マーク・リオスという男
いや、この話こんな長くする予定なかったのだが?
分割して少しずつでも投稿すれば良かったと若干後悔。
「おっらぁぁぁぁ!!」
遠心力を使い、横凪に大剣を振るうが魔物は想像以上に俊敏で飛び退く事で直撃を避けた。
「げぇ、よりにもよってすばしっこい系統かよ‥‥‥。おい、誰か一人こっちに回せねぇ‥‥‥か?」
背後へと目をやると数秒前に背中を任せた青年達は跡形もなく消えていた。
その事実に呆然としていると魔物が目の前に迫っていることを察知し、直ぐ様体の前に剣を置き、爪での攻撃を防ぐ。
だが勢いは殺しきれず、数十センチほど後ろへと押される。
「おー、おー、パワーも十分とは。こんな災害級、いや、天災級の一歩手前ぐらいの魔物の相手を一人でさせられるとはなぁ‥‥‥Sランク冒険者は辛い、ねぇっ!」
一人で愚痴を言っている間も魔物は待ってはくれない。
爪や牙による攻撃を往なしながら反撃の隙を探る。
「んー、待機が多かったから空間収納にも酒しか入れてねぇな‥‥‥ってそうだ!」
マークは何か思い付いたのかキャラバンの方へと全力で駆け寄り、息を思いっきり吸い込んだ。
「ルーイ!!何でもいいから得物を大量に持ってこいっ!!」
そして大声と共に吐き出す。
その声はまだ起きていない人間を起こすには十分なものだった。
「ちっ、五月蝿い。普段からも酒ばっか入れてないで武器持っておけ兄者」
「わりぃ!こいつこの得物だけじゃ時間かかる上に相性が悪すぎるっ!」
「聞いてないな‥‥‥、まぁ兄者が使う分くらいはいつでも用意してある。三十秒だけ待て」
「サンキュー、なぁっりゃぁぁ!!」
会話の最中にも魔物は攻撃を加えてくるため声のみでルーイへ用件を伝え、爪撃を往なし続ける。
「っ!まぁそう来るよ、なっ!」
そうやって何度も何度も満足に攻撃が通らなければ頭の良い魔物は別の手を考える。
繰り出されたのは今まで何の攻撃にも使われなかった獅子の口から黒い炎が吐き出される。
それを飛び退いて回避するも炎の勢いはマークの想像よりも強く、追い付かれそうになる。
「ひぃーーー、『アース・メガウォール』!からの‥‥‥『ウォーター・ウォール』!」
このままでは追い付かれることを察し、走りながらも土の壁とそれを覆う水の壁を想像し、そのまま自身の背後に形となって炎の勢いを止めた。
そして約束の時間が訪れる。
「受けとれ、はぁ‥‥‥兄者もシンを見習って少しは武器を大事にして欲しいものだがな」
「ッハ!すまんな!それは無理な話だ!壊れるのが惜しかったらコイツぐらい硬いの作れ!」
「それこそ無理な話だ。俺は神にはなれん」
マークが先程から振り回す大剣は大部分がアダマンタイトで構成された武器。
つまり現在人間が手を出せない領域の鉱物を使って作られたものであり、それを作れる者は現代に存在しない。
そしてマークの足元に投げられた数十の剣はそれには劣るものの中央大陸において上から数えて三人の内に入る腕前を持つ名工、ルーイ・リオスが作り出したものだ。
それらは並大抵の武具の数倍は持ち主の力を底上げする。
「さてさてー、じゃあいっちょやるかっ!!」
その剣を全て空間収納へと放り込み、マークは自身の魔力を一つの魔術を想像するために一気に高める。
大量に用意された武器に警戒の意思を示していた魔物はその後の対応に遅れ、その魔術の完成を邪魔することが出来なかった。
「行くぜ?『武器同調』!」
想像された魔術はマークの固有魔術である武装魔術の能力の内の一つ、『武器同調』
その名の通り自身の持つ全ての武器を同調させる魔術だがその範囲は空間収納の中も含まれる。
つまり、マークが今から振るう大剣にはルーイが作り出す様々な素材を利用して付与された剣の能力を全て発動させることが出来るということだ。
「『武器抽出』さぁ、反撃開始だっ!」
先程とはマークの動きが変わり、魔物の速度に負けずとも劣らない速度で剣を振るい、逆に魔物はマークの動きが急に変わったことによる動揺もあるだろうがそれを加味しても動きにキレが失われていた。
ルーイはその中央大陸で三本の指に入ると言われている腕前だがそれはただ武器を作るだけの場合だ。
こと特殊能力や属性を付与することにおいてはルーイの右に出るものはいない。
その力を兄であるマークのために存分に振るい、速度強化、威圧感付与、周囲に停滞の魔力を散布、魔力伝導性強化、他にも様々な能力を剣に付与しマークが常に振るう大剣とマーク自身を強化し、敵対者を弱体化させる。
