たとえここで犠牲になろうとも
文量を追加して少し遅らせて投稿することにした
「うぐっ!」
剣を強引に引き抜かれ、その場に俯せに倒れこむ。
「え‥‥‥コーネリア!?」
「さて、これで恐らくさっきの勇者魔術の技術の一端は手に入った筈‥‥‥私の計画も更に前へと進む‥‥‥」
遠ざかっていく意識の中、メルが自分を呼ぶ声が聞こえる。
(これは多分ダメね‥‥‥)
この場に致命傷を治せるほどの回復魔術はいない。
自分の死が近づいてくる状況でコーネリアは残りの時間で何が出来るかを考える。
(二人で魔物を殲滅することは出来るかしら‥‥‥?魔人の二人のうちの一人はいつの間にか気配が消えてたけど残ったルクスアリアはあまり攻撃タイプではないようだし心配ね‥‥‥)
城に入った面々、アリシアだけでも戻ってきたらまず生き残れる。
だが強化された魔物達を相手にほぼ二人で生き残るのはコーネリアの見込みでは五分五分だった。
(‥‥‥もしかしたらメルは戦えないかもしれないわね)
更にそれにコーネリアの死が重なり、戦う意思を失ってしまう可能性もある。
(ここで私だけじゃなくて二人も死ぬのは嫌ね‥‥‥)
「あああっ!!!」
「くっくっく、怒りは人間を強くする。もっと私に憎悪の気持ちをぶつけてこいっ!」
涙を流しながらもメルがヴィルマへと斬りかかっている。
だがヴィルマの顔が笑顔である以上、まだまだ余裕があるのだろう。
(‥‥‥何ですぐに転移魔術で逃げない?)
先程『ここで雌雄を決するのは早すぎる』と言っておきながらすぐに逃げずにメルと戦っている。
(‥‥‥連続で使うことは出来ない?)
そしてその可能性を思い付く。
そしてそれは正しく、ヴィルマはコーネリアを油断させるためだけに一度使うと数分ではあるがインターバルを要求される『白龍神の幻光』を使ったのだった。
(さっき回避に使った後から一度去るまでは大体五分。すぐにでもこの事を‥‥‥っ!)
しかし、既にコーネリアは体に力が入らず喋ることすらまともに出来ないため、戦っているメルに聞こえる声など出すことが出来なかった。
(何か‥‥‥何かこの状況を打開する手はないの‥‥‥?)
時間感覚が狂い始めたコーネリアにはもうすぐに転移魔術を使われる、と考えて焦る気持ちが出てきていた。
実際にはまだ二分程度しか経っていないがすぐにインターバルが終わることは確かだった。
(空間収納に何か‥‥‥あっ)
一つだけ思い付く策があった。
だがそれでも一種の賭けでしかなかった。
「コーネリア、一応あなたにこれを渡しておくわね」
「これは‥‥‥ただのナイフじゃないわよね?」
それに頷くのはそのナイフを作った人物、ミスティア・サクローネ。
「それは突き刺すとその生物は私がその場に居なくても私の使役する死霊に出来る物よ。でも勿論、条件があるわ」
その条件は死の直前でなければ意味がないこと、そしてたとえこれで死霊になっても十分程度で再び死んでしまう事を伝えられた。
「こんなものいつどうやって使うのよ‥‥‥」
「‥‥‥集団戦闘において安全圏からこちらを攻撃してくる後衛は先に排除すべき。これは分かるわよね?」
「えぇ、そんなの‥‥」
常識よ、と言おうとしたがこのナイフを渡された理由を思いつき、言葉を失った。
「‥‥‥私が使役する死霊と場所を入れ換えたりその場所へと転移できる事は知ってるわよね?」
「この事をメルは?」
「言えるわけないじゃない‥‥‥あの子を守るためとはいえ仲間に死ぬ前に死霊になって私がそこに行くための踏み台になれって言ってるようなものだもの」
ミスティアはそのとてつもない魔力量を利用して冒険者ギルド本部を特殊な空間魔術で覆っている。
メルの命を最優先に考えているが殆ど傍にいることが出来ないのだ。
「‥‥‥死霊になったら私はどうなるの?」
「分からない。でも無理矢理死霊魔術を改変した結果、恐らく死霊になってもあなたの意識は消えないわ」
私の魔力の三分の一以上使ったけど、と付け加えてきたがその表情には申し訳ないという気持ちが滲み出ていた。
きっとこれだけ魔力を使ったのにこの程度までしか改変出来なかった、何て言うことを考えているのだろう。
「そう‥‥‥ありがとう、貰っておくわ」
「‥‥‥なんで礼なんて言うのよ。何回か殴られるくらいの覚悟はしてるわよ?」
「確かに思うところがないわけではないわ。でも‥‥‥」
ナイフを懐に入れ、ミスティアに笑顔を向ける。
「ミスティアなら必ずメルを守れるし、何より致命傷を負ってもあの子にお別れを言う時間をくれるだけで嬉しいわ」
「‥‥‥そう」
「だから、」
そして笑顔を崩して真剣な表情でミスティアを見る。
「私がもし戦場の真っ只中で死ぬときはこれを必ず使う。絶対にメルを守るのよ?」
「えぇ‥‥‥、約束するわ」
(通信魔術が使えない中、私が死霊になったことを察知できるかは賭けだけど‥‥‥)
懐からナイフを鞘から取り出す。
(信じてるわよ?ミスティア)
腹に突き刺した。
(うっ‥‥何‥‥‥これぇっ!?)
