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突入作戦終了

044



 バーズドが人質のフェヘールとともに王都の近くにある農家に潜伏していることがわかった。


 深夜に突入作戦が決行されようとしている。


「ターゲットは通称『神の剣』と呼ばれる神聖国ブランの破壊工作専門の諜報員。人質になっているのはメレデクヘーギ侯爵令嬢だ。問題の建物の所有者はウルドというのだが、彼と、その家族である妻、3人の息子の合計5人も内部にいる可能性が濃厚だ」


 ジュルチャーニ近衛騎士団長が状況を説明しつつ、建物の見取り図を前に担当を決めていく。


 正面から突入するのは自身と近衛騎士団の団員2人。


 その2人は見たことない顔だったけど、かなりの遣い手らしい雰囲気だ。


 団長が自分と一緒に一番の激戦が予想される正面突入組に指名したのだから、実際に腕が立つ人たちなのだろう。


 裏口から突入するのはメレデクヘーギ侯爵と僕。


 そこらへんのチンピラなら自分と相手の技量差がわからず、正面玄関を破壊して近衛騎士団の団長が腕利きの部下とともに斬り込んできても「なんだテメーら」とか怒鳴りながら向かっていって、あっさりバッサリ殺されるだろう。


 だけど、神の剣の1人だと推測されているバーズドであれば、たとえ追い詰められても冷静さを欠くことなく、即座に脱出を選ぶかもしれない。


 完全な任務失敗よりは、一部でも戦利品があったほうがいいに決まってるしね。


 しかも、この場合は1本だけとはいえ現物を入手したわけだし――もちろん、フェヘールが持っていた分で、さらには本人の身柄を押さえているのだから、それだけでも神聖国ブランに持ち帰りたいと考えてもおかしくはないのだ。


 建物にあるそれぞれの窓には近衛騎士団の団員が1名ずつ張りつくことになった。


 攻撃部隊というより、むしろ逃亡防止だ。


 さらに僕たちの護衛をしてくれていた、身を隠すのが得意な警護官たちが遠巻きに建物を包囲することになった。


 これも逃亡防止で、普通なら逃がさない体制を作っても、その上をいかれてしまうことも想定しておくとのこと。


 もし万一の事態が発生して取り逃がしたとしても、また追跡できる可能性も残せる。


 夜陰に紛れて僕たちは配置についた。


「悪いが、先にいかせてもらう」


「バックアップにまわります。だけど、チャンスがあったらやっちゃいますよ?」


「そんなチャンスがあったら、もちろんかまわん」


 すでに戦闘モードに入っているらしいメレデクヘーギ侯爵の口調は強いものだった。


 別に合図したわけでもないのに、2人で揃って剣を抜く。


 正面玄関を蹴破る音がしてきた。


 その瞬間、メレデクヘーギ侯爵が肩から扉に当たり、簡単に弾き飛ばすと、その勢いのまま室内に突入していく。


 遅れないよう、僕も走る。


 ヒュンと剣で風を斬る音がして、ドサッと重い音が続いた。


 近衛騎士団の突入で慌てて裏口から逃げようとしたバーズドだったが、裏口からメレデクヘーギ侯爵が扉を破り、その音で反射的に身を翻したが侯爵の剣のほうがずっと早かったのだ。


