裏切り者は重ねて裏切る
さぁ、裏切り者は誰だ?
主観者 ???
突然だが私は裏切り者だ。
固有魔術である『音魔術』による『サウンド・レコーズ』という魔術によってヤマの国首領、リュウマ・イガミの声を保存した魔力の塊を各地のギルドにいるヤマの国出身のリーダー格に配り、タイミングを合わせて魔導拡声器を起動させたと同時に魔力の塊を壊させた。
実際にリュウマ・イガミがやったことはただ私の前であの中央大陸に伝わった宣戦布告の言葉を言っただけ。
あの時点で、もうヤマの国側は戦争の準備を終えていた。
私がいなければ彼らはここまで楽に宣戦布告も情報収集も出来なかった。
私が計画の要と言っても過言ではない。
だが彼らは私を乱雑に扱う、私の重要性を把握していないかのように。
だからちょうどよかった、彼女の提案は。
「あなた、本当は中央大陸の人達への復讐なんてどうでもいいんでしょ?」
「‥‥‥え?」
その女性は物語の中に出てくる魔女のような服装をしていた。
しかし、魔女とは老いている事が大半だが彼女はまだとても若そうだ。
私とそこまで変わらないのじゃないだろうか?
「私はもうすぐ来てしまう世界の終わりに抗うために戦力を集めているの。あなたも仲間になってくれないかな?」
「‥‥‥」
そうして彼女は手を差し出す。
正直私は世界の終わりと聞いてもピンと来なかったが、
(今よりはマシなことに私の力を使えるかもしれない)
私はすぐに彼女の提案を呑むことを決めた。
一つだけ条件を提示して。
「一つだけ条件がある」
「何でも、とは言わないけど可能な限りは聞くわ」
私を無気力な日々から救ってくれた彼女を、
私に少しでも役目を忘れさせて楽しい日々をくれた彼女を、
「私が友達を助けることを止めないで」
かつて自ら捨てようとした命を助けてくれた彼女を守ることを約束させる。
「うん、いいよ。ただ本格的に動き始めると表には出れないけど‥‥‥それでも守る手段はある?」
「問題ない。だって‥‥‥私の『音魔術』に限界はないから」
「とりゃあああああっ!!」
魔物の中へと一人の少女が冒険者達を引き連れ、突撃する。
その拳の甲には金属で出来た魔物の爪のような物が填められ、魔物を次々と切り裂いていく。
だがその傷は全て浅い。
その痛みに怯むものもいれば気にせず前へと歩みを進めてくるものもいる。
怯むものはそのまま連続で少女の攻撃を受け続け、やがてその動きを止める。
怯まず動き続けるものの相手は私の役目だ。
「み、皆さん!離れてくださいっ‥‥『サウンド・シェイカー』!!」
触れた魔物の傷口から体内へと音を流し込み、揺らす。
すると魔物の体のありとあらゆる穴から血が、臓物が溢れだし、その鼓動を止める。
少女が傷をつけ、私がトドメを刺す。
これがソウジ・クロスヴェルドに匹敵する速度でSランク冒険者に昇格した二人の恐るべき戦闘方法だ。
この戦闘方法から付けられた二つ名が私達にはある。
前を行く少女には『征伐猫』
そして私には‥‥‥
「こ、これが『音の虐殺姫』」
「俺らの出る幕あるんだろうか‥‥‥」
そう、『虐殺』なんていう物騒なワードが入ってしまった。
一言いっておくが私は傷口から音を流し込んでいるだけ。きっかけを作っているのは全て少女だ。
だからこの『虐殺』の原因も全て少女が作り出したものなのだ。
だけど実は私はこの二つ名をそれなりに気に入っている。
何故なら、
(『虐殺』が出来るほどの力があるから彼女の隣に立っていられる‥‥‥)
思考の間にも彼女の邪魔をするものに音を流し込み、私の通る道には次々と死体が並んでいく。
少女に気を取られているせいで静かに近づく私に魔物達は全く気づかない。
(まぁ、それ以外にも気づかない訳はあるけど‥‥‥)
今の私に音はない。
もしかしたら気配くらいは感じられるかもしれない。
しかし、気が立っている時に『音』が完全に消えた人間が背後から近づくことに気づけるだろうか?
