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戲蛍  作者: うちょん
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染蛍


 我々の信念は、常に燃え続ける灯火でなければならない。それは我々に光明を与えるだけでなく、周囲をも照らすのだ。

            ガンジー


















 第伍燮【染蛍】














 「何処まで行くんだ?」

 海浪は、ずっと男の後を付いてきていた。

 すぐにバレるのではないかと思ったが、その心配は全くなかった。

 徐々に開けて来たその場所は、以前見たような立派な建物があり、男のその建物の中に入って行く。

 ボディチェックとか何かあるかと思っていたが何もなく、海浪は中に入ることが出来た。

 建物の中は意外と普通な感じで、ダクトを見つけたため、その中に入って偵察をすることにした。

 少し埃っぽいし、下手をしたら小動物あたりがいそうだが、耐えるしかない。

 色んな部屋があり、まるで居住空間だ。

 大きなテーブルに椅子、間接照明、テレビやクローゼット、キッチンにも食材が沢山並び、居心地は良さそうだ。

 そんな空間が続いたあと、あの男を見つけた。

 比較的目立つ髪色なため、海浪はダクトの中から男を追いかける。

 男は居住区の奥まで行くと、そこには1つの大きな扉があり、その中に入るには何かを機械に押し当てる必要があるようだ。

 しかしダクトは繋がっているため、回り道はあるが、入れなくはない。

 無駄にでかい身体を器用に動かしながら奥へ進んで行くと、ついに男が入っていった部屋に入ることが出来た。

 蜘蛛の巣がくっついているし、あちこち埃まみれだが、まあ良いとしよう。

 「なんだ?」

 そこから下を覗くと、そこにある空間には、沢山の人体模型のようなものがあった。

 周りには瓶づめにされた奇妙なものがあるし、冷凍保存と書かれたカプセルのようなものも並んでいる。

 ふと、そこにいた白衣を着た女が、人体模型の脳の部分を取り外した。

 「!!」

 そこには、人間の脳が入っていた。

 いや、入っていたという言い方が正しいのかなんて、その時の海浪には分からないことだが、人体模型は人間の生の身体を包み込んでいただけで、模型ではなかった。

 その脳に幾つかの針をさすと、針に繋がっている変な色をした液体が脳に注入されていき、その人間は痙攣を起こす。

 また別の人間には、瓶に詰めていたソレを詰め込むと、身体が変色を始めてしまった。

 海浪は手の甲で自分の口を押さえるようにしていると、今度は冷凍保存の中から、お腹を大きくした女が出された。

 きっと妊娠しているのだろうが、今度は白衣を着た男がその女に近づくと、メスで腹を裂き、そこからまだ取りだすには早い赤子を手にした。

 臍の緒を切ると、女は別の部屋に運ばれ、赤子はそのまま台の上に寝かせられた。

 産声さえ上げないその赤子をどうするのかと思っていると、男たちは赤子にメスを入れ始めた。

 「・・・!」

 勿論意識などしていないが、きっと眉間には深く強くシワが刻まれているだろう。

 それが人として当然だと思うが、実際にその行為をしている男たちは、淡々と作業をしている。

 『人が人を造ることは、罪になるか?』

 ふと、あの時の言葉を思い出した。

 あの男が何をもって人を造ろうとしているのか、海浪には全く理解出来ないし、理解しようとも思ってはいない。

 だが、こんな非人道的なことまでして人を造ろうとしているからには、それなりの理由があってしかるべきだ。

 納得がいく結果が出なかったのか、男はその部屋から出て行った。

 このままここに留まって、何が行われているかを徹底的に調べようかとも少し思ったが、海浪はあの男の方に付いて行くことにした。

