真なる絶対強者
遅れた。
ちょっととある人物に関して事前に決めていた設定と照らし合わせておかしくならないようにするのが大変だった。
まぁ普通に本業も忙しいのだが
彼は戦いに敗れた者。
そして感情を殆ど失くしながらも約束は必ず守ることを信条にしている男だ。
彼は敗れながらも諦めなかった。
いつか来るべき日に再び戦い、今度こそ勝利するために遠い未来へ自らの力を分割し、残りは自分自身と共に封じた。
彼の名はガルド・リベレイ。千年前、剣において右に出る者は無く、剣王と呼ばれた魔人族の王だ。
「‥‥‥死の呪いか‥‥‥なら‥‥『二重発動』身体」
「‥‥‥?今さら何をっ!?」
何やらぶつぶつと言葉を発し始めたソウジへラズルは訝しげな表情を浮かべながら聞き出そうとするがその前に眼前で起こった出来事に驚く。
ソウジの左手から黒い魔力のようなものが漏れ出たと思えばそれはソウジ本人と全く同じ形をとった。
「減少対象は‥‥一時的だから筋力でいいな。そして呪いの効果を向こうに集中‥‥‥して、」
「っ!?」
ソウジがラズルの方向を見ればラズルは何かを感じ取ったのか慌てて飛び退いた。
(何だ今のは‥‥‥?)
ラズルはソウジに目を向けられた瞬間、自分が死ぬ予感がした。
今まで感じたことのない言い表しようがない程の恐怖の感情が、さっきとは違うあの冷たい目を向けられて突然溢れだした。
(この俺が人間に怖じ気づくだと‥‥‥そんなこと‥‥‥!)
「認められるわけ、ねぇだろうがっ!!」
自分の中に溢れた恐怖の感情に目を背け、再び翼を広げて飛翔する。
『おーおー、流石は天下の魔人王様。あの木っ端堕天使もビビってたな』
『大将に睨まれたら俺もチビりそうだよ~』
「五月蝿い。怠惰、お前のせいで全てがめんどくさく感じるぞ」
『元々は大将の感情なんだけどなぁ~』
空を駆けるラズルを見ながら頭の中で騒ぐ二つの声を煩わしそうに扱う。
「いいから、怠惰な日々を満喫して溜め込んだお前の魔力を寄越せ。あれは秒で黙らす」
『りょうか~い』
『俺は適当に見てるぜ。手ぇ貸して欲しかったら言えや。‥‥‥まぁ必要ないだろうけどさ』
端から見れば独り言に聞こえる会話を終える。
ちょうどその時に増えたもう一人のソウジが倒れた。
「ハッ、やっぱり死の呪いは絶対だ!もう一人も‥‥‥っ!?」
その結果に満足し、先程自分を見てきたもう一人のソウジの方を見ようとするとそれは空高くに居る筈の自分の目の前にいた。
「死ね」
「くっ!」
ギリギリのところで斬撃を翼で防いだが高度を維持できず、二人とも地へと落ち始めた。
「っと!」
「‥‥‥流石に無理だったか」
ソウジは音をたてずに地へと降り、ラズルは地面に衝突する前に体勢を立て直し、空に残った。
(速度が更に上がっただとっ!?おかしい、奴はここまで余力を残していたのか!?)
ラズルは視線の先にいる男から一切目を外さない。
最早油断してかかっていい段階は通り過ぎた。
「‥‥‥少しだけ見せてやるか、『怠惰の覚醒』」
聞き逃しそうなほど小さな声でソウジは囁き、体から発する魔力を急激に増加させる。
「『葬曲剣』第一番‥‥‥」
一言、そう言いながら空へと剣を向け、
「『追葬曲』」
素早く突きを放ち、黒い衝撃波を飛ばす。
「っ!チィッ!!」
じっと見ていたにも関わらずそれは回避出来る速度ではなく、自身の剣で相殺する。が、
「何っ!?」
その裏にもう一閃、衝撃波が飛ばされていた。
既に体勢を崩していたラズルは成すすべなくそれを受け、地へ落ちる。
「‥‥やはりこの太刀、少し長いな‥‥‥」
『あれ?その辺に嫉妬の猫が居なかったです~?大将の使ってた武器ならアイツが多分回収してるでしょ~?』
「‥‥‥持ってこさせるか」
落ちたラズルへ目もくれず周辺を見渡し、瓦礫から黒猫を摘まみ出す。
「嫉妬、俺の『無貌』持ってこい。無いなら無いで取り敢えず来い」
黒猫と目を合わせてそう言い、地面へゆっくりと降ろす。
『おー、おー、王様は人使いが荒いねぇ。ま、俺は倒れているあいつの様子を見てくるぜ。一応同じ堕天使としても気になることがあるしな』
「好きにしろ」
(くっ‥‥‥あの野郎っ)
まだ少し驕りがあったかもしれない。だが結果として自分が地に伏す状態になっていることは変わらず、己の不甲斐なさと相手の理不尽さに憤りを感じる。
『よぉ、起きてるか?』
(っ!誰だ!?)
