破滅の未来のその先へ
創世神キャロル。
かつて神代よりも前の何もなかったこの世界に生命を創造し、思うままに支配したという存在。
伝説によればキャロルは自身の子とも言える人間や天使達に時に力を与え、時に争いの種を産み出して争わせ、進化を促したという。
やがてキャロルが使用する『魔法』を模倣した技術、『魔術』が産まれ、目障りになったのか地上を生きる命、つまり人間達はキャロルを殺す画策をした。
そしてそれは意外なことにあっさりと叶った。
これにより彼女の魔法は原初の五属性と呼ばれる五つの魔法以外世界に散らばったという。
後にこれらは『固有魔術』と呼ばれ、使える者は『世界に選ばれた者』とされた。
ただ実際にキャロルに刃を突き立て、トドメをさした男は語ったという。
『奴は最期に笑っていた。あの不気味な笑みが忘れられない。必ずこの先、奴はまた現れる筈だ』と。
人々は彼を英雄と表していたが裏では臆病者とも言われた。
彼の話を信じる者は少なく、彼が老衰にて逝去した後、同じ事を語る者はただの一人もいなかった。
それから世界は神代、聖魔戦争時代、人魔戦争時代、現代と時は流れ、ただの一度もキャロルの存在は歴史の表舞台では確認されなかった。
しかし、歴史の節目には必ずこの魔術を扱う者が関わっていた……『支配魔術』と呼ばれる固有魔術が。
「これから先の近い将来、この世界の創造主であり支配者でもあった存在、創世神キャロルが復活する。私はそれを止める、もしくは止められなかった際にキャロルを殺すか封印するための人材を集めてるの。とある協力者と共にね」
「創世神キャロル?誰だそれ」
「後で『創世神の伝説』って本あるからそれ貸してやる。……簡単に言うと世界に生命を産み出した神だ。俺も詳しいことは知らないがな」
「あー、児童文学の範囲じゃあ『人々を騙して戦わせてた悪い神様を倒してその力は世界に散らばり、平等な世界になったね、やったー、ハッピーエンド!』って感じだからね」
「原本はゼウスブルートにあるんだったか?」
「うん、私も読んだことはないけどね。でも他の方法で原本を読んだ人ほどではないけど結構深くまで知ってるよ」
ドロシー曰く、創世神が人々を戦わせてた、まではあってるが騙していたわけではなく、力を与えた結果、争いが始まった。という感じらしい。
「まぁキャロルの真意は分からないけどね。で、結果的に創世神は人間に負けて滅ぼされたって話だけど彼は自分の意思を色濃く残した『魔法』を二つ創っていたらしいの」
「おいおい、その前に説明してくれよ。『魔法』ってのは世界中に散らばったんだろ?どういう奴らが持ってるんだ?王族?貴族?それとも遺跡か何かに眠ってるのか?」
「アホか、少し考えりゃあ分かるだろ」
「アホですいませんねっ!二人の会話を理解する難易度高いんだよ!」
ちんぷんかんぷんといった感じのアルバートを突き放すシオンに対してドロシーはヒントを散りばめるように指を一本ずつ立てていく。
「まず創世神の『魔法』は人智を越えた効果を持つと言われてるの。あと、これを模倣して作られたのが『魔術』。ただそれは原初の五属性と呼ばれているキャロルが自身の物にしたまま消えた事から世界には散らばっていない。最後に、シオン君や私が使えるけど他の人は使えない魔術がある……もう分かったかな?」
「んー?……あ!固有魔術か!」
そう聞くなりドロシーは指を弾き、正解の意を示す。
「その通り。まぁそうとも知らずに未だに『魔法』を探す人も居るけどね」
「少し考えりゃあアルバートでも分かるってのにな。そいつらは知らないうちに自身の無能を晒してるんだ」
「おい、俺でもってなんだよ、俺でもって!」
アルバートの追求を二人とも無視して話を続ける。
