最強同士の策略合戦
私は今までずっと隠してきた。
六つの魔道具を四つしか使ってきてなかったのは仲間が倒すべき、もしくは止めるべき対象になったときのために。
防具型魔道具『エアリアルファントム』
この魔道具はその名の通り防具型、それもドレスのような風貌のためあまり警戒されない。
防御性能は並みの防具よりも高く、特殊な能力もある。
このドレスの魔道具としての効果は『誰にも視認されてない状態でのみ発動する』
◇◇◇
(この勝負、私の勝ちよ!)
黒の波に呑まれた瞬間に魔道具を起動、その効果を発揮する。
今この瞬間から私は『一切の物理、魔力反応を消滅させ、完全に姿を眩ませる』、当然、特別な対策無しでは攻撃は通らない。
加えて私自身の移動速度は百倍、空間転移顔負けの速度での移動が可能。
ミスティア本人の魔力反応を探り、黒の波に囲まれた彼女の背後へと回る。
弱点としてはこの魔道具の効果を発揮してる間は神器も魔道具も魔術も使えないという点。
だから攻撃の瞬間には私は現れる。
攻撃手段がそれしか無いから。
ただ、今まで彼女は私に気づいたことはなかった。
いつも私が話しかけるまで気づかなかった。
姿眩ましを解除した瞬間、雷槌を彼女の背中へと振るう、それで彼女は死にはしないまでも気絶くらいのダメージにはなるだろう。
……そう思っていた。
◇◇◇
アリシアは絶対に私の背後に現れる、確信していた私の策は見事に彼女を騙した。
彼女の雷槌が叩いたのは私……ではない。
娘、メルティの身体だ。
ずっと前から私は姿を偽っていた、しかし背後からの姿格好は一緒、身長は黒を足に纏わせて無理矢理私に合わせた。
きっとアリシアは気絶程度で済むように手加減するだろう、メルティの身体が壊れる心配は無い。
アリシアがもう少し観察していれば……騙されなかったかもしれない。
しかし、強力な魔道具は総じて何らかのリスクや消費魔力の問題がある、軽々と使っているように見えて余裕はそこまで無いのだろう、この結果で彼女を責める者等いない。
(この勝負、)
『ボク達の勝ちだ』
黒を突き破り、背後から黒を纏う双刃が迫る。
それを目にしたアリシアは……。
―――やっぱり使うしかないのね。
奥の手を使うことを決めた。
◇◇◇
「そうだ、アリシアさん」
「なーに?ソウジ君」
「これ、預けときますね」
メルちゃんから話を聞いた後、ソウジ君が私に向けて投げてきたのは黒のブレスレット。
一般人ならば持っただけで気が狂うだろう障気を纏った物だった。
「何?これ」
「破滅の魔剣、ダーインスレイヴ」
思わず黙ってしまった、顔をしかめたいがしかめる筋肉がない。
「こんな使い所に悩む物、私に預けて何を」
「え?アリシアさんなら使えますよね?」
使える使えないの問題ならまず間違いなく使える。
私の力はそういう風になっている。
「多分アリシアさんにミスティアさん任せることになると思うんですよ、となると俺はハルクとロイ、あの二人はそれで斬ったら死んじゃいますから……」
当然だろう、これで斬った傷は一生癒えないというのだから当たり所が悪ければ即死だ。
「使えない魔剣なら使っても大丈夫な人に預けた方が有用です、なのでアリシアさんに貸します」
あとで返してくださいね?と付け加えてソウジ君は去っていった。
「おーおー、奴は大変なものを置いていきましたなぁ?」
「最初の獲物をあなたにしてもいいのよ?」
「怖い怖い、流石にそれに斬られるのは勘弁だ」
背後からの私をからかうような声はアインだ。
先程のメルちゃんとのお話にはこの男もいた。
だが、
『俺はちょっと別件でやることがある。健闘を祈るよ』
と言った感じに協力要請は断っていた。
「さっさと別件とやらに行きなさい」
「まだちょっと時間があるんでね、まぁまぁ少し話そうじゃないか」
無視して足を進めるが同じ歩幅でアインは付いてくる。
抜かそうと思えばいつでも抜かせるのに。
「ウザイ」
「ひっどいなぁ、俺はお前の事をこんなにも愛しているというのに」
「その愛が歪みきってることは私がよーく知ってる」
この男……初代勇者は私に呪いとも祝福とも言える力を与えた。
「んで?ダーインスレイヴ、使うのか?」
「……あなたから与えられた力のお陰で使うことは出来る気がする。でも使う気はあまり無いわ、なんか魔剣に意識を引っ張られそう」
「ほーほー、『二代目勇者様』でも手綱を握り切れないほど暴れ馬かい!流石は魔人の王に代々伝わりし最強最悪の魔剣だ」
