王都奪還作戦 承2 堕天使と青年は争い語らう
「『フフフフフ♪』」
大鎌が俺の足元をゴリゴリと削る。
勝利への糸口は見つからない、だが決して防戦一方というわけでもない。
時に俺が噴炎加速を交えた剣術で彼女の鎌を弾き、彼女の無窮が防御寄りの形状へと変貌したり、
時に彼女の大鎌が突如として対の短剣となってユウマの防御膜に接触したり、
戦況は目まぐるしく転換している、だがお互いに致命的なミスはまだ無い。
「『……キリがないわね』」
「同感だ」
天使が人間を軽々と越える魔力と生命力を宿していることはユウマも承知の上。
だからユウマは魔力差での敗北を恐れてここまで大きく魔力を消耗するような攻撃はしていない。
せいぜいシェリダンが放つ氷魔術を『魔術師殺し』で相殺したり先の通り、噴炎加速に魔剣自体の力に上乗せして自前の魔力を使ったり、といった程度である。
(……それにしたっておかしい)
無窮とは永遠に等しい意味を持つ言葉、この名を冠する無窮魔法に限界など無い筈。
しかし、彼女が使うのは赤き魔力による武具生成と氷魔術のみ、どう考えてもおかしい。
「一つ聞いて良いか?」
「『ワタシ達はそんな許可が必要な仲かしら?だとしたら冷たいわねぇ~』」
「手を抜いてるのか?」
常にニコニコと笑みを浮かべていた彼女が眉をひそめる。
「『……ワタシがセレスを賭けた戦いで手を抜くですって?いくらあなたでもそんな事を言うのは』」
「無窮魔法」
軽く、静かな怒りが宿った言葉を遮ると肩を落として観念したように、諦めたように目を伏した。
「『……よくこの短い間に調べたわね?』」
「物知りの友人が居るんだ。お前が致命傷を与えた男だがな」
「『そう、やっぱり生きてたのね。これでこの帝国も終わりかしら』」
生きていると想定していたのにあの金髪の男に教えていなかったのか。
「『正直セレス以外はどうでも良いの。この子か生きててくれればいつでも再起できる。もうあの人との繋がりはこの子しか残っていないんだから』」
伏していた目が何処か遠くを見る、何か大事なことを想起しているような……そんな表情だった。
「『認めるわ。確かにワタシは全力じゃあない。でも決して手を抜いてるわけでもない……そこまで調べたのなら『無窮』という言葉の意味も知っているのよね?』」
頷く、それを見ると彼女は語り出した。
「『無窮魔法に果てはない。でも果てを創ってしまう事は出来る……そんな話よ』」
彼女の回想を、その果てが生まれてしまった出来事を。
◇◇◇
『始まりの堕天使が生まれた後、人間を切り捨てられなかった天使達が次々と堕ちていった。ワタシもその中の一人』
『ワタシは天使として地上に居た時に一人の人間を愛し、交わった。その彼に再び会うためにワタシは自ら堕ちることを選んだの』
『天使として一人前になり、天界に昇ってしまった。だけど更に上位の権限を持つ天使になれば再び地上に降りることが出来る。それまでワタシは我慢できなかった。愛しい人に早く会いに行ける手段があるなら、あなたもそれを選ぶでしょう?』
『こうして、ワタシは再び彼に会いに行った。彼は一切変わっていなかった。……変わっていたのは彼以外』
『彼はずっとワタシが帰ってくるのを待っていた、二年も経っていたが思ったより早かったと喜んでくれた。……だが彼以外は違った、ワタシは悪魔のように不気味がられ、彼の事を『呪われてしまった悲しい存在』のように扱ったのだ』
『失礼よね?人も天使も神が産んだ生命に変わりはない。なのにワタシと交わっただけで可哀想な人と扱われるなんて……ワタシ?ワタシが不気味に思われるのは構わないわ、人間を逸脱した存在である以上疎まれるのは承知の上で戻ってきたのだから』
『だから子供を創ってやった、ムシャクシャしたから、と言ったら彼に失礼だが有象無象の人間への当て付けもあった。……もしかしたらそんな気持ちを抱いたワタシへの天罰だったのかもしれないわね、この後の出来事は』
『産まれた子供は当然、純粋な人間ではなかった。でも天使でもなかった、ワタシの過去を知ったのならば、産まれた生物も分かるわよね?そう、吸血鬼の誕生よ』
