空気が読めない凡庸王子と、仕事が早すぎる悪役令嬢
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「フェヘール・ファルカシュ・メレデクヘーギ、おまえとの婚約は今日この場で破棄する!」
どう考えてもフライングとしか思えないタイミングでこんなことを叫んだのは僕の上の兄さんこと、第1王子のバラージュ・アルフォルド。
そういうセリフは卒業式とか、そのあとのパーティーで口にすべきでは?
プロムナードといったかな?
でも、まだ僕たち1年生だよ?
それも前期がやっと終わるころだよ?
場所は昼休み前の教室だし。
クラスメイトのみなさんもびっくりしてるじゃないか。
ついでにいうと、ざまぁされないように対策済だよね?
なにも考えずに突っ走ってないよね?
弟として上の兄さんの勢いでやらかすと大失敗するポンコツな性格を深く信頼しているので、いま大変心配しています。
見た目は緩くウェーブのかかった金髪に、目鼻立ちの整ったイケメンで、鍛え込まれて引き締まった肉体と、外見だけは理想の王子様そのものなんだけど。
昔から努力型と呼ばれているが、深く、ゆっくり考えると素晴らしく冴えるくせに、ときどき早とちりして間違った結論に飛びつき、あとで後悔と反省をするのだ。
長時間かけて行われるテストみたいなものは得意でも、早押しクイズみたいなものだとドベ確定な人といえばわかりやすいかな?
「どういうことでしょうか?」
公衆の面前で婚約破棄を言い渡たされたというのに、顔色ひとつ変えずに問い返したのはフェヘール・ファルカシュ・メレデクヘーギ侯爵令嬢。
婚約破棄だと言い出した上の兄さんもどうかしているが、それを言わせた彼女も彼女だ。
いったいなにをした?
あまりにも仕事が早過ぎる悪役令嬢だよな。
なにしろ、僕たちがレシプスト王立学園に入学して、まだ半年もたってないんだよ?
どうしたら、ここまで煮詰まるんだか。
フェヘールは幼少のころから天才の名をほしいままにしている魔法士だけど、魔法以外では天才の反対なので、僕は不安でたまらないのですが。
こっちもこっちで外見は輝くような白髪に、お人形のように隙のない美貌、王国で一番、いや大陸で一番の美少女なのに、その外見と魔法の腕だけが抜群で、他の全部が残念成分でできている。
「理由を問うとは……とぼけているのか? おまえはヴルュ・アンドラーシ男爵令嬢にしつこくしつこく嫌がらせをしただろう? 俺はそういう陰険な行為が大嫌いなのだ!」
「わたくし、存じません!」
「とぼけるとは、ますます許せん!」
「許していただくようなことはまったくございません!」
「特に呪いだ、おまえの得意な」
「の、の、呪い?」
「この王国で呪術が一番上手いのはおまえだろうが!」
「わたくし、誰も呪っておりません。王子といえども、その発言は許しがたいですわ。謝罪して、発言を取り消していただけないでしょうか?」
「おまえが呪術を使っておきながら、俺が言いがかりをつけているような発言、それこそ許しがたい。いますぐ謝罪して、取り消せ」
2人が言い合っている後ろで問題のヴルュ・アンドラーシ男爵令嬢が泣き真似をしていて、さらにその後ろでカプラス第2王子が困ったふりをして口元はニヤニヤしていた。
なに、この茶番劇?
迷惑だから、巻き込んでもらいたくないんですが?
下の兄さんと僕が呼んでいる第2王子のカプラスは未来の賢者などと噂されているが、実際はつまらない策略が大好きなだけだから、今回のこの件はヴルュ・アンドラーシと組んでフェヘールを陥れようとしているのだろう。
あるいは上の兄さんの味方を減らす策略かな?
フェヘールは侯爵令嬢で、メレデクヘーギ侯爵家は裕福である上に、アルフォルド王国軍をしのぐかもしれないと噂されている騎士団を抱えているから、資金面でも戦力的にも大きいものがある。
どっちにしても、王国内で足の引っ張り合いなんて、バカな話だ。
カプラスは賢いのではなく、ただ小賢しいだけだと思う。
なんというか……王子補正とでもいうやつ?
たいしたことない出来事でも大げさに褒める人が結構いるんだよ。
太鼓持ちとか、そんなの。
平民や下級貴族がやったことなら無視するようなことでも「さすがは殿下」みたいなことを言って、すりよってくる輩がね、第1王子にはいっぱい、第2王子にもそれなりにいる。
さす殿、いらないです!
まあ、それを口にしたら出涸らし王子が嫉妬のあまり優秀な兄の足を引っ張ろうとしていると、僕のほうがつまらない策略で兄を陥れようとしていることにされてしまうだろうが。
バラージュとフェヘールの口論はどんどんエキサイトしていって、退学処分とか、修道院に入れとか、さらには国外追放などという過激な発言まで飛び出した。
しかも、それで終わったわけではない。
口先だけでは生温いと、いまや剣に手をかけたり、杖を突きつけたりしている。
「ソレやったらダメだよ」
慌てて2人の間に割って入った。
第1王子とその婚約者が人前で口論しているだけでも問題なのに、校内で剣や魔法の実力行使はあまりにマズ過ぎる。
「邪魔するのか?」
「邪魔よ!」
なのに、2人に睨まれた。
やること、そっくりじゃん!
このまま結婚しちゃえよ!
本当に!
「婚約破棄は父上に相談済みなの? 王家に攻撃魔法を使ったら反逆罪もありうるよ?」
前半は第1王子、後半は悪役令嬢に向けての言葉だ。
すると2人揃って口を閉じて剣や杖をしまうが、同時に不満そうな顔を僕に向ける。
「むむむむむむ……」
「うぬぬぬぬぬ……」
息ぴったりだよ!
すごい仲良しじゃん!
「よし、わかった。父上に申し上げよう。その上で正式に婚約破棄させてもらう」
「わたくしのほうも父に相談の上、しかるべき対応をさせていただくわ」
フンとお互いに顔を背けた。
やっぱり息ぴったり。
それで婚約するというのなら話がわかるが、なんで破棄なんでしょうね?
「クリート、おまえも立ち会ってくれ。こういうときは客観的な第三者がヴルュ・アンドラーシ男爵令嬢に対する不当な扱いを証言したほうがいいだろう」
「ええ、ぜひ立ち会っていただきましょう。そして、わたくしの対する不当な言いがかりについて証言していただきます」
「僕はどっちの味方もできないよ」
2人に頼まれたが、嫌がらせをしたところを目撃してないが、しなかったという証拠を手にしているわけでもないのだ。
しかし、それも2人揃って不満らしい。
「なぜ俺の味方をしない!」
「わたくしが正しいと言いなさいよ!」
まったく面倒くさい人たちだよね、まったく。
バラージュもフェヘールも午後の授業を受けずに早退してしまった。
まあ、少し頭を冷やせば正気に戻るだろう。
貴族の結婚なんて全部が政略がらみで、自由に恋愛して結婚なんて絶対に無理。
下級貴族だってそんなふうなのだから、しがらみの塊みたいな王族とか高位の貴族が好き嫌いとか、自分の気持ちで婚約破棄なんてできるわけない。
さっそく評価、ブクマしてくださった方がいるようでありがとうございます!