いろいろ動き出しているようで
037
お父さんから「話をしよう」と言われると嫌な予感しかしないんだけど、まさか国王陛下のお召しに対して聞こえなかったふりはできない。
まあ、僕のほうもそろそろ事情説明をしたほうがよさそうだと思っていたしね。
そもそもの発端となってた禁書庫の出来事は僕とフェヘールしか知らないことだけど、ズルドさんという歴史学者を訪問しようとしたら、忍者みたいな連中に襲われた。
しかも、捕まえようとしたら全員があっさり自決。
とんだ大団円だよ。
今朝は今朝で学園の教師が襲撃をうけたらしいし。
変な事件に関わって父親として心配したのかもしれないが、国王陛下に呼び出されたら放置するわけにはいかない。
うるせー、とか叫んで自分の部屋にこもるわけにはいかないんだよね、身分的に。
フェヘールと2人で執務室にいくと国王陛下が待っていた。
「そうそう簡単に死ぬような息子ではないと思っていたが、どうやら手傷1つないようだな」
「他国では僕のことを剣狂い王子などと呼んでいるらしいですよ。たいてい勝てますし、負けたところで出来の悪い王子が1人いなくなるだけです」
「いまのところ男の子は3人……まあ、今後何人か生まれるかもしれないが、とにかく1人残れば充分ではある」
「1人も残らなければ、養子でももらえばいいでしょう」
王族の血縁にある公爵家には僕たちより優秀な人材がいるんだよね。
「通常なら養子でもなんでも、とにかく王家が存続すればアルフォルド王国も存続できたのだが、いまは時期が悪い。最悪、養子だと国がもたないぞ」
「養子でなくても国が割れそうな雰囲気ですけどね、学園の様子を見る限り」
「子供たちの間でさえそうなのなら、大人の間でどういうことになっているか推測できるだろう?」
「いや、そこは偉大なる国王陛下のお力でなんとかしていただくという方向で完全に決着してから、後腐れない状態で次世代に引き継ぎいただけると、僕が助かります」
「そうしてやるから少し手伝え」
「バレンシア帝国の件では手伝っているつもりですけど。友好条約みたいなのが結ばれるのは、すでに既定路線では? アルフォルド王国の外交としては近年にない大きな成果になるでしょうに」
「よくやった。褒めてやる。だから、もっと手伝え。おまえはやればできるやつだ」
お父さん、ちょっとばかり息子に過大な期待をしてませんか? と正気に戻したいところだけど、そもそも僕に拒否権はないし、僕のほうだって巻き込まれた事件を途中で放り出す気もない。
あの5人に関係するなにかがあるのだろうか?
それともフレドリカ先生のことだろうか?
さらに国王陛下は話を続ける。
「バラージュもカプラスも政務の少しずつ手伝いをしておる。おまえは剣しか取柄がないから、そっちで手伝え」
「あの2人にやらせてだいじょうぶなんですか?」
「いまは誰がやってもいいような、失敗してもフォローできるようなことしかやらせてないが、だんだん重要なことも任せられるようになるだろう。それに、ちゃんとした補佐役もついている。10年がかり、20年がかりで学んでいけば、ちゃんとした王となれるだろうな」
「まあ、そういうことなら手伝いますが。少なくとも書類仕事よりはいいような。それに、口うるさい補佐役をつけられてもたまらない」
「やさしくて、頼りになる補佐官がすでについているだろう」
陛下は僕の隣に目を向ける。
「巻き込んでもいいのですか?」
「危ない場面があったとき、おまえが守り切れなければ、おまえがあとでメレデクヘーギ侯爵に真剣で剣技の講義をしてもらう権利をもらうことになるだけだ」
「つまり陛下は痛くもかゆくもないわけですね、素晴らしい妙案で感心しました。で、僕たちはなにをやればいいんですか?」
「神聖国ブランが暗躍している。手勢を捕らえろ」
「あの5人、神聖国ブランの密偵みたいなものですか?」
「ラカトシュ教会の人事査定部だろうな」
「人事査定部? あのときズルドさんという歴史の研究者を訪ねたつもりだったのに、実はラカトシュ教の神父かなにかだったのですか?」
「その人物が歴史の研究者というのなら、きっと歴史の研究者なのだろう。ラカトシュ教会の人事査定部というのは、表向きには各地の教会の聖職者たちを査定するために人事関連情報を集めるとしながら、もっと広範囲の情報収集をするための部署だ。つまりは教会専属のスパイ組織だと思え。メンバーはガチガチのラカトシュ教の信者で、人生最大の夢が殉教することというような、そんな手合いだ」
宗教国家のスパイ組織と戦えと?