勝手に大声で喋って……。
誰かが聞いていたらどうするのよ。
二代目勇者は死んだことになってるのに。
正しく言うならば本来の肉体は既に死んでいる、他者の性欲を満たす玩具が如く、それはもう酷い有り様で。
それもこれも……。
全部初代勇者のせいだ。
彼も元はといえば被害者なのだろう、だが私からしたら。
この男はただの悪魔だ。
「お前の『あらゆる神器、魔剣、魔道具といった条件付き装備を全て扱える力』。こんな良い祝福自分の子供に与えられた俺は天才だと思わないか?」
「代わりに『魔力が宿っていない一般的な武具は一切使用出来ない』。触ることすら出来ないなんていう呪いが付いたのがなければ最高だったわね?」
この力を与えた時だって、この男は『お前には永遠に二番目になる、そんな力を与えた』なんて言った。
絶対に確信犯だ。
私の力は正確に言うと『本来の条件を満たした人物よりは劣る能力で』全ての神器、魔剣、魔道具を扱える、だ。
私のダーインスレイヴは恐らくは本来の持ち主であるソウジ君の中にいるナニカが使うダーインスレイヴより力を発揮しない。
ミョルニルも雷神と呼ばれた本来の持ち主、トール神には遠く及ばないだろう。
よって、その武具によっては強く反発されることもある、それが少なかったものが私が今持ってる神器、魔道具だ。
この身体なんて多分私にほぼ条件ピッタリだろう、無論一番ではないが。
「まだ一番は見つからないか?」
「きっとこの世界の何処にもそんなものは無いわよ」
「そうとは限らないじゃないかぁ。まだまだお前は生きて一番を探すんだよ、そのために。未来を生き抜こうじゃないか」
アインは私を抜かし、足早に去っていった。
「……いつか、いつか何処かでそんな武具に逢えると良いなぁ」
今まで何度も運命的な出会いを果たした武器と使い手を見た。
それを見る度、失った筈の身体が、胸がズキズキと痛む。
私はまだ一番に出会ってない、ずっと二番目だ、って。
だから……
◇◇◇
ごめんね、ミスティアちゃん。
私はまだ死ねない。
まだ一番を見つけてないから!!
「来なさい、『ダーインスレイヴ』」
長い袖で隠れていた右手首のブレスレットが暗い光を放つ。
殺せ!壊せ!潰せ!絶望しろ!死ね!
脳内に負の感情が流れ込んでくる……大丈夫、使える。
壊すのはミスティアちゃんの武器だけで充分!!
「なっ……!?」
逆袈裟に薙ぎ払う私の剣閃は彼女の二刀だけを薙ぐ。
ただ剣の進行方向をズラしただけ、でもそれだけでこの剣は終わらせることが出来る。
強すぎる呪いを宿しているから。
彼女のミスリルのみで作られた美しい双剣は腐ったように、黒ずんでボロボロに崩れていく。
使えなくなった武器をいつまでも持ってる彼女じゃない、きっと次の瞬間にはこちらに投げるからそれをキチンと弾く。
「くっ……!『死霊術!召喚!混沌騎士団』!!」
黒の中から灰色の鎧やローブを装備した大盾持ちの重騎士、剣や槍を持つの騎士、杖持ちの魔術師が一度下がる彼女の背後から駆ける。
聖騎士を材料に作った彼女がすぐに産み出せる死霊術の中での最強の兵力。
だが、これも知っている。
「来なさい、」
聖騎士の死霊は通常死霊の弱点である光属性にある程度の耐性を持っている。
加えて彼女の死霊術は一度壊れた死霊の亡骸を利用して更に強力な死霊を作り出す事が出来る。
ならば、
「『黄昏の救済者』」
光と闇、両方の力をぶつけて聖なる闇を粉々の塵芥にすれば良い。
右には破滅の魔剣、左にはかつて黄昏に抗い、神々を救えなかった最強の戦乙女の無念が宿るという私が持つ最強の剣。
これもまた私の『一番』ではない。
だが……
「ミスティア、あなたを止めるわ」
これは私だけの技、私だけが出来ること。
私が……二番目である事の証明。
二つの武具に私が一度に放出できる全魔力を纏わせる、攻撃にも防御にも使える私だけの技。
魔剣なんて代物、普通の人間は二つ同時になど使えない、だからこそ私だけが出来る技。
魔剣に『一番愛されているわけではない』からこそ出来ること。
これを見てミスティアも全面衝突は避けれないと分かったのか、避けるどころか己の魔力を絞り出すように両手に注いでいた。
いいわ、これで終わりにしましょう。
これが私に出来るメルちゃんへの最高の手向け。
……彼女にも見えると良いね。
「これが私の全力、あなたにあげる」
「……深淵魔術っ!」
「……『二番目の証明』!!」
「……『アビス・エリミネーション』!!」
