死の記憶
ユウマがクロードとシュバルに応急処置を施している時に突然それは現れた。
(……なんだこの化け物は……!?)
ユウマの目にはいくつもの龍が絡み付きつつも大きな力で完全に押さえ付けられてそれ以上絞めれない、しかし隙を見せればすぐに周りを巻き込んで殺しかねないほど高密度の魔力を纏う男が居た。
「やぁ、こんにちは。冒険者ギルド本部の諸君。私はいずれこの世界の支配者になる男だ。覚えておくといい」
朝飯前だと言いたいほどに軽くそう告げた男と目が合う、すると途端に頭に警鐘が鳴り響き、自分の記憶に全くない光景が脳裏に写る。
荒廃した大地に三人、一人は目の前の男らしき人物。もう一人はユウマ自身、最後の一人は……ソウジに似ているか髪の色が黒く、表情が死んでいる男だ。
俺がソウジらしき男を庇って目の前の男に胸を貫かれている光景が瞬時に脳に流し込まれる。
その絵以外は何も見えない。
ただ一つだけ分かったのは……
過去か未来か、いつの日かは分からないが俺はこの男に殺される。
現実に意識が戻り、目が合っていた男が少し首を傾げて考え込む。
(奴も同じ記憶を見たのか……?)
時間は約2秒ほどだったが確かに存在した。
その後不気味な笑みを浮かべ、こちらへ向き直る。
「いやはや、ヤマの国の人々は哀れですねぇ。急に喧嘩を吹っ掛けられた中央大陸の国々もですが」
「貴様、何者だ?」
「うん?さっき言いましたよね?『この世界の支配者になる男だ』、と。あぁ、名前と言う意味でしたら私はヴィルマ・アルファリアです」
「その格好は……教会関係者か」
現れた男に気を取られてリュウマの手を緩めてしまったリュートだったが敵意を向ける対象がヴィルマに変わったため、手から逃れられた事は一先ず置いておくようだ。
リュウマの言うとおり、ヴィルマは白いローブのようなものに金の十字架が大きく刻まれた服を着ていた。
しかし、何処かで戦った後なのか右腕側から斜めに切り裂かれ、中の黒い衣服が見えている。
「えぇ、その通り。正解のご褒美に貴方達がやってきたことがただの八つ当たりだ、と言うことを教えてあげましょう」
「八つ当たり?そんな筈はない。現にヤマの国にはこの大陸に向けられた敵意が刻まれた歴史書が幾つもっ!」
「だから、それが間違いだって言っているでしょう?『憤怒の魔人』の癖に違和感に気づかないとは、ますます哀れだ」
「黙れっ!…『憤怒の豪火』!」
「…『消えろ』。人の話はちゃんと聞くものですよ?」
ユウマ達を苦労させた赤黒い炎を一瞬で消し去るヴィルマ。
リュウマ……憤怒の魔人は信じられないものを見るような表情だった。
「まずは昔話でもしましょうか。遥か昔、千年前はこの世界は一つの大陸でした」
両手を広げ、語り口調で勝手に話を進めていく。
「大多数の人間は南側、つまり今のゼウスブルート側に、魔人族は北側と東側、つまり今のノーザネスとヤマの国に集中していた……察しが良い人はお分かりかな?」
「……まさか、俺達に魔人の血が入っている……のか?」
「惜しい、君達の黒髪は確かに魔人由来の物だ。しかし、血自体は千年経って薄まって薄まって人間と大差ない。残ったのはその黒髪と多少の身体能力、高い魔力適正、それと魔人との親和性だ」
そう言われた途端、頭に一つの答えが出た。
「本当にヤマの国を迫害したのは教会勢力、理由は魔人に連なるものだからって言うことか」
その解答にヴィルマが嗤う。
「全くもってその通り!くっくっく、本当に哀れなことですよ。中央大陸に罪を擦り付け、ついに戦争を吹っ掛けるまでに至った。こんな滑稽な話は物語にもそうそうない!」
「我々は……間違っていたのか……?」
「そうだ!貴方達がたとえ中央大陸を支配したところで教会が本腰を入れて攻勢を取ってくるだけ、貴方達の遥か遠い、手出しが一切できない遠い先祖が魔人だった、それだけで貴方達はこの世界の宗教に睨まれ、迫害される……救いようがない種族なんですよ、貴方達は!!」
狂気の笑みを浮かべながらギルドホールに響くほどの声でヴィルマは叫ぶように言う。
「技術の発展の助けになったところで『どうせ魔人関係者』が付いて手柄が奪われる、教会が健在のうちは貴方達に安寧の時は訪れないっ!」
「……ならば教会を潰すまで!」
「おや、残念、それは出来ないですよ?何故なら」
ヴィルマの周囲を廻る龍の魔力が魔術となって現れる。
「『憤怒の魔人』は私が頂きますからね」
「…『憤怒の禍つ炎』」
「『烈炎』!!」
「『龍神演舞』」
六色の龍と二色のほのおがぶつかり合い、魔力災害によって強烈な光と爆風が発生して視界がゼロになる。
「ぐっ……兄さ、…ん?」
兄の無事を確認しようと声をあげるがその前に自分の胸から剣が生えた。
「実は私、魔人の力を集めてましてね。貴方も『強欲』を持ってるでしょう?」
「な、ぜ…それを…!?」
耳元で囁くように語りかけられる。
「私には少し先の未来が見える。それで貴方を殺した結果、『強欲の魔人』を手に入れることができる、というのが見えました。けど……少し気になることがありましてね」
「あああっ!!」
「おっと、確かに心臓を貫いたのですが……これが魔人憑きの生命力ですか、恐ろしい」
レーヴァテインを抜き、背後を突き刺そうとするも外す、だがヴィルマの手から剣は離れた。
「その安物の剣ならあげますよ。でもこれだけは聞かせてください」
『貴方もあの荒廃した世界、私の推測ではこの世界の結末、私と目があった時にあの記憶を見ましたか?』
「……答える義理はない」
脳に直接語りかけるように声が響く、口が動かなかったところを見ると念話のようなものだったのだろう。
解答を避けるも表情に出ていたのかヴィルマは満足そうに笑みを浮かべる。
「なるほどなるほど……じゃあ一応布石は打っておきますか」
「っ!?」
無理矢理突き放した距離を一瞬で詰められ、耳元にヴィルマの息が当たる程の至近距離になる。
(殺されるっ!?)
「少年、君に興味がある。今度会うときは二人っきりで話をしましょう」
「……え?」
「私の予想ではここで私が手を施さなくても何かしらの方法で君は生き残る。次会ったときは一時停戦と行きましょう。とりあえず今は眠ってください」
その言葉を最後に首に衝撃が走り、胸の剣が引き抜かれる。
「なっ!テメェ!がっ!?」
「シュバル!…『ブリザード・ラン…』っ!!」
クロードとシュバルの体が切り裂かれる様子を暗くなっていく視界の中見ていた。
ユウマの意識は消えていった……