 モゾモゾと、大柄な男が狭いダクトの中を行ったり来たりしている姿は、傍から見ればあまりにも滑稽だが、本人はいたって真面目である。

 別に綺麗好きというわけではないが、こうも自分の身体から埃の臭いが漂ってくるのは、なんとも言えない。

 というより、綺麗好きならば決してこんな場所には入らないだろうが、定期的に掃除をすることは大事だと思った。

 それに速く動けないのは身体の大きさだけでなく、ごそごそと音を出したら入りこんだことがバレて見つかってしまうのではないかと思い、慎重に進んでいる。

 だからこそ、こうして時間がかかっても、見つからないようにと、埃まみれになりながらも耐えているのだ。

 「あー・・・なんで俺こんなことしてんだ」

 男が何処に行ったのか分からなくなり、ダクトの中で身体を止めて、海浪は急に襲ってきた疲労感にため息を吐いた。

 あの武道会を終えて、クソジジイがいないことに気付き、ただ探す為だけに放浪してきたはずだ。

 何も言わずにいなくなったことに対しては、正直、怒りも悲しみも、そういった感情は一切なかった。

 ただ思ったことは、これからは1人で生きて行けと言われたのだと、それだけ。

 慕っていたか、懐いていたか、頼っていたか、そんな問いかけには答えようもないが、急に1人で生きて行けと直接言われることもなく、ただ感じ取ることしか出来ない状況で、それを「はいそうですか」と出来るはずがない。

 一人前だと認められたとか、そういった嬉しさなどもなく、こんなことに巻き込まれてしまったのも、もとはと言えば、クソジジイが置いて行ったことが原因だ。

 そこまで言ってしまうと責任転嫁かもしれないが、勝手に独り立ちさせられたのだからこのくらいは言っても良いだろう。

 「ったく。何してんだ俺は」

 放っておいても良いものを、自分からこうして潜入までして内情を調べている。

 興味なんてないし、これこそ勝手にしていることだが、このまま放っておくと何処からかクソジジイに厭味を言われそうだ。

 動きを再開すると、時間はかかったが、ようやく男の部屋を突きとめた。

 そこからは良い匂いが漂って来て、腹に入れても蕎麦くらいだった海浪からしてみれば、手の届かない御馳走。

 涎が出そうになるのをなんとか留めながら、男の様子を窺う。

 「おい、奴は見つかったのか」

 「いえ、まだです。全力で探しているのですが」

 「本気で探してんのか?見つからねえわけねぇだろ」

 「もしや、誰かに匿われているのでは」

 「誰かって誰だよ。あいつが此処からいなくなってどのくらい経ってると思ってんだ?」

 「に、2年ほどかと」

 「そういうことはいいんだよ。さっさと見つけねぇと、面倒なことになるかもしれねぇんだぞ、わかってんだろ」

 「勿論です」

 「どれだけの時間をあいつのために費やしたと思ってんだ。折角出来た傑作を、何処ぞの野郎に奪われてたまるか。・・・おい、同じような研究をしてる男がいるって言っていたが、調べたのか」

 「はい。しかし、そこにもいませんでした」

 「あっちはどのくらい進んでる?」

 「完成度はほぼ互角かと思われますが、あちらには近々、秘密警察が調べに入るという情報がありますので」

 「秘密警察・・・?」

 「どうかなさいましたか?」

 「いや、それはまずいな」

 「なぜです?」

 「馬鹿か。設計図があいつらの手に渡ったらどうなるか、分からねえのか。あいつらは自分たちを守る盾として、人を造り始めるかもしれねぇんだぞ。そうなれば、脅威になる」

 「でしたら、こちらが先に設計図を奪ってしまえば良いでは」

 「それが出来るならとっくにやってる。で、さっきの結果は出たのか」

 「はい、こちらになります」

 「・・・はあ。やっぱ、あいつを見つける方が早いか。なんであいつだけは成功したのか、未だにさっぱりだ。その他の奴らは、どうやっても腐るし、あいつのように機敏には動けねぇ」

