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なぜ僕はこんなにも弱いのか

035



 杖を鑑定してもらって学園に戻ろうとしたら、不審な男が僕のほうに近づいてくるのに気がついた。


 手に持ったものを地面に放り出して剣を抜こうとした瞬間、その男の目で僕が勘違いしていたことがわかった。


 その男が強い視線を向けているのは、僕が抱えている杖の箱だ。


 ゲーム内で攻撃的な素振りがあればPKを疑うのが当然だけど、リアルだったら人殺しよりは泥棒のほうが多いに決まっている。


 それなりに身分のありそうな子供が立派な木箱を持っていたら、そこには高価な品物がおさまっていると考えるのが普通だよね。


 相手は食い詰めた冒険者崩れかな?


 木箱につかみかかって動きが止まったところを狙って、膝に蹴りを入れようとした。


 するとわずかに膝を曲げて関節ではなく、太股の筋肉で僕の蹴りを受けた。


 なかなかの反応だ。


 AGI重視の斥候タイプかな?


 やっぱりゲーム的な思考が抜けない僕がそんなことを考えていると、いきなり男は身を翻して逃げ出した。


 一撃して離脱、いくら惜しいところだったとしても後追いはしない。


 いい判断だと思う。


 こんなところで揉めていたら、すぐに衛兵が駆けつけるからね。


 だけど、僕のほうも簡単に逃がすつもりはない。


 ただの泥棒、かっぱらいの類いだろうが、今回の事件にかかわっている可能性が捨てきれない以上、捕まえて、お話しないと。


 僕は鞄を放り出して、男を追いかけた。


 杖はフレドリカ先生に返却するか、相応の返礼をするまで失うわけにはいかないから、邪魔だけど持っていく。


 足音でも聞きつけたのだろうか、いきなり男が振り返って、僕が追ってくるのを見るとギョッとした顔をした。


 とっさに足を止め、こっちを向く。


 手に短剣を持っていた。


 とっさに体を斜めにしたが腕に軽い衝撃を感じる――まあ、ぶつかっただけで、刺さったわけではないから問題なし。


 男はまたしても身を翻し、慌てて逃げ出した。


 腰の短剣は1本だけだったから、僕はてっきり短剣術の使い手で、刺したり斬ったりして戦うタイプだと見ていて、まさか投げてくるとは予想もしてなかったんだ。


 芝居や偽装が上手いのかもしれないね。


 ということは、他に短剣や投げナイフを何本も隠し持っている可能性があるとこを覚えておこう。


 前を走っていた男が突然、塀の中に消えた。


 誰の屋敷か知らないけど、長く続く塀に通用口のようなものがある。


 そこから敷地の中に入ったようだ。


 金に困った冒険者かなにかが盗みを働こうとしていた可能性のほうがずっと高いと予測していたけど、そうではなくて貴族がかかわっているのか?


 このあたりは貴族の屋敷しかないし、ここも広い敷地や立派な塀からして、それなりの身分がある人物のものだろう。


 まさか追跡されているのを知っていて黒幕のところに連れていくわけがないという気がするけど、同時に僕を始末しようとしているような気もする。


 敵の本拠地なら、仲間も何人かいるだろうし。


 しかし、敷地に入ると僕が勘違いしていたことがわかった。


 庭はかなり荒れていて、どうやら空き屋敷のようだ。


 家が没落したのか、どこかに引っ越して売りに出しているのか?


 仲間がいるという予想は当たっていた――まあ、ある意味、当然だね。


 まずは剣士らしい大男。


 飾り気のない実用本位な両手剣を腰に下げていて、防具や靴もあまり品質のよくないもののようで、いかにも冒険者崩れらしい雰囲気を漂わせている。


 身長は2メートルまではいかないだろうが、190くらいはありそうだ。


 体格もやや太めだから、体重は100キロ近いヘビー級だろうか。


 もう1人は灰色のローブをまとった魔法士の女性。


 ベテランといってもいいし、おばちゃんとも表現できる。


 いままで僕が見た中では最長であろう2メートル近い長い杖を持っているのは、なにか特殊な魔法の使い手なのだろうか?


 どっちも強そうな雰囲気だ――さっきまで逃げまわっていた短剣の男でさえ、こうして並んで立っていると油断ならない腕利きに見えてくる。


 やっぱり隠し持っていたみたいで、30センチくらいの金色の鍔の短剣を握っていた。


 泥棒を追いかけているつもりが、死地に誘い込まれたといってもいいね、これは。


 さっき短剣の男は芝居も上手いかもしれないと考えたところなのに、こんなにあっさり罠に引っかかるとは。


 なんて僕はバカなんだろう。


 ちゃんと反省しないと。


 だけど、これは斬っても正当防衛だよね?


 あのさぁ、人を斬っていい口実があったら、大喜びで利用するよ?


