木の上の5人
030
フレドリカ先生に当時の歴史や、ロストーツィ大森林について詳しい研究者を教えてもらったのはいいけれど、そのズルドさんの自宅にいってみると、本人は不在で、かわりに見張りがついていた。
ただ見張るだけなら5人も必要ないから、目的は殺害か、誘拐か、どうせろくなことじゃない――ような気がする。
あくまで状況証拠だけだから、問答無用で斬りかかることはしないけど。
禁書庫の侵入者の件もある。
なにか関係している可能性があるから、ちょっと話を聞きたいし。
これもまた同一犯とか、仲間だと断定できるだけの証拠はないのだけど、たまたま偶然だとしてしまうわけにもいかない。
堂々と家の正面に馬車を乗りつけた。
鑑定などというゲーム的な便利魔法はない世界だけど、ゲーム内で長らく戦ってきた僕の勘は強敵がいると警報を鳴らしている。
このね、肌がピリッとする感じは曲者に違いないよ。
それでなくてもフェヘールはヒーラーで、盾役やれるのは僕しかいないのだから倒れるわけにはいかないんだし。
前世を合わせれば結構なオッサンなんだけど、いまの僕の見た目は13歳の子供だから無警戒に近づいていけば相手の油断を引き出せる可能性がある。
「おーい、なにやってるんだ?」
いちおう呼びかけてみる。
返事がないどころか、なおさら気配を薄くしようとしているようだ。
「僕はクリート・アルフォルド。君たちはどこの誰だ?」
やっぱり返事はなかった。
ちなみに王族に対して不敬があれば処刑しても咎められることはない――ということになっている。
実際には王子が不敬を理由に人を斬りまくったら廃嫡から幽閉コースは確定で、時期をみて病死がセットでついてくるだろうね。
だから、問答無用で斬る気はないけど、王族たる僕が名乗っているのに姿を隠しているのだから得体のしれない曲者として扱うくらいならまったく問題ない。
ここは手早くやるのを推奨。
戦闘はホビーのバトルマニア的には全力の相手と戦うのが楽しいけど、1回死んだら終了、復活も蘇生もない世界なのだから、相手が全力を出さないうちに、僕たちを子供だと侮っている間に勝負をつけたほうが間違いがなくていい。
それなりの腕がある敵ならこっちの手の内を見せれば見せるほど対策してくるから倒すのが面倒になるからね。
「落とすね」
「たのむよ。僕も気配は感じるけど正確な場所となると……」
「上手く隠れてるけど、探知魔法を防ぐほどじゃないわ。ただ火をつけるわけにもいかないから、それだけが面倒かも」
大木の幹は僕とフェヘールがそれぞれ3人いて、手をつないで輪になったら囲めるくらいありそうだったから、かなり強い魔法でも平気で耐えそうだ。
まず、フェヘールは魔法で水球を大量に作って、どんどんぶつけた。
「ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール、ウォーターボール」
この世界の魔法は長い呪文を詠唱するわけでもなく、派手な光のエフェクトや、ものすごい魔法陣が空中に浮かぶような演出はなくて、すごく地味だけど、それだけに実戦的だ。
出力が安定しないとか、狙いが定まらないとか、マイナスに目を瞑るのなら技名すらない無詠唱とか、杖なしでの行使とか、本当になにもなく魔法を使うことすらできなくはない。
フェヘールの場合、攻撃魔法はそんなに得意ではない――使えないわけではないが、戦争の最前線で先頭をきって突撃できるほどではなかった。
だが、いまはそこまでの攻撃魔法は必要ない。
10メートルから15メートルくらい上に次々に命中した水球がパカンパカンと弾ける。
殺傷能力のうち、殺の威力はないが、傷ならば充分な効果のある攻撃が機関銃のように大木を揺らす。
僕は背負った大剣を手元に引き寄せ、鞘から抜いた。
5人は木の幹そっくりな茶色の布を頭から被って隠れていたようで、その布が水球でまくれ上がり、剥がれて、何枚か落下してきたものさえあった。
忍者って職業やジョブ、この世界にもあるの? とか思うよ。
あるいはニンジャかな?
それとも暗殺ギルドみたいなものがあるとか。
まず1人、茶色の布と一緒に落ちてくる奴が出た。
パカーン!