自分の中に黒い何かが侵入してくる。
そしてそれはコーネリアの全てを侵し、体を人ならざる物へと変貌させていく。
「‥‥んん、っ!!」
数秒意識を失った後、コーネリアは目覚めた。
気絶している間に胸の傷は塞がっており、ミスティアが普段使っている死霊のような体が腐食している状態でもない。
それどころか致命傷を負う前よりも体の調子は良くなっている。
(でもこれは死霊魔術の力‥‥‥なのよね)
ミスティアが回復魔術を使えるという話は一度も聞いたことがない。
教会を必要以上に嫌っている事からそれが嘘でないことは分かる。
(ミスティアが来るまで、私が二人を守るのよ!)
たとえ自分が死ぬ運命だとしてもそれは大切な人を守ることをやめる理由にはならない。
「今なら‥‥『ダークネス・シュート』!」
その身に満ちる闇の魔力を矢に乗せて放つ、すると範囲は龍聖を使った時よりも狭まったが威力はそれよりも上がっているように感じた。
コーネリアは闇属性の魔力を使ってみて気づいた。
ついさっきまで感じることが出来た龍聖の気配が無く、召喚することも出来なくなっていることに。
その代わり、あまり得意な方ではなかった闇魔術が今では最上級でも使えるだろうと思えるほどのものとなっていた。
(‥‥‥やっぱり私はもう普通の人間じゃないのね)
これによって自分が死霊になったことに確信を持ち、残念に思う反面ミスティアが助けに来る期待が高まった。
「っ!コーネリア・ドラゴテイル?君はたった今私が殺した筈だが‥‥‥」
「コーネリア!無事なの!?」
「無事とは言えないけど‥‥‥なんとかね」
「‥‥‥」
メルが自分が生きている事に安心し、少し冷静さを取り戻した。
これを裏切ることになるのは心苦しいがそれは今は忘れる。
ヴィルマは確実に致命傷を負わせた人間が両の足で立ち、傷も塞がっていることに訝しげな表情を浮かべるがすぐにそれを消し去り、開き直った。
「‥‥‥何故生きてるのか多少気になる点はありますが‥‥‥まぁもう一度殺せば良いだけですね」
「やってみなさいよ。私は簡単に死ぬわけにはいかないのよ」
「くっくっく、強気な女性は嫌いじゃないですが‥‥‥貴女の死ぬ運命は変わらないっ!『雷龍神の逆鱗』!」
「その程度の雷なら‥‥‥っ!」
コーネリアは咄嗟に空間収納からとある金属を素材にして作られた矢を取り出し、適当な方向へと射る。
するとヴィルマが放った雷はその矢に釣られてあらぬ方向へと逸れていった。
「ミスリルの矢ですか‥‥‥ならば」
「行かせないっ!」
「トリン、相手をしなさい」
コーネリアの元へと目にも止まらぬ速さで接近するヴィルマを邪魔しようとメルが立ちはだかるが横から飛び出したトリンによってそれは叶わなかった。
「くぅっ!トリン!!あなたはあんな奴に従う必要ないのよ!?」
「マスターの命令は‥‥‥絶対っ!」
「あー、もうっ!!」
剣術において二人は互角に近い。
魔物の相手をしているためウィリアムからの援護も期待できない中、ヴィルマはコーネリアへと迫る。
それを見てコーネリアは‥‥‥唯一の武器である弓を投げつけた。
「何?‥‥‥しまった!」
その動きに困惑しながらもそれを斬り捨て、前に出ようと考えたが何かに気づくと防御の態勢を取った。
コーネリアの弓は持ち主の魔力を矢へと変換して放つ物だ。
その技術には当然魔力が使われており、並みの力では壊れないような耐久力になっている。