「んで、その固有魔術はなんだ?誰が持ってる?」
「一つは支配魔術。まぁこの世界を実質支配してたんだから何かそういう力は必須よね。もう一つが……何て言ったら良いんだろうなぁ」
「ん?魔術名が分からないのか?」
「いや、聞いた話によると同一の魔術なんだけど呼び方が複数あるみたいなのよね。生命魔術、禁忌魔術、冒涜魔術……時代によって変化してるみたい」
私の『剣姫』みたいにねとドロシーは付け加えて言う。
『剣姫』も元はと言えば『剣魔術』と言うシンプルな名前だったがドロシーは嫌がり、独自に名前を付けた。
「きっとベースとしては命に関する魔術なんだろうけどわりとヤバい能力っぽいわよね」
「禁忌とか冒涜って言われるくらいだからな……」
「ふーん、で、その固有魔術を持ってる人ってもう分かってるんですか?」
「あー、それはもう分かってるよ。多分二つとも持ってるだろう人物」
そこで一度ドロシーの顔が固まる。
「どうした?そいつの名前は言えないのか?」
「いや、ちょっと仲間から念話があってね。その黒幕さんが今回の戦争に乗じて結構派手に動いてるの……、それで……『鈴のしらべ』のコーネリアさんが亡くなったそうよ」
「なっ!」
「え、あの弓めっちゃ上手い人が!?」
衝撃的な出来事にシオンは思わず空間から出る方法を画策するが止められる。
「出ていった所で今の二人じゃ奴には勝てないよ。少なくとも勇者君がしっかりと覚醒しないと勝負にもならない」
「じゃあここに引きこもってろって!?」
「うん、メルさんとウィリアムさん……君達の親とコーネリアさんの攻撃で殆どダメージを受けなかったみたいだし、そんな中に行っても何の役にも立たないと思うよ。……結局『フェンリル』もまだ長い間は使えないみたいだし」
「……何の事だ?」
「それ、平気そうにしてるけど右腕少しずつ刻まれてるでしょ?コートで隠しててもバレバレだよ?大人しく解除しなよ、もう私とは戦わないんだし」
「ちっ……」
『フェンリル』の刃は持ち主にも牙を向く。
持ち主に納得がいかなければ一瞬で身を切り裂かれ、認められた後も完全に従えるまでは油断が出来ないまさに魔剣と言うべき代物だった。
ドロシーの言うことを聞き、シオンは魔剣を納刀、元のネックレスの形へと戻す。
「で、死んだ報告が無いってことはそれ以外全員は生きてるんだな?」
「冒険者はね、各国の騎士団も有名所は死んでないしその一番ヤバそうな所にはミスティアさんが行って黒幕さんを撃退したみたい。残りの戦場はギルド本部だけ」
「ところでその黒幕ってのは誰なんですー?
あ、言い忘れてた。と呟き、ドロシーは言う。
「黒幕はゼウスブルート大司教の一人、ヴィルマ・アルファリア。自分がこの世界の支配者になるために直属の部下を使って必要な物を集めて自分は研究のために引きこもってたんだけど今日、遂に表舞台に現れた」
「じゃあまだキャロル復活までは時間があるんだな?」
「少ないけどあるね。でも今のうちに殺そうなんて考えは甘いよ?少なくとも今の二人は奴の前に出ちゃダメ」
「何故だ。全戦力を持って叩くのが一番だろ」
「七体いる龍神の内の六体までの能力の一部を扱える上にすぐ傍には初代勇者とまではいかないけど相当強い人造勇者が居るんだよ?それに奴は勇者の力を必要としている、出ていっても喜ばれるだけだよ」
「……逆にミスティアはそれを撃退出来るほど強いのか?」
「まぁ向こうが顔見せ兼コーネリアさん殺しを目的としてた節はあったけど、そうだね……ソウジ先生とアリシアさんの本気次第だけど今公に見せてる力だけで見るなら冒険者の中では最強だね」
黒龍神殺しを成し遂げたソウジ先生が多分最強だと思うけどね、と付け加えて言う。