実はマークの大剣はアダマンタイトこそ含まれているもののミスリルは一切使われておらず、魔術を付与するにはあまり向かない。
文字通りただ硬いだけの武器なのだ。
「おおーーーっ!!『メガファイア・ブレイド』!!」
普段酒を飲みまくり、とてもSランクとは思えないと言われているものの酒を飲まずに大量の武器を用意できれば誰にも負けないポテンシャルを持つ、それが『剣砕き』ことマーク・リオスという男だ。
「しっかし、まぁ‥‥‥しぶといことで‥‥‥」
防戦一方になりながらも反撃の機会を伺うようにギラギラとした眼でマークを観察する魔物。
実はマークはさっさと終わらせようとしたものの魔物が防御を主軸に行動し始めたことから予想以上に粘られたため、内心焦りが出始めている。
それは武装魔術にある欠陥が影響している。
それは利用された武具の劣化だ。
『武器同調』で連結され、『武器抽出』で能力を吸われた武器はマークの身体強化魔術や武器の能力で超強化された腕とほぼ同じ力で振るわれている状態になる。
それはアダマンタイトで出来ている大剣だからこそ耐えれているのであってルーイが作った武器はいつかは折れてしまう。
するとその武器の能力分マークの強化は失われる。
「っ!クッソ!」
ギルド本部内や消えてしまった後輩のためにもまだ力は残しておきたいマークの動きには迷いが生じ、その些細な乱れを魔物は賢く突き、段々と力は拮抗していく。
「おい、兄者。何を迷っているっ?使えよ。奥の手」
「っ!だが、なっ!」
無論、今目の前に立つ魔物だけを倒すならその術はある。
だがそれを使ってしまえば一時的にマークは自由に動けなくなってしまう。
「普段、使えない酔っぱらいが何を真面目な事を言っている?少しは若い世代を信じてみろ」
「‥‥‥あぁ、もう!分かった分かった。飲んだくれがマジな事考えて悪うござんしたよっ!‥‥『武器完全同調』!!」
ルーイに口論では勝てないことが分かっているマークは力の温存を諦め、空間収納から全ての武器を取り出し、それが中に浮かんだと思えば全て砕けてマークの大剣へと銀光が纏わりつく。
「テメェに今出せる俺と弟の力をぶちこんでやるよ。‥‥行くぜ、『ウェポン・フルバースト』!!」
銀光を纏って魔物へと突進するも魔物は一度空へと避けた。
しかし、それは逃げの一手ではなく落下の勢いを魔力を纏って禍々しく輝く爪の一撃に付与するためだった。
「ハッ、魔物の癖に正々堂々勝負してくるかっ!いいぜ、そういうやつは大好きだっ!」
再び二人は接近し、衝突すると同時に魔力の嵐が吹き荒れる。
「あー、疲れたー!酒飲みてぇ‥‥‥」
それが晴れたとき、立っていたのは魔物だったが能天気そうにマークは声をあげていた。
ルーイが魔物をよく見てみれば突き出した方の腕は失われ、立ったまま死んでいるようだった。
「しっかしこれで良いのかルーイ?俺は最低でも今日一日は使い物にならないぜ?」
倒れこんだまま起き上がらないマークをルーイは担ぎ上げ、キャラバンの方へと向かっていた。
『ウェポン・フルバースト』を使った後、一定の時間を置くまでマークの全身はまともに動かなくなる。
それは壊した武器の数や性能によって左右されるが大抵二日三日はこの状態が続く。
「五月蝿い。何度も言わせるな、少しは若い奴らに任せておけと。兄者はSランク以外の冒険者を全く信頼してないようだな」
「俺達に比べりゃあまだまだ弱い。それに小僧達もそれなりにやるようだが経験が足りてない筈だ。‥‥‥まさかっ!」
「そのまさかだ。経験が足りないなら無理矢理にでも経験を積ませればいい」
マークはその考えが思い付いたとき、狂気の沙汰だと思い即座に切り捨てようとしたが弟がかなり合理的で無駄を嫌うことを知っていたためそれが正解だと感じ、それを口に出そうとした。
そして案の定その通りだった。
「おい、俺は無謀な戦いを後輩に強いるような真似は認められねぇぞ」
「それを兄者が言うか。実際、兄者が強くなったのは初期の経験によるものが大きいだろう?」
「ぐっ‥‥‥だが自分が経験したこと、いや、それ以上の事を強いるのは頷けねぇ」
「‥‥‥随分と兄者は優しくなったな」
「いつまでも気難しくいられねぇんだよ。お前みたいに客を選ぶ鍛冶職人と同じままじゃあ上からも下からも文句が来る」
今でこそ酒を飲み過ぎこそすれど良き先輩冒険者のようなイメージが貼り付いているがSランク冒険者として大成する前までマークの性格や素行は良いとは言えなかった。口の悪さもソウジと並ぶほど悪かった。
