王都奪還作戦 起2 時を翔る姫の説得
「さ、じゃあ帰ろっか?」
「待ってくれ!俺にはやらなければならないことがある」
顔に満面の笑みを貼り付けたクロエの動きが止まる。
「とりあえず話、聞こっか」
そしてスッと真顔に切り替わる、ちゃんと真剣なのが伝わったようで良かった。
◇◇◇
「ふーん、運命の王さまに堕天使に憑かれた女の子……結構波瀾万丈な日々を送ってたみたいだね?」
お互い積み上げられた本の上に座り、一通りユウマが話終えるとクロエは軽く伸びをしながらそう言う。
「でもね、しょーじき私はさっさと帰ってソウ君に誉めて貰いたいの。それを曲げるには私を説得する必要がある。それは分かるね?」
視界が不快に歪む、気づけばクロエはユウマの首に太刀の峰を宛がっていた。
「君がさっき察した通り、私は時魔術が使える。詠唱無しだとほんの少ししか止めれないけど、それでも君一人を気絶させるだけなら力ずくでも出来るよ」
クロエは先程までとは打って変わって、酷く冷たい眼をしていた。
まるでこちらを見定めるような、そんな眼を。
「さて、君の意思は、望みは何処にあるの?」
そして問われたのは俺の意思や望むもの。
「運命の王さまの助けになること?それは中央大陸に帰るための手段であって望みじゃない、私が連れて帰れるんだからね。戦争を止めたい?違う、これまた一つの目的の途上、ただの過程に過ぎない」
そう、クロエがここにいる以上、彼女にはギリスロンドに渡る手段がある。
当初の目的である『中央大陸に帰る』はクロエについていくだけでもう達成できる状況になってしまったのだ。
「さぁ、君の真意を問う。私が納得できる答えを頂戴?」
なら俺が言うべき目的は決まっている、悩む必要など、何処にもない。
「彼女を、セレスティアを救う事だ」
「何故?彼女はそれを望んでいない、むしろ君に逃げるように言った良い子でしょう?別れの苦しさを我慢して消えた彼女の意思は?他人の意思を曲げるにはそれ相応の理由が必要よ」
「俺はその決断に納得していない」
「君の納得云々は必要ないんだ。先に決断した彼女の意思を踏みにじる理由を語りなよ。そもそも君は後出し、ズルをしてるに等しいんだ。より強い意思を、感情を私は求めてる」
……まるで尋問のようだな。
確信を語るまで許さない、といった勢いだ。
なら、俺も腹をくくるべきだ。
自分の意思に、気持ちに、嘘をつくな。
言うべき相手はクロエじゃない、だがその前にちゃんと言葉で示すべきだろう。
もう一度彼女と共に歩むために。
「俺は彼女が、セレスティアが好きだ」
「…!」
問い詰めるような言葉の嵐が止んだ。
攻めるべきは今だ。
「これも先に言われた。だけど結局俺が言う前に彼女は消えてしまった。もう一度会いたい。この一週間で得た一番大きなものは彼女との絆だと思っている」
「……」
クロエにじっと見つめられる、恐らく俺の顔は赤くなってるのだろう、頬が熱い気がする。
「手助けは要らない。ただ俺にセレスを助けられるだけの時間を、少しばかり分けて欲しい。頼む、この通りだ」
そう言って俺は深々と頭を下げる。
見た目から言って自分と大して年齢が変わらないクロエに頭を下げるのに抵抗がなかった訳ではない。
だが全てはセレスを助けるため、下げられる頭があるなら下げるべきだろう。
「……ふふ」
「?……何が」
おかしい、と続ける筈だったが急に頭を撫でられる。
「君の覚悟、十分伝わったよ。そうだね、想いを伝える前に伝える相手が居なくなるのは……辛いよね」
そして頬を両手で挟まれ、顔を強制的に引き上げられる、目の前にはこれぞ美少女、といったメルやミスティアとはまた違った幼さが少しだけ残った綺麗な顔があった。
「頑張っても君の望まない、彼女も報われない結末が待ってるかもしれない。それでも君は進むの?」
「決まってる。俺はそのためにここまで来た」
それを聞いて頷くとクロエは俺の頬を挟んでいた手を外し、小さな石……通信石を持った。
「ランゼル、シンさん、二人は運命の王さまと合流次第、彼の指揮に従って行動。レイアさんとアイザックさんは開戦と共に内部で暴れてちゃってください!」
『了解』
『合点承知ぃ!』
『なんでお前が指示出してんだ!?まぁいい!考えんのはめんどくせぇからなぁ!レイア!合図頼む、東棟から一気に切り崩す』
『分かったわ、アイザックさんの手綱は私が握るから安心して?』