 「彼を造った研究者は、今どこにいらっしゃるのですか?」

 「知らね。あいつが完成した時、ふらっとどっかに消えちまったんだよ。死んだのかもしれねぇし、まだ何処かで生きてるのかもしれねぇ」

 「確か、成功したのは5年以上前ですよね。それから彼が此処からいなくなるまで、何かあったんですか?」

 「人の心なんて移り行くものだろ。鳴海たちは何処に行ったんだ?また勝手に動いてるんじゃねえだろうな」

 「い、いえ、それは・・・」

 「・・・まあいい。だが、あまり目立つ行動を取られても困る。あいつらだって、まともな身体じゃないんだからな。それを知っててワザと動いてるのかもしれねぇがな」

 「エド様は、子作りをすると意気込んでいらっしゃいました」

 「碌な奴じゃねえな」

 「こちらの資料、いかがいたしますか?」

 「ああ、これから読むからその辺置いておけ。それから、この前の奴ら・・・なんだっけ」

 「桧ノ磨、永津、初昊、桃襾、それから大寺、佐伯、尊閖・・・」

 「ああ、もういい。ガキの名前なんて一々覚えちゃいねぇよ。そいつらの腐敗の方はどうなった?」

 「一旦は留まっていますが、浸食具合が酷く、再利用することも不可能かと」

 「またか。じゃあまあ、焼いとけ」

 「かしこまりました」

 「ああ、それから」

 「はい」

 「食後のデザート持ってくるよう伝えろ」

 「かしこまりました」

 とりあえず話が終わったようで、白衣の男が部屋から出て行った。

 残された男の周りには、お世辞にも整理されたとは言い難い資料の山があり、食事をしながらも器用に読みたい資料を漁る。

 そこには、解体された人間の写真なども貼られているが、男は平然と食事を続ける。

 よくあんなものを見ながら食事が出来るなと思っていると、男は引き出しから何かを取りだした。

 それはよく見えなかったが、手紙のような封筒に見えた。

 口の中いっぱいに詰め込み、もぐもぐと食事をしている男を見ていると、海浪は自分の空腹を我慢できる自信が無くなった。

 そして、ダクトから脱出した。




 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 向かい合った男たちは、無言だった。

 1人は椅子に座ったまま、いきなり天井から下りて来た男に対して、何かを詰めている頬を膨らませたまま。

 もう1人は、目の前から香る芳しいそれに、思わず腹の虫を鳴らせる。

 「・・・喰うか?」

 「馬鹿にするな。俺はグルメなんだ」

 「そんなに腹鳴らしてよく言うよ。てか、よくあんな狭いところにいたな。服も髪も汚れてんじゃねえか」

 「そんなに言うなら貰ってやろう」

 髪の毛についた蜘蛛の巣を取り払い、服もパンパンと叩きながら出来る限り汚れを落とした。

 そして与えられたサンドイッチを頬張ると、男の前にある、食欲を失いそうになる写真が目に入った。

 「常人には見るに堪えないもんだろ」

 「んんあーん」

 「俺の後をつけてきたのか。御苦労なことだな」

 「んー、んんんぐ」

 「・・・頬張りすぎじゃね?」

 口に入れていたものを全て流し込むと、海浪は腹を数回叩いた。

 多分、満足したのだろう。

 「敵地に1人で乗りこんでくるとは、相当な馬鹿だな。もしくは自信過剰か?」

 「俺もまさかこんなことになるとは思ってなかったよ。まさかこんな空腹に見舞われるなんて、誤算だった」

 「そこじゃねえだろ。で?何だ?」

 狭いところにいたからか、海浪は肩をぐるぐる回したり、腰を動かしたり、首を回していた。

 まるで準備体操のように身体を動かしていると、男はただそれを頬杖をつきながらじっと見ていた。

 ようやく終わったかと思うと、海浪は男に尋ねた。

 「ここの奴らはみんな、狂ってんのか?」

 「ふっ。面白い質問だな。狂ってる?何をみてそう思ったのかは想像のつくところだが、俺は狂ってるとは思ってねぇけど」

 「どいつもこいつも」

 「それよりお前、ここに1人で乗りこんできて、このまま無事に帰れると思ってるのか?」

 「思ってるも何も、その予定だ」

 「やっぱりお前、面白いな。生かしておいて良かったよ。で、聞かせてもらっても良いか?ここの奴らを見た感想を」

 「・・・・・・」

 椅子から立ち上がると、男は海浪に背中を見せた。

 そして次に振り向いてきたときには、男の顔にはいつものような笑みがあった。

 「そうだな・・・。動物とは違う、人間の姿をみた感じだな」

 「ほお?」

 「相手の死に対する尊厳もない、クソ野郎のやることだ」

 「君は、死者に尊厳が必要だと思うか?」

 「ある程度はな。かといって、幾ら尊厳を示したところで、死人にはそれが伝わらねえ。意味があるのは生きてる人間にだけだ」

 「そうだろ?なら、尊厳なんていらないだろ。死んでから英雄扱いされても、昇格しても、崇められても意味がない。それは生きてる人間の自己満足。だからこそ、死者にもその権利が与えられるべきだ」