そんなソウジが黒龍神を、この世に君臨する最強の神の一柱を殺し、『紺の絶対強者』と呼ばれるようになり、冒険者ギルドのイメージアップとして悪いイメージを抱かせるような言動を表立って出さないようになった頃、マークはその様子を他とは違う目線から見て変わった。
その頃のマークは『自分が努力して出来ることは他人も努力すれば必ず成せる』と言う信条の元に行動していた。
決して後進の教育をしていなかったわけではない。
だがそれに耐えられずに辞めていく冒険者は多かった。
ドラゴンを倒してこい、とか言う無理を突然強いるが手本を見せろと言われれば必ずマークは完璧な手本を見せつけてくる分、普通の教育係よりもたちが悪かったのだ。
だがソウジが成し遂げたことで気づいたのだ。
いくら努力しようと人それぞれ届かない場所があること、限界があることに。
マークもその場に居たなら勿論戦っただろう。だが勝てる可能性はないと確信していた。
だからマークの異常な教育に耐えたまでも自身の後輩に過ぎないソウジも勝てない、そう思っていた。
だが結果として勝ってしまった。
認めざる負えなくなったのだ、自分が出来ても他人が出来るとは限らない、その事を自分が諦めたことを後輩に達成されたことによって。
それから暫くマークはギルドからの依頼も受けず、教育にも来なくなった。
それからまた暫く過ぎた頃にマークの元に一人の男が現れた。
「お久しぶりです、マークさん」
「あ?‥‥‥おー、天下の黒龍神を殺した最強Sランク冒険者さまか。この酔っぱらいに何か用か?」
すっかり実績に差をつけられてしまった後輩の姿につい嫌みったらしく応えるもいつからかニコニコとした表情を常に貼り付けるソウジは全く動じなかった。
「マークさん、もう一ヶ月くらい外に出てないみたいですがどうしました?もしかして俺に抜かされて拗ねちゃいました?」
いや、違う。
笑顔を貼り付けているように見えたがよく見るとソウジの目は全く笑っていなかった。それどころかキレそうになるのを必死に抑えているようにも感じる。
「くっくっく、なーんだ。お前変わってねぇな?」
「‥‥‥?なんのことだか」
「好印象を植え付けたいならその目に気を付けろ。見る奴が見れば内心では怒りを抑えたり必死に取り繕ってるように見えるぞ?」
その言葉を聞くなり一気に脱力してキツめの目付きに変わる。
「バレてるならいいや。いい加減働いてくれとの通達だ。Sランク冒険者としての義務を果たせ、とのことだ」
「やなこった。俺は自分より下だと思ってた奴に自分を越えた実績を出されるのが大嫌いなんだ」
我ながら醜い嫉妬だ。
結局は将来有望だった後進を理不尽な訓練で叩き落としていただけだと気づいた時にはもう遅かった。
今さら心を入れ換えるなんてそうそう出来ることではない。
「そう言うと思って俺の方で対策を建てた」
「ほう?それはどういう対策だ?」
先を促すとニヤッと気色悪い笑みを浮かべられ、少しイラっとくるが一先ず黙る。
「俺とチーム組まないか?」
「あん?お前は『鈴のしらべ』所属じゃなかったか?」
チームに所属したとてそのメンバーとでなければ任務を受けれないわけではない。
実際マークとソウジは何度も組んで無茶な任務へ行ったことがある。
主にソウジを潰すためだが。
「クソ師匠には冒険者に推薦こそしてもらったが一緒のチームに所属してたわけじゃない。所詮俺はオマケとして何度か連れていかれただけの何処にも所属してない根無し草だよ」
「ははぁ‥‥‥それで、俺がお前と組むことでのメリットは?それと他に誰かメンバーの当てはあるのか?」
「すっかり興味津々になってくれて助かる」
「あ?別に興味なんて持ってねぇよ。お前と組むような変わり者なんて珍しい奴がよく居たな、と思っただけだ」
聞き苦しい言い訳だ。
まさかの発言が出てきた事と酒による酔いで思考と言動が安定しなくなっているにしてももっと言えることがあっただろうに。
「あんたが見知る人材だよ。一人目は『万能騎士』ことシン・エルダー」
「なっ!アイツは一つのチームに肩入れする気はないと言っていたはずっ!どんな手使いやがった?」
シン・エルダーはマークと同じように堅実に年月を重ねてSランク冒険者へと登り詰めた男だ。
マークはシンの事をチームに所属してないSランク同士勝手に仲間だと思っており、彼の動きには常に注目していた。
(ちっ、俺が酒飲んでる間に心変わりでもしたか?)