しかし、ヴィルマの剣はその耐久力を軽々と越え、斬り裂いてしまった。
その結果、
「かかったわね!」
「ちっ、面倒なっ!」
大量の魔力が急激に空間に流れ込み、お互いの視界を遮るほどの爆発が起こった。
コーネリアはミスティアが来るまでの時間を稼ぐことを最優先に考えている。
だが‥‥‥
「ウィリアム、少し魔力を借りるわよ‥‥‥」
だからといって勝つことを諦めたわけではない。
自分の中の闇属性の魔力と勇者であるウィリアムの光属性の魔力を両手に集中させ、魔術を想像する。
「‥‥‥!これは‥‥‥」
「食らいなさい‥‥‥『カオス・ギガランス』!」
爆発による土煙が晴れた瞬間、その混沌の槍を放った。
光、闇合成魔術である混沌魔術。
一般的にはこれを相殺するには光、闇以外の主要七属性を合成するか同じ混沌魔術を使う以外に方法はない。
「『消えろ』」
だがヴィルマは第三の方法を取る。
剣を握る右とは逆の左の掌を向けて白い魔力を槍に放つと魔術は完全に消し去られた。
「はっ?何よ、それ‥‥‥」
「それを貴女が知る必要はない。‥‥‥こんなことになるなら奥の手を使って即死させておくべきだった‥‥‥正直侮っていたよ、コーネリア・ドラゴテイル」
「‥‥‥!、ちっ」
少しでも時間を稼ごうとヴィルマから目を離さずに足を後ろへ進めるが後方にはいつの間にか全身が炎で出来た龍が産み出されていた。
「『炎龍神の幻像』‥‥‥それは幻であって現実であるものだ。よく頑張ったがこれでチェックメイトだ」
それだけでは満足せず、ヴィルマは剣へと魔力を纏わせ、『傲慢の断罪』と彼自身が言う剣技を使う準備をしていた。
「折角だから最後に聞きたい。私の予想では貴女はあれで死んだ筈だが、何故生きててかつ傷も完全に癒えている?別に答えなくても良いが知識はいくらあってもいいものだ。教えてくれると有難い」
「‥‥‥」
勿論、コーネリアにこの質問に答える義理はない。
だがこれを僅かでも時間稼ぎに利用させてもらおうと考えた
「そうね‥‥‥強いて言うなら私達がメルを守る一心で考え、編み出した物‥‥‥っていうところね。あなたには一生かけても無理な技術よ」
それを聞いてヴィルマは答えが返ってきたことに驚いたのか、答え自体の内容に驚いたのかは分からないが目を見開き、一瞬固まった。
そして左手で目元を抑え、震え始めた。
「‥‥‥くっくっく、いやぁ、これだから人間は面白いっ!無論、私も人間だが俗世から離れた生活をしていてねぇ!!確かに私にとって『あれ』は最高傑作と言っても庇護の対象ではない」
だがその震えは笑いを堪えようとしていただけだった。
左手を外すとそこには満足げな表情を浮かべた姿があった。
「貴重な回答、感謝する。去らばだ、コーネリア。『傲慢の断罪』」
そして剣の準備が完了し、コーネリアの頭上に死が迫る。
(‥‥‥信じてるわ、あなたが来ることを)
目を閉じ、それを待つ。
そして‥‥‥
「‥‥‥これは、ハハッ、そう言うことか!」
金属同士がぶつかり合う音だけが響き、コーネリアに死は訪れなかった。
何か合点がいったように言うヴィルマの声を聞き、目を開く。
「ごめんなさいね、遅くなったわ」
「本当にギリギリね。まぁ、あとは任せたわ」
「えぇ」
ヴィルマとコーネリアの間に立っていたのは黒い何かを纏ってヴィルマの剣を二刀で受け止める女性、ミスティア・サクローネだった。