勇者とは
『……お前ホントに人間?』
「失礼だな、人間だ」
『三十回目……こんだけ死んでまだ精神が壊れない存在を果たして人間と言えるのか……ってところだなぁ?』
現在試練が始まって一時間を越えたところ、影が言うに現実ではまだ三分も経っていないらしいがそれは試練の完遂を急がない理由にはならない。
(……魔術が殆ど当たらない)
大量に展開した最上級魔術をもってしても一度も隙らしい隙を見せない影。
この一時間でアルバートが思い立った可能性、それは……。
「そもそもお前、条件満たさないと攻撃が当たらないのか?」
『はて、どうしてそう思う?』
「前提として、この空間はそっちに有利に出来ている」
空間魔術で自分に有利な空間を産み出す、これを出来る人物をアルバートは知っていた。
「ドロシーさんがそんな空間を創っていた、この空間もそれと似たようなものだろう」
『ほーほー、続けろよ』
そして、影は問いかければ正直に答えてくれる、そんな気がした。
はぐらかせばいいのに……試練というだけあって試練を受けるものの解答を邪魔してはいけない、とかいう決まりでもあるのだろうか。
「お前何回か俺の魔術食らったよな?」
『まぁあれだけ数撃ちゃあ流石に避け損ねる』
「ただ、毎っ回その直後、俺は不意打ちで死ぬ。隙を作るつもりが即死案件を作り出してたってわけだ」
そう、殆ど当たらないだけで魔術に当たりはする。
ただ、当たった瞬間に影は何処かへ消える。
背後に回ってくるだろうと予想しても背後からの強襲以外で死ぬ。
まるでルール違反だ、と言わんばかりの仕打ちだった。
『ハッハッハ、精神がぶっ壊れる前に気づけて良かったなぁ?正解だぁ。方法までは教えてやらねぇがお前の魔術が俺に命中した瞬間、お前の命は一度消える』
つまりは『武器での一撃』を勝利条件にして魔術は使っても良い、ただし魔術で攻撃したら死ぬよ?と。
ふざけたルールだ、勇者の試練と言いながらやることは剣技のみ縛りでの戦闘訓練だ。
『さて、じゃあ疑問が出てきた頃か?』
「あぁ」
浮かんだ疑問をそのまま俺は影にぶつける。
既に影は地べたに座り込んでいた。
「答えろよ、これは何を試す試練だ」
『簡単だ、勇者のなんたるかを問う。そんな試練さ』
嘘をついて悪かったな、と影は言う。
全く悪かったと思ってない癖に、声が笑いで震えてるぞ。
『初代勇者はその心で魔王を討つ決心をした。その心は金眼の賢者を始め、数多くの者を魅了し、その意思の元に共に魔王を討った』
勇者の伝説はこの世界で知らぬ者は殆どいないほどのお話だ。
全て実話であり、ギル・フレイヤという国が現存することが大きな証拠である。
『此度の戦いは魔王と同じく、世界を支配しようと企む存在、しかし魔王と比べて少数精鋭を持ってして奴等は支配者の一途を辿っている』
「何が言いたい」
『奴等を止めようとするお前の意思は認めよう。だが、お前が負ける事の意味をまず考えろ』
「最初っから負けの想定をする奴が何処にいる!?」
思わず怒鳴ってしまった。
だけど仕方ないだろ、『お前達は負ける』って言われてるようなものだ。
『……はぁ、今回の勇者の試練、実は従来とは違う』
「あ?なんで」
『試練を受けたのは二代目、五代目のみだが二人は戦闘技能だけを見ればよかった。だがお前に関しては話が別だ』
「俺はバカだからよぉ、ハッキリ言いやがれよ、じゃねぇと理解できない」
そう言い返すとまた溜め息、理解力が足りなくてすいませんねぇ!?
『勇者ってのは勇敢な存在、だな』
「『勇者』って言うくらいだから当然だ」
『だが今回ばかりはお前は勇敢では駄目だ。慎重にいかなければならない』
「は?それじゃあ勇者じゃないだろ」
『今回は『勇者の死』が重いんだよ』
俺の死が……重い?