 「それが、この場所の秘密か」

 「うーん・・・。これは秘密ではないな。別に公にしても構わない。そうすれば、俺達に賛同する輩はもっと増えるだろうから。俺達の存在が公になって困るのは、他の連中だ」

 「他の連中?」

 「そう。俺達の同じような非人道的なことをしているのに、今はまだ、首が繋がっている性根の腐った奴らさ」

 「・・・・・・?」

 海浪の潜ませたような顔を見て、男はまた笑う。

 「権力に守られているそういう奴らは、いつだって逃げおおせる。そんな奴らが世界の実権を握っている以上、お前がどれだけ必死になっても、無意味に等しい」

 「権力は嫌いな上に興味がない」

 「お、意見が合ったな」

 「かといって、こんなことが赦されるはずがねえ」

 「赦してほしいなんて思ってねぇよ。お前さ、まだこの世界を見尽くしてねぇから、そんなこと言えるんだよ」

 「見尽くしてない・・・?」

 一体、海浪を幾つだと思っているのかは知らないが、この歳で世界を見て回っている方がおかしいだろう。

 海浪は目を細めて男を見ていると、男は資料が山積みになっているデスクに腰を下ろし、軽く足を組んだ。

 そんな男に、海浪は聞く。

 「じゃあ、お前は世界を見尽くしたのか。だからこんなことをしてるってことか」

 海浪の問いかけに、男は調子を変えることなく答える。

 「ああ、見尽くした」

 目を細め、明らかに疑っているような海浪の顔に、男は続ける。

 「俺くらいの歳で、世界なんて全部見渡せるはずがねえと思ってるだろ」

 「ああ」

 「顔に出過ぎだろ。まあいいけど。嘘じゃねえよ。俺は世界を全部見て来た。嫌気がさすくらい、どこもかしこも腐ってやがる」

 「・・・・・・」

 正直、この男とは話が合わないと思っていたが、そうでもないらしい。

 かといって、男のしていることを理解出来るかと聞かれると、それはまた別のことだ。

 この男が、どうしてこんなことを始めてしまったのか、そんな海浪の心の声が顔に出ていたのか、男は肩を揺らして笑った。

 「言っておくけど、俺はお前よりずっと年上・・・っていう言い方はおかしいのか。けどまぁ、お前よりは長く生きてるってことだ」

 「年上だから敬えってか」

 「ああ、そうか。そうだな。そんなこと考えてなかったけど、言われてみれば確かにそうだ。俺のこと敬ってくれていいんだぜ」

 「誰が敬うか」

 「じゃあ、何で俺がこう言う事を始めたのか、話してやろうか」

 急に真面目な話を始めた男は、組んでいた足を組みかえる。

 「人が人を造るのは罪になるか、俺は前にそう聞いたな」

 「・・・ああ」

 「罪になるかならないかは、別にどうでもいいことだ。罪になろうとそうでなかろうと、もう始めてることだ。誰かに止めろと言われて止められるようなことじゃない」

 「・・・要領を得ない言い方をする奴だな」

 話し始めようとした男に対して、海浪は軽く舌打ちをした。

 話すといいながら、のりらくらりとかわされているような気がしてならない。

 少し前から、いや、だいぶ前から気付いてはいたものの、何がなんでも隠すと言う行動は見られなかったため、待っていた。

 だが、一向に進みそうにない男の話し方に、ついに海浪はちょっとだけ、キレた。

 数秒間だけ、海浪と男は互いの顔を見ていたが、目線を逸らさないまま、男は静かに口角だけをあげる。

 「そうだな。じゃあまあ・・・俺の生い立ちから話すか」

 「そこから話す必要があるのか」

