最善と最良
ロイって今作でトップクラスに影が薄いよね、最強格のチームのメンバーなのに。
その印象、この話で壊れてくれることを願う。
「……『ダーク・ギガランス』」
先に行動を起こしたのはソウジ。
闇の巨槍を放つがロイは涼しい顔でその槍を風でかき消す。
その間何の言葉も発していない。
「……やっぱりもう使ってあるか」
「うん。君相手に使わないのはちょっと厳しいからね、遠慮なく使わせてもらうよ」
最良の風魔術師の名はただ単に、その戦略眼のみを見て名付けられたのではない。
それならば最良の作戦参謀とでも付けられてる、風魔術師と付けられたのには理由がある。
ロイは幼少の頃から天才と呼ばれていた。
三歳の頃には既に魔術を、六歳には上級の風魔術にも手を伸ばしていた。
結果としてロイは十を越える頃には他人を駒として扱うようになり、その傲慢さを隠そうともしなかった。
自分は天才であり、凡庸な人々は俺の言うことを聞けば良い、そうすれば勝利をくれてやる。そんな事を平気で言うような……今までその増長した心を折る存在が居なかったばかりに自己中心的な人間が育ってしまったのだった。
しかしその順風満帆な人生は魔導師団に入ったことで終わりを告げる。
遠距離魔術を使えない癖に三種同時に魔術を使い、自分の剣術、魔術を上回る速度で敵を殲滅する老害に特殊な糸を使って支援に特化した魔術師かと思えば単騎でも凶悪な魔物を易々と殺す皇帝の子、終いには飛び級を重ねて最年少で入団した固有魔術である結界魔術を扱うガキまで現れた。
唯一の友人だったハルクも冒険者という別の道を模索し始め、密かに庇護対象に見ていた狼人族の生き残りも居なくなった。
ここでロイは思った。
『風魔術しか取り柄がない俺は実は大したことはないんじゃないか?』と
ハッキリ言ってしまうと折れたのだ、ポッキリと。
そこからは彼は自分が出来る最良を求めるようになった。
挑戦しない、皆が確実に出来ることをやって助けられる範囲の人間を助け出す。
そして風魔術においてはまだ負けない自信があった、それだけを心のより処にして鍛え上げた結果、固有魔術に匹敵する力を得た。
こうして、かつての天才は『最良の風魔術師』となった。
その彼の奥の手、それが……
「『ウィンド・ソウル』……相対すると意外とめんどくさいものだな」
「めんどくさいとは失礼な。僕の唯一無二なのに」
「魔術でめんどくさいは褒め言葉だろ」
「僕は素直に強いって言って貰った方が気分良いね」
ロイが会得した風魔術の極致、『ウィンド・ソウル』。
事前に膨大な魔力を使い、ロイがいるこの空間自体に風魔術を付与する。
この魔術発動にかかる魔力量は最上級魔術を十回使ってもお釣りが来る。
簡単ではないがメリットとしては元々この世界の空気に混じっている魔力もある程度使えるようになる点。
精霊は世界から魔力を補給して魔術を行使するからほぼ無尽蔵の魔力を持っている、上位精霊はそれを利用して世界に影響を与えているのだ。
つまり今この場においては……
ロイは風の上位精霊、本体に匹敵する力を持っている。
「あっそ、じゃあ強いって言ったら退いてくれるか?」
「聞けないね、この場の僕の最良はハル君を外に出すことだ」
「……残念ながら闇の帳は二重に展開されている、黒鍵一本じゃ出られない」
黒鍵と呼ばれる空間の部分破壊魔道具はソウジも知っている。
一度空間をこじ開けると壊れてしまう欠陥品であり、それでいながらあまり大量生産は出来ていない代物だということを。
「……あぁ、ソウジ君。珍しいね、君の情報は古いよ」
「あ?」
「黒鍵ってね。今の魔導師団員は一人三本持ってるんだ」
その発言の後、ハルクが駆けた方向を見ると人一人が通れそうな穴が空いていた。
閉じ始めているがしっかりと外が見える。
「事前に空間で閉じ込められるのを想定してミスティアさんとハル君に一本ずつ渡してたんだよね」
「……つまりはもう二人に出る手段はない、と」
「ミスティアさんからともかく僕は難しいかもね。でも大丈夫、僕の最良は殆ど果たされた」
何もない空間から発生した風の刃が左右から飛んでくる、刀でそれを弾いて消すが顔のすぐ前に風の槍が産み出される。
それを首をひねって避ける避けきれずに頬が切れる。
「……あぁ、そう」
「どうしたの?まさかこのまま諦めてくれる?それなら僕も楽できてありがたい、」
「『ダーク・ソウル』」
「……なぁ」
ロイも想定はしていた。
敵対していない時とはいえ一度はソウジに『ウィンド・ソウル』を見せていた。
だが……、
「奥の手をこうも容易く真似されるのはちょっと気分悪いね」
「真似されるような技術を奥の手にしてる方が悪い」
「これでもあの魔術大国のギル・フレイヤで僕以外使えなかったんだけどなぁ……っ!?」
「これからは『風は』って付けておけよ」
それからお互い無言での魔術と剣術の応酬が始まった。
闇の槍が発生したと思えばそれを中程から断つように風の刃が発生、風の矢の大群が押し寄せれば闇が壁となってそれを阻んだ。
