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僕は詐欺にあうほどバカでもないし、金もない

034



 フレドリカ先生が襲撃された部屋に残されていたのは1本の杖。


 その杖が入っていた箱には僕宛に譲る旨が書かれていた。


 まさか、この杖が焦土の魔女ことコンル・サカーチの遺品と思ってしまうところだけど……さすがに無理があるかな?


 長さは50センチを少し切るくらい。


 素材は木なんだけど、木目とかから鑑定するような能力はないんだよね。


 もし伝説となっている焦土の魔女の愛用品ならば、かつて、この地がエルフたちの森であったころに天高くそびえ立っていたという世界樹とか、そんな逸品が素材であってもおかしくはない。


 エルフの森が焼けたとき、その世界樹も一緒に燃えたと伝わっているが、一部残った枝を挿し木したものが、いまも国内に何本か残っていて、王城の庭にも1本あった。


 こっそり枝を切って、樹皮を剥いだら比較できるんだけど――絶対に怒られる奴だよな、それ。


 杖頭に埋め込まれた石は白、青、緑、紫など、複雑な色が入り交じっていて、こんな奇妙な色合いの宝石、この世界でも前世でも見たことないよ。


 僕はおとなしくわかる人のところに持っていくことにした。


 王城には腕利きの魔法士団のメンバーが何人もいるし、学校にもフレドリカ先生しか魔法の先生がいないわけではない。


 いろいろ考えた結果、僕は王城に戻ることにした。


 もしこれが問題の杖だとしたら、結構な問題が起きそうな予感。


 いや、たぶん確実に起きるだろうね。


 そのあたりの事情がある以上、セキュリティー的に王城に仕える魔法士のほうがいいだろう。


 ただ……僕は騎士団のメンバーとは訓練にまぜてもらったりして顔見知りも多いんだけど、反対に魔法士団とはほとんど顔を合わせたことがない。


 ちょっと気が重いし、厚かましいかな、とも思う。


 杖を見せたら「なんですか、このガラクタ?」と鼻で笑われたら恥ずかしい。


 そんな心配をしながら魔法士団の詰め所にいって杖に詳しい人を紹介してもらいたいと頼んだ。


「クリート殿下がこちらにいらっしゃるのは珍しいことですな。やっと魔法の初歩くらいは身につけたのでしょうか? 初心者は入門用の杖で充分だと思いますが」


「いや、僕のじゃなくて……」


「ここにいる人材はアルフォルド王国でも指折りの魔法士です。初心者の入門用なら学園のほうで相談されては?」


「そういうことじゃなくて……」


「我々、ここに遊びでいるわけではないのですがねぇ」


「あの……だから……そう! フェヘールの! フェヘールの!」


「あの聖女様の?」


「婚約者だから! 僕の婚約者だから!」


 まあ、婚約者だからといって嘘に巻き込んでいいわけないから、心の中で何度も手を合わせて謝っておいた……あとから本人にもちゃんと謝っておこう。


 だけど、彼女の名前を出したおかげで話がすんなり進む。


「聖女様の杖ですか。それでしたら一流の魔法士が相談にのったほうがいいでしょう。しかし、なぜ御本人ではなく殿下が?」


「プレゼントとして杖を贈ったらどうだろうと思うんだけど、変なものをあげるわけにはいかないからね」


「なるほど……それでしたらボードレスに相談されるのがよいでしょう」


 魔法士としても一流だが、魔道具の補修にも才能があるそうだ。


 もし戦場に出ることがあれば壊れた装備を自分たちで修理しなければならない場面があるかもしれないと、それを担当する魔法士もいるとのこと。


 部屋――というか工房みたいなところを訪ねてボードレスさんに杖を見せた。


 差し出すと、慌てたように受け取り、上から下までゆっくりと何度も視線を往復させる。


 さらに角度をかえて、舐めまわすように観察していた。


 そうやって、たぶん10分は杖を手にとっていたと思う。


 ボードレスさんはゆっくり息を吐き出して、僕ににっこり笑いかけてきた。


「なかなか……よいものです。こんなものをどこから? 宝物庫にはなかったような……」


「ある人から僕が譲られたものなんだけど、どの程度の価値な? と思って。ほら、僕は魔法が苦手だから宝の持ち腐れになるけど、フェヘールの役に立ちそうかな?」


「これだけの逸品はなかなかありません、金額はもちろんですが、そもそも売り物がないでしょう」


「すると王子が婚約者である侯爵令嬢にプレゼントしても恥をかかなくてすみそうだ」


「下手すると国宝クラスです」


 素材が世界樹とは特定できないものの樹齢の長いトネリコ。


 はめられた石はトゥランセンデンタルトパーズ。


 すごく興奮して話してくれるのだけど、ごめん、言ってることの半分もわからん!


