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失くした未来のその先へ  作者: 夜霧
六章 破滅の序曲と鈴の調べ
182/194

おかえり

す、すまない……忘れてたんだ……

間に割り込みます

 

 この現代において初代勇者に関する記述はあまり残されていない。

 分かるのは魔王を倒したこと、そして初代皇帝と共にギル・フレイヤ帝国を建国したこと。

 そして……ここからは帝国の最高機密、具体的には皇帝とその側近、帝国魔導師団幹部にのみ知らされる情報。


 初代勇者の力に関することだ。

 曰く、初代勇者は人間の生まれではない。

 曰く、初代勇者は魂に干渉する力がある。

 曰く……『アイン』という名の人物は皇帝の血族として扱うことを厳守せよ。と

 文章にしてたった三文、だがこれを知らなければいつか疑問に思ってしまう。

 皇帝の許可が無ければ閲覧できないという帝国の歴史書物に、いつも皇帝の子孫として『アイン』という名の人物がいることに。

 その人物は表に出てくることはないということに。




 ◇◇◇




『さて、お前に力を与えてやる』

「おい、待てよ」

 手の平を返すようにアインはその手に光る何か……恐らくは『勇者の力』を産み出した。

 だがそれに待ったをかける。


『あ?悪いがお前が戦うことを決めた以上、時間を無駄に消費するのは避けたいんだ。つまらない事だったら即座にこいつをぶちこんでお前を現実に帰す』

「あんた、前の皇帝の息子って話だろ!?なんで初代勇者が今も生きてるんだよ!」

 左手に力を宿したまま右手を顎に当てて少し考えるアイン、どうやら『つまらない』と吐き捨てる内容ではなかったらしい。


『……俺が話す必要はない。じゃあな』

「ちょっ!」

 違った。

 瞬きの間に寄ったアインの左手が腹に衝撃を与えた。


『今はとりあえず目覚めるのが先だ。……どうしても知りたかったら、そうだな、アリシア・ツヴァイを訪ねろ。奴なら喜んで語ってくれるだろうさ』

「アリ……シア?」

 意識が薄れる中でアリシアに関して情報を思い出す。

 確か……、声は明るいけど表情が全く動かない人形みたいな人、だったか……。




 ◇◇◇




「ウィリアム!!リグレッドを抑えろぉ!!」

「っ!あぁ!」

 時間はシオンが『虹の神剣(アルカンシェル)』を抜いた時に戻る。


 シオンはとりあえず自分だけで正気ではないアルバートを抑えることに徹し、アルバートに近寄る俺に向けて忠告をしたリグレッドをその場から逃がさないことにした。


『あの大男は味方じゃないのか?』

(いや、違う。多分この状況は……『勇者の試練』だ)

 最初から疑うべきだった、試練の番人であるリグレッドが何処でも勇者に試練を課せると想定しておくべきだった。


 こんな表立って勇者と関われる機会、勇者の覚醒を望む奴が見逃す筈がない。


『まぁいい、それで小僧、なんで刃を自分に向けている?死ぬぞ』

(馬鹿が、アルバートを殺すのは論外だって言っただろうが)

 脳内で『虹の神剣(アルカンシェル)』……いちいち長いから略してルカにしよう……ともかく、彼女と会話していると、アルバートが再びこちらに拳を振るってきた。


「っ!?重い……っ!!」

『安心しろ小僧、私は『好きに振るえ』と言った。貴様の意志が奴を刻まないと決めたなら私はそれに準じた力を使うまでだ。……勝手に私をルカと略した点は仕方ないから許してやろう』

 瞬間、刃を返していないのに刀の刃と峰が入れ替わった。

 しかしその刃はアルバートの拳を傷つけるのではなく、結果としては彼の身体を吹き飛ばすだけだった。


『全く……フレイ様が振るう半分にも満たない、それに相手を傷つけないなんて……欠陥武器にも程がある。だが今日の戦いで貴様が望んだのはこんな剣だろう?』

(あぁ、これなら思いっきり振ってもアルバートは死なない)

『ふん、感謝しろよ人間。私が妥協したんだ、最低限フレイ様の七割程度の男にならなければ許さない』

 厳しいのか優しいのか分からない条件だ。


『……ただ、今の一撃で最後だろうな』

(は?何言って……)

 るんだ?と続く言葉が出る前に、視界が揺らぎ、暗転しかける。

 思わずシオンは膝をついてしまった。


『儀式魔術の発動、虹の神剣(わたし)の最適化。それに加えて私は剣になると持ってるだけで持ち主の魔力を吸う。貴様の魔力量は人間にしては多い方だろうがそれでも魔力欠乏になるだろう、これ以上あれ(・・)とやりあうと自滅するぞ』

 術に必要な魔力はドロシーに注がせた、しかし魔術の発動には更に魔力が必要。

 それが大規模なものならばそれなりに消費する、その魔力量はシオンの魔力のおよそ半分に至るほどだった。

 全体魔力の三割を切ると身体に不調が出始め、魔術の発動に支障が出る。

 シオンは今まさにその段階に入った。


(……ウィリアムにリグレッドを任せたんだ、俺はあいつを止めないと……!)

