Side異世界:条例成立後、香川県民が異世界転移すると、香川県民はこうなる
その少年は広大な平地の上に立っていた。
その少年の名は香川好き太郎。
ついさっきまで、外で遊んでいた香川が気づいたときには、その場に立っていたのだ。
何が起こったのか分からない。
ここはどこなのだろうか。
私は誰? ――かは分かっている。善良な香川県民の子どもだ。
しかし、嘘のようにその場所の空気は澄んでいた。
タダの田舎だというのに、それでもなお分かる。香川と比べてもだ。
PM2.5とかいったものが県外の世界から流れてこないからだろう。
そこまで考えて気づく。まさか異世界転移でもしたのではないだろうかと。
確かに外で遊んでいた。
もしかしたらトラックに轢かれたのかもしれない。
(そんなまさか、小説家になろうじゃあるまいし……)
そういって、空を見上げる。空は青々とした晴天だ。
その晴天の空には太陽とともに月が浮かんでいた。
(そんな嘘だろう……)
そこには、7つの月が浮かんでいたのだ。
これはどうにも異世界としか思えなかった。
(まさか――)
香川は小説家になろうではおなじみとなった異世界転移でのお約束であるあの言葉を叫ぶ。
「ステータス・オープン」
するとどうだろうか、目の前に半透明のウィンドウが表示され、ステータスがずらずらと並んでいることが確認できた。
それによるとレベルは110であり、ステータスはHP、MPなどが6桁程度あることが確認できた。
さらにはスキル、4大である、土、水、風、炎はもちろんのこと、闇魔法や、光魔法とった特殊っぽいものがすべてMAXだと表示されている。
(素晴らしい――)
試しに手から雷を放ってみる。
しかも無詠唱だ。
恐ろしい爆発音と共に太い光が発生し、一直線に雷の束が飛んでいく。
目がちかちかするほどの眩しい光だ。明るいのはナチュラルかもしれない。
これならば生活していく上では苦労ないところだろう。
(後は、おあつらえ向きに、王女でも助ければ完璧だな)
そう考えた香川は、空を飛んだ。
風魔法である。
当たる風が気持ちいい。
そして千里眼を発動する。
ちょうど10kmあたりの地点の道で、騎士っぽい人々が魔物っぽいものと戦っているのが見えた。
その魔物は異世界でいえばオーガーとか言われるようなものだ。
(オーガーか……)
この世界はおそらく、異世界ファンタジーなゲーム世界なのだろう。オーガーはなんちゃって異世界で定番の魔物である。
騎士っぽい人たちの中心には豪奢な馬車があり、彼らはそれを守っているようだ。
騎士っぽい人たちはオーガーを倒してはいるが劣勢で、今にもやられそうだ。
ここで香川は透視の術を発動させる。
香川にとって、馬車の中身は重要だったのだ。
馬車の中では、可愛らしい女の子が2人。震えるように抱き合っていた。
まるで百合のような展開だ。彼女たちの周囲に花が絵が描かれている様を香川は幻視した。
香川はその馬車の上へと瞬間転移する。
それは一瞬のできことだ。
「ふははー。この俺がこの地にいたのが運の尽きであったなー」
「む、何やつ!」
騎士っぽい人の一人が叫ぶ。
「加勢する。倒してしまっても構わないか?!」
「ん!? あぁ! 頼む」
その言葉に重ねるように、香川は雷の魔法を複数、同時にオーガーに向けて放つ。
オーガーはそれだけで全滅した。
「すげー」
「彼は伝説の唄に歌われる賢者なのか」
「天才なんじゃないだろうか――」
騎士っぽい人たちが褒めたたえる中、香川は馬車の横に降り立った。
その馬車の扉が開かれる。
「見知らぬ方、助けていただきありがとうございます」
美しい声だ。
そこには桃色のドレスを着た、金髪碧眼の美少女が立っている。
「いえいえ、通りすがりに見かけたものですから……」
「旅の賢者でしょうか、こんなところからは早く移動したいと思います。一緒に馬車に乗ってお話でも聞かせてもらえませんか――」
馬車の中には、この金髪碧眼の美少女の他、もう一人美少女がいることを知っている香川は、嫌も応もなく馬車に乗り込むことになる。
周囲の騎士たちからの羨望のまなざし。
それに対して香川は挨拶を交わす。
だが、香川がその馬車に乗り込んだ瞬間だった。
「えっ……」
美少女が困惑の声をあげる。美少女の体は血に濡れる。
香川は全身から血を流して破裂して、そして死んでいたのだ。
それは、ちょうど香川がこの異世界、ディストピアに来てから1時間が経過した時であった――