「と、まぁこれからの勇者君の予定はさっき然り気無く名前を言っちゃった両親と共に勇者の試練を受けてもらう。そうすれば今の不完全で不安定な力もコントロール出来るようになるよ」
「そんなものがあったのか」
「シオン君は疑問に思わなかった?膨大な魔力のコントロール方法を教えても全然進展がないことに。逆にほぼ全力を出させると魔術は安定するというアンバランスさに違和感を覚えなかった?」
「……」
確かに違和感は多少感じていた。
何故操作するべき魔力量は増加してる筈なのに少ない魔力よりも安定するのか。
そういうもの、と納得すれば良かったのかもしれないが消費魔力に応じてコントロールは難しいという常識を崩す事はシオンに出来なかった。
勿論、今回のように二つ同時にやれば不安定になる、そこだけは真人間だったのだと安心した。
「勇者は元々膨大な魔力で一気に敵を討つってスタイルが普通なの。だから普通の人と違って低魔力の魔術の方が難しいのよ。シオン君も経験あるでしょ?」
「え?シオンも魔力使い過ぎてたのか?」
「……まぁな」
学生時代は今よりも魔力が少ないのに消費に無駄が多かった。
だからシオンが今アルバートに教えているコントロール方法は自分で実践済みの物、成功する見込みはあったのだった。
「でも勇者の血縁と勇者を継ぐ者じゃあ勝手が違うみたいだね。シオン君のその表情を見るに」
「俺が人並みだとするとこいつはテラーエスカルゴだ。、成長速度はかなり遅い」
テラーエスカルゴとはその名の通り、カタツムリのような魔物だ。
だがその体長は二メートルを越え、精神力が弱いものを金縛りの呪いにかけてゆっくりと消化していくという恐ろしいものだ。
しかし、その呪いの効果範囲は前方二メートル、そしてカタツムリのように足がとても遅い。
そして呪いも前方のみのため、後ろから光属性や火属性で攻撃すれば溶けて消えて下級冒険者にとっては良い防具や武器の素材となる殻のみと化す。
とは言え正面に立ってしまえば軽々と死ねるので冒険者になったばかりの死亡理由の六割ほどはこの魔物が原因なのだった。
「勇者を継げばその問題は解決する。それで漸くスタートラインだよ」
「……その勇者の試練は何処でやるんだ?出来ることなら二人と合流して記憶を戻してすぐにその試練を受けさせたい」
「そんなの決まってるじゃん。勇者の始まりの地。ギル・フレイヤだよ」
「……そろそろ来る頃ですかな?」
大量の書物の山に囲まれる男が本を閉じ、自室から出る。
「扉を開く準備をせねば……」
ただ音を出すだけでも苦労しそうな程巨大な角笛を手に地下へと向かう。
その先には重厚な扉が佇んでいた。
『もしもーし、そっちに勇者君を送り込む予定だったけど五日ほど待ってくれる?』
「む?何か非常事態でも?」
『まぁ想像以上に奴が動いてるのもあるけどちゃんと両親も一緒じゃないとダメだから。そういう意味で五日だね、戦いも一段落するかしないかの時間だけどそれでも早回しでいかないと間に合わない』
「ふむ、了解した。受け入れ態勢は整えてあるからいつでも来て大丈夫ですからな?」
『はーい、ありがとね』
礼を聞き届け、念話が切れる。
そして彼は扉の前に座り込む。
「……この『黄昏ヲ告ゲル魔笛』を吹かなければならない事態に陥らないのが一番良いのですがなぁ……」
しかし、彼の予想では最早これを吹くべき状況―――黄昏の到来は避けられない。
「その時は……私も死力を尽くしましょう」
今はこの扉の封印を解くためだけの鍵のような存在。
しかし、黄昏の時にはこの笛は味方を鼓舞し、戦えぬ者を守る術ともなる。
リグレッド・クロステイル―――彼は人間よりも遥かに寿命が長い『半神人』であり、勇者の試練の扉を守る番人である。
『旧支配者のキャロル』ってね(聖夜のキャロルとも言うが)