落ちてきた敵の頭を大剣の腹でブッ叩くと、ものすごい音がした。
斬ったわけではないし、メイスみたいな殴打武器よりダメージは低いはず――強すぎず、弱すぎない、戦闘能力を奪うだけの攻撃って難しいよ。
1人目は吹き飛んで、ズルドさんの家の壁まで転がっていった。
すると木の上から2人が襲いかかってきた。
まるで道を駆けるように、幹を走ってくる。
抜刀した。
手を離しても落下することなく、両足は木の幹をしっかりグリップして、勢いをつけて斬りかかってきたのだ。
どんな理屈でそんなことができるのか僕にはわからないが、物理法則を無視しはじめたらたいてい魔法だと思っておけばいい。
さて、迎え撃つには?
グッと体に魔力を巡らせる。
斬り上げる技といえば――ドラゴンをはじめワイバーンやグリフォンなど、上空から急降下攻撃してくるモンスターが設定されているゲームは結構あった。
2人を同時に攻撃できればかっこいいが、さすがにそれは無理。
まず右側を仕留めることに決めた。
「ヴィルベルヴィント」
僕が選んだのは『ヴァービンデン・オンライン』の対空防御技。
切先を地面につけたところからスタートし、跳ね上げるように斬りつけ、さらに上方向に突く。
タイミングを合わせれば急降下攻撃してくるドラゴンにさえカウンターとなるのだ。
殺さずに取り押さえるなら剣の腹で叩くのが一番で、突き技は使いたくないのだが、どうやら強敵のようで手加減できない。
ここはフェヘールを信頼しておくところだろう。
即死させなければなんとかなる――僕もそうだし、敵も同じだ。
勝負は剣の長さが決めた。
こっちの大剣に対して、敵は片手剣。
肩を切り裂いた手応えを感じた、その次の瞬間、鋭い鋼が降ってくる。
とっさに体をひねってかわす。
「シュトゥーカ」
上に向かって突き技を放った後、そのまま切り落としの技につなぐ。
さっきの飛行型モンスター撃墜技である「ヴィルベルヴィント」の対になった技で、撃墜した後、さらに1太刀追撃するのだ。
これを翼の付け根に当てれば飛行能力を低下させることができるか、低レベルのモンスターであれば完全に飛べなくなる。
つまり僕は精密に狙いを定めて「シュトゥーカ」を使うことができるのだ。
敵は着地と同時に横に飛び、僕との距離をとった。
事前に入念な打ち合わせでもしていたかのように、樹上にいる残る2人が幹を駆けてきた。
上から2人、地上の1人、合計3人で包囲しつつある、そのとき。
僕の放った「シュトゥーカ」が地上の1人を打つ。
上方向の突くところで終了した「ヴィルベルヴィント」につなげて、飛び上がった姿勢まま大剣を薙ぐように強く振ることで生じる遠心力で横方向に移動しつつ、重力で下方向へ引っぱられ、結果として空中を斜めに進みながら敵に一撃入れたのだ。
ドラゴンにも対抗する技であり、大型モンスターの翼の付け根を狙うのだから、リーチはかなり遠い。
普通の大剣使いと向き合ったときの間合いでは狭すぎるのだが――この世界の剣技にはないわけで、初見で防ぐのは難しいだろう。
結果として樹上からと、地上とで挟み撃ちにしようとする敵の策略は潰えた。
使い慣れた『マンスタニア・クロニクル』のアーツの1つで樹上から地上に降りる瞬間を狙った。
「ストリーム・ストライク!」
5メートルほどの距離を助走もなしに一瞬で間合いを詰めて突き技を出す。
空中で軌道を変えるのは困難だから、きっちり狙えば外す心配はない。
こいつも肩を突いて倒し、最後の1人に向き合う――つもりだったが、いつの間にか僕の目の前から消えていた。
速い!
すり抜けて後ろにまわろうとしていることに気づき、慌ててフェヘールに警告しようとしたが、残る敵は彼女のほうにいくわけでもないようだ。
逃亡?
全員を取り押さえるのが理想だが、なぜズルドさんの家を見張っていたのか、4人は倒したのだから話を聞くのに充分だろう。
そんなふうに考えた心の動きは、たとえ瞬きするほどの刹那な時間であったとしても、やはり隙となる。
最後に1人だけ残った敵の狙いは剣士である僕ではなく、魔法士であるフェヘールでもなく、馬車の御者。
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