あと一人
そして二週間後。
その間メルとウィリアムはそれぞれ準備をしていた。
ヴィルマ・アルファリアとの決戦に備えて……。
表向きはアルバートとの失っていた時間を取り戻す事に尽くし、裏では残り一人の家族、トリンを取り戻すべく力を蓄えていた。
二人は子供達をこれ以上巻き込まないために秘密裏に活動していた、今日がその最終日。
命を懸けて戦う時だ。
勘付いているだろう鈴のしらべの仲間達への足止めは既に要請済み、必ず遂行するだろう人物に。
そう、全ては完璧。
今この時点までは。
◇◇◇
「……どうして?」
メルとウィリアムの前に立つのは昨日別れた筈の二人の息子だった。
「そうだな、あんたら二人は完璧だったよ。俺も何か隠してるって事までは分かったが内容は全然分からなかった」
「俺なんか昨日まで全く気づかなかったからなぁ」
昨日?何かミスった?心当たりは全くない、何せ私に関しては絶対に他人が踏み込めない領域で動いていたから。
「うちのクソ師匠にも口止めしておくべきだったな」
ペラペラとシオンが揺らしている便箋は二十日前に私に届いたもの、ヴィルマ・アルファリアからの手紙だ。
「あー……そういえば俺達が要請したのは『鈴のしらべ』の足止め、だったか」
確かにそう、だけど……普通にやっちゃいけないことって分からないかなぁ?
「たとえ俺達への口止めも依頼の内に入ってても、クソ師匠……ソウジは最終的に取り返しが付かないことになる前には俺達に話したと思うぞ」
「うん、そうだね。ソウジ君の暗躍好きは皆を救うため、だもんね」
「ったく……。結局は『究極のお人好し』なんだよな。あいつ」
ソウジ君と共に過ごしたことがある人は誰だってすぐに気づく。
『あぁ、この男は何も斬り捨てられない男なんだ』って。
常に最善を尽くし、自分が一番辛い道だろうと全員の幸せのためなら突き進む。
ヤマの国との戦いも結果的にはコーネリアが犠牲になったけどあれはヴィルマという予想外が居たから、奴がいなければ完全勝利もあり得た。
その時彼は向こう側の最高戦力だろう、堕天使の相手をしていたのだ。
私は実はソウジ君に怒ったことはあるけど責めたことはない。
彼の生き方は……私に真似は出来ない。
でも最後くらい……。
「子供の幸せのために死ぬ親の覚悟を思ってくれても良かったのに……」
「勘違いするな!!」
細い声で嘆いた私に返ってきたのは珍しいシオンの怒鳴り声だった。
「俺はクソ師匠からこう言われたんだ。『夫婦揃って末の子を餌にノコノコと死にに行ったぞ、奴らの自己満足で終わらせたくなかったらさっさと追いかけて世界救ってこい』ってな」
……あはは、自己満足、か……。
なかなか厳しいことを言うね?ソウジ君も。
「あんたら、自分達が死んで世界が救われるならみんな喜ぶと思ってるのか?だとしたら何も分かってねぇわ」
「……間違いなくミスティアは怒るだろうな」
「うん、でも私達がやるしか」
「バーカ、この紙にあんたら二人だけと決着つけるなんて話してねぇだろうが」
手紙には確か……勇者一家の皆さん、だったかな?