『ワタシ自身は人間の血を欲したことはない。だけどワタシの深層心理では『彼の事が欲しい』が『彼の血が欲しい』になってしまったのか、子供は人の血を欲した。一度ワタシの血を試したが拒絶された』
『子供は『悪魔の子だ』とその子を迫害した、ワタシがいる状況では何もなかったようだが子供彼の二人だけの時は心無いことを沢山言われたらしい』
『そこら一帯の人間は全滅した。ワタシの無窮魔法によって。仕方がなかった、ワタシの愛する二人の命を奪おうとしたのだから』
『ワタシと彼の子供は増えていった。でもそれと同時に彼の心も疲弊し、ワタシから離れていった。その時はワタシは焦っていたのか全く気づいていなかった』
『いつしか吸血鬼の国が建ち、ワタシは真祖として彼、彼女らに崇められる事になった。でもその時には……愛する彼は隣に居なかった』
『吸血鬼が台頭すると共に吸血鬼狩りを生業とする職業も産まれた。彼らはトライ&エラーを繰り返し、弱点をどんどん明かしていった……その過程で彼は……吸血鬼と間違えられ、死んだ』
『周りにいたワタシの子孫は何をしてたのかって?見殺しだよ。部外者からしたら笑い話だよね、人間ごときが真祖に気に入られてるのはおかしい、なんて考えを持つ子供に夫の護衛を任せるなんて……』
『ワタシには吸血鬼の弱点は通用しない、真祖と言われながらも実際は吸血鬼なんて新興勢力じゃあないのだから』
『でももう子供を、吸血鬼を愛することなど、信用など出来る筈がなかった。当然よね?最愛を奪われた原因だもの』
『ワタシは国を去った。庇護が失われた国は滅びの一途を辿る……愛するものの事すら守れない、そんな魔法が無窮?馬鹿げてる。多分この時、ワタシに一つの果てが生まれた。もう失いたくない、このまま時が止まることを望んだ……これがワタシが氷魔術しか使えない理由』
『それから数十年、いや、数百年だったかしら。懐かしい匂いのする人間に出会った……それがセレスの先祖、曾祖父の更に曾祖父くらいの遠い先祖ね』
『どうやら吸血鬼も人間と混じる事でほぼ人間に戻った子もいたみたい。それから彼を陰ながら見守ることにした……でもある時彼が危険に晒された時に手を出してしまった』
『彼に認知された。まるで神のように崇められた。違う違う違う……ワタシは見守りたかっただけなのに。……仕方がないから、とワタシはとある加護を与えることにした。これが『拒絶の氷爆』、セレスにも渡した呪いと間違えられるような危険な加護』
『それから彼に約束をした。あなたの血が絶えない限り、永遠に見守る、と。ワタシの無窮がこの時再び果てを創った。ワタシが『不変』を望んだと判断され、ワタシは彼の子孫と共に生きるための時間、不老不死を得た。こんな力望んでいなかったのに』
『ワタシは早く約束を終わらせたかった。だから『他人を愛することなど愚行』なんていう事を教えたりした。でも結局彼も人を愛した、多分生き物の本能なのよね、何かを愛するというのは』
『それから何度も何度も、彼の子孫の生き死にを見た。必ず人を愛し、愛したものに先立たれて絶望するのに、彼、彼女は自死を選んだりしない、苦しいけど、辛いけど、精一杯生きることを選んで、天寿を全うしてから満足したように晴れやかな表情で死ぬの。ワタシには絶対にできない。終わりたいのに魔法が終わらせてくれないこの生に希望なんて持てるわけがない』
『だから、セレスが王宮に捕らわれ、堕天使の器になると決まったとき、ワタシが彼女を選んだ。これで終わりにするために』
『家族以外の愛を知る前に、最愛を失う絶望を味わう前に、そして……ワタシが終わるために』
『ユウマくん。君は何も悪くない。これはワタシの都合、ワタシの自己満足。理解して貰おうとも思わない』
『だけど、これ以上セレスを幸せにしないで。彼女の絶望が深くなる前に……君はワタシが殺す』
『恨んでくれて良い、地獄の果てまでワタシは君に詫びよう。セレスの代わりに。ワタシの全部を君にあげる。それが結果的にセレスの一番の平穏に繋がるなら全く惜しくないから……』
……あれ、シェリダンこんなに病んでる設定だったっけ……まぁこの方向に指が走ったから仕方ないね