支配者の勧誘
「ユウマ青年。私の側に、支配する側に付こう」
それは神殺しの支配者からの勧誘だった。
「君には私と肩を並べるに値する将来性がある……本当は人類最強の彼も誘いたかったが、多分断られるし次に彼の目の前に現れたら即座に斬られそうだ」
肩を竦めて少し残念そうに首を振るヴィルマ。
「対して君は……私からの反撃を恐れてか、すぐに敵対するような態度は無かった。運命魔法の使い手から何か言われていたのかもしれないが、自らが死ぬような思いをした原因を前に冷静に対応できる君の精神力は素直に称賛に値する。お陰でこちらもこうして目的を果たせた」
まるでもう勧誘が成功したかのような言い様だ。
「勿論、君の大事な人も共に行こうじゃないか、三大堕天使の器たる彼女ならば大歓迎さ」
セレスティアも一緒に勧誘……そうか。
「彼女の力が欲しいのか」
「正直なところそれもある。しかし君の魔法、察するに仲間の力を強化する魔法だね?その貴重さは勇者の魔法に匹敵する。私が保証するが今の君なら欲しい組織は山程あるだろう」
天翼魔法の力はそれだけではないが、そこにわざわざ言及する必要はない。
「大を救うためには小の犠牲を許容しなければならない。君にも経験がある筈だ、大勢の人間の食料を確保するためにそれを贄に生きる動物の命を絶つための罠を仕掛けた事はあるかな?あれと一緒だよ」
俺の故郷は田舎だ。
無論、軽い農業の経験もあるしその障害となった動物を殺したこともある。
そうか。
こいつはそれの縮尺を広げて行っているのか。
「なら一つ聞くぞ」
「構わないよ」
「何故俺を殺した?お前の敵は神だ、神を少数として切り捨てた。なのに何故人間も殺している?」
笑顔のヴィルマの片目がひくつく。
「……それも小の犠牲なんだ」
「魔人の力が必要だと言っていたな、そして今回は堕天使と龍神……神を殺す過程で人間に区分される筈の魔人憑きの人間が殺されるのが小の犠牲か」
「有象無象、塵芥のために一度死んだのが不満かね?」
「それだ、結局はお前は人間をなんとも思っちゃいない」
「おっと、これは失敬。私の印象に残らない数々の人々は弱者過ぎるのでね、ついつい鬱憤をぶつけてしまうのだよ」
やっぱり、この男とは相容れない。
「残念だが、俺はお前の側には付かない」
「本当にそれで良いのかい?」
「まずお前の意見、小を切り捨てるなんて考えには全くもって賛同できない」
「ふむ、だが君は王城での戦いで小を、兵士達を切り捨てたではないか。君も本質的には私と同じさ、自分の目的のために有象無象を殺すんだ」
そう、確かに俺は大量の兵士を殺した。
「違う、俺はお前のように切り捨てたわけではない」
「?何が違う、何故違う。私の理解力が足りない?そんな筈はない」
「俺は彼、彼女らを忘れない。俺が殺した、それでもそれを一生抱えて生きると、セレスと共に生きると決めたんだ」
途端、ヴィルマはつまらなそうな顔になった。
「詭弁だねぇ、結局は小を切り捨てたことに変わりはないというのに、それを記憶したかしてないかの差だけ」
「俺は兵士達を小だと思っていない」
「……何?」
ユウマは兵士達を殺した、自らとセレス、シェリダンが生き残るために『大』量の殺人を犯したのだ。
「俺は自分の望みのために小を取った、お前とは違う」
「……ハッ、その理論なら君は私以上の悪人じゃあないか!大丈夫かい?君一人が背負うにはそれは大きすぎるのではないか?」
「俺は、一人じゃない」
直後、部屋の地面が赤く泡立つ。
流体状の赤い魔力がヴィルマの首へと殺到し、少しでも動けば首が穴だらけになるように円錐が殺到する。
そして天井から俺の隣へと降り立つ赤髪の少女、現在はシェリダンが主体。
王城での戦いの後、彼女達は主体になる人格をセレスが八割、シェリダンが二割という調整を行ったようだ。
今はシェリダン主体、だが前髪に縦に一筋白い髪が混じっている。
これは彼女達からの俺に向けてのメッセージだ、お互いの人格が消えていないと示唆するための。
「……そうか、元々君は一人でこの場に来ていなかったのだね?」
「お前は俺が知るなかで最も恐ろしい生物だ。対話だけと言われようと用心はするさ」
「クックック、上等。私の言葉に嘘は無い…が、気が変わりやすいのも自覚している、少し君が約束を違えようと全く構わないさ」
つまらなそうな顔が一転、興味深そうにこちらを見つめてくる。
「だが、君達三人で私を相手するのは……些か戦力不足が過ぎる」
ヴィルマは瞬時に魔力放出で円錐を破壊、こちらに飛ぶような勢いで斬りかかる。
レーヴァテインは非解放状態、この状況でユウマがヴィルマの剣を受けることは……
「……なるほど、本当に心を通わせてるのだね」
「『(ワタシ)俺達をあまり舐め(ないでよね)るなよ?』」
できる
シェリダンの無窮魔術によって瞬時に産み出された剣でヴィルマの鋭い剣閃を受け止めたのだった。
「はて?何故これは砕けない。材料的には同じく彼女の魔力の筈……」
「……あなたを囲んだのはシェリダンが創ったもの、ユウマさんを守っているのは私が創ったもの」
「『私の無窮は愛の力で増幅する、愛してもいないあなたに向けた魔法が砕けても愛しい彼が使うための剣は、決して折れたりしない!!』」
俺の剣閃はヴィルマのそれを弾き、奴は呆気に取られたような表情。
(行けるっ、ここで奴をっ!!?)
