別れの時
「終わった‥‥‥のよね?」
「そうね、不本意な形でだけど」
コーネリアの問いにミスティアが答える。
本来の目的であるヤマの国に巣食う魔物や神格種らしき人間は制圧した。
しかし、ヴィルマ・アルファリアが現れたせいで後味が悪い終わりになってしまった。
「ミスティア、そろそろ、よね」
「‥‥‥ごめんなさい」
「良いのよ。ミスティアは約束を守ってくれた。多分これからも守ってくれる、それだけで私は安心して逝けるわ」
その言葉の数秒後、コーネリアの腹部に刺さったナイフが抜け落ち、地面に当たるとガラスが割れるかのような音を立てて砕けた。
それはミスティアが創り出した自我を失わない遠隔死霊術の効果時間の終わりを表していた。
そしてそのまま前へと倒れこみそうになるコーネリアの体を隣のミスティアが支える。
「メル、お別れの時間よ」
「え、何言ってるの‥‥‥コーネリア?」
「私はミスティアのお陰で少しの間生きることができたの。でもそれも終わり」
その言葉を聞き、メルはミスティアへ本当に?と問いかけるように視線を向けると頷き、それを肯定する。
「ミストさ‥‥‥ミスティアちゃん、どういうこと?」
「私はギルド本部の防衛であなた達にはどうしてもついていけない。だからもしコーネリアが死んでしまうような事態に陥った時に私が死霊術と空間魔術を利用してメルの元へと駆けつけれるようにしたの。それがさっきのナイフよ」
その後、簡単に効果を説明するとメルの表情に怒りが宿り始める。
「じゃあなにさ‥‥‥私を守るために私達の仲間を死体になっても動けるようにしたってこと‥‥‥?」
「‥‥‥無断であれを渡したことは謝るわ」
「っっ!!」
「メル待てっ!」
すぐにミスティアのドレスの胸元を掴もうとするもウィリアムに羽交い締めで止められる。
「止めないでよウィリアムっ!事情があっても仲間を死んでも動かそうと考えたんだよ!?」
「それは俺にも思うところは多少はあるっ!だがよく見てみろ!無理矢理引き受けた奴があんなに満ち足りた表情で死ぬ訳ねぇだろうがっ!」
「でもっ!」
未だミスティアの選択を認められないメルの頬にコーネリアの手が触れる。
「メル、ミスティアをあまり責めないで。あなたにとっては親に一番近しい存在でしょう?」
「コーネリア‥‥‥なんで‥‥‥なんであんなナイフを受け取ったの‥‥‥?」
「そうね‥‥‥」
ミスティアが空間収納から簡易の敷物を取り出し、その上にコーネリアを横たわらせる。
「私は随分と空虚な生活を送ってきた。それこそギルドの言うことをただ聞いているだけの人形のような‥‥‥ね」
コーネリアは遠い空を見ながら語りだす。
「だけどね。たまたま与えられたウィリアム‥‥‥勇者の護送任務を終えて本部に帰ってきたとき、メルとミスティアがレルヴィンに連れられて来たわよね」
「‥‥‥うん」
「その時正直、また面倒事が舞い込んできたわぁ‥‥‥って思ったのよね」
「‥‥‥酷くない?」
「実際、二人と出会うまではそんな酷い人間だったのよ?‥‥‥それからちょうど四人だからここでチーム組んじゃおう的な感じでレルヴィンに勝手にチームを組ませれ‥‥‥何だかんだそこから先は楽しかったわ」
あなたに振り回されるのも実は結構楽しかったのよ?と付け加えながら語り続ける。
「私はあのナイフをくれたミスティアに感謝してるの、こうやってあなたとちゃんとお別れ出来る時間を用意してくれたもの‥‥‥」
「‥‥‥嫌だよ、別れたくなんかないよぉ」
「そうね‥‥‥でも遅かれ早かれいつかは別れの時はくるものよ。でも大丈夫、また会えるし私はあなたの傍に居るから‥‥‥」
そう言って泣き続けるメルを抱き締める。
「‥‥‥ミスティア」
「‥‥‥何?」
「向こう数年はメルをこっちに来させないように。ちゃんと、、守るの、、よ?」
「‥‥‥分かったわ」
そしてコーネリアの腕から力が失われ、地に落ちる。
数分ほど泣いた後、メルがミスティアと目を合わせる。
「‥‥‥ミスティアちゃん」
「殴りたければ殴りなさい。あなたにはその権利があるわ」
「殴ったりなんかしないよ。コーネリアもそうだったよね?」
「‥‥‥何で二人して私に罰を与えないのよ」
「一時の痛みで終わって欲しくないからだよ?」
その言葉にミスティアは目を見開く。
実を言うとミスティアは楽になりたかった。
そのために仲間に殴られるという何かしらの罰を与えて欲しかったのだ。
「もうあのナイフを渡した人はいないよね?」
「えぇ、あれはコーネリアにしか渡さなかったわ」
「約束して、もう死霊術を仲間に使わないって。そしたら許してあげる」
「‥‥‥」
この約束を結ぶべきかミスティアは悩んだ。
いざとなったらミスティアは最善の結果ためにまた同じ事をするかもしれない。
「‥‥‥分かったわ。メル、私の亡き家族達とあなたに誓うわ。その約束を守ると」
「‥‥‥じゃあ、帰ろう。私達の家に」
ミスティアの選択はこうだ。
『約束を守る振りをする』
口では守ると約束しても心では最終手段として仲間への死霊術行使を残しておく。
そういう選択をしたのだ。
(私は許されなくていい。もうとっくのとうに一線は越えてるのだから‥‥‥)
既に最愛の家族へと死霊術を使ってしまっていたミスティアには迷いはなかった‥‥‥。
「出るタイミング見失ったわね」
「隠れる必要なかっただろう、これ」
城を出る頃には既に戦闘は終了しており、『鈴のしらべ』初期メンバーによる過去話には入る余地はなく、アーネストとアリシアは城の入り口に隠れていた。
「お別れ、言えなかったわ‥‥‥」
「そんなに仲良かったのか?」
「何だかんだ女子同士プライベートで関わりがあったのよ」
任務外の時に共に市場に出て買い物をしたりコーネリアの愚痴を聞いたり結局惚気みたいな内容を聞かされたりとそれなりにアリシアはコーネリアとも交流があった。
二人ともあちこち旅をしていただけあって会話内容にも共感出来ることが多かった。
「アーネスト君は仲が良かった人は居たの?」
「‥‥‥わざと言ってるのか?」
「んー?何のことかなぁ~?まぁ皆と合流しよっか~!」
しらをきってアリシアは四人の元へと駆けていく。
「‥‥‥仲が良い友の思い出なんてない‥‥‥、俺は戦うことでしか生きる道を見出だせない‥‥‥」
だがアーネストには一人だけ友と呼べるものが居たかもしれない。と頭の片隅で思う。
それは遠い昔に何度も喧嘩をしたとある人物だ。
それは唯一、自分を殺しきれるかもしれない存在だった‥‥‥。
次回、主人公がやっとのことで登場