「俺が以前から誘ってただけだ。Aランクに達したときに話す機会があったからその時に『二年以内に俺が何か大きなことを成し遂げたら仲間になって貰えますか?』ってね」
「‥‥‥他には?」
ソウジがAランクになってから、というと最長で一年前からの約束。
こいつはそれを半分の期間で達成したからシンも断らなかった、と言うことか。
「次は俺が注目してる後輩、ランゼル・クアドライア。現在最短昇格記録をどんどん塗り替えてるのでご存じでしょう?」
マークはそれをいつのことか忘れていたが酒を飲んでいるときにギルドから定期的に配られる情報誌にそんな名前が載っていた気がした。
「このご時世近接武器を殆ど持たずに杖二本の魔術師タイプとは珍しいですよねぇ」
「あ?そんなの近づいちまえば終わりだろ。仲間が居なけりゃ何も出来ないゴミを取るとは、シンが可哀想だな」
「‥‥‥そこまで言うなら戦ってみますか?」
「あ?何言って‥‥‥」
「ランゼル、入ってきていいですよ」
そうソウジが俺の部屋の扉に声をかけるとそこから灰色の髪の青年が現れた。
「‥‥‥ヒドイ匂いだな」
「あ、ランゼルはお酒あんまりだったかな?」
「飲まないわけじゃない。しかしこれはあまりにも酒臭すぎる」
いきなり入ってくるなり臭いだの遠回しに酒を飲み過ぎだと言われて少しイラついたマークは空間収納からいつもの大剣を取り出し立ち上がる。
「おい小僧。一度ボコしてやるから表に出ろ」
「は?何言って‥‥」
「ランゼル。彼がマークです。彼曰くランゼルみたいな魔術師タイプは近づけば終わりの一人では何も出来ないゴミらしいよ」
嫌そうな顔をしていたランゼルの顔に一気に影が差し、黙って部屋の外へと歩いていった。
マークはそこまで言ってねぇと文句をつけようかとも思ったが好都合だとも思い、そのまま外へと出た。
「ぜってぇ潰す」
「一対一で剣士と戦う魔術師の厳しい現実を知らねぇ小僧には教えてやらねぇとなぁ?」
ソウジの目には二人の間に電光がバチバチとなってる幻影が見えたことだろう。
だがしっかりと審判として中立の立場であることを示し、開始の合図のために硬貨を手に持った。
「ではお互いの健闘を祈る」
その一言と共に硬貨を乗せた手が反転し、地へと着くと同時にマークは駆け出す。
(最速で走って最短で斬る、これに対応できねぇ魔術師が大半だから冒険者に魔術師は居ねぇんだよぉ!!)