そんな中、脳内に直接語りかけるように軽い口調の男の声が聞こえた。
『一応堕天使としても天使としても君の先輩に当たるな。敬ってくれてもいいぜ?』
(‥‥‥何の用だ?)
脳内に思考のリソースを割くと段々と男の姿が脳裏に見えてきた。
それは自分と同じように黒い翼を持った男だった。
『ちょっと聞きたいことがあってな。‥‥‥お前、見たところ普通の天使と同じように人間が嫌いみたいだが、どうして堕天した?』
(‥‥‥その質問に何の意味がある)
『んー、いや、興味本位ってのがメインなんだがこの世界のルールから外れてるなって思っただけだ。答えたくないなら答えなくても良い。‥‥‥どうせ大体の想像はついてるしな』
(用件は済んだか?なら俺は)
『あぁ、もうお前さん逃げた方がいいぜ?こうなっちまったらただ命を無駄にするだけだぜ?』
脳裏上での会話から離れ、現実に思考を戻そうとするも止められる。
(貴様、まさかあの男に力を貸しているのか?)
『お前さんとの戦いの間は俺は何もしてないぜ?ただ、翼を硬くする程度の手品で俺が選んだ最強の人類に勝てるわけがないだろう?』
(っ!それはやってみなければっ!)
『分かるさ。だから同族のよしみで忠告してやってんだぜ?多分俺か王様が名乗れば早いんだろうけどまだバラしちゃダメって言われてるからなぁ』
(煩い‥‥‥俺の頭の中から消えろっ!!)
『おー、怖い怖い。ま、忠告はしたからあとは勝手にしろよー』
そして思考を現実へと戻していく‥‥‥。
「ああああっ!!」
「‥‥‥起きたか」
『いやー、説得はしたんだけど聞く耳を持ってくれなかったわ、もう殺しちゃっていいぜ』
「元々そのつもりだ」
瓦礫を吹き飛ばしなからラズルが立ち上がるのを見て太刀を再び構える。
そしてお互いそろそろ攻めようとした瞬間にそれを止めるかのように何かが飛来する。
「ちっ、あんたは相変わらず無茶苦茶の事を言うな」
「来たか。『無貌』は?」
そこに立っていたのはインウィディアだった。
すぐに目的の物があるかどうかを聞くがその答えは首を横に振ることだった。
「魔人族総出で消えたあんたと一緒に探したが何処にも見当たらなかった。誰かが拾ったか、消えたかだろうな。代わりにこっちを使え」
そう言いながらインウィディアは黒く禍々しい雰囲気を漂わせたブレスレットを投げた。
「‥‥‥こいつはお前に預けたはずだが?」
「だから今こそ返すべき時だと判断したまでだ。第一、俺がそれを抜かなければならない状況は千年前にしかなかった。それには負けるがそこそこ強い魔剣も手に入れたことだしな」
紫を主に彩られたネックレスを手に持ちながらインウィディアは言う。
「俺にはもうこれを振るう資格は」
「ある。忘れたか?ルクスアリアは確かに今魔人達の長だ。だが魔人王の席には男しか座れない。だから魔人女王なんていう語呂の悪い役職になってんだ。‥‥‥分かるか?あれから千年経ったが、まだあんたが魔人王なんだよ」
「そうか、なら仕方がないな」
「遠慮なく振るえ。そして俺が嫉妬した最強の力の一端をあの木っ端堕天使に見せてやれよ」
「あぁ」
そしてソウジ‥‥‥いや、魔人王ガルド・リベレイはブレスレットを右手で握り締める。
「『其は災いを振り撒く最悪の魔剣。その一撃は生涯消えぬ傷を刻む。』」
詠唱を中ほどまで進めると突然大地が恐怖に震えるかのように揺れはじめる。
「『其は破滅の使者。この名を傷と共に刻み、冥府の番人への土産とせよ』」
「その詠唱‥‥‥黒いブレスレット‥‥‥まさかっ!」
今まさに顕現しようとする魔剣の正体に気付き、止めようと走るが止められるはずがない。
何故なら‥‥‥
「『ダーインスレイヴ』」
もう手遅れだからだ。