「……今の声は?」
「私一人で来たと思った?実はね」
クロエが隠していた事を暴露した。
元々はギリスロンドの戦争を終わらせるためにここに来ていたということ。
ユウマを探すのはそのついでだったこと。
そして、俺の答えによってはクロエを含めたSランク冒険者五人がオーリン達の敵になっていたかもしれないということを知らされた。
「君の最初の話から運命の王さまの方が今の王よりも優秀だなぁということは分かってたよ。でもね、もうほぼ不自由無く成立している国を壊すのは正直面倒なんだよね」
だからよっぽど優れた王でなければ、一国を相手にするより面倒な人間で無い限り彼女等はオーリンに協力する気など無かったのだった。
「なら何故……」
「君の言葉が、意志が、とても尊いものだったからさ。昔から愛ってのは人を悩ませるもの、でも君は答えを出せた、成長することが出来た。その結末を私の意思一つで悲劇に変えるなんて真似はしないよ」
「それじゃあ」
クロエが頷き、笑顔になる。
「君は私達の手助けは要らないと言った。でも私は、私達はその上でお節介を焼こうじゃないか!君は君の恋人の事以外考える必要はない、難しいことは私達最強のランクを冠するSランク冒険者達に任せておきなさい!ってね」
そう言ってウィンクをするクロエ。
あぁ、彼女にキャラバンの皆が篭絡されてるのも少し分かるかもしれない。
これは魔性の女と言われてもおかしくない。
「で、君の目的地は?恋人の居場所は分かってるの?」
「一階の大広間で待ってると堕天使に言われた」
「んー、あー、あの吹き抜けがある広い場所か!じゃあ壁をぶち抜いた方が速いね!そこに立って構えて!」
「あ、あぁ」
トントン拍子で進む話に戸惑うが言われた通りにする。
「駄目だよ、ちゃんと魔力で防御もしてね!」
「……まさか」
そのまさかだった。
正面に立つクロエが大量の魔力を太刀に纏わせる。
「良い?君は恋人以外を途中で見つけても手を出さない、私が全て倒すから。じゃあ行くよ!」
「待て!まだ防御の準備が」
「せぇのっ!!」
目の前を巨大な黒い剣閃が覆う。
「う、ぉぉぉぁぁぁ!!!」
俺はそれに正面からぶつかった、このままだと壁にぶつかる、と思ったが背中に壁の感触はないまま後ろに吹き飛ぶ。
チラッと背後を見ると壁には既に穴が空いていた。
その先には手をヒラヒラと振るクロエが立っていた。
口元が動く、『じゃあね』とでも言ったのだろうか。
そして景色は移り変わっていき、突然相対する剣閃が幻だったかのように消滅した。
「ここが、大広間か?」
天井は高くガラス張りなため、昼には太陽、夜には月の光が差すのだろう。
正面には左右から伸びる階段から昇れるだろう展望スペースのような小さなスペースがあり、その奥には正門にあったような重厚な扉が落ちる一瞬の間に見えた。
下を見れば円形の床、その中心に立つ赤髪の少女はこちらを見上げていた。
(このまま落ちるのは流石に不味いな……)
速度が出過ぎている、そう感じたユウマは細かく爆破魔術を使って勢いを落とす。
「『まさか上からの登場とは、流石に驚いたわよ?』」
「……ちょっと予定外の事があったんだ。遅刻ではないから良いだろう?」
「『えぇ、そもそも集合時間なんて決めてないもの』」
二人の会話は穏やかな内容から始まる。
だがすぐに不穏な空気が漂い始める。
「『もう待ちきれないわぁ~、すぐにでも始めましょう?』」
「……あぁ、こっちも準備は出来ている」
もう既に会話だけで終わるような時じゃない。
戦わなければ、言葉以外の手段を使わなければ互いの望みを果たせない段階にいる。
炎の剣と赤き大鎌がお互いに向けられる。
「じゃあ」
「『共に』」
「「『セレスのために』」」
「『戦いましょう?』」
「戦おうか」
◇◇◇
「ふむふむ、運命の王とその配下、相対するは堕天使と炎龍神の本影……さて、私が獲りに行くべきは……ん?……クックック」
王城の遥か上、まるでそこが地面かのように、当然のように佇む男がいた。
「まさかこんなに早くに再びまみえるとは……うん、よし、決めた。先に彼に挨拶しに行こう」
『死神』は空より舞い降りる。
「願わくば、対話の機会を得たいものですね……。いや、きっと彼もそれを望むだろう、私達は約束したのだから」
天上天下唯我独尊。
彼は今日も傲慢に嗤う。