剣術においてもそれは変わらない、感覚派のハルクは教えるには向いていなかったため、ロイが基礎中の基礎は教えた。
全てにおいて基礎は重要、同じ基礎を積んだのならどちらの応用が優れているかの勝負になる。
「いやぁ全く、嫌になるね?弟子が自分を越える瞬間ってのは」
「既に越えているの間違いだろうが」
「あれ?君は僕との対決は避けていたように見えたけど……気のせい?」
「……」
ハルクとソウジは会ったらとりあえず模擬戦を行うほど何度も何度も戦ってきた。
だがロイとソウジはそれこそ片手に入るほどしか実は戦ったことがない。
「僕の事、そんなに嫌いかなぁ?いや、僕じゃなくて僕の志、かな?」
最善の未来を目指すソウジにとって妥協の最良を望むロイは正反対とは言わないが対立してる事は事実。
煽るように言うのは時間を稼ぐ事だけがロイにとっての最良に繋がるから。
「……『葬曲剣』第一番、」
「ちぇっ、バレてるか」
突如急激に膨れ上がるソウジの魔力、時間稼ぎに徹していたロイはソウジへと風の槍を大量に放つ。
ロイの『ウィンド・ソウル』は十数分経つか一定量の魔力を消費するかで終わる。
しかし、死んでしまえばそれまで、ロイに死ぬ気はない。
「『追葬曲』」
放たれた斬撃は風の槍を無かったことにするように一瞬で消し飛ばし、全く勢いが削がれることなくロイが構える剣へと二度の衝撃を加えて大きく吹き飛ばす。
(っ!…はぁ?なに今の剣術。こんなのソウジ君が使った覚え、)
「『葬曲剣』第二番」
「いやぁ、ちょっとくらい考える時間くれない!?」
こうなっては仕方ない、とロイは『ウィンド・ソウル』の効果時間を捨てた。
「……『ウィンド・ソウル・カリバーン』!!」
最上級魔術数発分の風の魔力を纏うロイの剣は緑色に輝いていた。
既に放たれていたソウジの斬撃の魔力量は大きく下、ここからどんな剣技が来ようとロイの剣は全てを打ち消す暴風、負ける筈がない。
「『狂死曲』」
相手が真っ向勝負を受け入れたなら、だが。
放たれた剣閃は変化する、それは振るわれたロイの剣を避けるように動き、彼の背中から左肩にかけて斬りつけた。
「ぐぅっ!!」
その衝撃に身体が流れ、足をもつれさせながら倒れこむ。
途端に殺到する黒く、細長い紐状の魔力。
それはロイに視認されると同時に剣が纏う暴風によってかき消された。
「……あまり動かない方がいい。傷は浅くない、治しても後遺症が残るようになってしまうぞ」
「……あはは。今回僕は生き残ってさえいれば良いんだぁ。普段とは違って賭けに出せるチップが多い」
左腕をダランと下げ、地面へと血を滴しながらロイは言う。
顔に脂汗を浮かべている様子を見るとそれは痩せ我慢、本当はすぐに倒れこんだり治療したり、休んだりしたい筈。
「……何がそこまであんたを支える。正直ロイさんはメルさんに大して恩もないだろ」
「確かに、ハル君が助けられてハル君に誘われたから入ったようなものだね……だけどさ」
ロイは剣先をソウジへと向ける。
「天才や奇才ばっかのチームだったけど、不思議と居心地が良かったんだよ」
だから三人は抗う。
メルに帰る場所を、帰り道を作るために。
たとえ仲間がそれを邪魔しようとも、貫くべき意思がそこにある。
「……はぁ、『ダーク・ソウル……」
「君も使うかい!?でも『カリバーン』は維持するのが大変だ。初めてならあまりお勧めしな……」
お勧めしない、と告げながら暴風を全てソウジへと放つ準備を終えたロイ、この一撃で相討ちになる覚悟だったロイだったが……
「・サイレンス』」
突如周囲の魔力が凪いだ。
ロイの預かり知らぬ所だがちょうどミスティアとアリシアも停止空間を形成した頃。
「……何処に僕の魔力は消えた?」
「何も攻撃力の向上にだけ魔力を割く必要はない。俺は闇属性の停滞作用を増幅させただけ、それだけの事だ」
「……ははは、」
ロイは全身の力が抜けてその場に倒れこむ。
いつの間にか『闇の帳』は解除され、視界には青空が広がっていた。
「じゃあなんだい?停滞の魔力が僕の『カリバーン』の風を停滞させて周囲の空気と変わらない流れにしたってのかい?」
「そういうことだ。理解が早くて助かる」
「じゃあ僕、属性相性最悪じゃないか……いや、どの属性でも大して変化はないか」
火は魔力や空気の供給が遅れれば勢いを維持できない、水は殺傷能力を持たせるなら高水圧が必要、勢いを停滞させられればただ水の質量で殴ることになる。
雷や光なら速度に集中すれば停滞の影響をある程度抑えられるかもしれないが……他に比べればマシ、というレベルだろう。
「どうせ君はまだ魔力あるんでしょ?行きなよ、ハル君なら多分もう着いてるだろうから」
「……拘束の必要はなさそうだな?」
「今ちょっと近づかれたくないから止めてくれるかな?」
ロイの声が震える、腕で目元を隠すようにしていたが隠しきれていない頬に涙が一筋零れていた。
「あーあ……。やっぱり、負けるのはいつだって悔しいなぁ……」
去っていたソウジの後ろ姿を見つめながら一人、ロイは呟いた。
次回、勇者一家VSヴィルマ