記憶の復元
すまない、書ききってないっていうのはこの辺なんだ
戦闘はほぼ書き終えてるけど
だから前半は毎日更新にはならないと思われる
勇者は勇者による記憶消去にのみ対処できる記憶の復元魔術がある。
極めて限定的だが通常の魔術では未だに介入できない記憶に干渉できる魔術だ、それには準備が必要不可欠、その場で『はい、復元!』と秒で出来ることではない。
まず膨大な魔力が必要、並みの魔術師を十人は用意しないと賄えない。
しかし、これはドロシーが一人で負担、あいつの魔力量はは並みの魔術師三十人分はある、もしかしたらもっと多いかもしれないが余裕で賄えることはこれだけで伝わるだろう。
次に魔術式、普通の魔術は想像力、魔力、術者の適正の三点が揃えば発動するがこの魔術は少し特殊だ。
分かりやすい例で言えば、クルスの結界魔術。
あれはなんと言うべきか……そう、言うならば『半固有魔術』的存在だ。
クルスが家に代々伝わる魔鉱石というものに魔術を刻む方法を編みだし、それが固有魔術になった……つまりはその方法さえ分かれば誰でも使えるかもしれない技術だ。
実際のところクルスが創ったそれを使える者は居なかったが刻んだ本人しか使えないという制約があるのかもしれない、クルスはそれを試す気が無いため真相は明かされないが……。
話を戻そう。
記憶復元には同じように術を何かに刻む必要がある。
前述の魔鉱石を砕いて作った顔料で円を描き、それにそって文字を刻む。
そういった準備を経て記憶の復元を成すことが出来るのだ。
それもリグレッドが術を刻んだ円の更に内側に細工済み。
あとは……
「……よ!来たぜ」
「待ってたぞ。遅かったな、アルバート」
記憶の復元対象、その本人の到着を待つだけだった。
いつもと変わらないにやけ顔……いや、少し影があるか。
まぁそれはそうだろう、失くしていた記憶をこれから取り戻すのだ。
ワクワクする能天気もいるがアルバートは不安の方が大きいらしい。
……ちなみに俺は前者、ワクワクしていた方だった、そしてあとから受けるダメージが多かった。
自分の記憶に隠された秘密にロマンを感じていた、学生なんてそんなものだろう?
始めから絶望を感じてては人間やってられない。
「アルバート」
「大丈夫だ。全部受け止める覚悟は出来てる……俺は……捨てられたわけじゃないって事も分かってる」
メルとウィリアムの二人とは数日は話しをした筈、俺達が準備を終えてからもここに来るまで数日掛けたことから分かっている。
「だけど……そう簡単に納得できる事じゃねぇよな……」
「……あぁ」
理由はどうあれ、二人は俺達三人から離れた。
その事実は変わらない。
真実を知った後、俺は暫く学校に行く気力も無くなった。
ドロシーが『引き摺ってでも連れていく』と言ったので仕方なく欠かさず行ったが……。
「シオン」
俺を呼ぶ低めの声、だがこれはアルバートではない。
背後を向けばウィリアムとメルが並んで立っていた。
「頼んだぞ」
「言われなくても分かってる。失敗はしない」
こんなところでしくじっていたらまたドロシーに置いていかれる。
今度は絶対に一人で先へは行かせねぇ。
あいつは……いや、俺はあいつと共にありたいんだ。
「アルくん」
「悪い母さん、今は話しかけないでくれ」
「じゃあ一言だけ。私達二人を信じなくても良い、シオン君と喧嘩したりはしないでね」
「……シオンの事は信じている、その心配はしないでくれ」
「うん」
メルは……何か覚悟を決めたような表情だ。
記憶が戻ったアルバートから罵倒される覚悟か、はたまた別の何かに対する覚悟か……。
「うし!シオン、やってくれ」
「分かった。円の中心に立て」
アルバートを円の中心であり、部屋の中心でもある場所へと誘導する。
円の端に立つのは俺とリグレッドの二人、メルとウィリアムは退室済みだが近くに気配を感じる、すぐにでも駆け込めるような場所だろう。
「リグレッド」
「うむ、君が術を発動したらすぐに私も動こう」
説明は要らないか。
この巨漢は数百年生きる正体不明の守護者、俺が考えることなどお見通しだろう。
「……魔術式に魔力貯蔵機構からの魔力放出。同期ズレ、供給の過不足確認……全て異常無し」
……下手な仕事はしないと知っていたがこうも寸分違わず魔力がピッタリ供給されると気持ち悪さを感じる。
一度目は大分前だったっていうのに久し振りの二度目で完璧に合わせてくるとは……流石はドロシーと言うべきか。
……やっぱり無しだ、ニヤニヤしながらこちらにすり寄ってくるドロシーが目に浮かんだ。
「行くぞ!……模倣勇者魔術、記憶復元!『リコレクション』!!」
内側の円と文字列が白く輝き、その光は中心に立つアルバートへと集まる。
「……?何も感じな……っ!ぐっ!ああぁ!?」
「リグレッ…!」
「『万象阻む壁よ、顕現せよ』」
アルバートが頭を抱えるのとほぼ同時に氾濫した雷光、それらは外側を囲む円が作り出した結界によって外に出ることはなく、半球状の結界を一周して全て地面へと導かれた。
この部屋の地面と壁、それと扉は全て光と雷へのほぼ完全なる耐性を持つ物質で出来ている。
製法は不明だが恐らくは初代勇者と皇帝の合作、勇者がどれだけ暴れても問題ない修行場として作られたと俺は予想。
「アルバート!気をしっかり持て!お前は、勇者を継ぐ人間だ!!」
意味を持たない叫びが続く。
呼び掛けにも全く答える気配はない。
だがシオンは知っている、最終的に脳に直接情報をぶちこまれる痛みに耐えられたのはドロシーが傍で呼び掛けてくれたお陰だ、と。
ならば、今度は俺がそれになるべきだ。
「ああああ゛あ゛あ゛!!!?」
「お前は決して、一人じゃない!!その別れはもう終わった話だ、次は来ない!」
……気のせいか。
時間経過と共に雷の勢いが強くなっている気がする。
「ふむ、流石は勇者。君の倍の出力でも耐えれるように結界を構築しましたが……正解だったようです」
術を発動させた後、棒立ちだったリグレッドが結界に手を向けていた、恐らくは元々結界を構築する魔力に加えて外から更に魔力を注げるように結界を作ったのだろう。
基本的に結界に対する魔力供給はその内側からしか出来ない。
声をかけ続けること五分、未だ雷光は収まることを知らない。
激しさを増すばかりだった。
しかし突然、光が消え去った。
「終わった、のか……?」
「ふむ、君の時とそこまで変わらない時間だが……」
俺は解かれた結界の内側へと入り込み、アルバートへと近づく。
俯いていたアルバートがユラユラと立ち上がった。
「大丈夫か?アルバート」
「……」
「アルバート?」
返事が返ってこない、そんな気力もないのか、と判断した俺は更に近づいて肩を貸そうとした。
「離れろぉ!シオン!!」
扉が蹴り開けられ、父親の怒鳴り声が聞こえたとほぼ同時にアルバートは再び雷光を発生させた。
「は?なん……」
気を抜いていた俺の目の前には雷を纏った拳が迫っていた。
まるで時間が遅くなったかのように、ゆっくりと拳が目と鼻の先に……。