隠された嫉妬心
俺は気づけば暗闇の中にいた。
中には何もなくあるのは、
『憎い憎いっ』
『奴等に復讐せねば』
『我らの倍以上の苦しみを味わえ』
『全て消えてしまえばいい』
脳に直接ぶつけられるこの憎しみ、恨み、ありとあらゆる負の感情だけだ。
されど俺の心は凪いでいる。この程度の恨み言などそれなりに聞き慣れている。
俺は世間一般で言えば優秀な部類に入るらしい。
このAランク昇格速度やSランクまでの実績の積みかたは過去でもあまり類を見ないほどらしい。
それに嫉妬し陰湿な行為、陰口、嫌がらせ‥‥‥普通じゃないと言われる人物には全てがのし掛かってくる。
その対象の努力など知りもしないで‥‥‥。
実際天才という部類の人間は存在する。しかし、俺はそれには当てはまらない。
俺がそんな事を言えば否定する者も多い、少なくともチームの面々は否定するだろう。
だが本物を知っている俺は自分の事を天才とは認められない。
ある日、ユウマが俺に魔術を教えて欲しいと頼んできた。
弟の夢はSランク冒険者だ。剣の腕もさることながら当然魔術の腕も求められる。
剣か魔術、片方に秀でていれば割りと簡単に出世できる騎士団や魔導師団よりもSランク冒険者には出来ないといけない事が多く、その難易度は高い。
俺は中央大陸に逃げてきた先の村では一番に近い程の魔術の腕があった上に兄なのだからユウマが頼るのも必然の事だった。
まず基本七属性の下級魔術を一通り見せて魔力に関する説明を何もせずに同じことができるか?と問いかけてみた。
俺はヤマの国に居るときに父親に教わっていたがユウマはまだ戦う術など誰にも教わっていない。
自分で剣に見立てた細い木の枝を振ったりしてるのを見たことがあるがまぁ子供の遊び程度だ、あまり意味はない。
だが‥‥‥出来てしまったのだ。
それも七属性全て、闇属性に至っては俺を越える片鱗を見せるかのように少しだけ魔力が暴走気味の魔術だった。
無論、発動しただけで狙うべき場所、想像速度、その他諸々の要素で俺よりも下だ。だが魔術という形に出来たことが問題だった。
リュートは魔術というものの大まかな仕組みを教わってから実際に使えるようになるまで一週間はかかった。
だがユウマは数分だ。
『え?だってなんか兄さんの体から出てるモヤモヤが手に集まってたから‥‥‥それを真似しただけだよ?』
これはその時に動揺を抑え込みながら聞いたときのユウマの返答だ。
言ってるとこは別におかしな事ではない。だがその域に達するにはあまりにも速すぎるだけだ。
熟練の魔術師は魔力が見えるようになるという。その熟練の技術をまだ十になったばかりの弟が使えるのが問題だった。
世の中にはその魔力に色がついて魔術になる前から属性が分かる化け物もいるらしいがこれはそれよりも異常だと思った。
そして弟が既に自分よりも高みにいると分かった瞬間、これが天才か‥‥‥と理解した。
それから弟の夢が俺の夢にもなった。
血の滲むような修行を重ねながら弟にも戦いの術を教え、弟の才能に押し潰されないよう努力を重ねた。
結果として俺は優秀な冒険者になった。
一部では天才と持て囃されるようにもなった。
だがその度に思ってしまった。
(違う‥‥‥俺なんかが天才と呼ばれる筋合いはない‥‥‥)
努力の結果をただの才能としか見られない。
だがそれに怒りを感じる事もない。
恨み言も買う、実力を疑われればそれを覆す事もする。
だが、努力を認めてくれる人間はいつまで経っても現れなかった‥‥‥。
時が経って弟が村で過ごすであろう最後の誕生日の日になった。
俺と同じく十八になり、しっかりと準備をしたら村を出る、あと数ヶ月くらい先の話だろうがすぐにその時は訪れるだろう。
その頃には俺は仲間を集めてAランクへと至ってそれなりの時間が経っていた。
三人とも自分にはないものを基準に集めた人物だ。
エリンは回復魔術、シュバルはその強靭な体と力、クロードは頭脳をそれぞれ見込んでスカウトしたのだった。
いつしか弟という才能に勝つことだけを考えていた俺は仲間の人柄などをまともに見ずにただ強くなることだけを求めていた。
ただ自分の命令を聞く使い勝手の良い手駒が欲しかった、それだけでこの三人を集めたことに自分で気づけたのはこの頃やっとだった。
そしてあの日が訪れる。
千年前の聖騎士王、ヘクト・ギルティブレンとの戦い。
そして‥‥‥ユウマとの再会の日だ。
仲間達への認識を改め、構想はあったもののそれ以前は実現できていなかった七属性混合魔術、神格種をも殺し得る魔術も過去の英雄には歯が立たず、絶望的な状況下で弟は現れた、かの最強の冒険者、この世界でもっとも恐れられた黒龍神を倒したソウジ・クロスヴェルドを伴って。
その時、何故?という疑問と共にとある感情が表に出てきた。
雲の上の存在と共に現れた弟に対する嫉妬心だ。
Sランク冒険者はマーク・リオス、ミスティア・サクローネの二人は別として基本的には滅多に会えない存在だ。
各地に散らばり、様々な重要任務についている。
その中でも最強の存在と共に行動する弟に嫉妬してしまった。
ヘクト・ギルティブレンをソウジが倒し、ギルド本部に帰還した後、冷静になって考えてみると我ながらみっともない事だと思った。
だが同時に自分の嫉妬心に納得してしまったのも事実だ。
この感情が無ければ自分はここまで強くなれなかったし続けられなかったとも思っていた。
まだ天才は自分よりも弱い。ならば身近な壁となってやればいい。
俺を越えなければSランク冒険者にはなれない、そう思わせたかった。
だからSランクへの昇格を断った。
(攻め方を間違えたな?クソ親父)
俺に憤怒の感情は通じない。あるのは嫉妬だけだ。
たとえ仲間が倒れていても表面上でしか怒りは表せない。
やはり俺にとって仲間は天才の上に行くための道具でしかなかった。
凪いだ心で憤怒の嵐を切り抜ける方法を考える。
やはり一番は燃やすに限るという判断に行き着く。
先程のように少ない想像時間でやる必要はない。
今度は本気で魔術を使える。
体の中の魔力と共にそれ以外の力も魔術へと流し込む。
こうすることで最上級の上へ行けることが努力の末に得た結果だ。
「‥‥今度は散らすんじゃなくて燃やし尽くしてやる」
この魔術を見た者が俺に二つ名をつけた。
「‥‥‥『烈炎』!!」
『烈炎の支配者』と。