しかも、メンバーはガチな狂信者。
お父さん、それはいくらなんでも無茶ですよ、と文句の1つも言いたいところだけど、相手は国王陛下。
できません、とは言えない立場だ――王子って生まれた瞬間に人生の勝ち組になっているような印象だけど、意外とブラックな職業かもしれないね。
「この話の根元はフェヘールが治癒魔法を開発したところまで遡る」
「遡りすぎて、僕にはさっぱり話が見えません」
「他人が新しい魔法体系を確立したのだから、俺だってオリジナル魔法を開発できるのではないかと、あのあと魔法がブームになったと思え。しかし、オリジナルの魔法が簡単に開発できるわけがない。結果として、だんだんと魔法ブームはおさまっていったわけだ」
「ぼくがかんがえたさいきょうのまほう、ですか。そんなものが簡単に開発できるなら、これまでの魔法士がとっくにやっているでしょう」
「次にバレンシア帝国の皇帝が崩御して、新皇帝が即位。同時に政策転換がおこなわれた」
「覇権主義から内政重視ですね、うちの国で起きているのも、そのあたりが原因といえば原因なのですが」
「この国で起きていることは、他国でも起きるということは覚えておくがいい」
つまりアルフォルド王国は内輪もめが起きかけている状態だが、同じことが別の国でも起きているとのことだった。
あるいは、国内はまとまっても近隣の国――特に自分たちより国力に劣る国に対して野心を抱いたり、ね。
神聖国ブランはラカトシュ教を中心とした宗教国家であり、最大の目標はこの大陸中をラカトシュ教で染め上げること。
逆にいえば異教徒は断罪の対象だ。
神聖国ブランにとって大変残念なことに、この大陸においてラカトシュ教だけが信じられているわけではない。
さらに神聖国ブランにとって問題視する点として、近隣の国はラカトシュ教を国教に定めているわけではないし、ラカトシュ教のみに特別な保護を与えているわけでもなかったりする。
まあ、それはアルフォルド王国も同じで、特定の宗教を保護してないし、特定の宗教の弾圧もしてない。
つまり神聖国ブランにとっては他国に侵略戦争を仕掛ける理由がすでにある――攻め込まれるほうにしてみれば理屈にもなってないが。
「異教徒に対して聖戦をおこなうと宣戦布告することはできるが、それで兵力が増えるわけでもない。あのあたりは小国ばかりで戦力差はわずかだから理論上は1国ずつ潰していき、国土を広げて国力を高めるのと同時に占領地域で兵や糧食を徴発して、次の国と開戦すればいいだろうが、現実にはそんな都合よくいくわけないからな」
「このアルフォルド王国と神聖国ブランの間でもダイアフォーラ共和国とマーユダン王国がありますし、この2国が協力し、さらに我々が援軍を出せば神聖国ブランを撃退するどころか、逆に降伏に追い込めないこともないですよね――いままでは下手に兵をよそに出したらバレンシア帝国との国境警備が薄くなるので無理だったけど」
「しかし、歴史を振り返れば小国から大陸統一をなしとげたウルドゥグ大帝国がある。つまりコンル・サカーチの魔法を神聖国ブランが再現できれば大陸統一も夢ではなくなるわけだ」
「完成したんですか?」
「そこで最初に戻るわけだ。フェヘールが治癒魔法を開発したのが刺激になり、いろいろな魔法を研究していったわけだが、大規模魔法はどんなものであろうと結局のところ消費する魔力が大きすぎて無理だという結果となった」
「未完成、しかも無理だという結論になったのなら問題ないですよね?」
「するとコンル・サカーチはどうやって大規模魔法を使ったかという話になる。性能のいい杖は効率を上げるから魔力の消費を抑えることができるのは知っているよな?」
「ああ……神聖国ブランはコンル・サカーチの杖を狙っているわけだ」
火縄銃すらない世界で大砲やミサイルを手にするようなもの。
でも、なあ……発端がフェヘールの治癒魔法の開発にあるのだとすれば、結局のところ根本的な原因を作ったのは僕だよ!
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