実際その通りだから冒険者の間で魔術師は廃れたのだった。
冒険者はかのギル・フレイヤ帝国のように一部の例外は居るものの十人近い小隊で行動する魔術師隊とは違い、多くても四人程度だ。
必然的に大量の魔物に囲まれれば剣士が魔術師を守るための壁になりきれなくなり、崩壊する。かといって魔術の殲滅力を捨てるわけにもいかず、そうして魔術も剣も扱える使い勝手の良い人材が求められるようになったのだ。
そして―――
「馬鹿な‥‥‥」
「フン‥‥‥」
数分後地に伏す事になっていたのはマークの方だった。
「おいリーダー。本当にこのオッサンはSランクなのか?メルさんやハルクさんと同じくらい強い事を期待してたんだが俺より弱い駒なんて仲間にしても意味ないんじゃないか?」
「まぁまぁ、そんな事言わないで。‥‥‥んー、でもマークさん、酒で本調子でないにしても酷すぎません?」
実に無様な負け方だった。
突っ込んだ先の床が凍っているのにも気づかず足を取られ、そのまま連続で魔術を撃ち込まれて防戦一方になった挙げ句武器を吹き飛ばされる等本当に酷い有り様だった。
「ちっ‥‥‥、おい、俺を仲間にする利点なんてねぇ事が分かっただろ?さっさと消えろよ」
だが同時に好都合でもあった。想定外だったがこれだけ無様な姿を晒せばソウジもきっと諦めるだろうという望みが生まれた。
「さて、物は相談ですが‥‥‥これ見てください」
だがソウジは諦めない。冒険者ギルドの依頼書をマークに押し付ける。
「あ?‥‥‥神格種オーガ『酒呑童子』の誕生を確認、至急討伐を依頼する?これが何だってんだ?」
「それの依頼主の所在地と名前、見覚えありません?」
「‥‥‥これは!?」
思わず目を見開く、これが本当ならばマークにとってかなり不利益な事態が起こりかねない所在地からの依頼だったからだ。
「レイトス山地の麓にある街、グライアと言えば確かマークさんが好きな酒、『鬼下し』なんかがありましたよね?昔っからあの山オーガが多いですからねぇ。鬼すら下すほど強い酒を造っていたみたいですが‥‥‥神格種である『酒天童子』は下せなかったみたいですね」
「‥‥‥何が望みだ?」
マークは恐らくこの依頼書を売り付ける、または討伐に協力する代わりに自分をチームに加盟させるのだろうと思った。
しかし、ソウジはそれ以上の事を言った。
「マークさん人望は結構ありますよね?その人達もみんな集めてキャラバン作りません?多分このメンバーなら勝てますし」
「あ?キャラバンだ?」
確かにマークの周りにはただの酒飲みとなった今でも人は消えていない。
弟を筆頭に付き従ってくれる人はそれなりに残っているのだ。
「俺の利点は酒の生産停止を阻止することができるって事か?」
「まさか。マークさんが俺のチームに入ってくれるなら酒天童子の肝を差し上げますよ。ギルドの死体処理班を買収して俺が跡形もなく刻んでしまったことにします」
「なっ!?」
『酒天童子の肝を食べれば一瞬であらゆる酔いを醒ませる体になる。しかし、酔えない体になるわけではない』
酒飲みの間に伝わる迷信のような物だ。
実際に試すにしても神格種なんて滅多にお目にかかれるものじゃない。ましてやそれがオーガに限定されていれば尚更だ。
「普通神格種の死体は本部に回収されて調べあげられたあと商人などに売却され、一部の金だけが冒険者に支払われますが‥‥‥正直言って抜け道はいくらでもあるんですよねぇ」
今回ソウジがやろうとしているように解体のための人員を買収してとある部位だけを譲り受ける等の行為をする冒険者も少なくない。
むしろそうやって素材を手に入れて自身の武器を強くする者が多いため、この行為に関してギルドが禁止することはない。
「それにここだけの話。俺、黒龍神の素材を一部たりとも市場に出してないんですよね‥‥‥それで加工できる人材を探してましてね」
「なるほど。俺の弟に目を付けたか」
「そう言うことです。まぁミスティアさんとかに『マークを何とかしなさい』とか言われたのもありますけどね」
「はぁ‥‥‥分かった。お前のチームに入ってやる。ついでに俺の人脈も使わせてやる」
「契約成立、ですね」
地に座り込んでいた俺にソウジが手を差し出し、それを掴む。
こうして『鈴のしらべ』『黒の騎士団』に並ぶSランクのチームがまた一つ誕生した。
過去の出来事を思いだしているとルーイが笑う。
「どうせお前は天才と呼ばれる奴等には及ばない。その天才達に賭けてみるのも一興だろう?」
「あの小僧達がそれに当たると?」
「若き勇者、勇者の血を持つ者、そして我らが最強が連れてきた将来有望かもしれない者。役者としては十分だ」
「はぁ‥‥‥そうかよ」
キャラバンの前で大の字に転がされ、大分明るくなった空を見上げる。
「小僧ども、あとは任せる。大丈夫だ。天才じゃなくても足掻いて足掻きまくりゃあ何とかなる。精一杯足掻けよ?」
己の才能を過信し、挫折を味わった男は澄んだ空の下で嗤う。
本気でランゼルとマークが戦うとしたら十メートル以上距離を離した状態からならランゼル、それ以下の距離ならマークが有利。
ただ今のところ戦わせるつもりはないからどっちが勝つかは分からない。