 「聞いておいた方が良いとは思うが、長くなるだろうから省略も可だ」

 「省略で」

 「ちょっとは俺自身に興味を持て」

 ふう、とわざとらしく、海浪に聞こえるような大きなため息を吐くと、男は腰掛けていたデスクから離れる。

 「なんやかんやあって、俺はほとほと人間ってやつに嫌気がさしたんだ。どこに行っても、いつ見ても、人間は小せぇ」

 「小さい・・・?」

 「ああ。小せぇくせに態度はでかくて、我がもの顔で生きてやがる。何を争う必要がある?何を奪う必要がある?どれだけ意味のないことしてきたのか、それさえもわかっちゃいねぇ。腐ってんのは、お前等の方だ」

 「・・・・・・」

 「人を殺しても人であらず、人を生き返らせても人にあらず。なら、人ってなんだ?俺達が生きてる意味はなんだ?生き続けることで、毒しか持ってねぇ人間が、何を救えるってんだ?」

 男は海浪のすぐ横を通ると、数歩進んだところで止まった。

 「自己顕示欲、私利私欲、自己満足。結果として人間の持ってるそれらが時代を動かしてきたとしても、俺は認めるわけにはいかねぇんだ。俺がここでしてることは、人間という存在価値を根本から覆す」

 「その、んー、人間の存在価値を覆ることが、人を造ることか?造ったところでそんなに変わるか?」

 「人工知能だの高性能ロボットだのと、ほぼ人間のような動きや知能、言葉や感情、あとはそうだな、表情とか相手の感情を読みとる能力とか?そういうもんが幾ら発展しようとも、人間そのものの構造は変わらない」

 「・・・人間の構造?」

 「産まれたばかりの子供を洗脳することが簡単なように、人工知能だってロボットだって、そこに組みこまれたデータが歪んだものなら、そうなっちまう」

 「・・・その理屈だと、大人になったって洗脳することは可能だし、ましてや、死人が生前の記憶を持ったまま生き返ったとしたら、お前の言う事なんて聞かないはずだろ」

 「難しい問題だな。そこは頭を悩ませてるところでもあるんだが・・・」

 「で、ここでは人を造ってると」

 「・・・お前の知り合いが、生き返ってただろ。あれはな、生き返ったわけじゃねえんだ。ただ、死人の身体に細工をしただけでな」

 「細工?・・・だが、あいつらには記憶があった。俺のことも覚えてたみてぇだが」

 「それもまた難しい話になるんだが。そもそも、蘇りっていう定義がな。死んだ奴が動いただけで生き返りになるなら、まあ、そうなっちまうのか。え?俺何を言ってるんだ?」

 「自分の発言には責任を持て」

 「よし、一旦話しを飛ばそう」

 何を諦めたのか、男はパン、と手を一度叩いてそう言った。

 「ある男を探してるんだ」

 「ある男って、また急になんだ」

 「その男は、これからの人間にとっては脅威となるだろう。と、俺は思ってるんだが、どうも信じちゃくれねぇみたいでな」

 この男の言っていることは、嘘であれどうであれ、嘘を吐くことは上手そうだ。

 かといって、これまでに海浪に話してきたことが嘘かと聞かれると、決してそうとも言い切れない。

 「その男は、人間じゃねえのか」

 「ああ、人間じゃない。だが、人間でもある。あいつには人間としての全てを詰め込んだ心算だが、だからなのか、この場所がどうも嫌いらしい」

 「それでここから逃げ出して、今もどっかに身を潜めてるってわけか」

 「なんだ、聞いてたのか。正直、あいつがちゃんと機能するなんて思ってなかった。どうして成功したのかも、全く。だが確かなことは、あいつは人間として今も何処かにいて、生き続けてるってことだ」

