憤怒襲来
四章最終局面開始
8月中には終わらせたいな‥‥‥
真上から轟音が聞こえた。
それに一瞬ホール内の人間の話し声は途絶え、次の瞬間一気にざわつく。
「あん?何の音だこれ」
「知らん。恐らくは執務室からだろう。行ってみるか?」
「あの部屋は一般の冒険者は立ち入り禁止だ。何かしらの放送があるだろうから待とう」
「不安ですね‥‥‥ミスティアさま達に何か起こっていないと良いのですが‥‥‥」
『烈炎の支配者』ことリュート・エクスベルクとその仲間達はざわつく周りを尻目に冷静に状況を観察する。
彼らは残っている冒険者の中でも一二を争う位置にいるAランク冒険者のチームだ。
有事の際には自分達が対応しなければならない。そう思い、己を叱咤激励して待った。
「ん?あいつら何を‥‥‥」
「どうした?」
「いや、何人かが執務室へ通じる階段の方向に向かってる、と思ってな」
周囲を観察していると最初にクロードがその事に気づく。
何人かを見るとその傾向に特徴が見えてくる。
「全員黒髪‥‥‥ヤマの国出身の冒険者!?」
それでリュートは数日前の事を思い出す。
『のう、リュート君。君は中央大陸の人間について思うところはないかね?』
『思うところ、と言われましても‥‥‥』
数日前、リュートはチームとしてではなく個人でギルドマスターの執務室へと呼ばれるなりこんなことを問いかけられた。
その場には珍しくフィーネもミスティアも居らず、完全に二人っきりの状態だった。
部屋の様子も何か異変を感じるレベルの変化はなく、強いて言うならばいつもと変わった匂いがするくらいだ。
『ここにはフィーネ君やミスティア君はいない。正直に言って良いぞ?』
『‥‥‥』
奇妙な質問だと思った。
明らかにこちらに中央大陸に生きる人々に不満があると思っているような質問だ。
しかし、実際リュートは何も思うところなどない。
あるとすれば‥‥‥。
『恐れながら俺には中央大陸への恨み辛みは全くありません。強いて言うならば‥‥‥勝手なことをした父親に対しては言いたいことはあります』
『そうか‥‥‥。いや、すまないのう。本題に入るとしよう』
そこからは今後のチームの方針や最近の調子、新たに魔術を産み出したかなど色々な事を聞かれたがそもそも本題は前半の質問だった、今となってはそう感じる。
「三人とも、裏切り者はギルドマスターだ。執務室が開いてミスティアさんじゃなかったら遠慮なく攻撃しろ」
「なっ!?」
「間違いないのか?」
「あぁ、前に俺が呼び出しをくらったときから戦いは始まっていたんだ」
呼び出しの時の質問の内容と執務室へ歩いていく冒険者の傾向について話すと三人とも納得してくれた。
「なるほど‥‥‥内側から攻撃してくるとはまた随分と恐ろしい事を‥‥‥」
「で、でもじゃあ今のうちに執務室に向かってる冒険者のみんなを止めた方が」
「止めておけ、エリン。今攻撃すれば下手すれば俺達の方が裏切り者認定される」
エリンの言い分も分かるがクロードの言うとおり今攻勢に出るのは不味い。
他の何も知らない冒険者から見れば分かりやすい裏切り行為となり、ほぼ確実に袋叩きにされる。
「クロードの言うとおりだ。今は待つしかない。‥‥‥最悪の場合を考えて今のうちに戦闘態勢を整えておこう」
やがて執務室がある階層へと通じる扉の奥から階段を降りる音、加えて恐らくは鎧の音だろうガシャガシャと金属が揺れ、ぶつかり合う音が聞こえだした。
騒がしい中、やけにその音が耳に響く。
そして扉が開き、そこへ近づく同郷の冒険者達は一斉に膝を折り、現れた人物へと敬意を示す。
そこに立っていたのはミスティアでもギルドマスター、ゲンイチロウでもなかった。
「ほう、想像よりも少ないな‥‥‥まぁそれだけ我が憤怒を刻む香に抗える強き同胞が居るというもの。ここは喜んでおこう」
懐かしいと感じる顔がそこにはあった。
かつて自分に剣と魔術の基礎を教えた男。
かつて厳しいながらも尊敬していた男。
かつてヤマの国を一夜で地獄へと変え、中央大陸との友好関係を壊し、誰も立ち入らぬ無法の地へと変化させた男。
そして―――
「我が名は伊神龍真。ここに集いしヤマの国の同胞よ。共にこの大陸を統べる気はないか?」
俺とユウマの実の父親だ。