憤怒誕生
十五年前、俺が五歳、ユウマが三歳の頃まで俺達は父と母と共にヤマの国に居た。
あまり贅沢な生活ではなく平凡な毎日だったがそれはそれで良かった。
その日もそんな何てことない日常を過ごす筈だった。
しかし、その日々は突然崩れた。
築き上げてきた普通は一瞬で脆く崩れさった。
村の外にあった森をユウマを連れて散歩し、帰ってきたときには村の全てを炎が包み込んでいた。
幸い母は無事だったが俺達が暮らす村にはそれ以外生き残りは存在しなかった。
あるのは炎の海とその中心で嗤う父の姿だけだ。
あの光景は一生忘れることはないだろう。
肉が焼け焦げる匂い、煙でまともに呼吸が出来なかった空間。
何より厳しかった父が全てを燃やしてあんな高笑いをしていた姿を俺は一生忘れることはない。
ユウマに当時の記憶は殆ど残っていない。
それでいい。あの記憶は覚えていても何の得にもならない。
ユウマの中で父はあの日以前のヤマの国と共に死んだことになっている。
だから俺はソウジさんにユウマを連れていかないように言った。
行けば必ず出会ってしまい、知らなくていい過去を知ってしまうからだ。
なのに‥‥‥
なんで、
なんでっ!
「何故お前がここに居るっ!クソ親父!!」
「おい、待てリュートッ!!」
クロードが手を伸ばすも前衛にあまり立つことがないクロードの腕力程度ではリュートを止められず、斬りかかる。
「‥‥‥我を親と呼ぶということは‥‥‥龍翔か。久しいな」
「俺は一生会いたくなかったねっ。あの平和だった村を焼け野原にしてヤマの国を孤立させたお前なんかにっ!」
斬りかかった剣は既にリュウマの前へと集まっていた冒険者に止められる。
「ふむ、我の血縁であるお前が居るなら話は早い。この世界を手中に収めるために我に従え」
「ヤダね。誰が言うこと聞くかよ」
「なら力ずくで行かせてもらおう‥‥‥」
そう言うとリュウマは禍々しい魔力を纏い始め、何か魔術を想像し始める。
「っっ!クソっ!全員、全力で防御魔術を使えっ!出来なけりゃ魔力を纏うだけでもいい!」
そこから一歩踏み出し魔術を想像するリュウマへ剣を振るうことも出来なくはなかったが魔術の邪魔も出来ず、一撃加えることも出来ない可能性を考えて防御にまわることを選択した。
しかし、結論から言ってこれは間違いだった。
何故ならリュウマが想像していたのは攻撃魔術ではなかったからだ。
「‥‥『憤怒の感染』」
禍々しい魔力が周囲へと拡散し、黒髪の人間達に纏わりついた。
「ちっ!吹き飛べっ!‥‥『ファイア・ストーム』!」
自身を焼かない小さな炎の竜巻を想像し、吹き飛ばそうとするも包み込まれてしまった。
「さて、あとは‥‥‥全員殺すか」
「テメェ、リュート達に何をしたっ!?」
クロードを含む、数十人の冒険者は禍々しい何かに仲間が包まれるのを見ていることしか出来なかった。
無論、魔術をぶつけてもみたが全く通用する気配がなく、本人への影響も分からないため、自ら出てくることを待つことにしたのだった。
「我は同胞には寛大だ。快く従って欲しいが逆らわれても殺す気はない。まぁ自由意思は失ってもらうがな。‥‥‥早速我が手に落ちた者が出てきたな」
「お、おい、マルガ!お前大丈夫‥‥か‥‥‥?」
一人、中から脱出した者が現れ、それにチームのメンバーだろう男が寄るが何か様子がおかしい。
すると次の瞬間、寄った男が倒れこむ。
その腹部には短剣が深く突き刺さっていた。
「エリン!」
「分かってる!‥‥『ヒール』!」
「シュバルは出てきた奴を抑え込め!恐らくだが精神操作系の魔術だ!」
「了解っ!」
素早く行動に入るも男の傷は深く、エリンの回復魔術では間に合わない可能性が高い。
シュバルが出てきた者を抑え込もうとするが少し苦労しているようだ。
「ちぃっ!大人しくしろっ!」
「憎い憎いっ、我が同胞以外は敵っ!」
「おいおい!どうなってんだ、これ!?」
どうやら身体能力も上がっているらしく、周りの人間数人でやっと止めることが出来た。
「‥‥‥憤怒の魔人の能力か」
「左様。無論、これは一部に過ぎないがな。そう言えば貴様らは我が息子と仲が良さげだったな」
そう言うとリュウマはクロード達に先ほどから持っていた杖状の物の先端を向けてきた。
そこには何の用途かは分からないが穴が空いている。
「我が息子を誑かす中央大陸の人間の仲間など不要だ。我が直々に一番先に始末してやろう」
「やれるものならやってみ‥‥‥」
最後まで言葉を紡ぐ前に杖の穴から火花と共に轟音が鳴り、ほぼ同時に背後で何か柔らかいものが飛び散る音が聞こえた。
「大した実力は無くとも回復魔術が使える者を放置するのは時間を無駄にする原因となる。まずは一人」
「ク‥‥ロード‥‥‥」
後ろを見れば腹に数ヶ所穴が空き、その場に倒れ伏そうとするエリンの姿があった、
「エリンっ!!」
「恨むならば愚かな年長者を恨め。貴様らは我らが受けた被害とその利子を今ここで払うことになるのだからな」
杖の先端からは今までに殺してきた人間を弔うかのような煙が上がっていた。