 割と太めでゴツゴツした古そうな木に、かなり大きくて虹色に光る石がくっついていて、素人目でもすごそうだと感じるけど。


 しかし、これだと本当の本当にアレかもしれない。


「歴史上の人物ですけど、焦土の魔女と呼ばれたコンル・サカーチもこんな杖を使っていたとか、なんとか、どこかで聞いたような気がするんだけど」


「焦土の魔女? コンル・サカーチ?」


 すると、いままで興奮に顔を輝かせていたボードレスさんが急に険しい表情を作る。


 杖は魔力の増幅器になるが、あまり腕のよくない魔法士が大きく増幅する杖を使うとコントロール不能になって暴発など、ろくな結果にならない。


 反対に腕ききの魔法士なら本来の魔力を大幅に増幅させて、強い魔法を使うこともできる。


 伝説で語られるようにコンル・サカーチが街を焼き払う魔法を使ったというのなら、その杖は、そんな魔法が使えるほどの魔力増幅効果があるはず。


 そういう意味でみた場合、僕が持ち込んだ杖は最高性能に近いけど、街を焼き払うほどの魔法が使えるほどではないらしい。


 いま現存する杖でそんな恐ろしい出力を出せるものは確認されてないのだが。


「確かに伝わる杖の特徴はよくつかんでいることは認めますが、まず詐欺の類いであろうと推測されます。で、これはいくらだったのでしょう?」


「いや、そういうわけでは……」


「これだけ見事な贋作となれば安くはなかったはずです」


「違うんだ!」


「この件、陛下はご存じなのでしょうね?」


「買ったわけじゃなくて学園の先生が譲ってくれたんだ。陛下への報告はこれから。だから、どのようなものか知りたかったんだ。どれくらいの価値かわからないと、お礼もできないだろう?」


「そういうことですか……それならよかったです」


 やっと納得してくれた。


 さらにはフレドリカ先生の名前が出てきたので、そうだと認めると、こんなものを持っていてもおかしくないと言った。


「正確なところは知りませんが、かなり長く生きるエルフ族の一員ですからね。さすがに焦土の魔女までは遡れないでしょうが、現代を生きる我々人間からすれば、かなり近い時代にいたことは事実でしょう。しかし、いくらなんでもコンル・サカーチの杖はお持ちでないでしょうし、もし仮に手持ちにあったとしても、他人には譲らないと思いますよ。いくら相手が王子といっても」


「まあ、そうだよね。レシプスト王立学園が創立されたころから先生やってるらしいし、いままで何人もの王子に教えているはずで、その中でもダントツで不出来な僕に世界に2つとないようなものをくれるわけがない」


「いえいえ、殿下。そう思われるのならば、いっそう魔法の勉強に精進されてはいかがでしょうか? よく努力は裏切らないといいますし」


「あははははは……がんばるよ」


 努力って、すぐ裏切ると思うよ、僕は。


 というか、努力すれば夢がかなうほど人生はヌルゲーじゃないんだぜ?


 夢はかなわないことのほうが多いんだから。


 まあ、簡単にかなう程度の夢しか抱いてない奴のことは知らないけど。


 つまり僕は努力しても魔法の達人にはなれないんだよ、そもそも剣士だし――という言い訳を心の中だけでしておく。


 時間を取ってもらったことについては感謝を伝えて、再び登校することにした。


 王城の周辺はアルフォルド王国でもっともセキュリティーレベルが高く、そのすぐ隣ある学園も治安は最高のはずなのに、ちょっと気になる男がいる。


 このあたりは王城に用事のある貴族か役人、あるいは学園の生徒ばかりで、いわゆる一般の人は見かけない。


 その男は使い古しの胸当てをつけ、短剣を腰にさしていた。


 僕のほうに近づいてくる。


 前世ではPKなんて普通だったからね、変な気配には敏感。


 ちょっと剣が上手くて目立つと、すぐにチートだとか言いがかりをつけてくるプレイヤーが出てくるし、叩きのめしてやろうとか、変なヤツも結構いたから。


 ただ、鞄と杖の入った箱を持っているから、感じてはいても、動くのが遅れた。







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