 「野たれ死んでるかもしれねぇだろ」

 「それはないな。あいつは死なない。人間じゃねえからな。だが、怪我はする。だとすると、もし保坂と接触してたら面倒なことになるんだけどな・・・」

 「保坂・・・?ダメだ。新キャラ出てきてまったくついていけねえ。展開が早くてなんかもう面倒になってきた。頭を回転させようと思えば思うほど、これ以上コキ使うなって脳に言われてる気がする」

 その時、ふと、男が海浪を見て来た。

 急になんだと思っていると、男の目の色が変わった。

 「!?」

 本能的に後ろに引き、デスクの上に乗っていた本を適当に手探りで掴むと、それを男に向かって投げる。

 「良い反応だ」

 ゆっくりと海浪の方に身体を向けると、男は口元に人差し指を持っていく。

 「ちょっと喋りすぎた。さすがに消しておかねぇとやべぇかなって」

 「・・・さんざ勝手に言っておいてそれか」

 「もったいない気はするんだけどな。やっぱり仕事を優先するとなると、こうするしかないと思って。それに、ここでお前を殺しておけば、俺にとって利益になる」

 男が口に当てていた指を海浪に向けてくると、海浪は身を屈める。

 背後にあった壁にはナイフが数本刺さっており、攻撃を避けられたにも関わらず、男は慌てる様子もなかった。

 だが、のんびりしているように見えて、男は刹那、海浪の正面まで来ていた。

 「!!」

 「お」

 これを避けたことには驚いたようで、男の腕は肘ほどまで壁にめり込んでいた。

 通常の攻撃で、しかも人間の腕が壁にめり込むなど有り得ない話で、海浪は、この男が普通の人間でないことにようやく気付く。

 いや、感覚が人間ではないとかそういうことではなく、単純に、人間ではない。

 「只者じゃねえとは思ってたが、まさかこのスピードについて来れるとは思ってなかったよ」

 「お前も、随分と人間離れしてんな。どういうカラクリだ?」

 「カラクリ?そりゃ、ネタばれになるな」

 それから、2人の攻防は続いた。

 どちらが優勢とかいうこともなく、どこまで本気でやりあっているのかも分からないが、互角と言ったところだろうか。

 しばらくその攻防が続いたとき、男は上半身を項垂れさせ、掌を海浪に向けて来た。

 「タイムタイム。体力消耗した」

 「タイムはなしだ」

 「お前鬼か。化け物なみの体力だな。俺、こう見えても、いつもは息切れする前に片づけてきたんだ」

 「そりゃ誤算だったな。俺は鬼よりもおっかねぇ奴と一緒にいたもんでな」

 「・・・へへ。面白いこと言うねぇ」

 すう、と顔をあげた男の目がまた違う色に変わると、海浪は異変を感じた。

 なぜだか、身体が重くなったのだ。

 術なのか、それとも別の類のものなのか、何にせよ、動かなくなった海浪に、男はしばらく呼吸を整えてから近づいてきた。

 そして海浪の頭に手をつけると、ずぶ、と指がそこに沈んで行く。

 「司令塔がいなくなれば、選手たちはどうなると思う?」

 自分の身体に、というよりも脳に直接入りこんできたその異物を感じとったものの、海浪は黙っていた。

 固定するためか、男がもう片方の手で海浪の肩を掴んだそのとき、男の身体は冷たい床に伏せられていた。

 背中には膝を乗せられているため、海浪の体重をかけられているようなものだ。

 「・・・おいおい、どういうことだ」

 「紙一重、と言いてぇところだが、あまりにも分厚い紙だったな」

 「はっ。俺とお前の差か?」

 「いや。・・・お前と、クソジジイの差だ」

 「あ?お前もわけのわからねぇことを」

 すると、海浪は男の上からどいた。

 解放されるとすぐ、男は海浪に向かってナイフを投げつける。

 ヒュッ、と頬を掠めたナイフについた血は、海浪のものではなく、男のものだ。

 ナイフを投げた瞬間、海浪がナイフを男に向かって投げ返したのだ。

