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次の事件

032




 昨夜は家に戻ると国王陛下の秘書官が、お父さんの叱言を伝えるために僕の部屋で待っていた。


「心配かけるようなことはするな」


 ほんの一言だけど、これは国王ではなく父親としての言葉だろうね。


「バレンシア帝国から外交団派遣が正式決定したと連絡がきました。殿下がつないだ縁なので無事にお出迎えするように、と」


 こっちは国王としてだけど、この秘書官の本音も含まれているだろう。


 以前バレンシア帝国で逃げまわるサバイバル体験をしてきたんだけど、その途中で皇帝陛下や内親王殿下と面識を得ることができた――少しばかり仲良くなって大剣をもらったんだよ。


 いまの皇帝陛下になってからバレンシア帝国は覇権主義から内政重視に政策転換することになり、その一環としてお互いに外交団を派遣して、友好条約みたいなものを結べないかという話があったのだ。


 侵略する側だったバレンシア帝国と、攻められる側のアルフォルド王国という関係だから、その話はスムーズに進んだわけではないけど、両国に対して利益があることだからね。


 メンバーや日程の調整があり、近ごろ正式にバレンシア帝国がアルフォルド王国に外交団を派遣することが決定したそうだ。


 外交団長はレフラシア内親王。


 王族が訪問するということになればアルフォルド王国としては大いに面目が立つ――領土領民はバレンシア帝国のほうが何倍も多いから、本当なら格下扱いされてもしかたない立場なんだよね。


 それが皇帝の妹であるレフラシア内親王ならむしろ好待遇といってもいい。




 禁書庫の捜索にバトル、最後に親から叱られるという、なかなかハードな1日が終わり、ベッドで寝たら普通に朝がやってくる。


 いつものように騎士団で朝の訓練を受けて、大剣を背負って登校。


「いい枕だな」


 正門をくぐったところで声をかけられた。


 彼が指をさしているのは僕の背中だ。


 僕は手を伸ばして剣の柄をパチパチと叩く。


「いい枕だろう? こいつがあれば、ぐっすり寝られるんだぜ。それより、まだこっちにいたんだな。もう戻ったかと思った」


「いや、短期の留学ではなく、卒業までいたいと手紙を送って、いま返事待ち」


「卒業まで……本当にいいのか?」


「アルフォルド王国のエキスパートになったほうが有利だと判断したのさ。なにか使える取柄がないと王族といっても肩身が狭いのさ」


「まあ、それはなんとなくわかる」


 ファルカシュは建前上だとバレンシア帝国からアルフォルド王国に短期の留学生としてやってきた皇帝の従兄弟ということになる。


 しかし、本当のところは人質。


 つい先日、僕とフェヘールはホーノラス王国に招待された。


 そうなると帝国領内を横切る必要があるので、具体的にいくらなのか知らないけどアルフォルド王国は通行料を払い、バレンシア帝国は安全を保証してファルカシュを送ってきたわけだ。


 もちろん、人質などというと外聞が悪いから、名目としてはアルフォルド王国にあるレシプスト王立学園に短期留学ということになっていた。


 まあ、一種の王族ビジネスみたいなものだね。


 通行を保証すると紙にサインして、一族の適当な者に、適当な建前で相手の国に滞在させ、かわりに小遣いが少し増える。


 しかし、僕たちが無事に戻ってきた以上、もう彼はここには用事はないはず。


「もうじき内親王殿下が外交団としてくるだろう?」


「そんな噂が聞こえてきた気がしないでもないかな?」


 ファルカシュが声のトーンを低めて尋ねたので、僕も小声であいまいに返した。


 これでもいちおうは王子だからね、政治的な発言で言質をとられてはたまらない。


 しかし、ファルカシュは気にしてないようで、また元の声に戻す。


「俺は腕っ節には自信がないタイプの男なんだ」


「そうみたいだね」


 剣の重さにヨロヨロするとまでは言わないが……授業を見ていればわかる。


 かわりにファルカシュは勉強がかなりできた。


 だけど、先代皇帝の末弟の子供に当たるとのことで、いちおう王族の末席にはいても政治的な権力にはまったく無縁らしい。


 まあ、事実上の人質に送られてしまうレベルだからね。


 血筋だけしか価値がないというのが、いまの彼の置かれた状況。


 まあ、アルフォルド王国だって代を重ねるごとに王族や貴族が増えていくのだから、無能であれば役職にはつけないし、爵位を失うこともある。


 逆に授爵される人物もいるし。


 だから、ファルカシュは自分の有用性を示さなければならない立場なのだ。


「帝国は内政重視に舵を切ったのが、これで確定だ。いままでは気に入らない相手がいたら殴ればよかったのが、今後は話し合いで解決する方向になるのだから、つまりは優秀な外交官が必要となる」