「『鈴のしらべ』は部外者でも俺ら二人は呼ばれてる側だ、何も問題はねぇ」
「問題がないのとついてくるのを許すのは関係がないかな……ウィリアム」
「何を……」
私が剣を抜くと同時に落雷、しかし私を傷つける事無く雷は双剣に宿る。
「……雷水複合、嵐魔術剣技」
ここで気絶させればソウジ君が回収してくれるよね。
「『ストーム・ブレイド』!!」
それぞれに一撃ずつ振るう。
かなり本気でやった、防げても衝撃で多分二人は……。
「『虹の神剣』!!」
「『事前想像』!『シャイニング・ギガブレイド』!!」
この二週間、二人が今までに得た力は見ていた。
『虹の神剣』は神器レベルの強力な魔剣、『事前想像』はアルバートが勇者の力を継ぐにあたり、得た力の一端。
しかし前者は意志があるためまだいつでも使える力ではなく、後者に至っては中級相当までしか適用できなかった。
(突きつけられるよね。『お前は親失格だ』ってね……)
子供の成長を、力を信じられない。
やっぱり親に育てられた記憶が無い大人には子供は育てられないのかな。
でも。
それでも。
「ここから先に行かせるわけにはいかないんだよね」
「待て、メル」
再び剣を握る力を強め、次の一手を打つ前に予想外の方向から待ったがかかった。
私の肩に手を乗せて静止したのはウィリアムだった。
「ウィリアム、もう一度雷を」
「お前の負けだ」
「何を言ってっ!」
肩に置かれた手を振りほどくがウィリアムの言葉は続く。
「メル、分かってるのか?いや、本来賢いお前は分かってないフリをしてるんだろうな」
「っ!言ってることの意味が!」
「ハッキリ言ってやる。メル、お前は今二人に二回負けた」
「二回?まだ私は一度も負けて」
ウィリアムは握りこぶしを私に見せつけ、まず人差し指を立てる。
「まず口論だ。メル、お前は二人に『死にに行くんじゃない』または『勝算があること』を明確に示さないといけなかった」
「……」
私は確かに勝算も何も二人に掲示していない。
『子供のために死ぬ』何て事を言っちゃったから死なない事を約束することも不可能。
「二つ目は武技。そもそも『ストーム・ブレイド』はお前だけでは使えない。その上、水以外の魔術に関しては既に二人に部がある。剣術に関してもシオンは一応ソウジの弟子、お前に匹敵してもおかしくない」
一撃しか打ち合ってない、だが確かに私は水魔術以外はあまり得意ではない、せいぜい精霊召喚くらい。
「……最後にだが。俺は別に二人を足手まといだと思っていない」
……そういえばこの戦いの準備の時、ウィリアムはこう言っていた。
『トリンに関してはすぐに解放する手段があるからヴィルマに集中するぞ』と。
「俺には世界を救うための力はあっても子を育てる力はなかった。二人とも、良い背中を見て育ったな」
良い背中……ソウジ君とドロシーちゃんかな?
ドロシーちゃんの事は知らないけどソウジ君なら……私達よりはしっかりしてそうかもね。
「さて、決めるのはメル……お前だ。これは俺達の因縁だが第一にお前から始まった因縁だ。終わらせ方は任せる」
そう言い残してウィリアムは口を閉じた。
もう自分の意見は言い切って満足したみたい。
「はぁ。ウィリアムも大概バカだよねぇ?」
「……なんで俺がバカにされなければならない」
「そこまでの覚悟を聞いて私が有無を言わさず二人をここに取り残すと思うの?」
ウィリアムはバカだ、シオンくんもアルバートもみんなバカだ。
でも……。
「結局、私が一番バカだったんだ」
熱を持った液体が目尻から一筋流れ落ちた。
笑顔を作った筈なのに、これじゃあバレバレじゃん。
「私は……一人で死ぬつもりだった。でも結局ウィリアムには隠し通せなかったし、君達二人にも気づかれちゃった……何処かのお節介な人のせいでね」
手紙が届いたとき思った、思ってしまった。
終わりの時が来たんだって。
幸せになれる、そんな予感がしたのに突然終わらせるのはいつもあの男だ。
「家族を守るのは父として、夫として当然のつとめだ」
「トリンも一緒に、全員で笑い合おうぜ!」
「……どうやらこの世界は物事を一人で抱え込むとろくなことにならないらしい。正しい結末を迎えるためには俺達全員で行くべきだ」
弱音を吐いた私に向かって三人が言う言葉の共通項は『誰も私が一人で死にに行くことを許さない』だろうか。
『なーに堅苦しい事言ってんだ!!』とアルバートがシオンに肩を無理矢理組んでグイグイと身体を擦り寄せてるがシオンもあまり嫌がってはいないようだ。
「……ソウジ君の見立てだと、この四人で挑んで勝てる可能性は限りなく低いらしいよ」
「ハハッ、この六代目勇者様の力を見くびってるようだなぁ?」
「……当初はトリンを助けて私が囮になってる隙にウィリアムに逃げて貰う、そんな予定だった」
「おい、俺がその状況で逃げる選択を取ると思ってるのか?そんな薄情者になったつもりはないぞ」
「……でもね、もうこの計画、要らなくなっちゃった」
「へぇ、それは大変だ。どうしてそうなった?」
……白々しい、これもソウジ君の手のひらの上、なのかなぁ?
やっぱり一発くらい殴っといた方が良かったかな?
帰ったらそうしよう。
「私も、君達と、トリンと。一緒に笑い合う未来を見たくなっちゃった」
今度は涙が零れた感じはしなかった。
ちゃんと笑えた。
……結末を先に明かしちゃったのは間違いだったかなぁ
ちょっと後悔