答えはこの通り、死体の道が出来ていることから明らかだろう。
『み、皆さんは私の周囲から離れた魔物をお願いしますっ!』
呆けている冒険者達に指示を出す。
通信石であれば頭で思ったことも伝えれるため、音が消えていようと関係ない。
直接音を届けることも別に不可能ではないが、
(敵が冒険者の集団の中に紛れていると指示がバレバレになる‥‥‥)
広範囲に音で伝える場合、何かを通してでなければ個人を指定して音を発することは出来ない。
大雑把に集団に向けて音を届けるしかないため、内部に敵が入り込んでいると不味いことになってしまう。
なのでここは冒険者ギルドが誇る通信石の力を借りることにした。
(さて、じゃあそろそろあれを起動して戦線を離脱しないと‥‥‥っ!?)
魔物の群れの中から一人、女性が突出し、爪を振るう少女へと小剣を投げつける。
「‥‥『サウンド・アーマー』!!」
「っ!ありがとう!カナデ!」
「あら?これってもしかして‥‥‥」
相手の女性が何かに気付き、周りを見渡す。
そして私の方を見て手を挙げる。
「あれぇ?奏ちゃんじゃなーい?何でそっちの味方してるのよぉ?」
「え?カナデ、知り合い?」
「い、いや、私は‥‥‥」
「いやいやぁ、柊奏ちゃん。私達何度も会ってるのにそんな事言うのぉ?ヒドイわぁ‥‥‥。それに何?その眼鏡。似合わないわよ?」
「‥‥‥ひ、人違いかと」
嘘だ。
彼女の名は斎藤桐絵、ヤマの国の神格種の人間の一人。
そして私が中央大陸側の情報を持って帰ってきたときの橋渡し役が彼女だ。
(なんでよりにもよって戦場に一番来て欲しくない人が来るかな‥‥‥)
「ちょっと無視するなんてあなたに許されてると思ってるの!?早く返事して私の方に来なさいよ!」
あー、もううるさい。
まぁちょうどいいかな?
前から一番最初に殺すなら彼女だと思っていた。
彼女の真下にもちゃんと仕掛けてある。
動くなら今しかない。
(ああ、これで私はもう一度裏切る)
一度目は冒険者達。
情報をヤマの国側へ横流しし、宣戦布告の音声も私が流したようなもの。
加えて普通の状態と無音状態を意図的にコントロールして撹乱させたりと色々な事をやってしまった。
とても許されることではない。
そして二度目はヤマの国。
一度捨てられ、再び父親に呼び戻され、どの面下げて私の方を力を求めるんだ?といつ怒りが爆発してもおかしくない状況で堪え忍んだ。
だけどもう我慢の限界だ。
全部、
全部、一度壊れてしまえばいい。
私では世界を終わらせることはできない。
だけど世界の終わりを予感させる出来事が起これば、
みんな少しは協力しあえる世界にならないの‥‥‥?
「『待機中の大規模音魔術、全起動』‥‥‥」
「え、カナデ?どうしたの!?」
俯いている私に様子がおかしいと思ったのかキアナちゃんが駆け寄ってくる。
「‥‥‥ごめんね、キアナちゃん」
「え?何が!?わからないよっ、カナデは何をしようとしてるの!?」
友達の私はあまりキアナちゃんを悪く言いたくはない。
けれども少しだけキアナちゃんは頭が悪い。
だけど戦闘中の頭の回転は凄く早い。
本当は私が守ってあげる必要がないくらいに‥‥‥。
でも、
「キアナちゃんだけは私が守るから‥‥‥たとえ全てが敵になっても‥‥‥」
「っ!?待って!カナデ!魔力を抑えて!」
魔術という吐き出し口がない状態であまり魔力を解放しすぎるとそれを抱え込む肉体は崩壊してしまう。
だけどもうその吐き出し口は用意されている。
この戦場の地面の中に、大量に。
(一応軽く確認はしたけど‥‥‥流れ弾に当たった人はごめんなさい)
これは必要なこと。
来るべきその日のために。
「‥‥‥『ハンドレッド・サウンド・マイン』!!」
直後、周囲の地面が爆音と共に吹き飛ぶ。
これは私の近くから発動していく。
つまり次は、
「ちょっとカナ、デッ!!?」
目の前の敵だ。
その後も爆音は暫く収まらなかった。
そして残ったのは数々の死体と東側諸国を防衛するもの達だけだった‥‥‥。
一人の例外を除いて、だが。