父の背中
「ちっ!おい、クソ親父!逃げちゃあいねぇだろうな!?」
「我はイーラ、憤怒の魔人だ。契約はまだ果たされていない以上、逃げの一手など言語道断だ!」
魔力災害による閃光の後、一先ずリュウマを敵として見ることをやめ、たった今目の前で六属性を同時に、しかも最上級以上の威力で放った男に集中する。
(……はっ、あっちにはユウマが!!)
「おい、待て!」
リュウマの制止を振り切り、煙の中へ入る。
「ユウマ!!返事をしろっ!!っっ!?」
返ってきた返答は首を狙う剣だった。
「おや?さっきの二人とは違うようですね……、あ、貴方でしたか、上位精霊相手に不完全と言えど『精霊纏い』を成功させる強者ならこちらも礼儀を果たさねば」
煙の中からヴィルマが現れ、再び最上級クラスの魔力が二つ生み出され、それがぶつかり合って魔術と化す。
「さてこれは……『ストーム・ジャッジメント』とでも名付けますかっ!!」
「邪魔すんじゃねぇ!!合わせろ、イフリートォォ!!『烈炎・劫』」
水龍神、雷龍神の力の片鱗と上位精霊の魔力とリュート自身の命を糧に燃える炎がぶつかる。
「……『精霊纏い』にはリスクが伴う、と言いますが実際に使えるとなるとここまで厄介とは……だが、長続きはしないでしょうね」
「はぁはぁ……、まだまだっ!…ぐっ」
リュートが体内から何かがこみ上げる気配を察知し、それを吐き出す。
足元が少し赤に染まった。
「貴方も分かっているでしょう?その『烈炎』とやら、それは本来長命種であり、魔術の扱いに長けている魔人族の技法、『法外魔術』だ。爆発的に魔術の威力を上げる代わりに自身の命を削っている。今日だけでそれを何回使いました?」
「俺は弟を……真に才能ある者を守れるならこんな命捨てる覚悟だ!」
「……独学で『法外魔術』に至る人物を凡才とするならこの世界には何人の天才が居るのでしょうね……ですがそれなら貴方の役目は果たされなかった」
「なんだと?……まさかっ!?」
「そう、そのまさかです。君が守るべき真に才能ある者は私が殺してしまいました。残念ですね」
煙が晴れ、ヴィルマの背後に転がる三人。その内の二人は自分のチームメンバー、しかしその前に一番後ろの人物の安否がリュートにとって重要な事だった。
「ユウマ!」
「いくら呼んでも答えは返ってこない」
「そこをどけっ!」
「出来ない相談です、ねっ!」
リュートはヴィルマに剣の勝負を挑むが完全に見切られてるのか全てヴィルマの剣に往なされ、遊ばれてる印象すら受けるくらいだった。
「なら燃やし尽くすだけだっ!イフリート!」
「世界の火を統べる精霊達、その祖たる存在を知れっ!『原初の崩壊令』!!」
再びイフリートの力を使い、精霊魔術を放とうとする前に赤い矢がリュートを通りすぎ、背後の何もない筈の空間に刺さる。
「がっ……馬鹿な、何故精霊である私に直接攻撃ができる!?」
そこに『精霊纏い』によってリュートと同化していたイフリートが具現化する。
「精霊にはそれぞれ名も無き下位精霊、イフリート、ウンディーネなどの上位精霊、現れれば伝説が生まれるとされる最上位精霊の三種が存在するとされている。だけど実はこれ間違ってるんですよ」
「まさか……、私を滅するその力は本当に……」
ボロボロとイフリートの体が崩れ、空に溶けていく。
「イフリート!?待て、消えるな!!」
「……すまない、リュート。約束は……果たせない……」
「その更に上の存在に神位精霊と呼ばれるものが居る。別名、七龍神、世界に散らばった龍神の力を持つ私にとって精霊使いは相手にならない」
自身の系譜の上位存在相手の魔力をぶつけられれば精霊は消滅してしまう。
上位精霊であるイフリートは神位精霊、火龍神の魔力によってその存在をこの世界から消されてしまったのだった。
「お前っ、何が目的だ!?」
「だから支配者になることだ、と言ってるじゃないですか。この大義のために貴方の弟は死んだ。邪魔をした貴方の相棒、火の上位精霊も死んだ」
「じゃあお前も死ねっ!…『烈炎』!……ゲホッゲホ」
既に体が悲鳴を上げるなか、リュートは法外魔術を使い続ける。
しかし、それはヴィルマには届かない。
「『消えろ』。無駄だって分からないんですかねぇ!?」
「ぐっ!この世界に無駄な物なんてねぇんだよ!」
「もういい、さようなら。自分を天才と認められなかった精霊使い」
ヴィルマが振るう剣に対応するも数度打ち合った末にリュートの剣が中ほどから折れる。
(クソッ!俺は結局何も出来ずに死ぬのか……!)