 杖の入った木箱を地面に置き、僕も背負っていた大剣を握り、鞘を払って、ずんずん前へ踏み込む。


 すると敵も剣士が前へ出てきた。


 この男が近接戦闘を担当するのと同時にパーティーの盾役なんだろうね。


 僕は自分と魔法士のおばちゃんを結んだ線の上に剣士を置く。


 それで魔法を完全に防ぐのは難しいかもしれないけど、直線的に飛んでくる攻撃魔法は撃ちにくくなるだろう。


「うがーっ!」


 剣士は技もなにもない力任せで斬りつけてきた。


 斬り落としてくる剣をとっさに受けたが、力と体重が違いすぎて、このままだと押しつぶされる。


 じりじりと剣士の持つ両手剣の刃先が僕の頭に近づいてきた。


 しかも、そのタイミングで短剣の男が動き出す。


 もう1歩、前へ踏み込む。


 右足の踵に全体重を乗せる勢いで、剣士の爪先を踏んだ。


 ポンコツのブーツだし、爪先は鍛えようのない部分だから、剣士は身をすくませた。


 おかげで僕の剣にかかっていた圧力が弱まったから、そのまま肩で相手にあたりにいく。


 剣士の体勢を崩したところでそのまま右腕を斬った。


 ゲームではHPが減るだけだが、リアルでは手を負傷したら剣が握れなくなるし、足を負傷したら移動が困難になる。


 敵のHPを0にしなくても戦闘能力を奪えるのだ。


 3人のうち1人を沈めた、と喜んだのが隙になったのだろう。


 短剣で背中を斬りつけられていた。


 前へ進んでいるところを後ろから襲ったので斬りつけた形になったのだろうが、これが刺されていたら――深く刺さっていたら肺をやられていたかも。


 振り返りつつ、後ろを大剣で薙ぐ。


 気配だけで振り抜いたので牽制くらいにしかならなかったが、短剣の男も俊敏にあとずさりをして、しっかりと距離を取った。


 その瞬間を狙って剣技を放つ。


「ストリーム・ストライク!」


 ほぼ失敗のない、僕のもっとも得意とする技。


 このときも問題なく一気に距離を詰めて突き技を出すことができた。


 剣先が喉を突き破る。


 だが、浅かったようだ。


「グエッ……」


 男は慌てて短剣を放り出し、血が流れる喉を両手で押さえる。


 よろめきながら僕に背を向けて逃げ出そうとした。


 無視して僕は魔法士に向き合おうとする。


 だが、その前に炎の弾をくらった。


 特に背中の切り傷がいっそう悪化したようにジンジンと嫌な痛みを伝えてくる。


 僕をバックアップしてくれる人がいない以上、短剣の男みたいに逃げるわけにもいかない。


 相手が魔法士なのだから逃げて距離をとったところで、いっそう不利になるだけだし。


「ストリーム・ストライク!」


 ふたたび得意技だ。


 これなら5メートルを助走なしに一気に詰めて突き技を出せる。


 だが、魔法士のおばちゃんは技の出を感じた瞬間にさがり、いままで自分のいた位置に炎の壁を出現させた。


 僕はもろに炎の壁に突っ込んでしまう。


「ぎゃっ」


 思わず悲鳴が出た。


 さらに肩に衝撃を受ける。


「なんだ?」


 振り返ると右腕を斬って戦闘不能になっているはずの剣士が、まだ動く左手で剣を投げつけてきたようだった。


 そこに炎弾が着弾する。


 冒険者としてやっていけなくなって犯罪者に堕ちた連中なんか、3対1でも簡単に勝てると慢心していたのかもしれない。


 前世ではゲーム内のVR世界だけど、毎日が殺し合い。


 プレイヤーとも殺し合い、モンスターとも殺し合う日々。


 強いので有名なモンスターをソロ討伐してみたり、腕利きを集めてどうしても最下層に到達できないダンジョンに乗り込んだり、しつこいPKに狙われ続けたり……しかし、いまの僕はあまり実戦とは縁がない。


 ここに誘い込まれる前に、待ち伏せしている敵の気配を探ろうとしたり、罠の可能性を考えることすらできなくなっているし。


 まあ、小国とはいえ一国の王子が実戦経験豊富だとしたら、ものすごい荒れた世界だろうから、それはそれで困るけど。


 つまり、いまの僕は鈍っているのだろう。


 でも、つい最近バレンシア帝国でも冷や汗をかくような場面もあったはずなのに、こんな危機まではいかなかったはず。


 戦った中にはホーノラス王国の宮廷魔法士筆頭の息子にして、天才魔法士と評判の高いアーガスもいたのに。


 しかし、よく考えてみれば、あのときは1人ではなかった。


 僕は1人だと、こんなに弱いのか?




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