「国と国との話し合いなら、王族という肩書きは重い。ただ、うち専門でいいのか?」


「少なくとも俺が引退するまでの間は存続していてくれると助かる」


「それはだいじょうぶだけど」


 ファルカシュがこのまま留学を続けて、その上で外交官を目指すのなら、当然アルフォルド王国のエキスパートとして働くことになるだろう。


 そのアルフォルド王国が消滅してしまえば同時にファルカシュの外交官としてのキャリアも終わってしまう。


 100年後や200年後は知らないけど、僕たちがお爺さんになるくらいまでなら普通にアルフォルド王国は続いていると思うけど。


「風の噂で聞いたんだけど」


「風の精霊様はどんな噂話を聞かせてくれたんだ?」


「昨日の放課後、第3王子が暗殺されかけたけど、さすがは剣の名手と名高いクリート殿下だけあって、暗殺者を5人、ほんの一瞬でバッサバッサと斬り捨てたとか」


「………………いや、それ、デマだから」


「そうだろうな、たった5人ではなく、実際には10人くらいったんだよな?」


「いやいやいや、それは違うから!」


「だったら20人くらいか?」


「ちょっとしたトラブルに巻き込まれただけだよ。僕は1人も殺してない」


「なんだよ……クリートは剣しか才能がないのだから、きっと10人や20人はバッサリ斬れる腕があると思ってたんだけどな」


 ファルカシュの僕に対する信頼がいろいろ酷い。


 凄腕の剣士ではなくて、まるで大量殺人鬼みたいじゃないか。


「僕がかかわったのは事実だけど、原因は違う」


「そうなのか? 衛兵たちの間で騒ぎになったらしいぞ。もちろん、王城にも伝わる」


「伝わったな、国王陛下から叱言をいただいた」


「その衛兵たちは勤務が終わると居酒屋にいくよな? 1杯やりながら、店にいた客たちに我らが第3王子の武勇伝を語って聞かせ――」


「わかった! わたった! そして最後には外交官志望の学生の情報網に引っかかった、と」


「そんな流れだ。しかし、本当に暗殺じゃないのか?」


「僕を狙ったものではない。違う、断言できるし保証もする。だいたい暗殺するレベルに事態は煮えてないだろう?」


「まあ、それはそうだ。さすがに暗殺は、な」


「だろう?」


「しかし、そういう噂が流れる状況ではある。しかも、そうやって大剣を背負っているから、なおさら無責任な噂話に信憑性をくわえてしまう。気をつけたほうがいいかもしれないね」


「そういうことならチンピラにからまれて叩きのめしただけ、という噂を流しておいてくれないか? 噂を集めることができるのなら、反対に流すことだってできるよね?」


「まあ、できるか、できないかで言えば、もちろんできるけど……武勇伝としては暗殺者のほうがいいだろう? チンピラと喧嘩したなんて、みっともないだけだと思うけど」


「王子が暗殺されそうになったという噂のほうがみっともないよ。僕はともかく、アルフォルド王国の恥だ。それに実際にも僕を暗殺しようとしていたわけじゃいなんだし」


「上手く噂を使って簡単に殺せないとアピールしたら牽制になっていいと思うんだが」


「そういうプラスがあっても、王位を巡って殺し合いしてると誤解されるマイナスのほうが大きいよ」


 僕がホーノラス王国にいくのと入れ替わりに短期留学生としてやってきたファルカシュだから、しゃべったことは何度もないのに、最後には「わかった、わかった」と面倒な頼みを引き受けてくれた。


 どこまで噂を抑えられるのかわからないけど、なにも手を打たないよりはいいだろう。


 あとやることは……ズルドさんに関しては5人に襲われて、いま死体が転がってますと衛兵に届け出たときに頼んでおいた。


 もうそろそろ王都に戻ってくるというのだから、街道を逆に辿って迎えを出せば保護できるはず。


 そうそう、フレドリカ先生に会わないといけないな。


 なにがあったのか報告しないと――世界が違ってもホウレンソウは大切です。


 僕のように自宅から通ったり、王都にそれなりの屋敷を持っている人はいいけれど、そうでない生徒用に学寮があり、それに隣接して職員用の宿舎がある。


 その職員用宿舎にフレドリカ先生は住んでいるはずなんだけど――校舎をまわり、学園の奥のほうにいってみると、なんか様子が変だ。


 先生たちが宿舎のまわりにいて、学寮の生徒たちも遠巻きに集まっている。


 さらに、衛兵の姿まで見えた。


「なにかあったの?」


「魔法の暴発なのかな? 誰かが攻撃魔法をバンバン撃ちまくったみたいなんだ」


 生徒の1人をつかまえて問いかけてみると、そんな答えが返ってきた。


 どうやら早朝、まだ暗い時刻にドカンドカンと派手な爆発音がして、結果的に寝てた生徒も職員も叩き起こされることになったらしい。


 嫌な予感がして、衛兵のところに話を聞きにいった。


 普通なら生徒に話すことではないと追い払われるところだろうが、こういうときに王子の身分はありがたい。


「第7衛兵隊の隊長を務めていますバーズドです。まだ不明な部分も多いので、かなりざっくりとした推測混じりになりますが――」


 衛兵で一番多いのはパトロール担当だけど、第7衛兵隊というのは刑事警察みたいな部署だ。


 そこの隊長に教えてもらったところを時系列に並べると、まずは魔法によるものと思われる爆発があったようだ。


 この学園の教師はそれぞれ自分の専門では研究者でもあるので、最初は実験の失敗によるもの、あるいは失敗ではないが予想外な結果になったと思ったらしい。


 まあ、なにかがあったら最初に事件を疑うほど、この学園も、この王国も、治安が悪いわけではないから当然だろうね。


 フレドリカ先生の部屋が発生源みたいで、それを裏付けるかのように室内が荒らされていたが、本人の姿が見えない。


 手分けして探しているうちに、日の出を迎えてだんだん明るくなり、室内に残った痕跡の中に魔法だけでなく、刃物――おそらくは剣のようなものでつけられた傷が柱や壁に残っていることがわかり、衛兵を呼ぼうということになった。


 そんな騒ぎになれば生徒たちが気づかないわけがなく、学寮の自分の部屋から出てきて、なんだなんだと野次馬が集まってきて ← いまここ! という感じらしい。











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