剣が折れた際にバランスを崩し、振り下ろされる剣を呆然と見つめる。
死の直前、圧縮された時間の中、死を覚悟したその体に横合いから別の衝撃が加わり、リュートに剣が振るわれることはなかった。
「……おやおや、これはこれは、好都合ではありますが少し予想外でしたね」
「ぐふっ……、無事か、龍翔……」
「なっ……親父!?」
今にも殺されそうだったリュートを押し退け、剣を振るわれた先に居たのはリュウマだった。
「……『禍つ豪炎』!!」
「ふむ、憤怒を脱したようですね……ですがそれは愚策では?」
禍々しい炎をヴィルマに向けて放つも先程よりも威力が落ちていた。
眼の濁りが消えた事から父親が戻ってきたことがリュートにも分かった。
「……龍翔。お前だけは生き残れ、奴は私が必ず止める」
「待て!魔人の魔力がない親父にそんな力は」
その言葉は炎に巻かれた父親に届かなかった。
「……おかしい、まさか『憤怒の魔人』が『怒り』を媒介せずに力を貸している?」
「貴様への怒りはあるぞ。よくも私の息子を……ユウマを殺したな!?」
「……くっくっく、なるほど!怒りの対象が変わり、貴方の意志が強固になったことで再び表層に現れることができた!そういうことですか!」
「その口を閉じろっ!『多重炎弾』!!」
「…『水龍神の咆哮』!ですがこちらも次の仕事があるのでさっさと終わらせます。……『とっておき』でね!!」
禍々しい魔力のような物がヴィルマの体から滲み出す。
「行きますよ?……『傲慢なる魔天将の獄炎』!!」
「……『憤怒の禍つ豪炎』!」
漆黒の炎と赤黒い炎がぶつかり、魔力災害による爆風が吹き荒れる。
「くっ……、消え去れ!憤怒と共に!……『憤怒の《ラース・》』っ!?かっ!」
「最後の最後に『法外魔術』で私の『とっておき』を相殺するとは……華々しい幕引きとは行きませんでしたか……未来が見えてもままならないものですね」
いつの間にかリュウマの背後へと回り込み、胸を剣で貫いてリュートの方へと向かってくる。
「まだだ!まだ私はっ!?」
「『爆散しろ』、もういい、立つな。私の覇道の邪魔をしないでくれ」
「親父!!」
ヴィルマの言葉でリュウマは体の中心から生まれた爆炎に包まれ、倒れ伏す。
「さて、チェックメイ……、トと行きたかったのですが、時間をかけすぎましたか」
突如としてギルド本部全体が暗闇に覆われた。
灯りは半数以上が壊れているため、光源は残ったそれらとそこらじゅうにある火だけだった。
「私としてはここにいる筈の勇者の正統後継者を探しに来たのですが……貴方、何処か知ってますか?」
「……知る必要はない。死の準備をしておけ」
「くっくっく、そうきましたか。これは参った」
半開きになっていたギルドの正面扉の方向から足音が響く。
その姿は既知のものだったが雰囲気も握る刀も全く違う。
「初めまして、『絶対強者』。私はヴィルマ・アルファリアです」
「そうか。俺は別に何とも思ってはいないが中のソウジが黙ってない。お前に相応しい『鎮魂歌』を演じてやろう」
ヤマの国に行っていた筈の人物、ソウジ・クロスヴェルドが闇を引き連れ、帰ってきた。