空虚な世界にただ二人
残り数話でこの章は終わります
目が覚めた時、見えたのは一面の白だった。
周囲を見渡しても白、何もない、何も聞こえない。
五感が狂いそうなほど白い世界だった。
(俺は……確か謎の男に刺されて……っ!!)
最後に見た光景を思い出し、立ち上がって身体中を触って何処も何も異常が無いことに気づく。
「そうか……俺は死んだのか」
ここは死後の世界……そう認識し、何処からともなく前へ進むべきだ、と感じ、足を前に進める。
『待て、これ以上進めば戻れなくなるぞ』
何もないことを確認した筈なのに目の前に男の手が現れ、ユウマの行く手を阻んだ。
「なっ……なんで俺がもう一人居るんだ」
『よう、別の世界の俺。随分と早い段階でここに来たみたいだな』
手の主の方向を見るとそこにはもう一人のユウマが居た。
『ようこそ、このクソッタレな世界へ。あぁ、そういえば俺《お前》はまだ『魔力眼』の切り替えが出来てなかったか』
もう一人のユウマが指を鳴らすと白かった世界が炎に包まれ、焼死体のようなものが幾つも転がっている地獄のような光景へと変わった。
『ここは神界のムスペルヘイム……の成れの果てだ。まさに地獄、と言った景色だろう?』
聞けばこの世界は魔力の濃度が濃すぎて『魔力眼』が使い物にならないらしい。
現世なら常時発動でも異常はないがそれも大分魔力を無駄にしているとか。
『向こうに戻ったら先ずは自分の眼の事を知れ。俺はもっと魔術を使える筈だ』
「待て、俺は死んだんじゃないのか?」
『確かにこのままだと完全に死ぬ。この世界は神界が滅びた後、死後の魂の集まる場所として生き残った……そんなところに導かれたのだからな』
「じゃあ……」
『だが俺はこんなところで死なない。見ただろう?未来を』
恐らく俺は男と目が合った時に脳に過った記憶の事を言っているのだろう。
確かにあの出来事が本当に起こりうる事ならユウマはここでは死なない。
『あれ、実は俺なんだよ』
「……は?」
『詳しい内容は話せない。だが結果として俺はああいう結末を選んだ。それが世界を救う最良の選択だと思った』
「……よく分からない」
『ヤマの国と争ったなら、幾ら誰かさんが掻き回していたとしてもギル・フレイヤの図書館にはもう行ってるな?そこにこの世界は幾つもの可能性で分かれていて人々の選択肢の数だけ世界がある……『パラレルワールド』って単語に見覚えはないか?』
確かに見覚えはあった。
しかもその言葉が書かれていた本の著者はアイン・ルーレイン。ギル・フレイヤの現皇帝にして『鈴のしらべ』の一員だ。
『俺の犠牲によって生まれた結末は平和な世界……だった。もう消えちまったがな』
「消えた?何故だ」
『その世界が気に入らなくて何もかも全部台無しにした男が居たんだよ。全てが終わった後にな』
「……」
大体理解してきた。
察するに俺が生きるこの世界は……。
「そいつが気に入る世界を自分で書いたシナリオで創ろうとしてる……って事か」
『大体あってる。だが俺はそれを止めろとは言わん。また全て壊されるのがオチだ』
「……じゃあどうしろって言うんだ」
『そのシナリオに従って行け』
「……は?」
そんな事をしたらまたあの未来が
『大丈夫だ。もうあいつの描くシナリオから外れ始めてる。だが俺が死ぬと言う結末が無くなれば満足する筈だ……そのためには他の犠牲は厭わないだろうがな』
「それは俺がさせない。救えるものは全部俺が救ってやる」
その言葉に俺はニヤリと笑う。
『そうだ、それでこそ俺だ。これから先、お前は暫く今までの仲間とは会えない。強欲の魔人も含めてだ。だが決して慌てるな、必ずまた会えるしその過程で仲間も増える』
「……一つ聞いて良いか?」
『あぁ、俺よりは俺の方が知ってる事が多い。答えられない事もあるがな』
何かしらの制約があるのか、はたまた知らないだけか。
「なら一つだけ。ギル・フレイヤで見た『九罪の魔人』……嫉妬、色欲、怠惰、強欲、傲慢、虚飾、憤怒、暴食それと魔人王で九人だった。だが俺の中に居た強欲の魔人は自分を『魔人王から産まれた罪の魔人』と言った。あと一人は『もう出会ってる』……やっぱりあの資料は嘘だったか」
全て言う前に心の中を読んだのか回答が返ってきた。
『俺の言うとおり、もう一人居る。そいつは最早魔人の形をしていないし嫉妬の眼にも引っ掛からない。だが確かに魔人王から産まれた強力な存在だ。この世界の書物は教会の検閲で事実が曲げられてる物も多い、気を付けろ』
「あぁ、ん?これは……」
ユウマの体が光に包まれる。
とても暖かい、陽光のような光に。
『時間か。最後に一つだけ、俺ならば絶対に答えに辿り着く、だからその時、この名前を呼べ。『フラ……』と』