『支配者は力をかき集めている。その内の一つに勇者の力もある』
「一つだろう?俺が負けてもまだ他が」
『それじゃあ駄目なんだ』
「何でだよ」
『……もうそんなに余裕はない』
……まさか
『恐らくだが、支配者はお前の力を最後に、世界を終わらせる存在と化す』
「だからどうした。勝てば良いんだろう?」
『勝てば良い、ね。龍神、魔人、天使、ありとあらゆる力を持つ存在に勝つ方法なんてあるなら教えて欲しいものだ』
分かった。
よーく理解した。
こいつはもう諦めてるんだ。
そして俺に力を渡す気がない。
『お前がこの力を継がなければ、衰えつつある五代目の力を奪うしかない。奴はその場合不完全、勝つ可能性は上がる』
最初っから俺に力を与えず、ここで永遠に戦い続ける気だった。
もしかしたらウィリアムを支配者への餌にした後で俺に力を与える、そんな作戦なのかもしれない。
どうやらこの影には外の様子を知る術があるらしいからな、充分あり得る。
……おもしれぇじゃねぇか。
意地でもこいつに認めさせたくなった。
『……?お前……何を考えている?』
「分かりきってる事を聞くとは、物好きだなぁ?」
『おいおい、この空間を破壊する気か?やめとけ、やめとけ』
空間魔術による隔離空間の破壊は外部から他の空間魔術師が干渉するか内部から許容量を越える魔力攻撃を繰り返すかの二択。
俺は内部からこの空間にダメージを与えることを選んだ。
『ドロシー・エルフェクターの空間ですら破壊出来なかったのに俺の空間が破壊できると思うか?』
「思う」
『っ!断言とは恐れ入った。して、その心は?』
「お前がドロシーさん以上の空間魔術師とは思えない」
『……言ってくれるなぁ。じゃあ好きなだけ撃ち込んでみろよ。その度にお前の死亡回数はどんどん』
「ああ、言い忘れてた。もうお前に魔術は当たらねぇよ」
俺は練り上げた魔力を全て拳に纏わせ、真下を殴りつけた。
そのまま何度も何度も殴る、殴り続ける。
『無駄だってわかんねぇかなぁ?』
「そういえば、俺の死亡回数って何回だっけ」
『あ?三十だが?』
「時間にして一時間、気のせいかと思ったんだ」
『何を……』
考えている?とでも続けるつもりだったのだろう、明らかに影がこちらを静止する語気が強くなっていくのを感じた俺は更に俺は拳をぶつける速度を上げる。
『一旦止まれよ!?』
影が左腕を振るう、だがそれはもう見た。
『んなっ!』
「……思った通り。その糸みたいなの、魔術は斬れないらしい」
糸は雷を纏わせた左腕に絡み付く……が、切断には至らない。
「不思議だな、ただ魔力を纏ってるだけじゃ斬られるのに術に変換していると斬れないなんて」
雷魔術、『サンダー・ブロウ』。
ただ雷を纏って殴るだけの簡単な魔術だが注ぐ魔力によって威力は上がっていく。
今のこの拳は一発一発が最上級相当。
今までの一時間でアルバートはよく観察し、影の戦力を把握していた。
右の剣で魔術を斬った事はある、けれども左の糸で防いだり斬ったりする事は一度もなかった事を。
わざとそう見せてた可能性もあるものの今、まさにこの状況を見れば確定だろ、と。
勇者はあらゆる分野で強さを見せる。
観察眼においてもそれは例外ではない。
この世を乱すものへの対抗手段として勇者は存在する、少なくとも勇者という存在を産んだ者はそうなることを望んで産み出した。
「さて、予想だと俺はそろそろこの空間を出ていくことになる。何か言いたいことはあるか」
『……そこまでして何故お前は無謀な戦いに挑む!?真の勇者の力があってやっと微々たる勝ち目が出るというのにお前は!力を授かってもいないのに何故!』
「勇者だからだ」
俺は当たり前のことを言う。
それが多分、こいつには一番効く。
「俺にとって勇者ってのはそんなに強い存在だとは思ってない。ただ勇気がある、それだけの存在だ」
最初、ドロシーさんに『君は勇者だ』と告げられた時は急に何言ってんだこの姉さん、って思った。
だが次第にこう思ったんだ。
「俺はバカだから。一番前に立って殴って魔術をぶっぱなすくらいしか出来ねぇ。でも、それで他の誰かの勇気に繋がるなら。たとえ犠牲になろうとも構わねぇ」
ただで死ぬ気は無い、だが避けられないなら……
「勝ちのための礎になるくらい覚悟の上だ。最後の最後まで、不意打ちでもなんでも良い、支配者とやらに一杯食わしてやるさ!」
右腕を振るうと白い床にピキッと音を立てて黒いヒビが入る。
「じゃあな。……正直言っていつも飄々とした態度のあんたがそんな感情を向けてくるとは思わなかったぜ」
『……お前、俺が誰だか分かったのか?』
「つーか隠す気、無いだろ。武器は糸だし身体すっぽり覆ってそうなローブ着てる感じ、そのまんまだろ」
最初から分かっていた。
多分この影の正体は……。
『……気が変わった』
崩れ行く空間の中で影……いや、アインは自らの首を斬った。
すると、空間の崩壊が止まる……いや、それどころか。
「……戻っちまった」
『この空間は誰かの死をトリガーに空間とその人物の時を直前に戻す、そんな魔術が使われている。ま、お前の行動は正しい、超高度な魔術を付与してある代わりにそんなにこの空間は硬くない』
影がボロボロと崩れて中身が出てくる……そこに立っていたのは。
「やっぱりあんたか……アインさん」
『その通り。俺が勇者に試練を課す者にして、初代勇者たる存在、アイン・ルーレインだ』
『アイン』って名前の時点で予想は付くでしょう、しかしハッキリとした言及は初な筈、初代勇者様の登場だ