勇者の亡霊
こっそり最初の方で語った設定修正してます……覚えてる人も少ないだろうけどよく考えると全然辻褄あってなかったから……
今の声はアリシアから聞こえたもの、だが彼女にしては無機質過ぎる声。
そして今なんて言った?
持ち主を……召喚?
まさか
まさか……!
「奥の手は複数用意しておくものだ、なんて言葉、すごい酷なこと言ってるよね」
誰もいなかった筈の背後から声が聞こえる。
「だって一つ奥の手を用意するのが普通の人の関の山なのに複数用意できるなんて……、出来ない人からすると理不尽にもほどがあるよね」
振り返りたくても振り返れない、だって私はもう全て絞り出したから。
……いや、まさかこれもっ!
「ミスティアちゃんには悪いことをしたよ。気づいちゃったよね私の狙い」
そうか、
私の魔力を限界まで削ってメルの助けに入れなくするのが目的ねっ!?
「情報っていうのは重要ね。人は知ったら独占したがるし知らなければ知る方法を探る、そして争う……」
「ミスティアちゃんは今回『停止空間』を学んだ、しかし先に知っていた私がそれを『提供』する立場だった。先に知っていた者が強く、提供する側が強いのは世の常」
「そしてミスティアちゃんにはもう一つ教えておくね」
耳元で囁かれる、目の前で貫かれた彼女と違い、息遣いや体温も感じられた。
「今の勇者は知らないけど、『初代と二代目勇者は生物としての『格』が違う』……それこそ神を上回るのも容易い程に、ね。これでまた一つ学んだね」
ごめんね、と付け加えて彼女は私の正面にある貫かれた人形の元へと向かっていく。
全身に白布を纏い、白の長髪を靡かせる、その後ろ姿はまるで……、
亡霊のようだった。
◇◇◇
(さて、私の仕事は終わり。神器修理してまた異界へ戻らないと……)
ミスティアちゃんは多分動けるようになるまで相当時間がかかる。
残りのハルク、ロイに関してはソウジ君で問題ないだろう。
「……おっと、そういえばまだ君が居たなぁ」
私の仮の身体の周囲から黒が溢れ出る、そしてその黒はダーインスレイヴを人形の右手から抜き取り、人の形へと変わった。
身長はミスティアの一回り下、活発そうな黒髪の少年、といったところか。
『……この剣はキミが握るべき剣じゃない』
「そうね。でも貸してくれたんだから使っても誰も怒らないわよ?」
『貸した?これは嫉妬が確保した王サマの忘れ形見だ、キミのような得体の知れないナニカに貸すわけがない!!』
……ん?
……あー、つまりはそういうこと。
「それ、ソウジっていう人間から借りたの。彼が本来の持ち主」
『は?じゃあ何さ、ホントに王サマは転生したっていうのか!?千年前にフローライト様にしか告げずにボク達には何も言わずに消えた王サマが?あり得ないあり得ないアリエナイアリエナイ……!』
うわ、なんか壊れちゃった。
でもとりあえず……
「それ、離した方が良いと思うよ?」
『この剣はボクが引き取る!王サマの代わりにボクが、ッァ……!』
あー、やっぱり。
思考が汚染されてる。
頭を抱えて呻き出す『暴食』、今すぐ取り上げないと彼の人格が壊れそうだ。
「来なさい、『黄昏の救済者』」
人形の左手にある剣を引き寄せる、直接ダーインスレイヴを引き寄せようと試みたが既に『暴食』が装備してることになっているのか、私の手には戻らなかった。
「それ、力ずくで取らせて貰うわ」
『……ハハッ、キミがか?さっきまでのこの人形のような身体ならまだしもっ、今のキミのようなボロボロの身体で、このボクに勝てるわけが、ないだろうガッ!!?』
んー、ボロボロ、ね。
確かに。
私の身体は全身を白布で隠しているものの右腕は欠損、内蔵も幾つかダメになってるし髪で隠してる左目も視力は無い。
下半身は足こそ残っているものの生殖機能、排便機能は完全に失われている、五体満足とはとても言えない身体だ。
でも、
それでも、
この私が、二代目勇者たる私が、
負ける理由にはならない。
だって魔力は衰えてないから、
だってまだ生きてるから、
だって……
まだ目標を果たしていないから。
「……勇者魔術、『シャイニング・ギガランス』、散滅魔術」
光の巨槍を生成、その後私が編み出した想像した魔術をわざと崩し、拡散させる特殊術式を使う。
勇者の光魔術は強すぎる、究極の魔術であるアスピレイションなど必要ない、最上位の槍をバラバラにしてぶつけるだけで並みの敵は死ぬ……まぁ今目の前にいるのはその並みの域から出た相手だからこれはただの牽制、次の一手への時間稼ぎに過ぎない。
『ボクを……舐めるなァァ!!』
何故なら相手は無尽蔵に何でも喰らうとされている『暴食』を司る九罪の魔人、勇者魔術であろうと関係無しにただの魔力として喰らうだろう。
