妄想の帝国 その8 健康管理社会 性犯罪加害者強制矯正法篇
親と叔母の権力をかさにきて、性犯罪を不起訴にした大学生サントン。しかし警察施設をでようとしたところ、男に呼び止められる。検事を名乗るその男ヨウジョウは”性犯罪加害者強制矯正法によりあなたを収監します”とサントンに告げ…
増大する一方の医療費削減のため政府はある決定を行った。
“健康絶対促進法”の設立である。健康維持のため、あらゆる不健康な行動、食生活や生活習慣などを禁止するという法案である。個人の権利を侵害するとして反対もあったが
“政府に健康にしてもらえるんだからいいじゃん”
“自分の不摂生で病気になるやつのために医療費を払いたくない”
などの法案賛成の意見が多数あり、法案は可決された。
そして、不健康行動を取り締まる“健康警察”が設置された。
健康警察の活動は次第に拡大し、不健康を生じる組織、企業までが、取り締まりの対象となり、それに伴い違反者の裁判、収容、更生を担う健康検察や健康管理収容所などの組織が作られていった。
「やったぜー、不起訴処分か、ちょろいちょろい」
某ケンオン大学4年サントンは、ニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべていた。
「馬鹿女に酒を飲まして部屋連れ込んで、やっちまったり、金をまきあげたり。訴えられたって無罪だからなあ、ほんと格差社会様様だぜ。ついてくるバカもバカだよ。ま、俺には議員様のオバサンと親父が…」
と、身勝手で尊大なセリフを吐きつつサントンが収容されていた施設から大手を振って出ようとした途端
「サントンさんですね、強制性交、暴行での刑事事件では不起訴になったという」
やたらにこやかな中年男性に呼び止められた。
「な、なんですか。ぼ、僕は無罪で」
「いやー、刑事ではね。健康絶対促進法関連法の一つ、性犯罪加害者強制矯正法ではねえ、そうじゃないんですよ。なにしろ若い女性の心身の健康を著しく損なってくれましたからねえ」
「そ、それは、あいつらが、ぼくの部屋にきたのが」
「ああ、その言い方がまずいけませんな。少子高齢化が叫ばれるニホンでは生殖可能で健康な女性は最も大切にされるべき存在なのに、マトモにお願いもせず無理やり性交をおこなうなぞ、あなた病気です、不健康の極み」
「はあ、あんた、何言って。だいたいあんた誰だよ」
「あ、申し遅れました。私、健康検察特別検事ヨウジョウ・ダイジと申します。健康管理法違反者を起訴、収監まで担当してます。人手不足でして、通常の検事がやらないこともやってまして」
とニコニコと名刺を渡す。
「ぼ、僕に何の用だよ」
「さきほどから言ってるじゃないですか。貴方を拘束しに来たんですよ。刑事訴訟は終わったんでしょう、それならこちらの出番ですから」
サントンは想定外の展開に緩い頭をフル回転させ、ヨウジョウに尋ねた。
「な、なにをする気だよ、ま、まず裁判からだろ」
「いやあ、刑事は不起訴ですが、その証拠からもうすでに判決は出てまして。なにしろ情けないことに、この手の犯罪がニホンでは多いですからなあ。迅速な裁判、収監、矯正を行わないとニホン全体の健康が損なわれ社会が破壊されるということで」
「そ、そんな」
にこやかな顔と裏腹に恐ろしい台詞を口にするヨウジョウ。しかし、次の言葉はサントンの表情をさらに暗くした。
「判決はですね。“過保護により人格の歪みがみられ、矯正の必要あり。さらに被害女性のうけた損害に対する賠償も負う。ただし本人が学生であり親の監督下にあることから、保護者およびそれに類するものも連帯責任を負う”。ま、鈍い貴方の頭でも理解できるように言い換えてあげますと、“施設に収容されて強制的に治療受けろ、女性たちに金銭及び精神的にも償え”ってことですね」
「治療って、それなら、じ、自宅で」
「あ、説明してあげてなかったですねえ。ご自宅にはどなたもいませんよ、ご両親は収監されましたから」
「ええー!そんな、お、親父がなぜ」
「もともと生活習慣病を複数抱えてらしたようですなあ。そのうえ、貴方のような性衝動が異常な息子がいたということがわかって、これは心身ともに健康状態に重大な問題ありということで。第一、通院していた病院があの不正入試のトーキョーイイカ大と聖マリーンアホナ大の附属病院ですからねえ。研修医も超過勤務が常態化、あの病院もそろそろ調べないと不味いと思われてますけどね。あ、これ内緒ですよ」
「収監って、お、親父はどうなるんだ」
「遺伝子レベルからチェックして、不健康の要因を探るんですよ。もちろん、これまでの長年の生活習慣などの聞き取りもいたします。睡眠状態、食事行動、飲酒喫煙の有無を週、月、年ごとに。年齢別の調査も行います。あ、性交の回数も含まれます、もちろん配偶者以外も。そのうえできちんとした治療計画を立てる予定ですが、なにぶんまだまだ不明点もありまして、今は試行錯誤ですなあ」
私生活丸裸のおそるべきやり方。いくら治療でもこれは怖すぎる。サントンの顔から血の気がひいていった。
「ママ、いや母は」
「あ、異常な精神状態の疑いありで収監です。成人した息子を~ちゃんづけで甘やかし、犯罪行為をかばうなど、すでに家族だけでなく、他者にも悪影響を与えていますし。何しろ被害者が現に出てますしねえ」
「ちょっとまてよ、俺たちはサントン議員の」