全てを飲み込む闇と白と黒の剣閃がぶつかり合い、二人は白い光に包まれた。
魔力災害、というには優しすぎる光、アリシアはその正体に気づいていた。
闇属性と光属性が完全に釣り合った時に発生する現象だ、と。
ダーインスレイヴは闇のように見えるがあれは七属性には含まれない異形の魔力を持つ。
それを含めなければこの場には深淵魔術と使う人物によって神級光魔術、光輝魔術に匹敵する剣閃を放つ事が出来る『黄昏の救済者』がある。
条件は揃っていた。
『……これは』
『ここは黒と白が混じり合う加速と減速の境界線の世界、停止空間よ。私とミスティアちゃんの剣と魔術が産み出した奇跡だね』
ゼウスブルートの現聖騎士王が辿り着いたという停止という魔術、その極致がこれだ。
全力で戦う光と闇の使い手同士でなければ絶対にこの結果にはならない。
『どれくらいでここから出られるのかしら?』
『私達が満足したら、かなぁ。……あ、でも異物が混じってるから長くはもたないかも』
そう言いながら私は禍々しい刀を目の前で軽く振る。
魔力をこめてないから剣閃は出ないし、万が一、何かの間違いでこめれても剣閃は絶対に出ない。
ここは二人以外の全てが停止する。
二人だけが絶対の世界。
『外の時間は?』
『著しく停滞する、私達次第だけどここから出る頃には数秒経ってるかどうか、ってところかなぁ』
自分の拳を開閉しながら白い景色を観察するミスティアちゃん、察しが良い彼女ならそろそろ気づくかな。
『魔力が感じられない、それに私に巣食っていた筈の『暴食』が出てこない』
『へぇ?魔人憑きとこうなった事は初めてだから興味深いなぁ!』
私は何度かこうなった事がある、具体的な人物を挙げるならあのクソ勇者がその一人だ。
『さて、じゃあお話ししよっか!』
『……何を考えてるのかしら』
『私の複数の奥の手、どうだった?』
私が何を考えてるのか探ってるね?分かるよ、不気味でしかないよね。
でもミスティアちゃんは乗る以外に手はない。
一刻も早くメルちゃんの所に駆けつけたいんだからここを早く出る方法を知りたい筈。
『いつも着てるそのドレス、それが魔道具であることを想定して私は策を練ったわ』
『で、それは正解だったわけね。でも』
『ダーインスレイヴ。まさかそんな神器レベルの魔剣まで持ってるとは思わなかったわ』
『あー、これはね。ソウジ君から借りたの』
『……チッ、結局彼の掌の上、だったわけね』
実際、これがあっても無くても結果は変わらなかったかもしれない。
でも楽だったのは確か。
少しは彼に感謝しても良いかもしれない……いや、こんな危ない物使わせたんだから必要ないか。
ピシッ
『あれ、想像以上に早いなぁ』
空間にヒビが入った、やっぱり異物があると駄目なんだ。
『ミスティアちゃんこれはね、一応魔力災害の一種だけど外傷は無い、でも晴れたらお互い魔力はゼロに等しくなるの』
『……この空間の形成に全て持ってかれる、ってところかしら?』
『そう。そしてお互いの意思の強さが目覚めの早さに直通してる』
そう、つまりは……。
『私がメルを助けに行きたい意志が、あなたが私を止めようとする義務感を上回ってれば私の勝ち、そうね?』
私は答えない、しかしミスティアちゃんはそれを肯定として受け取っただろう。
『じゃあ、また現実で』
ヒビが広がり、暗い空間へと二人は放り出される。
◇◇◇
『なにこれ、まるで王サマと聖騎士王の戦いみたいな……しかもさっき見た剣ってもしかして王サマの……』
脳内に声が流れ込んでくる、少し聞こえなかっただけなのに懐かしさを感じる。
思えば『暴食』ともそこそこ付き合いは長くなったわね。
「『暴食ァァ』!!あの女を仕留めなさい!!」
白い空間で語られた通り、魔力は今はない、完全に練り直しだ。
私は『暴食』の胃袋に物を詰め込んでるけど空間収納を使ってる人なら多分中身を全部この場にばら撒いてる。
身体も全然動かない、俯せに転がっている状態で首だけが動かせたけど他は動かせる気がしない。
でも私には、『暴食』がいる、力の前借りだから少し高く付くかもしれないけどこの場の勝利に比べれば軽いこと。
アリシアは立ってはいるものの幽霊のようにフラフラと安定せず、俯いている。
まだ覚醒しきってない。
(意思の強さ勝負なら……)
黒が彼女に迫り、
(私には、負けられない理由があるのよっ!!)
彼女の胸を完全に貫いた。
「『心臓部の破壊を確認、『亡霊ノ繰リ人形』の持ち主を召喚します』」
……え?