そして狂気を孕んだ斬撃が私に向けて真っすぐに飛んでくる。型も何もない乱雑な振り方だが剣閃に必要なのは飛ばすだけの魔力とそれを剣から剥がして敵にぶつける腕力、後者に関しては出来ない人間の方が少ないから意外と敷居は低い。魔力さえあれば……つまりは才能にそこそこ依存する。
純粋な一流の剣士よりも少しでも魔術が使える二流剣士の方が戦場では役立つ、遠距離から攻撃出来るというのはそれだけでアドバンテージになる。
だからギル・フレイヤは帝国を名乗れた、中央大陸で唯一遠距離攻撃……つまり魔術を中心とした兵力が完備されているから。
「……『シャイニング・フレア』、いやぁ怖い怖い。ただ魔力をこめられただけなのに剣が剣だけに恐ろしいよ」
ただの剣閃も死の呪いを纏う、簡単な話子供が振っても天使を殺せる武器……その精神はまともじゃいられないだろうけどね。
最凶の魔人の一人でもこうなるのだから。
今は意識を保ててるけど私の予想ではそろそろ……。
『…カッ、ハァハァ……』
充血するほど見開かれていた眼が虚ろになってきた、元々肉体はすでに朽ち果てている暴食の魔人、その身体の大半は魔力で構成されている。
正確には死霊魔術の応用で他人の身体をベースにしているのだろうが臓器や血液は枯れ果てている筈、私の予想は多分九割あってる。
(手っ取り早いのはもう一度停止空間作って魔力を削るのだけど……、この身体でそれはあまりやりたくない)
この見かけはボロボロの身体はその見た目や内臓以上に制約が幾つかある。あまり魔力を使いたくないのも事情の一つ。
仕方ない、一撃終わらそう。
「神器解放……『世界ヲ綴ル本。第二節』」
さて、語ろうか。
悲劇の一節に続くのは喜劇だ。
「『次に綴るは喜劇の一節。彼女は出会いと共に思い出した、人の温かさを、世界は悲劇で満ちているだけではないことを』」
黒の剣閃が飛び交う戦場を亡霊が支配する。
彼女にその剣は届かない、彼女がそういう風に空間を弄ったからだ。
「『彼女は復讐だけが人生ではないと知った。何故なら友は復讐だけに生きず、夫を持ち子を産むことでひとときの幸せを望んだから』」
これは今も戦場で戦っているだろう彼女へ捧ぐ噺だ。
「『彼女は力は復讐だけのために存在するのではないと知った。何故なら彼女は護るために力を得ようとしたから』」
メルは復讐だけに生きていなかった内心は知らないけど表向きにはその復讐心を全く見せなかった。
それどころか仲間内でふざけあったり戦いを楽しんでいた節もあった。
気づけなかった私たちが悪いか気づかせなかったメルがすごいのか、今となっては分からない。
「『彼女は仲間のためにその身を犠牲にする。しかし、仲間はそれを許さなかった』」
メルちゃんは仲間を優先した、けれどもその仲間達は彼女のために生きる者がほとんどだった。
ある者は恩義ゆえに、またある者は子を夢想するがゆえに、またある者は……愛ゆえに。
「『故にこの噺は喜劇、通じ合わない仲間を嗤う亡霊が綴る物語の一節となった』」
宙に浮かぶ神器が白い光を帯びる。
それは全ての魔力を無に帰す力。
「『無に帰す喜劇』」
端から見ると滑稽なお話だ、キチンと優先すべきことを共有すればよかったものの。
そもそも人は真なる意味では通じ合える筈もない。
だってそれぞれ意思があるから。
曲げたくない信念があるから。
縋りたい希望があるから。
これはそんなお話を見立てた魔法。
効果は『対象の魔力をゼロにする』
生物は体内の魔力が完全にゼロになると死ぬ、要するに「当たったら即死」の攻撃だ。
『暴食』は今ミスティアちゃんと契約しているから彼自体の魔力がゼロになっても死にはしないだろう、だけど今の身体を維持することはできない。
そしてこの攻撃は……。
私が本を閉じた際に目の前に単独の生命体がいるときにのみ効果を発揮する。
視界には私の人形と『暴食』のみ、人形に命は無いから……。
『……バ、バカな……、このボクが、人間にッ負ける……ッ!?』
ドロドロと溶けるように目の前から消えていく『暴食』、後に残ったのは動かない人形と禍々しい雰囲気を漂わせる剣のみ。
「はぁ……、割に合わないわぁ」
久し振りの生身、加えて神器の行使。
「これがただの足止めに割くリソースかなぁ?」と愚痴るもそれに返答するものはない。
「さて、回収回収……、って、えぇ……まだ何かあるの?」
返答する人間はいなかった、だが代わりにこの大地が返事をした。
グラグラと揺れる大地、また余計な仕事が増えた、と面倒くさそうな半目で目に見えて変化があった方角を見つめるアリシアだった。