一週間後
「ユウマさん隣いいですか?」
「ユウマさん一緒に食料を取りに行きましょう!」
「ユウマさん……」
この一週間、彼女の自白を聞いて以来一気に距離を詰めてきた気がする。
彼女と過ごしていないのは睡眠、風呂、トイレ、夜の修行の時くらいしかないんじゃないか?と思うくらい。
あの変な敬語?も消えた……かと思ったが。
「お嬢さん、いつも通り食料調達頼むね」
「は、はい。分かりました、です」
不思議なことに俺以外への態度は変わっていなかった。
何故だろう、と考えながらも二人で森の中を行く。
心なしか始めの頃より近くにいる彼女の体温を感じながら。
(……ここまで距離が近いのは母さん以外にいなかったな)
例外としてドロシーとメルも挙げよう。
彼女らは……何というか腹の内側で何か企んでる感じがした。
母さんやセレスティアみたいな打算無しでの距離ではない、そんな予感がしたのだ。
(……これも魔力眼の影響なのかもしれないな)
例外の二人は、身体の内の魔力が揺らいでいるというか点滅しているというか、こちらを探っている?感じがした、こちらに絡み付くような感じ、と言えば良いのだろうか。
セレスティアは揺らぎが全く無い、というか目に優しい?感じだ。常に凪いでいる。
「ユウマさん!来ましたよ」
「っ!あ、あぁ!」
考えに耽っている間にすぐ近くまで鹿が駆け寄ってきていた。
セレスティアが左、俺が右へと別れてその突進を回避する。
その鹿の眼は赤かった。
稀に魔物化してしまった動物、というのに遭遇する事がある、それらは大抵狂暴になっており温厚な動物も積極的に人間を襲うようになる。
原因は詳しくは判明していないが魔物の死肉を喰らう、血を浴びる、等様々な事が原因でこのような状態になるという。
一般的に魔物の肉は食用ではない(食べられなくはないが大抵不味い)が、魔物化した動物は元々動物、問題なく食べれる。
(手始めに…『エクスプロム』!)
この一週間、無詠唱での爆破魔術の発動を目標に修行を重ねてきた。
今ではその発動速度は一秒と少し、我ながら良くできたな、と思うくらいの上達速度の速さだった。
小規模の爆破魔術の球体が鹿の顔に直撃、少々のダメージしかないだろうが目隠しになればそれで十分。
(レーヴァテイン、噴炎加速…!)
そして今まで具体的に想像していなかったレーヴァテインでの炎による剣速強化も想像することによって発動がスムーズにかつ強力になった。
五メートルくらいなら瞬きの間に詰めれる。
最初はこの速度についていけなかったが今ではコントロールが可能になった。
「ユウマさん凄いですね!最近どんどん速くなってる気がします……ちょっとセレスの仕事が無くなって残念だけど」
レーヴァテインをネックレスに戻しているとセレスティアに話しかけられる。
最近彼女がサポートしなければ危なかった、という状況も少なくなってきた。
「セレスティアがいると俺も思いきって動けるから、気にしないで良い」
「……」
そう言うと少し不機嫌な顔をする。
「セレスティア?」
呼び掛けるも黙り込んでそっぽを向いてしまった。
「……はぁ、セレス」
「はい、なんですか?」
「……そんなにセレスティアって呼ぶのはダメなのか?」
あの時から俺はセレスと呼ぶことを強要されている。
セレスティアと呼ぶとそっぽを向かれセレスと呼ぶと『ふにゃり』といった擬音が似合うくらい柔らかい笑みを浮かべるのだ。
こちらもつられて笑いそうになるから少し困っている。
「ダメです、二人の時はそう呼んでください」
「はぁ……分かったよ……ん?」
そんなやり取りをしてると突然空から何かがヒラヒラと落ちてきた。
黒い……羽根?
◇◇◇
「ふーん、珍しいね?この辺にはカラスもいないし黒い鳥形の魔物もいない。……というよりこれは……」
「何の羽根か分かるのか?」
鹿を収納し帰還した後、オーリンにその羽根を見せると少し考え込むように腕を組む。
「この羽根にお嬢さんは何か反応した?」
「セレスは気づいていなかった。俺が先に拾って空間収納にしまったんだ」
「ふーん……というか愛称で呼ぶようになるとはね、随分と仲良くなったものだねぇ」
オーリンがこちらを見てニヤニヤとしていた、軽く睨むと「まぁまぁ落ち着きたまえ」と両手を前に出して静止するように、といった感じのジェスチャーをする。
「君が彼女と仲良くなる分には問題ない、君が彼女と共に裏切るなら僕の運命魔法が読み違えた最初の例になれるけど……そんな事をするつもりはないよね?」
「あぁ、最優先は中央に帰ることだ、最善の道じゃなくならない限りお前に従うさ。……魔術の修行にも付き合って貰ってることだしな」
「僕は未来への投資を躊躇わないタイプなのさ」
よく言う
断ればここで終わらせる、と言った勢いで身体の中の魔力をこっそり動かしていた癖に。
口元が笑っていても眼と魔力は誤魔化せない。
ここ一週間で人の感情と魔力は斬っても斬れない関係にあると考えるようになった。
セレスは俺と接してるときは安心しているのか凪いでいる……が、他の人に話しかけられると途端にゆらゆらと不安そうに揺れるのだ。
オーリンがセレスに話しかけるときはセレスに絡み付きそうな勢いで魔力が少しずつ漏れ出ていた。彼女がいつ動くか警戒しているのだろう。
疑惑、怒り、警戒……その他諸々の他人に対するマイナスの感情が一番分かりやすく魔力に影響するのかもしれない。
「……ちょっと今夜の修行はおやすみしても良いかな?」
「何かやることでもあるのか?」
「うん……ちょっとね。これも預かっとくね」
返事を聞く前に『世界』のカードを使い、空間収納に黒い羽根をしまうオーリン。
別に断る気はないがさっさとしまった所を見ると何か危ない代物なのだろうか。
「……じゃ!今後とも彼女のこと、よろしくね」
「分かってるさ」
オーリンのテント内から出ていく。
「ごめんね」とオーリンが呟いたが既に退出したユウマの耳には届かなかった。