「あ、議員なら認知症の疑いで入院されましたよ」
「えええ!」
頼みの綱の叔母までもがいないとは。驚愕するサントンにヨウジョウは穏やかな声で恐ろしい台詞を続ける。
「なにしろ言動が言動ですからねえ。憲法違反になりかねない言葉を口にする、食品ロス削減を叫びながら食べもしない料理を注文して残す、貴方のような犯罪者をかばうなどなど、異常を疑われても仕方がありませんな。まあいいお年ですし、ちゃんと脳に異常もみつかったそうですよ、アミロイドβはもちろんプリオンの変異体もあったとか。ひょっとしてマズイ肉を食べちゃったんですかねえ、それともキャリアの唾でもかかっちゃったのかなあ」
聞きながらサントンはすでに半泣き状態、その様子をみてさらに笑みをうかべながらヨウジョウは
「さあ、いきましょうか。まずは今日の夜は最新のVR映像機器で、貴方が行った強制性交を被害者の立場になって、たっぷり体験してもらいます。明日からは被害者のトラウマ軽減のためにいわゆるサンドバックに」
「さ、サンドバックって」
震えながらサントンが尋ねると
「いやあ、暴行の加害者に向き合い、自分が優位に立っていると確認することでトラウマが軽減するって説があるそうで。で、加害者に言いたいことをいって、やりたいことをやる、もちろん第三者が立ち合いますから、縛られてても死ぬことはないですよ」
「し、死ぬって」
「あ、被害者が興奮して加害者を殴ったりすることも、まあ治療の一環ですしねえ。やられたことをやり返すことこそ有効って話もあるし。大丈夫、まだ死んだ人はいませんよ、半身不随ぐらいで」
サントンの顔はすっかり血の気がひいた、手足の震えがとまらなくなっている。
「大丈夫、IPS細胞の再生実験の被検者に申し込めば、うまくいけば五体満足で帰れますよ。あと数十年かかりますけどね。なにしろ被害者が複数でしょう、全員の賠償とトラウマ解消まで時間がかかるんですよー」
「わー、け、刑事罰の方がいい、刑事罰にー」
「だめですよ、もう不起訴処分になっちゃったんでしょ」
「くそー、クスクス笑ってやがったのは、これ知ってたのか、警官どもー」
「ああ、なんてこと言うんですか、正義の味方に、まったく。やはり心身ともにかなりの矯正が必要なようですねえ」
ヨウジョウは少し顔を曇らせため息をついた。
「なんだとお。お、俺は金持ちで、権力のある」
言いかけてハッとサントンは気づいた。
「な、なんで親父たちやオバサンがそんなことに。金も力もあるのに…」
「まあ、その金と権力はもともと戦後に成り上がられたおじい様から受け継いだものですよねえ。それをあなた方ご家族が汚すというか無駄にするのを快く思わないご親戚もいるのかもしれませんねえ。一番上のご長男家族はお困りのようですね、あなたのような甥がいるせいで諸外国の取引先からも敬遠されているとか、いまやネットで悪評は世界に拡散ですから」
「だ、だからって、なんで、そんな病院みたいなところに、労働とかじゃないのか」
「ああ、あなた方のような精神も身体も不健康な人々はそれなりに利用価値があるからですよ」
「え?」
「なにしろ健康問題は世界的に関心がありますからねえ。心身の不健康が社会を破壊するのはニホンを含め共通の認識ですからな。それを防ぐためには不健康状態の人間を研究するのが一番いいわけで。各国首脳も貴方やあなたのご家族がどうすれば矯正し、まっとうになるのか研究結果に期待してますよ。健康管理法違反の不健康で矯正が必要な人間が山のようにいますから、あらゆる研究ができますし。むろん製薬会社や世界の医療機関からも研究資金が」
「お、俺たちはモルモットか」
「もともと心身ともに病気ですからなあ。それに“金と権力で不正をしまくり、他者の人権を踏みにじる”という人たちですから。もう、あらゆる手をつかって強制矯正しても問題はないというわけで」
「そ、そんな、俺たちの人権は」
サントンの都合のよすぎる言い分にヨウジョウは呆れた顔で
「あなた、被害女性の人権無視、見下し、暴行しましたよね、ご家族もその非道を容認した。そんな人たちが人権云々言えるんですかねえ。国内外のリベラル、人権派でも擁護は難しいんじゃないんですか。ちゃんとネットでもご意見は伺ったんですが、強制矯正に賛成の声が圧倒的で。あ、八か国語でアンケートとったのですよ、どこでも性犯罪者は最低最悪のクズ。無理にでも強制すべき駄目なら一生閉じ込めろとの声が多数でして。収容に金がかかるなら核廃棄物を含むゴミ処理に従事させろとかいう意見も。あ、ご親戚も縁を切るというか、“遺伝的に劣った分が弟妹にいったので私は関係ない”と叔父様が」
身も蓋も、いや人権すら認められない厳しすぎる言葉。サントンはショックのあまり気を失った。ヨウジョウは
「あちゃー、ちょっと最初からきつすぎたようですね。仕方がない。私が連れていきますか」
と小柄な体に似合わずサントンの体を持ち上げた。
「大丈夫ですよ、私のように自分で異常に気づいて、心身ともに無事矯正した例もあるんですから。もっとも私は妄想の段階で気が付いたし、ほとんど体を入れ替えちゃったから、ちょっと違うかなあ」
ヨウジョウは金属製の指でがっちりとサントンの体を支える。
「さて、行きますかな」
ヨウジョウは前と変わらぬ笑顔でサントンを担いで歩き出した。
サントン氏の矯正が無事に終わるのは…。まあ生きているうちにでられるといいですねえ。