2人で生きるか、2人で死なないと、社会的に抹殺されるよ?
004
下り坂というより、崖のようなところを転がり落ちるように暴走した馬車が横転して止まった。
中にいた僕たちは洗濯機に放り込まれた靴下みたいな状態――まあ、この世界には洗濯機なんてないけど、だいたいそんな感じだ。
とりあえず体全体が痛いけど、怪我はしてない。
「フェヘール、逃げるぞ」
這いつくばるような姿勢で目を回している美少女に声をかける。
真っ白な髪が特徴的な、13歳にしては背の高く、それ以上に魔法の才能にあふれた女の子なのだが、こんなに危ない目に遭っても涙一つ見せないのだから大したものだ。
「逃げるぞ」
もう一度、声をかけるとフェヘールはコクンと頷いた。
腰に吊した剣で馬車の屋根を切り裂き、脱出口を作ると、彼女の手を引っぱって走り出す。
森なら隠れるところもあるかもしれない。
少なくとも馬で追ってくる兵士を相手にするなら道より森だ。
フェヘールは僕に引っぱられながらも必死で駆け、それどころか振り返りつつ壊れた馬車に魔法をぶつけた。
炎玉が命中して馬車が燃え上がる。
治癒魔法が有名だが、下級でよければ全属性を扱えるのは知っているが、馬車を燃やす?
なにを……と言いかけて、彼女のとっさの機転に驚いた。
身代わりの死体があるわけではないけど少なくとも鎮火するまでの時間が稼げる――かもしれないし、簡単には騙されてくれないかもしれない。
しかし、いま、この瞬間は数分でも貴重だ。
木の根に躓きそうになったり、藪に突っ込んだりしながら、2人で必死になって逃げた。
もうこれ以上は走れん! と数十分後、僕たちは地面に倒れ込みそうになった、その瞬間。
「なにかくる!」
かすかな足音と息づかい。
つないだ手を離して、剣に手をかける。
儀礼用のもので、手になじんだ愛用の剣ではないが、あるものでやるしかない。
本当なら両手持ちの大剣がいいんだけど、もともと式典に参加するために出かけたのであって、戦闘は想定外だからしかたないのだ。
振り返るとフェヘールも杖を握りしめていた。
「たぶんフォレストウルフ」
「数は3、4……その後ろに2頭いるか?」
いつもの剣よりもずっと短くて、かなり軽いから、素早く振れるが間合いは近くなる。
1歩。
たった1歩でいいから、深く踏み込まなくてはならない。
ウルフ系の魔獣は足が速いから、その1歩の踏み込みが厳しいのだが……僕ならできる!
と自分に自分で言い聞かせた。
この世界では魔獣と呼ばれているが、要するにモンスターだ。
森でモンスターに襲われるなんて、よくある日常の出来事じゃないか! ――前世のゲーム中の話だけど。
体の中に魔力を巡らせた。
ろくに魔法が使えない僕が唯一できるのが身体強化。
森の奥から黒い塊が飛び出してきた瞬間、強く1歩踏み込むと剣を突き出した。
強くて、重い手応え。
フォレストウルフの口に剣先がズブリと突き刺さり、骨を断つ手応えを感じると、一気に強く薙ぐ。
反りのない直剣だから斬るのではなく、突き技にむいている。
一方で深く突けば大きなダメージを与えられるものの、肉に刃が埋もれてしまって、下手をしたら抜けなくなってしまう。
つまり複数の敵を連続して攻撃するのにはむかない。
しかし、強引にフォレストウルフの喉を斬り裂き、その後ろのフォレストウルフと対峙した。
勢いよく突っ込んでくるところを姿勢を低くすることでかわし、すれ違いざまに足の通過するであろう位置に刃を置く。
ほぼ同時に両手に衝撃がかかった。
フォレストウルフの前足が飛んでいく。
きゃん! とフォレストウルフが鳴く。
さらに別のフォレストウルフが疾走してきた。
考えている時間はない。
反射的に剣先を前へ突き出した。
だが、僕の横を魔法が通り過ぎていく。
2頭のフォレストウルフはいきなり頭を落とした。
それが戦闘の決着をつけたようだ。
魔獣にとって人間は餌にすぎないが、手強い餌より、より簡単に狩れる餌のほうがいい。
僕たちは生き残りのフォレストウルフに強敵認定されたようで、慌てて逃げていった。
振り返るとフェヘールが杖を突き出したまま油断なく森の奥を見ていた。
「疲れたか?」
「ちっとも」
「移動しよう。大きな物音をたてたわけではないが……追手はいるだろう」
もう走るほどの体力は残ってないが、とにかく距離を稼いでおきたい。
情報交換もしないと。
それに気温が低すぎる。
上着を持ってくる時間がなかったし、このまま動かずにいると風邪をひきそうだ。
歩きながら僕はフェヘールに話しかけた。
「暗殺なのかな、僕たちの」
