記憶の解明
「ふーんふふふーん♪」
陽気に鼻歌が響く、ここは帝都中心に立つ塔の地下。
物置のような小さな部屋だ。
ここでアルバートの記憶を取り戻す魔術を使う、準備には一度俺の記憶を戻す時に協力した面々だ。
まずは鼻歌を歌うドロシー。
彼女が必要になる膨大な魔力の大半を担う。
そして俺ことシオン。
自分の記憶を呼び起こすための勇者の力を握るのが俺だ、この魔術の要と言っても過言ではない。
そして最後に、リグレッド・クロステイルだ。
彼は全属性の結界系統の魔術の名手、真の勇者の記憶が解放される衝撃で周囲への被害と本人への被害を最小限に抑えるために必須。
そして何より、彼は初代勇者の時代から生きている『試練の番人』でもある。
『今代の勇者が覚醒するなら勿論協力するとも』とは彼の言葉だ。
やけに話が早かったからもしかしたらドロシーが事前に話を通していたのかもしれない。
俺の時は渋々、といった感じだったから……、生徒の安全のため、という名目で無理矢理付き合わせた記憶がある。
さて、当の本人であるアルバートと母親、父親だが。
現在交流を深めている最中だ。
長い時が空いて再開した親子だ、話したいこともあるだろう。
勇者本人であるウィリアムが記憶を戻さないのはそういう理由もあるが、『シオンの方が信頼できる』とのこと、嬉しさ半分、面倒だ、と思う気持ちも半分だ。
「ふむ、結界の陣はこのくらいで良いかな?」
「あぁ、これくらいの広さがあれば問題ない」
リグレッドの描く小部屋の八割程を囲う円が完成、これは彼が開発した使用者の魔力でインクが出るペンによるもの。
円自体に魔力が宿り、そこに刻まれた文字にも宿る。
円は範囲、文字は結界の効果と強度に影響するらしいが何を書いているのかは一切分からない。何と言うか……ミミズみたいな変な文字だ。
「リグレッド、文字を刻むのにどれくらいかかる?」
「うーむ、前回を知ってる身としては……本来の勇者はもっと酷くなるとして用心するなら二時間は見て欲しいですな」
「分かった、ドロシー」
「なに~?シオン君」
「ちょっと話がある、外に来い」
「オッケー」
俺はドロシーを伴い、その場を去った。
「……私は残業ですかな?」
リグレッドだけを置いて。
◇◇◇
「ねーねー、何のお話?まだ言えないこともあるけど大抵の事は答えてあげるよ?シオン君にならね!」
……じゃあ聞こうか。
「お前、何者だ?」
「……質問の意図が分からないなぁ。もしかして偽物だとか思っちゃったりしてる?」
無言で答える。
「私はドロシー・エル・フェクター、君と同い年で君の最高の友達で、ついでに言うとエルフの美少女だよ?」
あぁ、やっぱり。
そこは嘘をつくんだな。
同い年?認めよう、というかそこは別に嘘だろうと関係ない、寿命と成長速度が違うんだからな。
最高の友達?あぁ、そうさ。ドロシー以外にまともに友達と言える奴なんていなかった。
エルフ?違う、これだけは嘘だ。
俺は知ってしまったんだ、これが嘘だということを……。
◇◇◇
「君の友達、ドロシーちゃんだっけ?彼女君に嘘ついてるよ」
「……は?」
ヤマの国との戦争が終わった後、ギル・フレイヤに向かう前に突然そう言い放ったのは冒険者ギルド最高の空間魔術師、レルヴィン・エル・クローザー。
ゲンイチロウがいなくなった今、彼はギルドマスターとなっていた。
「どんな嘘をついてるって言うんだ?まさか、アルバートの事で」
「いや、そっちは多分大丈夫。彼女自身の事が嘘ばっかりな可能性が高いね」
ドロシー自身?何処にそんな根拠が。
「シオン君はさぁ、僕やドロシーちゃんに付いてる『エル』ってミドルネームの起源について知ってる?」
「……いや知らない」
「本当は教えちゃいけないんだけど君には特別に教えてあげよう」
感謝するが良い!とカッコつけて言うレルヴィン。
この残念さ、久し振りだな……。
「『エル』ってのはね……実はエルフに代々伝わる特殊な名前なんだ……僕もエルフだから付いてる。でもただのエルフじゃ名乗れないんだよ、どんなエルフが名乗れると思う?」
そう言われて考えるがそもそもエルフ自体がわりと珍しい部類の種族だ。
ギル・フレイヤ近郊に集落があると言われているが行ったことはないし野良エルフにも出会ったことはない。
いや、もしかしたら出会っているのかもしれないがエルフはその特徴である尖った耳を隠すようなファッションをしている者が多い。
何故なのか、それはその希少性と特性にある。
魔人に匹敵する魔術の腕、百年を優に越える長い寿命。
表立って動くことはないが奴隷市場で高く付いたり妾として欲している国も少なくない。しかし、殆ど歴史に名を残す者はいない。
エルフとされている活躍した者といえば初代勇者に付き従ったとされる『金眼の賢者』のみ、それも真偽は不明だ。
「実はね、純粋なエルフにのみ許されてる名前なんだ、かくいう僕も、両親共々混じり気のない純粋なエルフ……まぁそれも僕の代で終わっちゃったけどね」
実はレルヴィンはフィーネと婚約している、そしてその子供は龍とエルフの血を継いだ男。
生命力の化身、ブラックバーサーカーのアイザックだ。
曰く、一度同族以外と行為に至ると純エルフとは認められないらしい、つまりはもうレルヴィンに『エル』を名乗る資格は本来無い。
「僕は僕自身が楽しめればそれで良い、むしろ『老害共ざまぁ!!』ってところだね。……っと、話を戻そうか」
「そうしてくれ」
正直どうでも良い会話だった。
レルヴィンはいつも話の脱線が多い。
「そんなわけで、『エル』は少ない。そして長老会に寄って全て把握されているんだ。……でもその中にドロシー・エル・フェクターの名は一度も見たことがなかった」
「お前がエルフ里から離れてから産まれたとかは」
「あり得るけど、僕の得意魔術は知ってるでしょう?調査済みだよ」
レルヴィンの得意魔術は空間魔術、転移魔術など彼にとってはただの移動手段。
この男なら長老会にコッソリ出席することも容易いだろう。
「今度聞いてみると良いよ。多分問い詰めたら教えてくれるだろうからね」
そう言い残してレルヴィンは去っていった。
◇◇◇
時間は戻り、現在。
実際に問い詰めている最中だ。
「レルヴィンから全て聞いた。『エル』という名字は純エルフに付けられることも、記録されることも。……そしてお前の名が無かった事もな」
「……あー、そういえば冒険者ギルドにも居たね、元純エルフの空間魔術師」
ニコニコしていた顔が段々と真顔になっていく。
そしてここからは俺の予想だ。
「俺は仮説を立てた。お前の『エル』が実は『L』なのではないか、と」
「ふーん、それで?何か思い当たる節はあったのかな?」
「あぁ。超有名人にな」
そして俺は答えを言い放つ。
間違っていたら……俺はドロシーに殺されるかもしれない。
それくらい、間違えたら失礼に値する名だ。
「お前のエルはルインのL。つまり、『ウルティマギス・ルイン・フェクター』。初代魔人王の子孫だと俺は結論を出した」
負の象徴、魔人の産みの親、名を出すだけで教会に断罪される。
そんな名をこの場で俺は出した。
間違っていたら、いや、むしろ間違いであって欲しいとまで思っている。
その答えは……
「正解だよ。シオン君」