 バーズドは背中を斬られて倒れていた。


 抵抗できない程度に斬っただけで、致命傷にならないようにしたようだ。


 もう僕の出番はないから剣をしまい、部屋の中を探す。


「クリート!」


 ゴロゴロと芋虫が這ってくる――という感想は怒られそうなので心の中だけにとどめておこう。


 両手両足を縛られたフェヘールが必死でこっちへやってくる。


 慌てて駆けよってロープをほどいた。


 あまりロマンチックではない場面はさっさと終わらせたほうがいいよね、やっぱり。


「遅い!」


「ごめん」


「すぐに迎えにきなさい!」


「ごめん」


 涙目になっているフェヘールに怒られる。


 怖かったのだろうし、パニックにもなっているようだから、ここは好きなだけ怒らせておいたほうがいいかも。


 言葉が出てこないとか、そういう状態よりずっといい。


 それに護衛役の僕がミスしたのだから、いくら怒られても言い訳できないし。


 近衛騎士団の人たちがウルドさんと、その家族らしい5人をつれていた。


 こっちも無事みたいだ。


 どうやら突入作戦がはじまるまでバーズドは包囲されていることに気づいてなかったようだ。


 つまりは警護官が追跡を成功させただけでなく、その追跡していることを悟らせることすらさせなかったということ。


 最大に緊張した空気が一気に弛緩していく。


 メレデクヘーギ侯爵が剣を鞘に戻し、僕たち――というか娘のほうに駆け寄ってくる。


 そこに惨劇が起きた。


 室内に真っ赤な霧が広がり、血の臭気が鼻をつく。


「なにが……」


 ウルドさんとその家族が小ぶりのナイフを隠し持っていて、助けてくれたはずの近衛騎士団を襲っていた。


 首に根元まで刺さったナイフ。


 舞い上がる血吹雪。


 とっさに全員が剣をつかんだ。


「伏せて!」


 しかし、僕は全力で叫んでいた。


 フェヘールに覆い被さった。


 ほぼ同時に僕の背中に大きな衝撃がかかる。


 僕がフェヘールを守ろうとし、さらに上からメレデクヘーギ侯爵が覆い被さってくれたようだ。


 次の瞬間、建物が爆発した。




 大成功に終わるはずだったフェヘール救出作戦は最終場面で大惨事となった。


 フェヘールと僕はほとんど無傷に近かったのだけど、かわりに盾となってかばってくれたメレデクヘーギ侯爵は骨折と火傷でかなりの重傷だ。


 幸いなことにフェヘールが無事だったということは治癒魔法の遣い手がすぐに対応できる状況でもあったので、問題なく治療することができたけど。


 近衛騎士団の被害は甚大だった。


 団長はさすがに耐え切って簡単な治癒魔法1発で完全復活だったけど、喉を切り裂かれた団員たちは即死。


 いくらフェヘールの治癒魔法でも死んでいるものはどうにもならないのだ。


 治癒魔法は蘇生魔法とは違うからね。


 一時的に心肺が停止したというのなら、なんとか蘇生させられる可能性も出てくるけど、頸動脈を断たれて大量出血した上に、そのときいた建物が爆発したのだから残念ながら1人も救うことができなかった。


 さらにバーズドを絶対に逃がさないように建物の周囲に潜ませていた警護官たちは全滅させられているのが発見されたのだ。


 その殺害の手口、また建物の爆破方法などから、犯人はかなり腕のいい魔法士だと推測された。


 あれだけ腕利きが揃った警護官に気づかれないように接近したのか、かなりの遠距離からピンポイントで魔法を使ったのか、どっちにしても最上級クラスなのは間違いない。


 建物の爆破も炎系魔法の1発で結構なサイズの田舎家を完全に破壊している。


 結局、その魔法士の正体は不明。


 ウルド家は全員が遺体で見つかった。


 鍛えているわけでもなく、防具も着けてない一般人が建物の爆発に巻き込まれたら普通に死ぬ。


 いまのところバーズドの遺体は発見されてなかった――どさくさにまぎれて脱出した可能性も否定できない。


「そのウルドという農夫もラカトシュ教の信者で神聖国ブランの手先だったのだろうな。事が終わってからならどうとでも言えるから、これは誰かを責める言葉ではなく、純粋な反省点として言うのだが、どこのどんな立場の者でも疑うくらいでちょうどいいのかもしれない。政治にも軍事にも関係してない農夫だから工作員ではないと判断するのは早計ということか……かなり厄介だ」


 ジュルチャーニ近衛騎士団長は現場の調査で動けないし、メレデクヘーギ侯爵はフェヘールを連れて侯爵邸のほうに帰ってしまったので、僕が国王陛下に第一報を伝えることになった。


 それを聞いて国王陛下はフェヘールが無事だったことは喜び、近衛騎士団に犠牲者が出たことを嘆き、総評として今回の作戦の問題点を指摘した。


「普通こういう人を工作員にしてもメリットないだろうと思うのが心の隙ですね。実際、今回にしてもバーズドをかくまう隠れ家になったわけですし。たまたま警護官が追跡を成功させたから簡単に場所が確定できましたけど、そうでなければ王都近郊の農村なんて捜索しようとも考えなかったんじゃないでしょうか?」


「うむ。そういう意味では上手いな。いまは役に立ちそうにないものでも、50年100年単位で考えれば生きる場面も出てくるのだろう。うちとは直接国境を接しているわけではないし、宗教国家だから深い付き合いをしたことになかったが、神聖国ブランとは侮れない国だったのだな」


「僕はラカトシュ教が怖いですよ。どうしたら人間は見たこともない神様を信じて何十年も潜伏生活を送れるんでしょうね」


「念を押すまでもないと思うが、他言無用の話だ。アルフォルド王国のために他国で忍んでいる者もいる。さすがに、ここまでの規模ではないが」


「怖いのは国ですか?」


「おまえたちにつけていて今回殉職した警護官にしても所属としては近衛騎士団となるが、周囲にそれを隠しているし、晴れがましい舞台とも無縁の人生だったはず」


「結局どこの国も闇が深いなぁ……」


「世界はそんなに優しくないからな」


「ちゃんと覚えておいて、決して忘れませんよ」


 いろいろ忘れてはいけないことが増えた1日だった。




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