「暗殺にしては派手ね、まるで戦争」
フェヘールは治癒魔法の開発者として知られている。
聖女などと呼ばれて世界レベルの有名人だ。
彼女のすごいところは自分が使えるというだけでなく、他人に教えることもでき、さらに治癒魔法の使い手を組織化して、白樺救護団を作り出した。
前世の地球でいえば『世界の○療団』とか『国境なき○師団』みたいなものだ。
まあ、はじまったばかりの小さな組織で、実績もまだまだだけど。
ただ、まだ人道支援という言葉すら存在しない世界でフェヘールのやっていることは尊敬に値すると思う。
たまたま治療魔法の開発に成功したとか、侯爵令嬢という金銭的にゆとりのある家に生まれたとか、いろいろ幸運に恵まれたところはあるのだろうが……それでも僕はすごいことだと尊敬している。
今回、ホーノラス王国の南で発生した伝染病に対応するため、いち早く白樺救護団が駆けつけ、おかげで流行の初期で押さえ込むことに成功した。
別にフェヘールがそうしろと命じたわけではない。
結成に関わったり、活動資金の調達を手伝ったりはしたものの、いまの白樺救護団は独立した組織。
実際、白樺救護団の代表はアルフォルド王国の出身者ではあるが、爵位などは持ってないし、ホーノラス王国の伝染病に対処するのを決めたのも彼の独自判断である。
国に関係なく、国境をまたいで活動するのなら、特定の国家や、そこの高位貴族がバックにいてはよくない。
政治には一切かかわりなく、ただ医療のみ提供するという形が望ましいのだ。
しかし、それであっても白樺救護団が活躍するとフェヘールが感謝されるという図式は残る。
象徴みたいになってるからね。
今回も伝染病が大きく広がる前に押さえ込むことに成功したということで、実際に活動した白樺救護団のメンバーと、創設者であるフェヘールがホーノラス王家に招待され、僕もついていくように言いつけられたのだ。
アルフォルド王国とホーノラス王国は国王が従兄弟の関係に当たり、それ以前にも婚姻を繰り返していて、お互いに独立国家であるが、王家からすれば仲のいい親戚という感じ。
僕からしても親戚のオジサンのところに遊びにいくようなものだし、フェヘールの婚約者でもある。
きっとホーノラス王国にしてもフェヘールを取り込みたい気持ちはあるはずで、僕が隣にいれば牽制できるということだ。
アルフォルド王国とホーノラス王国の間にバレンシア帝国がある。
こっちとは過去に何度か戦争になっているし、そこまでいかなくても言いがかりのような理由で圧力をかけてきたり、国境付近で軍事演習をしたりと、あまり気を許せる関係ではなかった。
ただし、今回の領内通過に関しては事前協議で安全を保証するとのことだった。
それなのにバレンシア帝国を抜けて、ホーノラス王国に入った山道で襲撃された。
王室の近衛騎士団と、侯爵家の騎士団の合わせて100騎が警護についていたのだが、襲撃者たちは1000騎近かったようだ。
ほとんど一瞬で警護の騎士たちは倒され、僕たちの乗った馬車の御者が必死になって逃げようとしたが、かえって暴走したのだった。
「盗賊とか、そんなのじゃないな」
僕の言葉にファヘールが同意する。
「傭兵団などが盗賊に墜ちたなら1000名くらいの規模でもおかしくないけど……馬を1000頭も用意できるのなら盗賊になる必要はないわ」
「何頭か馬がいたというのなら盗んだり奪ったのかもしれないが、全員が馬に乗っていたぞ」
「窓から見た限りでは、1人残らず騎馬だったね」
「ホーノラス王国が僕たちを殺そうとするとは思えない」
「そんな理由はないわ」
「つまりは帝国か……」
「どちらか2つから選ぶなら」
「まあ、そうなるな」
国と国の関係というのは複雑なものだから、僕たちには見えてない部分もあるだろう。
しかし、状況的にバレンシア帝国が疑わしい。
現在、僕たちはホーノラス王国の領内に少し入ったところにいる。
だが、このまま王都の方向に進み、もよりの街や村で保護してもらうというわけにはいかないだろう。
そっちは襲撃者たちがいるのだ。1000騎はいて、もしかしたらバックアップの部隊も控えているかもしれないから、こっそりすり抜けることも難しい。
では、このまま森を進んだら?
すぐに国境を越えてバレンシア帝国に入るが、ここでの保護も期待できない。
むしろ自分から捕まりにいくようなものだ。
つまり僕たちは自力で敵国を横断してレブランド王国まで逃げ切らないと助からない。
ブクマありがとうございました!
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