずかしすぎる想い出。
あるいは黒歴史。
まあ、他にも黒歴史はいっぱいあって、もっと恥ずかしい想い出もあるから、それくらい大したことないけどね。
他にも調べてみると、テレポート的な移転魔法のようなものとか、空を飛んだり、移動時間を短縮するタイプの魔法もほとんど存在してないらしい。
治癒魔法も――フェヘールが開発する以前は、この世界の魔法体系には存在してなかった。
それどころかポーションすらない。
蘇生魔法もなければ、死んだら神殿で生き返ることもないのだ。
内科は薬草、外科は傷を縫い合わせるとか、骨折したところに当て木をするとか、そんなレベル。
原始的とまでは言わないが、ファンタジー的な要素も、近代医学もなにもない。
ゲームだと隣の街へいくだけで何日も歩かなければならなかったり、骨折したら1月くらい戦えなかったり、一度死んだだけでキャラをロストしたら楽しく遊べないよね。
だから、都合のいい魔法やアイテムが存在するけど、リアルなるとそんな便利グッズがあるはずないということだよ。
モンスター的なものもいるのがわかった。
この世界では魔獣と呼んでいるが、ドラゴンだっている。
だって自宅に剥製があるんだ。
自宅というのは王城だね、僕、王子だから。
ここだけはガッカリ。
世間的には王子という立場は勝ち組だろうが、僕としては平民のほうがよかった。
それで冒険者になってダンジョンにもぐったり、世界中を旅してまわりたい。
しかし、王子では冒険者になるわけにはいかないし、魔獣と手合わせしたくても無理だろう。
せっかくVRMMORPG的世界に転生したというのに、どんな冗談だよ?
ずっと、そんなふうに不満を抱えていた。
ところが、いま僕は冒険者になれそうなのだ!
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