『……人間と神、基本的には神の方があらゆる点で強者だ。しかし、人間が有利な点もある、それは何だと思う?』

(は?こんな時に何言って)

『正解はな、数が多い点と……』

 脳内で次の一手を考えている内に小部屋へと冷気が流れ込んできた。


『身内を助けるために何も恐れず普段以上の力を発揮する点だ』

「…『ブリザード・バインド』!!」

 冷気はアルバートの顔を除いたほぼ全身を一瞬で氷の中へと閉じ込めた。


「折角の家族団欒、仲間外れは良くないと思うなぁ」

「……助かった。メル」

「今ならママって呼んでくれても全然良いんだよ?シオンくん」

「それは愛しい旦那様かアルバートにでも期待しろ」

 軽く冗談(メルは本気かもしれないが)を言い合いながら体勢を整える。


「で、リグレッドさん?勝手に試練を始めた弁明はあります~?」

 緩い口調だが微妙にトゲを感じる、これはキレてるな……。


「……私は番人に過ぎない」

「だからって拒否権くらいあるんじゃない?」

「私が協力を約束したのは記憶を戻すまで、既に戻っているならば試練を課す者からの要請を断る必要はない」

「んー……、そっか!じゃあしょうがないね」

「うむ、だから私に否は」

 無い、とでも言うつもりだったのだろうか。

 続きを遮ったのはメルが思いっきり振り抜いた拳。

 リグレッドを小部屋の壁へと強く叩きつけた。


 リグレッドに剣を向けて警戒していたウィリアムが目を見開いている、目の前から一瞬で大男が姿を消して少女が現れたんだ、当然だろう。


「こっちは兄弟で殺し合いをさせられるところだったの。だから一発くらい殴っても文句は無いよね!?」

「……この程度で赦されるのなら甘んじて受け入れよう、メル殿」

『リグレッドとやらも小僧を犠牲にするのは避けたかったのだろう。でなければ小僧に気づかれぬように防御膜を張る必要など無い』

 そう言われて俺は身体を見る。

 よく見ると薄い緑色の膜が張られているのが分かった。


『風の防御膜だ。これが無かったら直撃していないとはいえあれほど激しい雷の近くにいて無事だった筈がない。……しかし水の神の加護持ちの人間とあの笛吹きに似たリグレッドを名乗る大男……この時代、フレイ様を探す間もそんなに退屈しなさそうでよかった』

(あ?なんか言ったか?)

 前半は俺への言葉だったようだが後半は小声過ぎて聞こえなかった。


『いいや。とりあえず私は戻る。貴様の弟も戻ってきたからな』

 ルカの声に氷漬けにされたアルバートの方を見る。


「ん……?あれ、なんで俺凍ってるんだ!?」

「……はぁ」

 先ほどの無表情とは打って変わって慌てふためいているアルバートの姿を見て全身の力が抜けて座り込んだ。


「よく戻ってきたな、アルバート」

「あぁ!ちょっと迷惑かけたみたいだ、誰も死んでないよな?」

「死ぬどころか怪我人もいねぇよ。……約一名お前じゃない攻撃で吹っ飛んだがな」

「は?うぉっ!リグレッド先生が吹っ飛んでる!?」

 最近、リグレッドに色々と教わっているらしいアルバートは壁を陥没させたリグレッドを見て驚いていた。


「ていうか早くこの氷溶かしてくれぇ、結構寒い!!」

「あ、ごめんねぇ?ちょっと思いっきりやり過ぎた!」

 魔術を使った本人なら解除は容易、すぐに氷は溶けて辺りは水浸しになった。


「おかえりなさい、アルバート」

「ただいま……母さん」

 こうしてアルバートは記憶を取り戻し、真の勇者としての力を手に入れたのだった。




 ◇◇◇




「……相変わらずこの部屋は健在なのね」

「そりゃ『勇者でも壊せない』って名目の部屋だ、残しておくに限るだろ」

 家族が去った後、水に浸かった小部屋を訪れる二人の男女。


「彼らはこの小部屋の本来の使い道に気づいた?」

「いーや、気づくわけねぇだろ?お前だって気づかなかった」

「そして嵌められた」

「……お前も恨みが深いよなぁ?そろそろ忘れろって」

「っ、忘れるわけが無いでしょうがっ!?」

 女は瞬時に戦槌を手に持ち、男に振るうも命中の直前にそれは止まる。

 身体が本当にギシギシと軋む音はとても人体とは思えない。


「私はこの部屋で何年も過ごした、何度も何度も、嫌がっても逃げられない、ここは壊せないから、そして諦めた時には……!もう私が壊れていた……。こんなおぞましい部屋いつまでも残してるあなたは狂ってるのよ!」

「そう、俺は狂ってる。狂っちまったんだ、もうどうしようもないほどにな。同類なんだよ、お前と俺は」



「あぁ、勇者の力に関して。詳しくはお前に聞くように言っておいた。頼んだぜ?」

「あなたは……!チッ、分かったわよ」



 勇者は未熟な状態でいくら修行しようと有り余る魔力を垂れ流すだけ、能力にかなりの制限がかかっている。

 力を継げば魔力のコントロールも効くようになり、修行などせずとも受け継がれてきた力と本人の元々のセンスでなんとかなる。

 勇者は人類最高戦力、そして『修行とは無縁の完璧な存在』なのだ。


 しかし、この小部屋は『勇者が壊せない小部屋』

 その真の役目は……。

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