 男の綺麗な左頬には、一筋の赤い線がつくと、男は傷の具合を確かめることもなく、ただすう、と口角をあげて笑いながら海浪を見つめる。

 「やっぱお前、生かしておく」

 「どういう風の吹きまわしだ?」

 「いや、なんとなくだ。気が変わった」

 そう言うと、男はデスクの方に向かって歩き出し、引き出しをあけてそこから絆創膏を取り出すと、左頬に貼った。

 目線を上にあげると、そこにまだ立っている海浪に向かってシッシッと、出ていくように手を動かした。

 椅子に座って頬杖をつくと、男が言う。

 「そろそろこの部屋に人が来る。明らかに部外者と分かるお前は、見つかったら大変なことになるぞ」

 男の言っていた通り、コンコン、とドアをノックする音が聞こえてくると、白衣の男女が入ってきた。

 そして海浪を見ると、その風貌からか、それとも部屋が少し散らかっていることからか、はたまた男が怪我をしていることに気付いたからか、男女はドア付近にある警報を鳴らした。

 五月蠅いくらいに鳴りだしたその警報と同時に、白衣の男女とは違う男女がきた。

 部屋から出た海浪は、その身のこなしで建物の外に出ることが出来た。

 その頃、海浪を追いかけようとしていた男女は、男によって制止させられていた。

 「どうして止めるの?あいつ、ここのこと他に漏らすかもしれないのに」

 「これからどうするか考えてるのか?」

 「まあまあ。別にいいだろ。それに、あいつは話したりはしねぇよ」

 「部外者にぺらぺら喋るなんて、さすがだね。頭が軽いんだね」

 「なんだかなー。あいつにはちょっとしたシンパシーを感じたんだよ。俺と真逆の人間ってわけじゃなさそうだったから、ついつい」

 「素状だけでも調べておいた方がいいんじゃない?」

 「いや、その必要はねぇ」

 「どうして?」

 「産まれた形跡がある奴が、あんな顔してるとは思えねえからだ」

 「はあ?なにその根拠のない話は」

 「お前も、もうちょっと長生きすりゃ分かるよ。それに、あいつは他の目的があるみてぇだし、俺達のことを正義感から摘発するような性格ではない!」

 「よくそんな自信持てるね」

 「それより、どうだった?」

 ふと男が尋ねると、周りにいた男女は互いの顔を見合わせて少し微笑むと、囁いた。

 「和樹の居場所が分かったの」

 「やっとか。それで、何処に?」

 「それが、保坂のところに。それから、保坂真一は死んだらしくて、今は別の男が研究所を受け継いでるって」

 「死んだか・・・。じゃあ、和樹はそいつが見てるのか?」

 「壊れたんだか自分で壊したんだか知らないけど、そこで新しく造り直されてるって。上手くいけば、その跡取りと研究出来るかもしれないね」

 「データが完全消去されてるかもしれねぇが、それは見つけてからだな。よし。とにかく、俺が和樹と接触する。お前等は手を出すなよ」

 「はいはい」

 椅子から立ち上がった男は、早速出かける準備を始める。

 部屋を出ていこうとしたとき、呼びとめられる。

 「殺されねえように気をつけろよ、亜緋人」

 その言葉に、軽く手をあげただけで返事をした男は、その後、別の場所で探していた男と出会うことになるのだが、それはまた、少し先のお話だ。




 「だー!くそ!!全然いねぇ!!」

 それからも、そのクソジジイを探していた海浪だが、一向に成果は見られなかった。

 「覚えてろよ、あのクソジジイ」

 その苛立ちだけを頼りに、海浪は足を動かすのだった。

 そしてまたこの男も、数奇な運命に導かれていく。

 「腹減った・・・」

 まさかこの後、すんなりと見つけるということも、まだ知らぬまま。


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