Side異世界:え、今なんでもって?
「ダメだな――、これは――」
都市鉱山こと錬金術士コーフは、少女のステータスを見るなり、すでに手を上げていた。
そこは錬金術師コーフの魔術工廠である。
巨大な金属製の錬金をも行うその施設はかなり大きい。
その施設の2階の資質に、錬金術師士コーフとその弟子候補である少女はいた。
私室であるため、部屋にはベットが一つある。
真っ白なベットは大きなダブルベットと言われるものだ。
天蓋こそついていないが、かなり豪華な印象を与える。
そんなベットの端に、少女は座らされていた。
身なりは改善され、目のクマも取れている。
錬金術師士コーフの妻と称する人物に身体のすみずみまで洗われたことで、その美しさを取り戻していた。
ゆるふわ系の金色の短髪がまぶしい。
ぼろぼろの服をそれなりにすることで、ロリ巨乳属性の可愛らしさと妖艶さが際立つ。それこそ、王女級の美しさといえるかもしれない。
「だめ……、でしょうか?」
「だめ……、と完全に言うことはできないが――」
涙声で訴える少女に対し、錬金術師士コーフは、いかにも悩ましいうねり声をあげるのみ。
思考を彷徨わせている様子がありありと分かる。
何を考えているのか、右手で顎を何度もさする。
その容姿に――、少女は不安げな顔を浮かべるしかない。
「コリン――、君の真名を教えてもらい、≪師弟関係≫スキルで契約をすることで俺はキミのステータスを見ることはできる」
「はい……」
「この際、詳しいキミの過去を詮索することはしない。――見たけど気にしないことにする。だが、この職業はさすがに――」
「――。やはりダメ、ですか?」
コリンエステラーゼという名前もそのステータスを見ることで分かったことだ。
ステータスからは両親からもらったであろう高い数値も見て取れた。
同時に、保有している職業に大きな問題を抱えていることが確認できる。
このゲーム世界、西鳩オフラインでは成人になるために、≪成人の儀式≫の術式が行われる。
逆説的に言えば、この世界では≪成人の儀式≫の術式を終えた子どものことを成年と呼ぶのだ。そこからは親の元を離れ、冒険者になるなり、好きにしてよいものと見なされる。身頭税が必要になるのもこの成人からだ。
大抵の場合、≪成人の儀式≫では神さまはその本人に見合った職業を見繕って提供するのなのだが――
たまに、そうたまに≪成人の儀式≫で呼び出される神の種類や、そのご機嫌が悪い場合――例えば、神の怒りを買うような行為をしたり、時に憲法より地域の条例が優先されるなどにより神がいらつくような事象が起きている場合などでは――、≪成人の儀式≫の対象者にもの凄くバッドリーな職業を下賜する場合がよくあるのだ。
順当に行けばコリンは≪聖女≫といった上級にあたる職業を下賜されることだってあるに違いのだが、コリンの場合は不幸にもそうではなかった。
「大方、この≪成人の儀式≫によって神から下賜された職業のあまりの悪さによって、親からは勘当され、魔術師くらいになるまでは帰ってくるなとか言われたクチか……。あ、すまん。詮索して悪いな」
「――恥ずかしながら……。結論としてはその通りですから」
返ってくるコリンの声は弱弱しいものであった。
それもそうだろう。そのクラスは≪売春婦≫なのだから。
誰が見ても最悪に使いクラスに違いない。
「貴族社会であれば、その権力を保持するため、見知らぬ貴族に嫁がされるのは世の法であるが、それにしても『これ』は直球すぎるだろう」
「はい……」
「うーん……。≪成人の儀式≫前であればなんとかなったが、こうなるとな……。我が一番弟子であったシーナも、彼女が≪成人の儀式≫前であったからこそ、≪鑑定≫を覚えさせ、そして自らウィンドウシステムによって職業を選択させることが出来たのだが……」
「そうだったのですか――」
錬金術士の母と呼ばれる乙女鉱山シーナ・マーヤ・コーフは、各地を転々としており今や全国区で知らぬものはない女傑である。特に錬金術士になった後、夫や妹と共に私塾を開いて有力者を量産し、さらにはピーチ王国に招かれてその地位を不動の地位を築いたことは有名な話だ。
そんなシーナの師匠である錬金術士が手を挙げる。
「それでは、私はもうだめだということですの?」
「いや、手はない事は事はない。その職業のレベルをカンストさせれば≪転職≫という手がある」
カンストとはカウンターストップの略称である。
職業のレベルをカンストといえば、ゲームであるこの世界では冒険を行い、大量の経験点を得てレベルがそれ以上上がらなくなるほど自身が強くなる、という意味に他ならない。
「そ、それは――」
思わずコリンはその道のりの遠さに固まってしまう。
そのカンストとされるレベルは110だ。
一方、コリンのレベルはわずか3であった。
経験点は魔物などのモンスターを倒すことにより得ることができる。だがコリンには難しいだろう。
そして、カンストするまでに一体、何体のドラゴンを倒さないといけないのだろうか。いや、ドラゴン程度では足らない。下手をすれば魔王や、勇者までも手に掛けなければカンストは難しいだろう。戦闘スキルがない状態でどうしろというのだろうか。
確かに、他にも経験点を得る手段もあるにはあるのだ。
それは職業特有の能力を使うことである。
しかし、コリンの職業は売春婦――
カンストするまでにその身体をどれだけ酷使することになるだろう――
思わず目の前が真っ黒になる。
「知っての通り、カンストするにはレベル110になることが必要だ。そして初めて≪転職≫ができる。転職特典でウィンドウシステムが見えるようにもなるからな。実際にやったこともあるから分かる」
「!!? ≪転職≫をさせたのですか?」
「俺の弟子がな。俺はある弟子には≪鑑定≫を覚えさせるためにJD卒業程度の化学を覚え込ませ、ある弟子にはカンストさせた。俺はある意味、弟子には人体実験をしてたんだよ。軽蔑するか?」
「いえ――」
「みんな最後には喜んでいたが、それまではいろいろ恨まれたな――、いまでも感謝しつつも恨むとか器用なことをする弟子もいるにはいるが――」
「それは――」
「他の弟子のことは今はいい。いまはコリン、キミのことだ」
「――つまり、そのお弟子さんに使ったカンストさせる手段を私に使えば――」
「それは、だめだな――」
「なぜ?」
「その時は大量のドラゴンが魔王領にいた。そいつ、――まぁ要するに今の嫁なんだが――をカンストさせるためにドラゴンを乱獲しまくったおかげで、ドラゴンの養殖狩り禁止をこの前各地から宣告されてしまったね。確か、ワシントーン条約だったか。クリキントーン条約だったか。そんな名前の条例によってダメになってしまった」
「そんな!? それじゃぁもう――」
「だが――、手が無いわけでは無い」
「!?」
「つまり、弟子を使った新たな人体実験をすることになる。科学の発展のためには必要なことだ――」
「そ、それは――」
「なぁコリン。魔術師になるためには何でもすると言ったよな? 魔術師への道は険しいものだ。生半可な覚悟ではだめだ」
「――」
「言ってないならいまから言えそういえ! コリンエステラーゼ!」
ベットに座らされた憐れな少女、コリン。
彼女の容姿は、ちゃんとした格好をすれば上流階級のそれである。決して場末にいるような人材ではない。
そしてその力は弱いだろう。
錬金術士の弱い腕であっても押し倒すのは簡単だ。
コリンは覚悟を決めた。
「はい……、魔術師になるためであれば……、何でもします!」
その顔は完全に色めき朱へと染まっていた――