「『白龍神の幻光』」
振るった剣は空を斬る。
見ればヴィルマはいつの間にか正面、部屋の端に移動していた。
「ありがとうユウマ青年、想像以上に有意義な対話だった」
「礼を言われる筋合いはない」
「クックック、君はそうかもしれないね、でも久し振りに心から礼をしたくなったんだよ、この私がね」
睨み付けるも全く堪える様子もなく笑顔をこちらに向けるヴィルマ。
「ユウマ青年、君の勧誘は一度保留にさせてもらう。だがいずれ、もっと効くタイミングで、必ず君を誘うよ」
「答えは変わらない」
「いいや、君は必ず悩む。考え方が違うだけで君の本質は私とそこまで変わらないと確信したからね」
ヴィルマが選んだのは小を完全に切り捨て、大の上に自らが立つこと。
ユウマが選んだのは大を切り、その思いを抱えながら大切な小と共に生きること。
どちらも第三者から見ればあまり変わりはないのかもしれない。
「また会おう。一足先に私は中央で成すべき事を成す。私が世界を手に入れる時、その時に遅れないように帰ってくるといい」
「っ、待て!!」
セレスが創った剣を投擲するもその前にヴィルマが転移した。
「ちっ、ここで奴を殺せていたら……!」
「『しょうがないわよ。あれは化け物よ』」
「落ち込まないで?ユウマさんは出来る限りの事はしたよ」
二人しかいないのに三人の会話が聞こえる歪な場所。
だが俺が望んだのはこの結末だ。
(……あとは、オーリンの準備を待つ、か)
正真正銘、王となった友の準備を待ち、一先ずは全てを忘れて二人と共に過ごそう。
望まなくても次の戦いはすぐに舞い込むのだから。
◇◇◇
「……おっと、いらっしゃい。僕の『死神』」
「私は君の死神になったつもりはない。ましてや私の前で『神』という存在を口に出すのはあまり得策ではないよ」
「それは残念。とりあえず茶でも振るまおうか?」
「必要はない。用事はすぐに終わるのだから」
謁見の間、まだ小さい身体には大きすぎる椅子から立ち上がるオーリンとその正面、階下から見上げるヴィルマ。
「して、その用事はなんだい?」
「君の運命魔法を貰い受けに来た」
「……そうか、君が今代の支配の器か」
顎に手を当てて考えるオーリン、その間にヴィルマは玉座へと至る階段を昇り始める。
「あ、そこ危ないよ…『審判・杖の9』」
「っ!……これは、」
階段の四段目に足を踏み込むと同時に運命魔法が発動、ヴィルマを縛るように魔力でできた鎖が絡みつき、消える。
「それは君の魔術、魔法を一時的に封印する鎖だよ。僕の領域に許可無く踏み込んだから有罪認定されちゃったね」
「……素晴らしいな。運命魔法とはそんな事まで出来るのか……ますます欲しい!」
そんな事など些細なこと、と言うように足を進める。いや、むしろ早めた。
「……やはり支配の器はその傲りのせいか視野狭窄に至りやすいらしい」
「視野狭窄?傲慢?大いに結構!何とでも言うがいい、私はなんと言われようとも、支配者になる!」
「……その驕りが今日、君の身を滅ぼすことになるんだ『愚者……
「何をしよう構わない、私はそれを手に入れる!」
……世界『剣の2』」
二枚の絵札と交差する剣のカードを取り出す。
そして顕現したのは……
白と黒の二対の剣だった。
その剣は神聖な気配を帯び
色の通り、光の魔力と闇の魔力を纏う。
「……なんだその剣は」
「君が僕に手を出さなければ手に入れられたかもしれない力、その模造品、『創世剣ストーリア模造』だ……」
ヴィルマが信じられないものを見たような目を僕に向ける。
そうそう、そういう目が見たかった。
その目に写るのが君の最期の景色だ。
「サヨナラ。傲りすぎた憐れな器」
黒の剣が振るわれる。
それは一直線にヴィルマへと向かい、全てを破壊する黒が男を消し去らんばかりの爆風を起こした。
爆風が晴れた後、そこには何も残っていなかった。
「……跡形もなく消えたか……逃げたか……。まぁどっちでも良いか」
僕の目的の邪魔はさせない。
もう支配者の器に振り回されるのはこりごりだ。
◇◇◇
「……クックック、アッハッハ……、凄まじい、な……」
確かに、魔術、魔法全て封じられていた。
しかし、逃走のための最終手段は用意していた。
それは身体の粒子化。
白龍神は神出鬼没、その要因はこの力だった。
これは魔術ではなく体質、魔法ではなく特性。
究極の隠密手段だ。
「ギリギリだったから少し受けてしまった……それだけでもこのダメージ、あれが創世神の力の一端……あぁ、いいなぁ。欲しくて堪らないよ」
今回は黒の剣を振るわれたが白の剣にもまた別の力があるのだろう。
この世界を創った神の武器でかつ、分かりやすく色分けされてるのだから当然だろう。
「とりあえず、今は退くとしよう。先約もあることだしね」
左腕は吹き飛び、ボロボロだった身体は既に治癒を始めていた。
ものの数分で腕も元に戻るだろう。
「運命の王よ。いや、運命魔法を握る神よ。今はその魔法、預けておく。だが私が必ず手に入れる、貴様もまた私が殺すべき『小』の一人なのだから」